2008/05/10 - 2008/05/10
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ダイサクさん
今日一日(5/10)は今年で、一番嬉しかった日。最高だったエチオピア旅行も上回る。初めてインドを旅した2005年から2年9ヶ月。インド旅行中に過ごした、これまでの人生でももっともpreciousな時間。それがバンガロールでのジョン、実生さん、子ども達との時間だった。あのとき感じたこと、考えたこと、すべての時間が自分の心を大きく、大きく満たしている。それからインドに旅行に行くことはあったものの、彼らとの再会は果たせずにいた。メールや電話、そしてNGOで彼らとは関わってはいたものの。5月に入り、彼らがやってきた。ジョン、実生さん、アルン、ジャィラム、アナン。ピースボード、アムネスティ、多くの大学、多くの組織で、彼らは彼ら自身の活動、想いを伝えにきたのだ。 エチオピア一人旅から戻ってきてから、翌日からの仕事とともに、遅れがちになっていた今日のイベントの準備にとりかかる。深夜2時、昨日は深夜3時半までワークをしてから、寝る。
あのバンガロールでの体験を想いながら。今日、彼らと再会できることを想いながら。 午後1時、準備も大体終えてから、ジョンたちを迎えに行く。胸がドキドキする。あれから1年半。彼らが待つ大学のカフェに行く。おぼろげながら、彼らの姿が見えてくる。あれからの時間。これまでのお互いの時間がこうして交わる。
「ダイ~!!」
「ジョン!実生さん!!アル~!おぉジャィラム、アナン!!」
実生さんが「ダイサク君ってわからなかったよ~変わったね~!」
当時スキンヘッドにした後だった自分も、いまや髪もだいぶ伸びた。会社にも入った。色々と経験もした。でも、変わってないよ。僕の原点の一つは、この空間だから。彼らの話、ダンス、歌、DVD上映、トークセッション。多くの方が来場してくれた。
親友のヤマゲンは場所を間違えつつも残り15分という時間で来てくれた。みわさん、そしてバングラで青年海外協力隊をしていたみわさんの姉さんエミさん。国連で働き著名な堀内さんをはじめ、多くの方と全員で歌った。全員で語った。子ども達は僕のことを完全に覚えていてくれた。 17時まで文京学院大学でイベントをやった後、その足で立教大学へ。立教大学でも21時まで伊藤教授及びゼミ生のかたがたとイベントを実施。ジョンの海のように広いその包容力、ユーモア、情熱は相変わらずで、実生さんのパッションも相変わらずで、何より、子ども達は幾分身長が伸び、大人になって、しっかりした人間になっていた。その後は、みなでご飯。アルン、ジャィラム、アナンと一緒にご飯を食べる。アルンはスプーンで、ジャィラムは手で、アナンはお箸を使って。アルンが味噌汁に七味をこれほどかって程ふりかけまくる。味がぜんぜんしないようだ。インドからきたら当然か。笑
駅でも道でも彼らはギターを軽く弾いたり、すれ違う方に「コンニチハ」って言ったり、いろいろなことを話す。僕がバンガロールのボーンフリーアートスクールで過ごしたときの生徒たちは、
卒業したり、仕事に励んだりしているようで、いまや当時いた生徒は彼らぐらいになってしまったようだ。修正液を離さなかったマニカンタとファザルはどこかに消え、エル・マレー、シニワスは仕事。ボーンフリーアートスクールが開校したちょうど一週間後に、まだ手探り状態だったなかで訪れた僕は幸運だったのかもしれない。こうして2年9ヶ月を経て、第1期生と再び再会できたのだから。 イベントの最後で子ども達が日本についての印象を聞かれる。
「自分の国に来たかのようだ。バンガロールで会った日本人にこうして会えて、自分の国に戻ってきたかのようです。」
ジョンが言う。
「私達の構想は、アジアだけではなくアフリカ、南米にもボーンフリーアートスクールをつくること。10月2日からはバンガロールからパキスタンまで第三回HEXの旅(子ども達とジョン、実生さんが自転車で数千kmもの旅をして、各地の児童労働の実態をカメラ、ビデオに収める旅。ちなみにこれまでHEXの旅を収めた彼らは、インド政府からデリーへ招待された後DVDを国会に提出し、アメリカでは映画賞をとったようだ)をします。」
ご飯を食べながら、連日のハードスケジュールで眠そうにしている子ども達にいう。
「おれも自転車で一緒に行きたいな。」
「カム、カム!」
子ども達の目が輝く。
「でも仕事があるからなぁ。・・・いつか、また将来に一緒に行きたいわ!」
「ダイ、今度はいつインドに来るの?来るときは教えてね。」
「うん、近いうちに必ず行くよ!そのときは必ず、行くから。」
明日からは福島大学、その後は広島大学、京都などでイベントが連日予定されているジョンたちと池袋駅で別れて想う。
原点ー。
小学校の時はジャガースという少年野球チームであったし、中学、高校の時は、桐朋テニス部であったし、大学ではウインザーであって、旅の原点は、インドであって、その中でもバンガロールという名前は、そこで過ごした1週間超の時間は、今後も、ずっと、ずっと僕にとっての原点なのだろう。それは単なる旅先での出会い、経験ではなく、旅を超えた、人生における、大きな、大きな出会いだったのだ。その、原点を再確認できた、最高の一日となった。
心が温かさで、いっぱいに満たされている。
ありがとう!!
また、会う日まで。
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「人を、社会を、世界を幸せにしたい」
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2005年9月16日、インドはダージリンの宿にて書いた“今後の自分”のタイトルだ。
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今、それを眺めながら、当時ずっと聞き続けていたHAWAIIAN6の「Flower」を聞いている。
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当時の日記帳はほぼ全ページにわたって、鉛筆で書き綴った“旅の原点”がスペースを埋めている。
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チェンナイでチチャモやマトン達にもらったインドのお札や切手が貼ってあれば、
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旅先で出会った日本人バックパッカーのアドレスなんかもあり、
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日記帳からは、インドの匂いが漂ってくる。
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バンガロールでの時間は、最長一日3頁にもなっていた。
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子どもたちの名前とともに、当時感じたこと、考えたことなどが頁いっぱいに書き綴られていた。
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インド旅行初日の日記には、こうも書かれていた。
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「社会に出るこの時期のこの旅が自分の人生に決定的な影響を与えそうだという確信を抱きながら。」
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2005年、8月上旬、インド出発前の九段下にあるインド大使館。すべてはそこから、始まった。
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そして、あっという間に別れの時間になった。
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インドのあとは南米を旅し、
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大学を卒業し、社会人になった。
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再びインドを訪れ、再会することなく、
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バングラから戻り、
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エチオピアから戻ってきた。
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2年9ヵ月後、
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彼らの歩んだ“それから”と、僕が歩んだ“それから”が、交わった。
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仕事にくじけそうなとき、
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だらしない自分を感じたとき、
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バンガロールの子どもたちに再会するときに、胸を張っていられるようにって頑張った。
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つっても、だらしない時間があったし、自分に負けることもあった。
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それはそれでいいって思っている。
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立教大学では、カースト制度、児童労働の実態、それがなくならない背景についてジョンや実生さんの話があり、企業と児童労働の関係などについての話し合いが行われた。
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ダイヤモンド(たしか)を削る仕事で髪が真っ白になってしまった少女。
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日本にも多く輸出されている、チリ。あなたの食べているチリは誰が作ったものでしょう?
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連日の超ハードスケジュールをこなす子どもたちに聞く。「連日のハードスケジュールで疲れたまってるでしょう?」「疲れてないよ。」そう言いながらも、夜ご飯の席では眠たそうにしていたジャィラム。成長したね。今や、彼はプロのアーテイスト。自分の作品の収入の50%で食べていき、残りの50%をボーンフリーアートスクールの運営に充てている。
あれからの、2年9ヶ月の日々を想像してしまう。 -
他人のために無償の愛を、自らの人生を捧げるほどの愛と情熱を注ぐ人に、初めて出会った。相変わらずのその包容力と愛、そして情熱。僕の第2のお父さん、ジョン。
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イベント後に話し合う、成田さんとジョン。
成田さんはインドはデリーに留学した後、現地の日本大使館(たしか)で働いた後、今は日本の大きなNGOで働いている。
ジョンのこのアクセサリー、変わっていなかった。 -
実生さん。この人も、これほどまでに、自らの人生を捧げ、捧げといっちゃ実生さんは違うよ〜と言うかもしれないが、子どもの権利を守る為の活動をしている。
2000年にボーンフリースクールをジョンと一緒に立ち上げた後、2005年8月にボーンフリーアートスクールを立ち上げる。現在、インドはアーマーダバードに、第2ボーンフリーアートスクール設立準備中。 -
アナンと中川さん。
アナンは冒頭の写真の青い帽子を被った少年。
身長も伸びたようだけど、今はSt.ジョセフ・インディアンハイスクールで勉強中。15歳。過去5年間、父親の債務を返済する為に、小学校をやめ路上でココナッツ切りをやっていた。その愛嬌が変わっていなく、嬉しかった。
中川さんは僕のNGOのまとめ役存在。本職もNGO関係(財)で活躍されている。 -
アナンとジャィラムとアルン。
アルンは元児童労働者でも、ストリートチルドレンでもないが、もう10年以上ジョンと一緒に活動をしている。その才能で、今はプロの写真家、芸術家として活躍中。18歳。
黄色いTシャツのジャィラムは、数え切れないくらい刑務所に入っていた、路上で生きた子ども。HEXの旅で児童労働の現場を写真に撮って、警察に連れられて拘束される。「でも、昔のような悪いことをして今はここにいない。自分は恥ずかしくなかった」と文京学院大学のスピーチで言っていた。いまやインドの多くの学校で講演をこなし、ジョンと一緒に芸術活動もこなす、子どもたちのリーダー的存在。 -
立教大学の大学院ゼミでのイベントを終え、実生さんの母校を歩く。ジョンや子どもたちにここが自分が勉強した大学なんだって案内する実生さんの笑顔が輝いていた。
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アルンは英語もしゃべれます。
(ジャィラムとアナンはカナンダ語とヒンドゥ語のみ。だけど、アナンが英語の勉強本を見せて、「勉強しているんだ」ってアピールしてくれた。) -
連日のハードスケジュールお疲れさま。
今日は広島大学かな?
君達に負けないように、おれも頑張るぜ! -
手で食べていたジャィラム。
おいおい、熱くないのかい? -
味噌汁に七味をかけまくるアルン。
「ぜんぜん味がしないんだよね」
日本のご飯はおいしかったみたい!アナンはご飯をお代わりしてた。 -
味噌汁with七味
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実生さんと実生さんの後輩。
次に会うのはいつになるのだろうか。 -
教授と話し込むジョン。
ちょっとお腹が出ていたけど、ジョンはやっぱりすごいよ。
ジョンに負けないように、おれも一生懸命頑張るよ。
ユーモア持って、愛を持って、そして、信念を持って。 -
アルンが撮った写真。
さすがプロ。 -
彼らの新しい劇&歌「白い花」。
そんなこんなで2年9ヶ月振りの再会も終わった。
今度会えるのは、いつだろう?
It's my pleasure to meet you again !!
Take care ,and I will supoort you.
その時まで、また、しばしのお別れ!!
心からの愛を。
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