2008/01/26 - 2008/01/27
825位(同エリア842件中)
かなみさん
冬でも温暖な気候で過ごしやすい和歌山を訪れる。
奈良平安の昔から多くの歌人に愛された景勝の地で万葉人が幾多の歌を詠んでいます。
「若の浦に 潮満ち来れば 潟を無み 葦辺をさして 鶴鳴き渡る」
の「潟を無み」にちなんでいる片男波海岸で砂浜を歩く。
ついで和歌山城に登る。
八代将軍吉宗のふるさと和歌山市はこんもりと緑茂る虎伏山に和歌山城天守閣がそびえる。
夕刻近く休暇村加太に入り、眼下に広がる紀淡海峡の壮大な海の景色に驚いた。
夕食は幻の魚クエの珍味などを味わいながら乾杯でお互いの再会に花が咲く。
翌日は朝の散歩をしてから朝食をとる仲間もいたが我々の部屋は寝過ごして朝風呂をして朝食です。
紀ノ川沿いに根来寺、粉河寺、水間寺などを参拝して帰る。
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 自転車
-
紀州の龍門山に昇った健脚のSさんとTさんの2人です。
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夕陽沈む前の友ケ島です。
友ヶ島は紀淡海峡に緩やかな曲線を描いて浮かぶ神島、地の島、沖ノ島、虎島の四島を合わせた総称です。 -
紀州加太での夕食です。
クエはスズキ目スズキ科マハタ属の魚で群れを作らず岩穴に単独で住み着き夜間に行動する為「夜の帝王」と呼ばれています。
クエの旬は秋から冬でこの時期が一番に美味しいときです。 -
健脚のお2人は朝が早く7時出発の朝のウオーキングに参加した後の姿です。
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根来寺です。
戦国時代の根来寺は「戦闘」が本業となった僧兵を持ち寺自体も一大城郭でした。
根来寺に訪れると周囲を山に囲まれこの地が容易に城郭化出来る地形であることが良くわかる。
秀吉の根来寺焼き討ちの際に延焼を免れた多宝塔(根本大塔)にはこの時の火縄銃の弾痕が今でもはっきり残っていて「この寺が普通の寺ではなかったんだ。」とつくづく思い知らされる。
しかし、今の根来寺は春には桜の名所として関西地方では有名なお寺で、戦国時代の荒々しく殺伐とした雰囲気など微塵も感じることはないだろう。 -
粉河寺です。
草創時この方、粉河寺は多くの人達の信仰をうけて繁栄した。
鎌倉時代には七堂伽藍、五百五十ヶ坊、東西南北各々四キロ余の広大な境内地と寺領四万余石を有していた。
しかし、天正十三年(1585)豊臣秀吉の兵乱に遭遇し偉容を誇った堂塔伽藍と多くの寺宝を焼失した。
その後、紀州徳川家の庇護と信徒の寄進によって江戸時代中期から後期に現存の諸堂が完成した。 -
水間寺です。
寺伝によれば天平年間(729年−749年)に聖武天皇の勅願により行基が開創したものという。
中世には貴賎の信仰を集め江戸時代には岸和田藩主岡部氏 (藤原南家)の帰依を受け、寺運は隆盛した。
現在の堂宇は江戸時代後期に再建されたものである。
入学試験時でもあり祈願をかける学生や親たちで境内は一杯でした。
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