アカバ旅行記(ブログ) 一覧に戻る
《船でアカバ湾を渡り、アムステルビールで頭がくらっとする》<br /><br />ナイロビからカイロへ飛んで、最初はタハリール広場に面した「クレオパトラホテル」に居た。<br />が、フロントの男が変に愛想が悪い。<br /><br />だからというわけではなくて、安くて愛想のいいスタッフのいる、クーラーのがんがん効いた「カールトンホテル」に移った。<br />僕はアテネで買ったアテネ~ナイロビの往復切符を持っている。<br />エジプト航空の切符で、途中カイロに往路復路ともにストップオーバーが出来るという条件付きだ。値段は98000ドラクマ(9万円)。<br />実はこれは一番安い切符ではないのだが、買った理由がある。<br />それは「ギリシアの両替証明書問題」の名で、切符の買い方シリーズの一部としていつか書くこともあるだろう。<br />この切符でナイロビに行く途中カイロで降りて、エジプトはぐるんと一回りした。<br />今度ナイロビからカイロに飛んで来た理由は、見残したアレキサンドリアやサッカラのピラミッド群を見ることだ。<br />それともうひとつ考えなければいけないことがあったのだ。<br />この切符をこのまま使うとカイロからアテネまで、飛行機で行くことになる。<br />ところでアテネには僕はあまりいい印象がないのだ。<br /><br />アテネは完全な観光都市で、見るところさえ見てしまえばそれでお終い。<br />ゆっくり滞在するというタイプのところではない。<br /><br />ギリシアに来た人はアテネにちょっといるだけで、エーゲ海のリゾートに渡ってしまうのが普通だ。<br />だからアテネの宿のほとんどが一時滞在のドーミトリイタイプで、一泊500円ほどで泊まれるけれどプライバシーは無いといっていい。<br />シングルの部屋も捜せばあるけれど数が少ない。<br />特に今は8月の旅行シーズンなのだ。<br />ドイツ人を初めとするヨーロッパ人のリゾート客がどっと押しかけていて、とんでもなく混雑していることが高い確率で予想出来る。<br />切符は使うためにあるので、切符に縛られてはいけない。<br /><br />出来るだけ、アテネを通らずにロンドンまで足を運びたいものだ。<br />とすれば、ヨーロッパにはいるためには、イスタンブールが起点となるだろう。<br /><br />それから東ヨーロッパに足を伸ばすつもりだが、中東を通ってイスタンブールまで陸路で旅行出来るだろうか。<br />以前イスタンブールにいた時に、シリア~ヨルダン~イスラエル経由でエジプトまで行く計画を考えたことがある。<br /><br />シリアのビザを取るためには日本大使館からの推薦状が必要なので、実際一度は決意してイスタンブールの日本領事館を訪ねたことがある。<br />ところがその日が丁度4月29日の天皇誕生日で、平日なのに日本大使館だけは業務を休んでいた。<br /><br />気勢がそがれてシリアへ行くのは棚上げにした。<br />それが理由で、一気にトプカピバスターミナルからカッパドキアへのバスに乗ったのだ。<br /><br />ナイルヒルトンで両替をして、カイロの中心タハリール広場を歩いていた時に日本人学生3人に出会った。<br />彼らは日本人旅行者の間で有名な安宿「オックスフォード」に泊まっているとか。<br /><br />一緒に飯を食いながら、このルートのことを話す。<br />「西本さん、それは無理なルートですよ。僕もイスタンブールにいた時に陸路で来ようと思ったのですが、ヨルダンは日本人の入国が出来ないんです」との返事が戻ってきた。<br />本当なのだろうか?<br />理由を聞くと「以前『地球の歩き方』にレポートを送った奴が、入国管理官を馬鹿だと書いたので役人が怒って日本人に意地悪してるんです。それが理由なんですよ」という余り信用出来ない説明を持ち出す。<br /><br />彼らは世界中どこにでもいる日本人旅行者の典型で、日本人宿に留まり、日本人同士でうわさ話や自慢話をしているうちに、きっと何が本当で何が嘘なのか解らなくなっているのだろう。<br /><br />それにこの話が万が一本当で入国を拒否されても、それも面白い話の種だ。<br />とにかく旅先の噂話を信じちゃ駄目だというのが基本。<br />ヨルダンへ突入することを決める。<br />ヨルダンのビザを取るために、タハリール広場からナイル川の反対側のドッキ地区にあるヨルダン大使館へ歩いて行く。<br />ここは大使館の多いところで、ブルガリア大使館も同じ地区にあるはずなのだが、調べた住所に行くと大使館が行方不明だ。<br />ブルガリアのビザはもっと近くに行って取ればいいことだ。<br /><br />無理に大使館を捜す必要はない。<br />隣の国でビザを取るというのが長期旅行者の原則なのだから。<br /><br />ヨルダン大使館に行くとゲートのところで門衛のようなおじさんが受付をしていた。<br />手数料が31.5エジプトポンド。<br />1エジプトポンドは約60円なので1890円。<br />細かいのがないので35ポンドを渡す。<br /><br />午前中に申請して午後1時半にはビザがもらえるということだ。<br />時間つぶしにカイロタワーに上ったりする。<br /><br />午後1時半に大使館に行くと、ビザをくれたが3.5ポンドのお釣りがない。<br />たかが200円だがここで負けたら、駄目だ。<br /><br />それで根性を決めて大使館に乗り込んで、中の部屋でドアが開いているところを覗きまわった。<br />役人を見つけてビザ代のお釣りがないと言うと、質問したりせずにあっさり自分のポケットからお釣りをくれた。<br />よく分からない話だが、この程度のことは旅をしているとよくある話だ。<br />前回カイロにいた時、4つ星の「クレオパトラホテル」のロビーで日本人技術者に会って一緒に食事をしたことがある。<br />ヨルダンで働いていた彼から「アカバ湾を渡ってヨルダンへ入国」というルートを聞いていたので、この道を行くことにする。<br />常識から言ってこのルートが存在するのは当然だが、頼りにしている「アフリカ・オン・シューストリング」にもこのルートの詳しい説明がない。<br />この本では「スエズ~アカバ」の船旅ルートの説明が中心になっている。<br />まあ、そこに船があるかぎり、行けば何とかなるだろう。<br /><br />朝5時に起床して荷物をまとめる。<br />泊まっていたカールトンホテル(シングル1泊21ポンド、つまり1260円)のレセプションに頼んでおいたタクシーがホテルの前に6時に来た。<br />タクシーでシナイバスターミナルに行って切符を買う。<br />窓口でどこからアカバ行きのフェリーが出るのか聞こうとするが、英語もフランス語もしゃべらないので要領を得ない。<br />個人でエジプト旅行をすると言葉が通じないというのがなかなか大変な問題なのだ。<br />どこで降りればいいのか解らないが、とにかく紅海方面へのバスは1本しかない。<br />バスの最終地点、ターバまでの切符を買う。25.5エジプトポンド。<br />バスの出発まで待合室でTVを見ながら待っていると、日本の女子プロレスを放送している。<br />懐かしい長与千種とダンプ松本の試合だ。<br />バスの出発が7:10AM。<br />かなりくたびれた大型バスだが、一応クーラーもきいている。<br />以前に乗ったルクソールから紅海の町ハルガダ、ハルガダからスエズまでのバスとは大違いだ。<br />この時は満員バスに5時間立ちっぱなしだったのだ。<br />リクライニングシートで快適だと喜ぶ。<br /><br />スエズ運河を地下トンネルで越えてシナイ半島に入り30分ほどたった。<br />そのまま紅海の東岸を走っている時、突然バスが停車した。<br /><br />その後バスから降ろされた。<br />どうやらバスが壊れたらしい。<br /><br />こういった所では何も頼れるものはない。<br />すべてを受け入れるしかないのだ。<br /><br />このままひょっとして明日の朝まで待つのかしらん。<br />チョコレートを買っといてよかった。<br />そう覚悟を決めて、周りの砂漠を見回している。<br />と、30分ほどして乗り換えのバスが到着した。<br /><br />バスが壊れるなんてよくあるのだからバックアップ体制もあったのだろうか。<br />それともたまたま通りかかったバスなのだろうか。<br /><br />こういう所では考えても仕方ない。<br />そういえばこのバスはシナイ山にあるという聖キャサリン修道院に寄るということなのだから、神様が使わしたバスなのだろう。<br />それが一番納得の行く説明なのでそういうことにしておこう。<br />その聖キャサリン修道院への別れ道へは午後2時半頃に着いた。<br />バスを降りた所にある岩で出来た建物でちょっと休む。<br />建物の壁をぐるりと取り囲んで控壁があるのは不思議な感じのする建築物だ。<br />こんなに頑丈なのはよほど強風が吹くのだろうか。<br />ここで乗客の半分程が下りた。残っているのは7人ぐらいだ。<br /><br />そのまま荒涼とした何もない砂漠の道を走っていくと前方に突然海が見えた。<br />これがアカバ湾。<br />バスはアカバ湾に沿って北へ走る。<br />朝早く起きたので眠くてうつらうつらしていると、大きな船の泊まっている港の前でバスが停車した。<br />乗客の1人がここで降りたが、残りの人たちはバスに乗ったままだ。<br />ここで降りるのか確かめようとして、港を指さして「ターバ?」と聞くが、どうやら違うらしい。<br />前方を指さすので、ターバはもっと行った所のようだ。<br />このバスに乗る人たちは当然僕と同じルートでアカバに渡るものと思いこんでいた。<br />言葉が通じないので、とにかく人数の多い方に着けばいいという日本人の付和雷同意識が出てしまったのだ。<br />それが間違いだった。<br /><br />そのままバスは走り続け、終点に着いた。ここがターバだ。<br />おやおや、高いビルの立ち並んだ大きな町が見える。<br /><br />バスを降りた乗客はぞろぞろとその町へと進むのだが、その前には金網の張った検問所らしいものがある。<br />イメージとずいぶん違う。<br /><br />「船はどこから出るんですか?」と近くにいたバス会社らしい人に聞く。<br />「ここから船は出ないよ」<br />「ここはターバで、ここからアカバ行きの船が出るんじゃないですか」<br />「ターバだけれど、向こうはイスラエルのエイラットだ。船が出るのはヌゥエイバだよ。ここに来る途中に大きな港があっただろう?」<br /><br />しまった!やはりさっきの所がそうだったんだ。<br />「どこか泊まる所はありませんか?」<br />「国境を越えてエイラットに行けば宿はあるよ」<br />確かにそうだ。<br />そうなのだけれども、僕はヨルダンのアカバに行きたいんだ。<br />イスラエルとエジプトを除くアラブ諸国は敵対しているので、イスラエルの入国スタンプがあればヨルダンへは入国出来ない。<br />イスラエルはそれがよく解っているので、別の紙に入国スタンプを押してくれる。<br />しかしイスラエルの入国スタンプが無くてもエジプトの出国スタンプにある地名でイスラエルに入ったかどうか当然解るわけだ。<br />ターバでのエジプトからの出国スタンプがあれば、エイラットでのイスラエルの入国スタンプが無くてもイスラエルに入ったことはミエミエ。<br />つまり、ヨルダンへは入国出来ない。<br /><br />ターバというのはただ国境を越える場所で、宿も何も無い所なのだ。<br />どうしてもヌエイバに戻らなければならない。<br /><br />バスはもう無い。<br />乗り合いタクシーでもと思うが、一緒に行く人がいない。<br /><br />タクシーを借りきるしか仕方ないが、今までのやり取りで足元を見られてしまった。<br />こうなった時のアラブ人は強い。<br /><br />往復のタクシー代として60ポンドとふっかける。<br />交渉してもこちらの立場が弱過ぎる。結局45ポンド(2700円)でヌエイバに戻ることにした。<br /><br />夕闇迫る岩と砂のアカバ湾沿いの道を飛ばして45分。<br />でも、なかなか気持のいいドライブだ。<br /><br />過ぎ去ったことをいちいち悔やんでいては旅行なんか出来ない。<br />これは僕の慎重さが無かったのがもともとの原因なのだ。<br /><br />ヌエイバは大きな港とそれにくっついたホテルと食堂のあるだけの雑然とした町だ。<br />2軒当たって、看板も無いホテルに部屋を取る。<br />E£17.25で2階のトイレ・シャワー付きのぼろぼろのシングルルームだ。<br />国境はどこもこういうものだ。<br />しかし、やっとたどり着いた港町では当然ビールをぐっと引っかけたい。<br />ところがどこにもビールが売ってない。<br />何軒か当たって、やっと町はずれの「フイッシャーマンズ・クラブ」にビールがあるという話を聞き出す。<br />真っ暗な中をビールの魅力に曳かれてえっちらおっちら歩いて行く。<br />途中で道端に何か暗いものが横たわっているのを見つける。<br />覗き込むと、その物体はゆっくりと僕の方に頭を向けた。<br />らくだ君だ!<br />「らくだ君。今晩わ!」とていねいにお辞儀をした。<br /><br />更にどんどんビールのあるという所へ進む。15分ぐらい歩いてやっと着いた。<br />さて「フイッシャーマンズクラブ」に押しかけて行ったが、陰気なおじさんが出て来て「ビールは無い」と断られてしまった。<br /><br />エジプトは禁酒国という訳ではないのだからどうも納得が行かない。<br />まあいいさ。また歩いてホテルのそばのレストランへ帰る。<br /><br />途中でまたらくだ君に話しかける。<br />「らくだくーん。ビールが無いんだってさ!」<br />結局この日の夕食はチキンにライスを付けて紅茶を4杯飲んで3.5ポンド。<br />次の朝はホテルの外のバスの音などがうるさくて6時に起きてしまった。<br />荷物をまとめて外に出て、乗船ゲートの方向に歩いて行く途中で日本人に会った。<br />いやぁ、本当に日本人ってどこにでもいるんだから。<br />彼はやはりイスタンブールからシリア・ヨルダンと渡って来たという話だ。<br />僕も船に乗らなければいけないし、彼はバスに乗らなければいけないのでちょっと話しただけで握手をして別れる。<br />ゲートを入ってピンク色の外国人用の出国カードに記入する。<br />その後荷物をチェックしてイミグレーションを受けたあとで切符を買いに行くという順番だ。<br />銀行の両替証明書を見せなければいけないのでE£35を換えて切符を購入する。<br />乗船に結構時間がかかる。<br />乗り込むのはほとんどがアラブ人だ。<br />見渡すと他に旅行者らしいのはフランス人の女性とその娘らしい3~4歳の女の子。<br />その2人にアラブ系の男がいつも一緒だ。<br />乗り込む時にパスポートを預けるのだが、よく見るとアラブ系の男もフランスのパスポートだった。<br />この3人とは切符を買う時からちょっと話はしていた。<br />切符を買ったりする要領が解らない時は、互いに教えあったりしていたのだ。<br /><br />さて、この国際フェリー目の見える所で働いているのはほとんどフィリピン人船員だ。<br />船室に上がって席に着くと、向こうから話しかけてくる。<br />2年契約で働いているのだそうだ。<br />フィリピンの人たちは中近東への出稼ぎが多いらしい。<br />でも、日本と違って大家族で互いに助け合っているのだ。<br />日本人のような海外出張中に奥さんが不倫をして勝手に離婚されていたなどというよくある心配は無いのかもしれない。<br /><br />船はわずか2時間ほどでアカバ港に着いた。<br />アカバ港は巨大なクレーンが林立する大きな港だ。<br /><br />船を降りてイミグレーションに行くとパスポートは別の事務所で渡すといわれる。<br />例のフランス人3人と僕で事務所を捜すのにまず苦労した。<br /><br />散々歩き回って、やっと事務所を見つけた。<br />中で20分ぐらい待っていると、鼻髭を生やしたエライさんが出て来た。<br /><br />彼と一緒に入ってきたカトリックの尼さんに僕の椅子を譲れと言われた。<br />「イエス、サー」と爽やかに従う。<br />役人には常に従順であること。これも長期旅行者の原則だ。<br />英語で簡単な質問を受けただけで、目の前でパスポートにスタンプを押してくれた。<br />それからフランス人と一緒に両替をする。<br />港の両替所によれば、どうやらJD(ヨルダンディナール)は420円程度だ。<br />残っていた国外では屑という噂のエジプトポンドもヨルダンディナールに変わった。<br />ここからフランス人と一緒にタクシーで町に行くことにした。<br />町へ10分ちょっと乗っただけなのに2JD(840円)もする。<br />割り勘なので僕は0.5JD払っただけだったが、これはなかなか物価の高そうな所だぞ。<br /><br />フランス人は彼らのガイドブックにある「ビーチホテル」に泊まることにする。<br />僕も一緒に泊まろうと誘われたが、1泊シングルで3.5JD(1470円)。<br /><br />タクシー代に比べて宿代はべらぼうではないが、出来るだけ安く泊まりたい。<br />町を歩いて訪ね回ったら、1泊2ディナール(840円)のホテルを見つけた。<br />これなら納得の行く値段だ。<br />ホテルのマネージャーに道を聞いて、海岸沿いにあるバス会社を訪ねる。<br />明日のアンマン行きのバスの予約をとる。<br />10時アカバ発で午後の2時半にアンマン着という話だ。料金は3JD。<br />フランス人の女性が「明日一緒にタクシーを借りきって、ペトラの遺跡に行きましょうよ」と言ってた。<br />けれど、人と一緒に旅するのはそんなに趣味じゃ無いのだ。<br />1日だけならいいが、2日も人と付き合うのは面倒だ。<br />歩いていて見つけた「レストランアリババ」でシシカバを一串にサラダを取る。<br />もちろんビールを頼む。「アムステルビール」が1本で0.85JD(360円)。<br />一口飲んだだけでくらっと頭に来る。<br />このビールは強い。<br />いやいや、ひょっとするとエジプトで飲んでいた「ステラビール」が弱過ぎたのかもしれない。<br /><br />そういえばただ冷えていたという思い出しか無いものね。<br />ビールを大びんで2本も飲むとすっかり出来上ってしまった。<br /><br />アンマンに急ぐ理由はイスラエルへ入国するための西岸パミットを入手するのにどの位の日数かかるか解らないからだ。<br />とにかくパミットの申請をしてしまって、その待ち時間にペトラの遺跡に行ったりすればいいだろう。<br /><br />シリアのビザを取るにも日本大使館からの推薦状の入手が必要で、結構事務手続きに時間がかかってしまう。<br />さらには東ヨーロッパに突入するのにドルキャッシュを入手しなければならない。<br /><br />情報ではアンマンでは簡単にドルを買えるということなのだ。<br />これも確かめなければならない。<br /><br />地図もガイドブックも無いがそれはアンマンで入手出来るはずだ。<br />ヨルダンからイスラエルに入り、またヨルダンに戻る。<br /><br />シリアに入国しパルミラの遺跡を見て、ユーフラテス川に出会う。<br />それからアレッポ経由で懐かしいトルコに入る。<br /><br />ヨルダンのペトラの遺跡をはじめ、ここは遺跡の宝庫だ。<br />これが僕が後にマヤやインカの遺跡を訪ね歩き「世界の遺跡王」と呼ばれるようになった、その始まりだった。<br /><br />馬鹿な日本人やいいかげんな日本のガイドブックが流している「ヨルダンには入国出来ない」という根拠のない嘘を打ち破った。<br />日本人の常識を離れて初めて、本当の旅が出来るのだ。<br /><br />これからは本物の旅だ。<br />だって、ずっと持って旅していた有名なガイドブック「アフリカ・オンナ・シューストリング」からはみ出してしまった。<br /><br />これからは中東。これからの旅にはもう僕の手元に旅行案内書がないのだ。<br /><br />http://homepage3.nifty.com/worldtraveller/asia/aqaba.htm

カイロ(エジプト)~アカバ(ヨルダン) 1988年8月

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1988/08 - 1988/08

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みどりのくつした

みどりのくつしたさん

《船でアカバ湾を渡り、アムステルビールで頭がくらっとする》

ナイロビからカイロへ飛んで、最初はタハリール広場に面した「クレオパトラホテル」に居た。
が、フロントの男が変に愛想が悪い。

だからというわけではなくて、安くて愛想のいいスタッフのいる、クーラーのがんがん効いた「カールトンホテル」に移った。
僕はアテネで買ったアテネ~ナイロビの往復切符を持っている。
エジプト航空の切符で、途中カイロに往路復路ともにストップオーバーが出来るという条件付きだ。値段は98000ドラクマ(9万円)。
実はこれは一番安い切符ではないのだが、買った理由がある。
それは「ギリシアの両替証明書問題」の名で、切符の買い方シリーズの一部としていつか書くこともあるだろう。
この切符でナイロビに行く途中カイロで降りて、エジプトはぐるんと一回りした。
今度ナイロビからカイロに飛んで来た理由は、見残したアレキサンドリアやサッカラのピラミッド群を見ることだ。
それともうひとつ考えなければいけないことがあったのだ。
この切符をこのまま使うとカイロからアテネまで、飛行機で行くことになる。
ところでアテネには僕はあまりいい印象がないのだ。

アテネは完全な観光都市で、見るところさえ見てしまえばそれでお終い。
ゆっくり滞在するというタイプのところではない。

ギリシアに来た人はアテネにちょっといるだけで、エーゲ海のリゾートに渡ってしまうのが普通だ。
だからアテネの宿のほとんどが一時滞在のドーミトリイタイプで、一泊500円ほどで泊まれるけれどプライバシーは無いといっていい。
シングルの部屋も捜せばあるけれど数が少ない。
特に今は8月の旅行シーズンなのだ。
ドイツ人を初めとするヨーロッパ人のリゾート客がどっと押しかけていて、とんでもなく混雑していることが高い確率で予想出来る。
切符は使うためにあるので、切符に縛られてはいけない。

出来るだけ、アテネを通らずにロンドンまで足を運びたいものだ。
とすれば、ヨーロッパにはいるためには、イスタンブールが起点となるだろう。

それから東ヨーロッパに足を伸ばすつもりだが、中東を通ってイスタンブールまで陸路で旅行出来るだろうか。
以前イスタンブールにいた時に、シリア~ヨルダン~イスラエル経由でエジプトまで行く計画を考えたことがある。

シリアのビザを取るためには日本大使館からの推薦状が必要なので、実際一度は決意してイスタンブールの日本領事館を訪ねたことがある。
ところがその日が丁度4月29日の天皇誕生日で、平日なのに日本大使館だけは業務を休んでいた。

気勢がそがれてシリアへ行くのは棚上げにした。
それが理由で、一気にトプカピバスターミナルからカッパドキアへのバスに乗ったのだ。

ナイルヒルトンで両替をして、カイロの中心タハリール広場を歩いていた時に日本人学生3人に出会った。
彼らは日本人旅行者の間で有名な安宿「オックスフォード」に泊まっているとか。

一緒に飯を食いながら、このルートのことを話す。
「西本さん、それは無理なルートですよ。僕もイスタンブールにいた時に陸路で来ようと思ったのですが、ヨルダンは日本人の入国が出来ないんです」との返事が戻ってきた。
本当なのだろうか?
理由を聞くと「以前『地球の歩き方』にレポートを送った奴が、入国管理官を馬鹿だと書いたので役人が怒って日本人に意地悪してるんです。それが理由なんですよ」という余り信用出来ない説明を持ち出す。

彼らは世界中どこにでもいる日本人旅行者の典型で、日本人宿に留まり、日本人同士でうわさ話や自慢話をしているうちに、きっと何が本当で何が嘘なのか解らなくなっているのだろう。

それにこの話が万が一本当で入国を拒否されても、それも面白い話の種だ。
とにかく旅先の噂話を信じちゃ駄目だというのが基本。
ヨルダンへ突入することを決める。
ヨルダンのビザを取るために、タハリール広場からナイル川の反対側のドッキ地区にあるヨルダン大使館へ歩いて行く。
ここは大使館の多いところで、ブルガリア大使館も同じ地区にあるはずなのだが、調べた住所に行くと大使館が行方不明だ。
ブルガリアのビザはもっと近くに行って取ればいいことだ。

無理に大使館を捜す必要はない。
隣の国でビザを取るというのが長期旅行者の原則なのだから。

ヨルダン大使館に行くとゲートのところで門衛のようなおじさんが受付をしていた。
手数料が31.5エジプトポンド。
1エジプトポンドは約60円なので1890円。
細かいのがないので35ポンドを渡す。

午前中に申請して午後1時半にはビザがもらえるということだ。
時間つぶしにカイロタワーに上ったりする。

午後1時半に大使館に行くと、ビザをくれたが3.5ポンドのお釣りがない。
たかが200円だがここで負けたら、駄目だ。

それで根性を決めて大使館に乗り込んで、中の部屋でドアが開いているところを覗きまわった。
役人を見つけてビザ代のお釣りがないと言うと、質問したりせずにあっさり自分のポケットからお釣りをくれた。
よく分からない話だが、この程度のことは旅をしているとよくある話だ。
前回カイロにいた時、4つ星の「クレオパトラホテル」のロビーで日本人技術者に会って一緒に食事をしたことがある。
ヨルダンで働いていた彼から「アカバ湾を渡ってヨルダンへ入国」というルートを聞いていたので、この道を行くことにする。
常識から言ってこのルートが存在するのは当然だが、頼りにしている「アフリカ・オン・シューストリング」にもこのルートの詳しい説明がない。
この本では「スエズ~アカバ」の船旅ルートの説明が中心になっている。
まあ、そこに船があるかぎり、行けば何とかなるだろう。

朝5時に起床して荷物をまとめる。
泊まっていたカールトンホテル(シングル1泊21ポンド、つまり1260円)のレセプションに頼んでおいたタクシーがホテルの前に6時に来た。
タクシーでシナイバスターミナルに行って切符を買う。
窓口でどこからアカバ行きのフェリーが出るのか聞こうとするが、英語もフランス語もしゃべらないので要領を得ない。
個人でエジプト旅行をすると言葉が通じないというのがなかなか大変な問題なのだ。
どこで降りればいいのか解らないが、とにかく紅海方面へのバスは1本しかない。
バスの最終地点、ターバまでの切符を買う。25.5エジプトポンド。
バスの出発まで待合室でTVを見ながら待っていると、日本の女子プロレスを放送している。
懐かしい長与千種とダンプ松本の試合だ。
バスの出発が7:10AM。
かなりくたびれた大型バスだが、一応クーラーもきいている。
以前に乗ったルクソールから紅海の町ハルガダ、ハルガダからスエズまでのバスとは大違いだ。
この時は満員バスに5時間立ちっぱなしだったのだ。
リクライニングシートで快適だと喜ぶ。

スエズ運河を地下トンネルで越えてシナイ半島に入り30分ほどたった。
そのまま紅海の東岸を走っている時、突然バスが停車した。

その後バスから降ろされた。
どうやらバスが壊れたらしい。

こういった所では何も頼れるものはない。
すべてを受け入れるしかないのだ。

このままひょっとして明日の朝まで待つのかしらん。
チョコレートを買っといてよかった。
そう覚悟を決めて、周りの砂漠を見回している。
と、30分ほどして乗り換えのバスが到着した。

バスが壊れるなんてよくあるのだからバックアップ体制もあったのだろうか。
それともたまたま通りかかったバスなのだろうか。

こういう所では考えても仕方ない。
そういえばこのバスはシナイ山にあるという聖キャサリン修道院に寄るということなのだから、神様が使わしたバスなのだろう。
それが一番納得の行く説明なのでそういうことにしておこう。
その聖キャサリン修道院への別れ道へは午後2時半頃に着いた。
バスを降りた所にある岩で出来た建物でちょっと休む。
建物の壁をぐるりと取り囲んで控壁があるのは不思議な感じのする建築物だ。
こんなに頑丈なのはよほど強風が吹くのだろうか。
ここで乗客の半分程が下りた。残っているのは7人ぐらいだ。

そのまま荒涼とした何もない砂漠の道を走っていくと前方に突然海が見えた。
これがアカバ湾。
バスはアカバ湾に沿って北へ走る。
朝早く起きたので眠くてうつらうつらしていると、大きな船の泊まっている港の前でバスが停車した。
乗客の1人がここで降りたが、残りの人たちはバスに乗ったままだ。
ここで降りるのか確かめようとして、港を指さして「ターバ?」と聞くが、どうやら違うらしい。
前方を指さすので、ターバはもっと行った所のようだ。
このバスに乗る人たちは当然僕と同じルートでアカバに渡るものと思いこんでいた。
言葉が通じないので、とにかく人数の多い方に着けばいいという日本人の付和雷同意識が出てしまったのだ。
それが間違いだった。

そのままバスは走り続け、終点に着いた。ここがターバだ。
おやおや、高いビルの立ち並んだ大きな町が見える。

バスを降りた乗客はぞろぞろとその町へと進むのだが、その前には金網の張った検問所らしいものがある。
イメージとずいぶん違う。

「船はどこから出るんですか?」と近くにいたバス会社らしい人に聞く。
「ここから船は出ないよ」
「ここはターバで、ここからアカバ行きの船が出るんじゃないですか」
「ターバだけれど、向こうはイスラエルのエイラットだ。船が出るのはヌゥエイバだよ。ここに来る途中に大きな港があっただろう?」

しまった!やはりさっきの所がそうだったんだ。
「どこか泊まる所はありませんか?」
「国境を越えてエイラットに行けば宿はあるよ」
確かにそうだ。
そうなのだけれども、僕はヨルダンのアカバに行きたいんだ。
イスラエルとエジプトを除くアラブ諸国は敵対しているので、イスラエルの入国スタンプがあればヨルダンへは入国出来ない。
イスラエルはそれがよく解っているので、別の紙に入国スタンプを押してくれる。
しかしイスラエルの入国スタンプが無くてもエジプトの出国スタンプにある地名でイスラエルに入ったかどうか当然解るわけだ。
ターバでのエジプトからの出国スタンプがあれば、エイラットでのイスラエルの入国スタンプが無くてもイスラエルに入ったことはミエミエ。
つまり、ヨルダンへは入国出来ない。

ターバというのはただ国境を越える場所で、宿も何も無い所なのだ。
どうしてもヌエイバに戻らなければならない。

バスはもう無い。
乗り合いタクシーでもと思うが、一緒に行く人がいない。

タクシーを借りきるしか仕方ないが、今までのやり取りで足元を見られてしまった。
こうなった時のアラブ人は強い。

往復のタクシー代として60ポンドとふっかける。
交渉してもこちらの立場が弱過ぎる。結局45ポンド(2700円)でヌエイバに戻ることにした。

夕闇迫る岩と砂のアカバ湾沿いの道を飛ばして45分。
でも、なかなか気持のいいドライブだ。

過ぎ去ったことをいちいち悔やんでいては旅行なんか出来ない。
これは僕の慎重さが無かったのがもともとの原因なのだ。

ヌエイバは大きな港とそれにくっついたホテルと食堂のあるだけの雑然とした町だ。
2軒当たって、看板も無いホテルに部屋を取る。
E£17.25で2階のトイレ・シャワー付きのぼろぼろのシングルルームだ。
国境はどこもこういうものだ。
しかし、やっとたどり着いた港町では当然ビールをぐっと引っかけたい。
ところがどこにもビールが売ってない。
何軒か当たって、やっと町はずれの「フイッシャーマンズ・クラブ」にビールがあるという話を聞き出す。
真っ暗な中をビールの魅力に曳かれてえっちらおっちら歩いて行く。
途中で道端に何か暗いものが横たわっているのを見つける。
覗き込むと、その物体はゆっくりと僕の方に頭を向けた。
らくだ君だ!
「らくだ君。今晩わ!」とていねいにお辞儀をした。

更にどんどんビールのあるという所へ進む。15分ぐらい歩いてやっと着いた。
さて「フイッシャーマンズクラブ」に押しかけて行ったが、陰気なおじさんが出て来て「ビールは無い」と断られてしまった。

エジプトは禁酒国という訳ではないのだからどうも納得が行かない。
まあいいさ。また歩いてホテルのそばのレストランへ帰る。

途中でまたらくだ君に話しかける。
「らくだくーん。ビールが無いんだってさ!」
結局この日の夕食はチキンにライスを付けて紅茶を4杯飲んで3.5ポンド。
次の朝はホテルの外のバスの音などがうるさくて6時に起きてしまった。
荷物をまとめて外に出て、乗船ゲートの方向に歩いて行く途中で日本人に会った。
いやぁ、本当に日本人ってどこにでもいるんだから。
彼はやはりイスタンブールからシリア・ヨルダンと渡って来たという話だ。
僕も船に乗らなければいけないし、彼はバスに乗らなければいけないのでちょっと話しただけで握手をして別れる。
ゲートを入ってピンク色の外国人用の出国カードに記入する。
その後荷物をチェックしてイミグレーションを受けたあとで切符を買いに行くという順番だ。
銀行の両替証明書を見せなければいけないのでE£35を換えて切符を購入する。
乗船に結構時間がかかる。
乗り込むのはほとんどがアラブ人だ。
見渡すと他に旅行者らしいのはフランス人の女性とその娘らしい3~4歳の女の子。
その2人にアラブ系の男がいつも一緒だ。
乗り込む時にパスポートを預けるのだが、よく見るとアラブ系の男もフランスのパスポートだった。
この3人とは切符を買う時からちょっと話はしていた。
切符を買ったりする要領が解らない時は、互いに教えあったりしていたのだ。

さて、この国際フェリー目の見える所で働いているのはほとんどフィリピン人船員だ。
船室に上がって席に着くと、向こうから話しかけてくる。
2年契約で働いているのだそうだ。
フィリピンの人たちは中近東への出稼ぎが多いらしい。
でも、日本と違って大家族で互いに助け合っているのだ。
日本人のような海外出張中に奥さんが不倫をして勝手に離婚されていたなどというよくある心配は無いのかもしれない。

船はわずか2時間ほどでアカバ港に着いた。
アカバ港は巨大なクレーンが林立する大きな港だ。

船を降りてイミグレーションに行くとパスポートは別の事務所で渡すといわれる。
例のフランス人3人と僕で事務所を捜すのにまず苦労した。

散々歩き回って、やっと事務所を見つけた。
中で20分ぐらい待っていると、鼻髭を生やしたエライさんが出て来た。

彼と一緒に入ってきたカトリックの尼さんに僕の椅子を譲れと言われた。
「イエス、サー」と爽やかに従う。
役人には常に従順であること。これも長期旅行者の原則だ。
英語で簡単な質問を受けただけで、目の前でパスポートにスタンプを押してくれた。
それからフランス人と一緒に両替をする。
港の両替所によれば、どうやらJD(ヨルダンディナール)は420円程度だ。
残っていた国外では屑という噂のエジプトポンドもヨルダンディナールに変わった。
ここからフランス人と一緒にタクシーで町に行くことにした。
町へ10分ちょっと乗っただけなのに2JD(840円)もする。
割り勘なので僕は0.5JD払っただけだったが、これはなかなか物価の高そうな所だぞ。

フランス人は彼らのガイドブックにある「ビーチホテル」に泊まることにする。
僕も一緒に泊まろうと誘われたが、1泊シングルで3.5JD(1470円)。

タクシー代に比べて宿代はべらぼうではないが、出来るだけ安く泊まりたい。
町を歩いて訪ね回ったら、1泊2ディナール(840円)のホテルを見つけた。
これなら納得の行く値段だ。
ホテルのマネージャーに道を聞いて、海岸沿いにあるバス会社を訪ねる。
明日のアンマン行きのバスの予約をとる。
10時アカバ発で午後の2時半にアンマン着という話だ。料金は3JD。
フランス人の女性が「明日一緒にタクシーを借りきって、ペトラの遺跡に行きましょうよ」と言ってた。
けれど、人と一緒に旅するのはそんなに趣味じゃ無いのだ。
1日だけならいいが、2日も人と付き合うのは面倒だ。
歩いていて見つけた「レストランアリババ」でシシカバを一串にサラダを取る。
もちろんビールを頼む。「アムステルビール」が1本で0.85JD(360円)。
一口飲んだだけでくらっと頭に来る。
このビールは強い。
いやいや、ひょっとするとエジプトで飲んでいた「ステラビール」が弱過ぎたのかもしれない。

そういえばただ冷えていたという思い出しか無いものね。
ビールを大びんで2本も飲むとすっかり出来上ってしまった。

アンマンに急ぐ理由はイスラエルへ入国するための西岸パミットを入手するのにどの位の日数かかるか解らないからだ。
とにかくパミットの申請をしてしまって、その待ち時間にペトラの遺跡に行ったりすればいいだろう。

シリアのビザを取るにも日本大使館からの推薦状の入手が必要で、結構事務手続きに時間がかかってしまう。
さらには東ヨーロッパに突入するのにドルキャッシュを入手しなければならない。

情報ではアンマンでは簡単にドルを買えるということなのだ。
これも確かめなければならない。

地図もガイドブックも無いがそれはアンマンで入手出来るはずだ。
ヨルダンからイスラエルに入り、またヨルダンに戻る。

シリアに入国しパルミラの遺跡を見て、ユーフラテス川に出会う。
それからアレッポ経由で懐かしいトルコに入る。

ヨルダンのペトラの遺跡をはじめ、ここは遺跡の宝庫だ。
これが僕が後にマヤやインカの遺跡を訪ね歩き「世界の遺跡王」と呼ばれるようになった、その始まりだった。

馬鹿な日本人やいいかげんな日本のガイドブックが流している「ヨルダンには入国出来ない」という根拠のない嘘を打ち破った。
日本人の常識を離れて初めて、本当の旅が出来るのだ。

これからは本物の旅だ。
だって、ずっと持って旅していた有名なガイドブック「アフリカ・オンナ・シューストリング」からはみ出してしまった。

これからは中東。これからの旅にはもう僕の手元に旅行案内書がないのだ。

http://homepage3.nifty.com/worldtraveller/asia/aqaba.htm

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