2007/12 - 2007/12
273位(同エリア570件中)
yokoさん
ずっと行きたいと思っていたエジプトに遂に行ってきました!
参加したツアーは、カイロからアスワンまでの1000kmを、バスで移動しながら遺跡を見学するという少々ハードな旅でしたが、オーソドックスなツアーでは見ることができない遺跡も見学することができ、とてもよかったです。表紙の写真は頂上部分に表装石が残っている、カフラー王の美しいピラミッドです。第二のピラミッドとも呼ばれています。
カイロ&ギザ&メイドゥム→ベニ・ハッサン遺跡&テル・エル・アマルナ遺跡→アビドス&デンデラ→ルクソール→アスワン→アブシンベル→カイロ&メンフィス&サッカラ&ダハシュール、と旅行しました。
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 観光バス
- 航空会社
- エジプト航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
-
成田から約14時間、カイロの街が見えてきました。カイロの夜景はビーズをちりばめたように綺麗です。
それにしてもエジプト航空での14時間の旅は辛かったです。古い機体ですごく狭かったです。パーソナルテレビはありません。モニターの映画は英語かアラビア語で、たまに日本語があるかと思えば、音が割れていたりして使い物になりません。CAも人数不足のせいかサービスが悪かったです。エジプト航空に乗るときは退屈しのぎの文庫本等を持たれたほうがいいと思います。 -
カイロに到着後、ギザのピラミッドが間近に見えるメナハウス・オベロイというホテルに泊まりました。
王族の別荘を改造したリゾートホテルで、とても豪華な建物です。行っていませんがカジノもあるそうです。プールに入りながらピラミッドを眺められそうです。 -
泊まった部屋は329号室です。この部屋からはピラミッドが見えないのが残念でした。
部屋の設備や備品は整っていて、湯沸しポットやミネラルウォーター、スリッパがありました。バスルームにはバスタブ、ビデがありました。ピカピカでゴージャスなお部屋ですが、ここに12時間も滞在できないのがさびしいところです。 -
朝早くホテルをチェックアウトして、早速クフ王のピラミッドへ向かいました。
クフ王のピラミッドは本当に大きい!カメラに入りきれません。現在の高さは137m、ですが元の高さは146mあったそうです。B.C.2550年、今から約4500年前に人の力で作られたものとは思えません。あのナポレオンもさぞかし驚いたのでしょうね。 -
いよいよクフ王のピラミッドの内部へ入ります!残念ながら写真撮影は禁止でした。
上方に見えるのは本来の入り口で、観光客が入っていくのは、9世紀前半にカリフのアル・マムーンの命令であけられた穴です。
入ってすぐ上昇通路を上り、大回廊へ。大回廊は8.7mの高さがあり、本当に見事なものでした。この大きなピラミッドの中にこれだけの空間を作るとは・・・感動しました。大回廊を上り、よくテレビで見るあの"王の玄室"へ。石棺以外は何もない空間です。王の玄室や南の孔や北の孔を懐中電灯を使って、じっくり観察してきました。 -
クフ王のピラミッドから見たカイロの街並みです。
歴史的な建造物が、人口1500万人を超える大都会のすぐそばにあります。 -
クフ王のピラミッドと観光バスをバックに写真撮影。
世界中からの観光客で溢れかえっています。 -
三大ピラミッドが良く見えるというパノラミックポイントへ連れていってもらいました。
左から、クフ王のピラミッド(137m)、カフラー王のピラミッド(136.5m)、メンカウラー王のピラミッド(66m)、3つの衛星ピラミッドです。 -
パノラミックポイントではラクダに乗ることができます。このあたりの相場は1ドルだそうです。
観光客を乗せるラクダは全部オスだそうです。メスは気性が荒くて、観光客を乗せられないのだとか。 -
パノラミックポイントから見た"クフ王のピラミッド"と"カフラー王のピラミッド"。
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パノラミックポイントから見た"メンカウラー王のピラミッド"と"3つの衛星ピラミッド"。
メンカウラー王は"公平で慈悲深い"ファラオと呼ばれていたそうです。それでピラミッドは小さめなのでしょうか? -
次は、1954年にクフ王のピラミッドの東側から発見された"太陽の船"を見に行きました。
651個の部材にバラバラに分かれていたものを、ユーセフ氏が20年以上もかけて組み立てたのだそうです。 -
中央部分の長さは9m。
太陽の船に関しては、ラー(太陽神)が毎日船で旅をしている神話から造った説、クフ王の遺骸をこの船でギザまで運んだという説などがあります。 -
長さは46m、中央部の幅は6mの世界最古の木造船です。レバノン杉やエジプトイチジク、ナツメなどで作られています。
第二の太陽の船が、電磁波レーダーにより発見されています。発掘、復元が待たれています。 -
こちらは船のパーツを縛っていたロープです。約5000年前のものでボロボロです。
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クフ王のピラミッドの東側のこのような場所から発見されたそうです。
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次はJTBツアーの目玉、スフィンクスの足元エリアに入場しました。
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最近の説では、ギザの三大ピラミッドよりも200年ほど古いといわれているこの大スフィンクス。下から見上げると大迫力です。
手前にあるのは祭壇で、奥にあるのがトトメス4世の"夢の碑文"です。 -
まだ王子だったトトメス4世が、狩りの途中に、ここで昼寝をしていると、夢に苦しんでいるスフィンクスが現れ「我の体を砂から出してくれ。さすればそなたをファラオ(王)にしてやろう。」と言った。トトメス4世は早速掘り起こして、数年後に王になったと言う話です。
トトメス4世はこのエピソードを記した碑をスフィンクスの前足の間に奉納し、これが今では"夢の碑文"と呼ばれています。 -
スフィンクスの足元から撮影。見上げると思っていたよりも相当大きい!迫力があります!
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横顔を撮影。やっぱり鼻がありません。
スフィンクスの鼻がない件についても、諸説あるようです。1番面白いのはナポレオンがスフィンクスの鼻を狙撃練習の標的にしたという説です。 -
スフィンクスの後ろ足とクルンとした尻尾。やはりライオンがモチーフなのですね。
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スフィンクス後姿。
レンガを積んだところは、ローマ帝国支配化時代に修復されたものだそうです。 -
古代から、スフィンクスには宝が隠されている!、スフィンクスにはピラミッドへの入り口がある!と言われ、あちこち掘られたようです。これはスフィンクスのおしりの辺りの空洞への入り口です。
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カフラー王のピラミッドとスフィンクスとクフ王のピラミッドの3ショット!
夏至の日に、スフィンクス神殿から見ると、カフラー王のピラミッドとクフ王のピラミッドのちょうど真ん中に、太陽が沈むそうです。 -
スフィンクスとクフ王のピラミッド。
直線距離では、クフ王のピラミッドの方が、スフィンクスに近いのだそうです。クフ王のピラミッドもフィンクスも真東を向いています。 -
スフィンクスとカフラー王のピラミッド。
この角度から見ると、スフィンクスとカフラー王のピラミッドがセットに見えます。スフィンクスはカフラー王の葬祭複合体と一体をなすという説が以前は有力だったようです。カフラー王の顔はスフィンクスに似ていたという説もあるようです。 -
ドイツのカメラクルーがいました。テレビ番組の撮影だそうです。
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こちらは"スフィンクス神殿"です。
長い間、砂に埋まっていたのでボロボロです。全てのものが左右対称に造られていたそうです。 -
カフラー王のピラミッドの参道です。
カフラー王のピラミッドの葬祭殿と"河岸神殿"を結んでいます。この参道はスフィンクスを避けて、東ではなくやや南東に延びています。このことからも、スフィンクスは3大ピラミッドよりも昔に造られたのではないかと言われています。 -
カフラー王のピラミッドの参道の到着点で、スフィンクス神殿の西にある"河岸神殿"です。
スフィンクス神殿と同じ年代に作られたのではないかと言われてますが、"河岸神殿"は硬度の高い石でできていたため、ほとんど風化していません。美しい形で残っています。 -
河岸神殿は保存状態が良いので、石の積み上げ方もよく観察できます。
4500年以上前に造ったとは思えない程、キッチリと石が積み上げられています。すごい技術ですね。
この河岸神殿の地中から"カフラー王の像"が出てきたそうです。 -
ツアーなのでパピルスのお土産屋さんで一休み。パピルス造りの実演をしてくれました。
まず、植物のパピルスを水に浸して柔らかくなったところを、刃物でそいでいきます。 -
次にそいだパピルスをグリグリと伸ばしていきます。
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伸ばしたパピルスを市松模様のように組んでいきます。
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それを数週間プレスして、
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パピルスの出来上がり!
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ギザからメイドゥームへ行き、"崩れピラミッド"を見学してきました。"崩れピラミッド"は、第4王朝創始者のスネフェル王(クフ王の父)が築いたピラミッドです。
日の光を浴びて、黄金に輝く"崩れピラミッド"を見てて、とても美しいと思いました。いい感じの崩れぐあいです。私達ツアーの他は誰もいなく、ゆっくり観光できました。 -
"崩れピラミッド"の近くには、臣下の墓があります。
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近くから見上げると大迫力です!真ん中のはしごを上って中に入ることができます。
スネフェル王は、まずメイドゥムに崩れピラミッドを、次にダハシュールに屈折ピラミッドを、次にダハシュールに赤のピラミッドを造ったと言われています。 -
積んである石はクフ王のピラミッドよりも小さいですね。
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こちらはピラミッド付属の礼拝堂で、崩れたピラミッドの砂塵の中から考古学者のピートリーが発掘しました。
この礼拝堂には、面白いことに、第18王朝(ツタンカーメン王の頃)時代に書かれた旅行者の落書きがあります。その落書きには『"スネフェル"の美しい神殿を見るためにきた。その中に天があるように見えた。太陽が昇っているように見えた』と書かれています。と言うことは、第18王朝時代には、このピラミッドはまだ崩れていなかったのかもしれませんね。 -
こちらはピラミッド付属の礼拝堂から延びている参道です。
珍しく北に延びています。通常のピラミッドの参道は東に延びていることが多いのだそうです。 -
いよいよ崩れピラミッドの中に入ります!
まずは急勾配の道をどんどん降りていきます。 -
途中でちょっと広い場所に出ます。切り出した石を一時的に置いておく所だったようです。
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それから急な段差をはしごで登って、
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玄室へ到着!・・・なにもありません・・・。
クフ王のピラミッドの大回廊の小型サイズに、見えなくもない・・・気がします。 -
玄室の天井には、レバノン杉と思われる木の棒があります。
これを滑車のように使って、この玄室に何か(王のミイラ等)を入れようとしたと考えられているそうです。 -
ピラミッドから出ると、もう夕方です。
崩れピラミッドの崩れた部分は、工事の途中で崩れた説と、元は8段の階段があり風化で崩れたという説があるようです。 -
日が暮れてきました。今夜の宿泊地のエル・ミニアに向けて出発です。
最後まで見ていただいてありがとうございます。
次の日は、普通のツアーではあまり訪れない、ベニ・ハッサン岩窟墓とテル・エル・アマルナ遺跡に行きます。
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