2008/01/01 - 2008/01/01
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もろずみさん
あけましておめでとうございます
毎年、正月の散歩コースには頭を悩ませます。
せっかく都内は交通量も少なくて歩きやすいのに、見所はほとんど休み。かと言って初詣で賑わう神社だけではもの足りません。
そこで今年は日本橋川の24橋をたどることにしました。
日本橋川は、小石川橋下流で神田川から分岐し永代橋上流で隅田川に合流する一級河川。全長は4.84kmで全域が海の潮位の影響を受ける「感潮域」です。
歴史的には、途中の日本橋にはかつて魚河岸もあり、昔はこの川から引き込まれる運河もたくさんあったようです。長年に渡り江戸の水運を担って来た河川の一つです。
ところが高度成長期に日本橋川の上に首都高速が建設され、まるで川に蓋をしたような、文字通り「身も蓋もない」景観になってしまいました。
「日本橋川に空を取り戻す」という運動も始まっていますが、果たしていつになることやら・・・。
そんなわけで写真写りの良くない橋がほとんどですが、歩いてみると人の少ない正月だからこそ楽しめるというコースでした。
- 交通手段
- 徒歩
-
番外・小石川橋
その昔、江戸城外郭の見附門があり小石川見附と呼ばれていました。
神田川140橋の128番目の橋です。日本橋川はここで分流。 -
1番・三崎橋
分流してすぐの橋です。小石川橋とは隣り合っているので兄弟のようです。
現在の橋は昭和29年(1954年)に建造されました。 -
2番・新三崎橋
三崎橋の隣りに中央線の名前がない高架橋が並行して走っているので、本当はそれが2番目なのかも知れません。
欄干が銀色に輝いていて三崎橋よりお洒落かも。 -
3番・あいあい橋
平成13年(2001年)に新しく架けられた人道橋です。
「あいあい」という名称は住民の公募でつけられたそうです。
アルファベットの「ii」、つまり地名である飯田橋(iidabashi)に掛けた命名です。 -
4番・新川橋
昭和2年(1927年)の震災復興時に架けられた古い橋です。
江戸時代にはこの辺りは武家屋敷で日本橋川は埋められていて、明治になって掘削されました。
そのために新川と呼ばれていたのでしょう。 -
5番・堀留橋
元々は小石川などの小河川が流れ込んでいた日本橋川が、神田川の開通によって不要となり、三崎町付近からここまで埋め立てられました。
これより下流は江戸城の外堀として残されていたので、ここが堀留というわけです。
架橋は大正15年(1926年)。アーチ型の格好の良い橋ですが少々くたびれてます。 -
6番・南堀留橋
この橋も昭和3年(1928年)の震災復興時に架けられた橋です。
正月らしくない表現ですけど、頭上の首都高速に押しつぶされそうで昼間でも薄暗い雰囲気がします。 -
7番・俎橋
幹線道路の靖国通りに架かる橋なので、こうして川から見ないと橋とは気づきません。
昭和58年(1983年)に都営新宿線の地下工事に伴い架け替えられる前はアーチ橋だったそうです。 -
橋の上から靖国神社の鳥居が正面に見えます。
どう見ても普通の道路。とても橋の上とは思えませんよね。 -
8番・宝田橋
昭和43年(1968年)に架橋。その前は木橋だったらしいです。
宝田というのは太田道灌の江戸城築城当時のこの辺りの村の名前です。
日本橋本町の宝田神社はここから移転したという説もあります。 -
9番・雉子橋
江戸時代には雉子橋御門のあった場所の架かる橋で、今の橋は大正14年(1925年)に架けられました。
元々は外濠に架かる橋ですが、ほとんど内濠に隣接しているので江戸城の内曲輪門として警備は厳しかったようです。 -
10番・一ツ橋
家康公が江戸城に入った頃、丸太の一本橋が架かっていたので「一ツ橋」。
徳川御三卿の一ツ橋家の屋敷はこの脇にありました。
と言っても丸紅から気象庁や旧合同庁舎の敷地も含む広大な屋敷だったようです。
橋は大正14年(1925年)の架橋。他の震災復興時に架けられた橋に比べて重厚な造りです。 -
11番・錦橋
ここまで見てきた橋では一番凝っているのがこれ。
昭和2年(1927年)の架橋で、古びてはいますが綺麗なアーチ橋です。
橋の名はこの辺りの河岸を錦河岸といい、町名の錦町が今も残っています。 -
12番・神田橋
幹線道路の日比谷通りに架かる幅広の橋です。
江戸時代は「神田橋御門」の見附橋でした。
構造的には単調ですが、すっきりした外観です。 -
北詰には神田橋公園があって開放的な雰囲気です。
街中の秋咲き桜は小振りの十月桜が多いのですが、神田橋と言えばこの時期は冬桜です。
元日ですから何でも「初」ですが、今年の初桜。 -
神田橋から次の鎌倉橋までの間は「鎌倉河岸」と呼ばれる荷揚げ場でした。
立派な記念碑が建ってました。 -
13番・鎌倉橋
もちろん名前は鎌倉河岸からとったわけですが、なぜ鎌倉なのか?
家康公の江戸城入城の直後、城壁や濠の大規模な改修工事が行われました。
その時に鎌倉から切り出した石材をここで荷揚げしたからだそうです。
橋そのものはあまり特徴はないです。 -
14番・新常盤橋
昭和63年(1988年)の東北新幹線開通時に架け代えられた橋です。
すぐ横を新幹線の高架が走っています。
「ときわ」の文字が「常磐」でなく「常盤」になっていますが、間違いではありません。 -
15番・常磐橋
元は江戸城の「常磐橋御門」の見附橋で、明治10年(1977年)に架けられた石造りのアーチ橋です。
常磐橋御門は江戸城の城郭門の中でも格式が高く、将軍家もお通りになった門です。
日本橋川では現存する橋の中では最古の橋ですが、幅の制約があって今は人道橋として使われています。 -
橋を渡ると枡形門の石垣跡が残った常磐橋公園です。
渋沢栄一翁の銅像が東京駅方向を眺めていました。
翁の右手が大手町、左手が日銀本館といういかにも近代経営の祖らしいロケーションですね。 -
16番・常盤橋
こちらは「常磐」でなく「常盤」です。
昭和元年(1926年)に架けられた時、「常磐橋」の一字を変えて同じ「ときわばし」と読ませました。紛らわしいですね。
単に上流の常磐橋が幅が狭すぎるので広い橋を架けたわけです。 -
17番・一石橋
川はここで急カーブしているので、常盤橋と接するように外堀通りに架かっています。
一石橋とは、金座支配の後藤家と呉服支配の後藤家の間に架かる橋なので5斗+5斗=1石だとか。 -
18番・西河岸橋
小さな橋ですが平成3年(1991年)に改修されて綺麗になりました。西河岸は町名です。
この辺りの首都高速の圧迫感は相当なもので、川は完全に蓋をされているような景観です。 -
19番・日本橋
五街道の起点であり、日本橋川を代表する橋であることは言うまでもありません。
明治44年(1911年)に架けられた石造の2連アーチ橋です。
震災で落ちなかった貴重な産業遺産であり、もちろん国の重文指定を受けています。 -
親柱には獅子、中柱には麒麟の彫刻があります。
これだけ立派な彫刻類で装飾された橋は他にありません。 -
錦絵で有名なのは広重の東海道五十三次「日本橋朝の景」。
擬宝珠の付いた橋は格式が高い証拠です。
江戸期の木製の日本橋は江戸博に再現されていますね。 -
橋の中央には「日本国道路元標」のプレートが埋め込まれています。
元日とは言えそこそこの交通量があるので本物のプレートを撮るのは危険。
脇にレプリカがあるのでこちらを撮ってきました。
交通規制で橋の真ん中を歩く機会があれば本物を撮ってきましょう。 -
橋の北詰にはかつて魚河岸があって賑わっていました。
魚河岸は震災後に築地に移転しましたが、乙姫の広場に「日本橋魚河岸発祥の地」の石碑が建っています。
乙姫の広場は川柳にある「日本橋 龍宮城の 港なり」から命名されたものです。 -
かつての日本橋周辺には様々な問屋や小売が商いしており、白壁・黒壁の蔵が建ち並んでいました。
何しろ江戸湊からここまで舟で荷を運び、陸揚げして五街道を陸送した流通の要のような場所です。
時代ははっきりしませんが明治期の魚河岸の写真がありました。 -
20番・江戸橋
この辺りまで来ると川幅も広くなり、加えて昭和通りも交通量が多いので、幅も長さも日本橋川最大級の橋です。
昭和通りはその名の通り震災後に通された道路ですので、それまでここに橋はありませんでした。
旧江戸橋はどうやらこの付近から分流していた楓川に架かっていた橋のようです。 -
江戸橋の南詰は倉庫がびっしりと建っていました。
中でも風格があるのが三菱倉庫ビル(旧江戸橋倉庫ビル)です。
昭和5年(1930年)に竣工した建物です。 -
21番・鎧橋
支流の楓川は埋め立てられて首都高速が走っているので、その下をくぐると兜町です。
兜町と対岸の小網町を結ぶのが鎧橋で、現在の橋は昭和32年(1957年)に架けられたもの。
かつて「鎧の渡し」のあった場所の架けられたのが名前の由来。前九年の役の八幡太郎義家に遡ります。 -
22番・茅場橋
小網町河岸を進んで行って新大橋通りに架かる橋。
何となくのっぺりした印象で、欄干くらいしか撮りませんでした。
これが首都高速に蓋をされた最後の橋です。 -
茅場橋から少し下った所にある日本橋水門。
ここで分流して亀島川が流れています。
亀島川はわずか1kmの短い水路ですが、江戸時代は越前堀と呼ばれ時代劇を彷彿させる川です。
こちらの橋づくしはいずれ・・・。 -
23番・湊橋
頭上に高速道路がないとこれだけすっきりするのか、と思わせるお洒落な橋。
昭和3年(1928年)に架けられたアーチ橋ですが、近年になって綺麗にタイル化粧されてます。
ここから下流が江戸湊ですので湊橋と名付けられました。 -
24番・豊海橋
珍しい外観のフィレンディール橋です。
日本橋川に架かる橋は桁橋かアーチ橋ばかりですが、最後に瀟洒な橋で締めくくりです。
この美しい外観は目の前にある名橋・永代橋の意匠との調和から生まれたそうです。 -
ということで日本橋川の橋づくしでした。
豊海橋から先はもう隅田川。江戸の初期は海でした。 -
番外・永代橋
日本橋川に比べると隅田川は大きいですね。
美しい橋がいくつも架かっていますので、こちらも季節の良いときに川下りを楽しんでみましょう。
川に沿って歩いてみると、江戸情緒のある乙な散歩コースでした。
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