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14台の曳山は唐津神社のすぐそばにある曳山展示場に保管されています。芸術品としても貴重なため、きっちりと温度管理、湿度管理された場所で保管しなければなりません。唐津くんちの期間に曳山は各町に‘里帰り’することになるのです。<br /><br />天気予報では曇りでしたが、さすが晴れの特異日11月3日。朝から青空です。唐津くんちは、3日は唐津神社への獅子舞奉納に始まり、御旅所までの巡幸が始まります。獅子舞奉納の前に、曳山は唐津神社前に集合します。この時が、すべての曳山を観賞する絶好の機会となっています。14台の曳山を紹介しましょう。

唐津くんち? 唐津神社

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2007/11/02 - 2007/11/03

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GOTOCHAN

GOTOCHANさん

14台の曳山は唐津神社のすぐそばにある曳山展示場に保管されています。芸術品としても貴重なため、きっちりと温度管理、湿度管理された場所で保管しなければなりません。唐津くんちの期間に曳山は各町に‘里帰り’することになるのです。

天気予報では曇りでしたが、さすが晴れの特異日11月3日。朝から青空です。唐津くんちは、3日は唐津神社への獅子舞奉納に始まり、御旅所までの巡幸が始まります。獅子舞奉納の前に、曳山は唐津神社前に集合します。この時が、すべての曳山を観賞する絶好の機会となっています。14台の曳山を紹介しましょう。

同行者
友人
一人あたり費用
3万円 - 5万円
交通手段
タクシー 新幹線
  • 唐津神社前に14台の曳山が並んでいる様は壮観です。

    唐津神社前に14台の曳山が並んでいる様は壮観です。

  • 一番曳山『赤獅子』。刀町。文政2年(1819年)制作。

    一番曳山『赤獅子』。刀町。文政2年(1819年)制作。

  • 二番曳山『青獅子』。中町。文政7年(1824年)制作。

    二番曳山『青獅子』。中町。文政7年(1824年)制作。

  • 三番曳山『亀と浦島太郎』。材木町。天保12年(1841年)制作。亀というよりガメラ…

    三番曳山『亀と浦島太郎』。材木町。天保12年(1841年)制作。亀というよりガメラ…

  • 四番曳山『源義経の兜』。呉服町。天保15年(1844年)制作。現佐賀県知事は唐津出身で、宵ヤマでは地元呉服町の『源義経の兜』を曳いておられたそうな。それにしても、源義経と唐津の関わりがわかりません。

    四番曳山『源義経の兜』。呉服町。天保15年(1844年)制作。現佐賀県知事は唐津出身で、宵ヤマでは地元呉服町の『源義経の兜』を曳いておられたそうな。それにしても、源義経と唐津の関わりがわかりません。

  • 五番曳山『鯛』。魚屋町。弘化2年(1845年)制作。鯛というより鯉に見えるのは私だけ?でもかなり目立つ曳山で、有名なものです。それにしても漆の量は半端じゃない。

    五番曳山『鯛』。魚屋町。弘化2年(1845年)制作。鯛というより鯉に見えるのは私だけ?でもかなり目立つ曳山で、有名なものです。それにしても漆の量は半端じゃない。

  • 六番曳山『鳳凰丸』。大石町。弘化3年(1846年)制作。重量は約3トンで、曳山の中で最も重いもののひとつです。

    六番曳山『鳳凰丸』。大石町。弘化3年(1846年)制作。重量は約3トンで、曳山の中で最も重いもののひとつです。

  • 七番曳山『飛龍』。新町。弘化3年(1846年)制作。

    七番曳山『飛龍』。新町。弘化3年(1846年)制作。

  • 八番曳山『金獅子』。本町。弘化4年(1847年)制作。ド派手な曳山です。本町は一番町のため、一番曳山『赤獅子』、二番曳山『青獅子』以上の曳山を造るべく金獅子にしたと伝えられています。

    八番曳山『金獅子』。本町。弘化4年(1847年)制作。ド派手な曳山です。本町は一番町のため、一番曳山『赤獅子』、二番曳山『青獅子』以上の曳山を造るべく金獅子にしたと伝えられています。

  • 九番曳山『武田信玄の兜』。木綿(きわた)町。元治元年(1864年)制作。武田家所蔵の信玄の兜とは異なるところが多いということです。

    九番曳山『武田信玄の兜』。木綿(きわた)町。元治元年(1864年)制作。武田家所蔵の信玄の兜とは異なるところが多いということです。

  • 十番曳山『上杉謙信の兜』。平野町。明治2年(1869年)制作。九番曳山に対抗して上杉謙信の兜を選んだという説がありますが、唐津との関係がわかりません。

    十番曳山『上杉謙信の兜』。平野町。明治2年(1869年)制作。九番曳山に対抗して上杉謙信の兜を選んだという説がありますが、唐津との関係がわかりません。

  • 十一番曳山『酒呑童子と源頼光の兜』。米屋町。明治2年(1869年)制作。十番曳山の1ヶ月後の制作です。

    十一番曳山『酒呑童子と源頼光の兜』。米屋町。明治2年(1869年)制作。十番曳山の1ヶ月後の制作です。

  • 十二番曳山『珠取獅子』。京町。明治8年(1875年)制作。

    十二番曳山『珠取獅子』。京町。明治8年(1875年)制作。

  • 十三番曳山『鯱』。水主町。明治9年(1876年)制作。

    十三番曳山『鯱』。水主町。明治9年(1876年)制作。

  • 十四番曳山『七宝丸』。江川町。明治9年(1876年)制作。制作に携わった人が大石町在住で、『鳳凰丸』の対の船として造ったとされています。七宝とは、宝珠、軍配、打出の小槌、隠れ蓑、宝袋、勾玉、一対の巻物のことです。重量約3トンで、『鳳凰丸』と並んで最も重い曳山のひとつです。

    十四番曳山『七宝丸』。江川町。明治9年(1876年)制作。制作に携わった人が大石町在住で、『鳳凰丸』の対の船として造ったとされています。七宝とは、宝珠、軍配、打出の小槌、隠れ蓑、宝袋、勾玉、一対の巻物のことです。重量約3トンで、『鳳凰丸』と並んで最も重い曳山のひとつです。

  • 一通り曳山を見学した後、唐津神社へ。

    一通り曳山を見学した後、唐津神社へ。

  • 獅子舞奉納の後、お神輿が唐津神社から出て行きます。お神輿は曳山に先導・護衛されて市内を巡行し御旅所に向かうわけです。

    獅子舞奉納の後、お神輿が唐津神社から出て行きます。お神輿は曳山に先導・護衛されて市内を巡行し御旅所に向かうわけです。

  • 各町スタンバイOK。

    各町スタンバイOK。

  • 一番曳山から順にスタートします。『ガメラと浦島太郎』も出発。

    一番曳山から順にスタートします。『ガメラと浦島太郎』も出発。

  • 次々出て行きます。『鳳凰丸』です。

    次々出て行きます。『鳳凰丸』です。

  • 『金獅子』出発。

    『金獅子』出発。

  • 一番人気『酒呑童子と源頼光の兜』も出て行きました。

    一番人気『酒呑童子と源頼光の兜』も出て行きました。

  • 十四番曳山『七宝丸』が出て行きました。集まっていた大勢の人々はそれぞれ色んな方へ散っていきました。我々は、ベストポジションを確保するため、御旅所へ向かいました。

    十四番曳山『七宝丸』が出て行きました。集まっていた大勢の人々はそれぞれ色んな方へ散っていきました。我々は、ベストポジションを確保するため、御旅所へ向かいました。

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