2007/12/09 - 2007/12/09
893位(同エリア1151件中)
もろずみさん
「紅葉回廊」も都内に入ってきました。もっと沢山行けるかと思いましたが、意外に行けませんね。
積み残し分はまた来年の楽しみにしましょう。
「神齢山悉地院護国寺」は天和元年(1681年)の創建で真言宗豊山派の寺。5代将軍・綱吉公の生母・桂昌院殿の発願により開山。以来、徳川将軍家の保護のもとに多くの堂宇が建てられて大寺院となりました。
何度かの火災でいくつかの建物は焼失しましたが、近江三井寺より移築された月光殿など華麗な建物が今も残されています。
本尊は桂昌院念持仏の「如意輪観世音」。天然琥珀で作られているそうです。
じゃ、護国寺は紅葉の名所なのかというと、いささか心許ない気がします。
そこで音羽から目白の椿山荘へと抜けて、庭園の紅葉を見ることにしました。
名残の紅葉を味わうには最適な昼下がりの散歩でした。
- 交通手段
- 私鉄
-
都心の紅葉寺なんて簡単に思いつきません。
目をつぶって地図のページを開いたら護国寺でした。
地下鉄の駅から地上に出たら目の前が仁王門です。 -
例によって金網越しの金剛力士像です。
金網にメッシュがこれだけ細かいと厳しいです。
でも迫力満点でした。 -
着物姿のの女性が入ると京都のお寺みたいですね。
石段の脇に大きなケヤキが秋色ですし、割と良い構図に決まりました。 -
水舎に佇む黒猫が妙に気だるそうに目を細めていました。
そういえば都内のお寺には猫が多いです。谷中の寺町などどこに行っても猫・猫・猫。 -
石段の上には楼門があります。
将軍家のお寺だけに重厚な造りです。
偏額に「不老」とあるので不老門と呼ばれています。 -
境内に入って左手にお茶室が密集しています。
手前の2軒は圓成庵、不昧軒というお茶室。
月光殿の隣りにもお茶室が点在しています。
いくつも茶会が行われているので和服姿が多いのでしょう。 -
大屋根の本堂ですが何となく殺風景ですね。
左手に枝垂桜、右手は松ですから色彩に乏しいせい。 -
大刹のシンボル、2層の多宝塔があります。
本堂に遠慮して脇に控えている感じがしないでもありません。
すっきりした姿の仏塔です。 -
多宝塔の瓦にはしっかりと葵紋。
この角度から見ると江戸城の櫓と言っても通りそうです。 -
桃山期の書院風造りの月光殿。
近江三井寺の塔頭・日光院の客殿を移築したものです。
もちろん国の重文に指定されていて、護国寺を代表する建物です。 -
紅葉が少ないなと思ったら、本堂の裏手の墓地に何本かありました。
今日は掃苔録ではないのでお墓は撮りません。
ここには明治の元勲が大勢眠っています。 -
奥まったところに古いお堂が2つ建っています。これは薬師堂です。
大正末期に火災で旧大師堂が焼けたので、旧薬師堂を現在の大師堂としました。
そこでで一切経堂だった建物を薬師堂にしたそうです。
お堂も役割を変えるのですね。 -
境内の紅葉で陽当たりの良い場所は散り紅葉の様相。
ちょっと遅かったかと思いましたが、これはこれで風情がありますね。 -
境内の右手には大きな鐘楼と立派な梵鐘。
鐘楼は江戸中期のもので、梵鐘は天和2年(1682年)に寄進されたと銘文にあるようです。
手前の紅葉はすでに枯れ葉なのが惜しいですね。 -
鐘楼から見て一段低い所にあるのが大師堂です。
モミジはわずかでハゼが紅葉していました。
この付近は本堂周辺と雰囲気が違います。 -
ということで護国寺境内探索はこれくらいで。
正門から出て音羽通りを望みます。
街路樹の銀杏は終盤ですが、音羽通りに色が加わるのは今だけです。 -
音羽と言えば群林堂の豆大福ですが日曜は定休日。
では、ということで甲月堂の月光殿最中にします。
豆大福にはなかなかありつけません。いつもは行列ですしねぇ・・・ -
三年坂を登って左に折れると、確か鬼平こと長谷川平蔵の私邸があったはずですが、マンション建設中でした。
だんだん江戸の昔を偲ぶ所が減ってきます。
そのまま抜けると銀杏並木の目白通りに出ます。 -
そして椿山荘の正面エントランスから入館。
周りは結婚式に出席の正装の人々ばかりですが、ドアマンに片手を挙げて挨拶。
ディバックを背負ってても堂々と入れば問題なし。
大きなガラス窓から見下ろした庭園です。 -
江戸時代はこの庭園は上総久留里藩・黒田豊前守の下屋敷でした。
明治になって元勲・山県有朋が買い取って椿山荘と名付けたと言います。
元々、つばき山と呼ばれていた土地だそうです。
庭園の全体像はマップで把握。 -
山県有朋は言わずと知れた長州閥の大物。
総理大臣を2回も務めましたが、人気のない政治家でした。
長州の足軽あがりながら吉田松陰門下生。奇兵隊軍監を務め、戊辰戦争では北越・会津鎮撫の参謀として活躍しました。まぁ、徳川贔屓にとっては宿敵ですなぁ。
何故か庭園好きで、ここだけでなくいくつも素晴らしい庭園を造り上げました。 -
維新のあとは暗殺された大村益次郎の遺志を継いで軍制を整備し、近代的な陸軍を作り上げました。
没年は大正11年(1922年)。墓所は先ほど寄ってきた護国寺です。
それにしても結構な庭園を残してくれました。 -
都内には大名庭園がいくつもありますが、無料で見られるのは椿山荘だけなので時々遊びに来ます。
小京都ならぬミニ京都と言った感じで雅びた雰囲気の庭園です。
紅葉も鮮やかでとても都内とは思えません。 -
園内には石灯籠やら野仏やらが点在しています。
この羅漢石は伊藤若冲の作らしいです。
ほんとにさりげなく本物が置かれていました。 -
何度も来ているけど桜の時期が多いので、紅葉を見に来たのは覚えがないほど昔です。
こんな光景があるとは思いませんでしたね。 -
園内の中央には幽翠池があります。
紅葉越しに対岸の石灯籠を撮ってみました。
この風情は何とも言えません。 -
池の水はこの滝から流れ落ちます。
結構水量も多いですが湧水だそうです。
今回は撮りませんでしたが、滝の裏側にも回り込めます。 -
紅葉は結構多いのでいろいろな絵が撮れます。
高台から幽翠池を覗き込む構図。
紅葉撮りの練習には最適な穴場かも知れませんね。
他にカメラを持って紅葉を撮りに来ている人はいません。 -
広島県賀茂郡の竹林寺にあった室町期の三重塔です。
都内に現存している木造の仏塔の中で、最も古い部類に入ります。
この塔は位置的に撮りにくいのが玉に瑕。 -
紅葉の様子もまずまずのタイミングのようでした。
護国寺だけでは少々物足りませんでしたが、ここで十分に埋め合わせできます。 -
つくばいに浮かぶモミジ葉は定番ですね。
実は私が浮かべた紅葉です。(^^; -
庭園は2万坪の広さがあります。
深山に入り込んだような蛍沢の景色はいかにも渓谷の紅葉風景。
本当に何でもありで一周するだけではもったいないくらい。 -
幽翠池から流れ出た水はもう一つの池である雲錦池へと続きます。
途中の湿地には水車や湧水を汲み上げる「古香井」と呼ばれる井戸もあります。
小物の演出も完璧と言って良いでしょう。 -
来たときからずっと太陽が薄雲に隠れていました。
ほんに一瞬、雲が切れて日が射し込みました。
なかなか見事な紅葉です。 -
ふと見ると椿山荘の名の通りヤブツバキがひっそりと咲いています。
さすがにこれは自生とは思えませんが、目白台あたりは南北朝の頃から椿が自生する景勝の地だったようです。 -
椿山荘に隣接してフォーシーズンズホテルができたので食事処、お茶処には困りません。
でも一番のお気に入りは三重塔下の離れになっている無茶庵の蕎麦です。
どうも紅葉と蕎麦という組み合わせが定番になっていますね。新蕎麦の季節ですし。 -
冠木門の手前に樹齢500年のご神木のシイの木があります。
神社でもないのにご神木というのは納得がいきません。
庭園ができるずっと前からあったのですから、この地の主であることに変わりません。 -
最後は雲錦池の畔に建つ茅葺きの風雅な長松亭からの景色。
こんな感じで椿山荘庭園を巡ってみました。
山県有朋は明治の元勲の中でも長生きしましたが、生前は不人気で孤独だったそうです。
その辺りのことは浅田次郎の「天切り松闇がたり」に詳しいです。
でも、これだけの作庭を残してくれたことには感謝したいですね。 -
冠木門をくぐれば、そこは神田川遊歩道です。
道の向こうには関口芭蕉庵や新江戸川庭園がありますが、もう少しすると日没ですので今日はここまで。
都内の紅葉もなんとか間に合ったし、ちゃんとお寺と紅葉という組み合わせ散歩になりました。
椿山荘庭園は紅葉の季節は特にお勧めです。来年も来たいですね。
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