2007/09/09 - 2007/09/09
5261位(同エリア5936件中)
ぬいぬいさん
夏の休暇の際に、早朝の少しの時間立ち寄った名古屋。予想以上に見ごたえある建物が多かったため、今回2度目の訪問となりました。前回は時間が早かったため、内部を見ることができず外観だけだったため今回はじっくり時間をかけてみてきました。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- JRローカル 徒歩
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今回再び名古屋に来ることになったきっかけはこの建物、名古屋市政資料館。前回来たときは早朝で外観と入り口から覗き込んだ内部を見て、どうしても見てみたい。そんな願望が頭の中に残っていて、18きっぷ最後の行き先としてこの名古屋に再訪しました。
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表側は中央にドームが乗っていますが裏側はまた違った顔になっています。
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ネオバロック様式の大正11年に建てられたレンガ造の建物で、もともとは旧名古屋控訴院地方裁判区裁判所庁舎だった建物です。
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中央のドームの下には、金色の神鏡と神剣をシンボル化した装飾がされていて、「公正な裁判」を表現しているそうです。
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入り口を開けるといきなりこんな光景が目に飛び込んできました。ここから先はこれからアップする特集号で紹介します。お楽しみに・・・。
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カトリック主税町教会
この礼拝堂は明治37年に建てられたもので名古屋・岐阜地方に初めてカトリックの教えを広めた井上秀斎がテュルパン神父と共に造った教会です。名古屋・岐阜地方のカトリック教伝道の歴史の上で非常に重要な役割を果たしています -
隣にある司祭館は昭和5年(1930年)に建てられたもので、礼拝堂と一緒に町並み保存地区の伝統的建造物、都市景観重要建築物に指定されています。現在は礼拝堂の脇に幼稚園が併設されています。
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こちらは鐘木館 大正時代の陶磁器商だった井元為三郎が、大正末から昭和初期にかけて建てた御屋敷です。
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この建物は日本の女優第1号として名をはせた川上貞奴と中部の電力王と呼ばれた福沢桃介が大正9年からともに暮らした家です。もともとは文化のみちの北のはずれの東二葉町建てられていたものを移築したため二葉館と呼ばれています。
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中の大広間にある和柄のステンドグラスが見事です。
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こちらは名古屋陶磁器会館。昭和7年(1936年)に建てられたもので、タイルの貼った外壁に半円形の窓が付けられ他にも凝った装飾の施された、表現派風の建築です。
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設計は鷹栖一英によるもので、陶磁器の町のシンボル的な建物になっています。
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こちらは、東海学園の講堂。昭和6年(1936年)に建てられた物で、半円アーチ型の入り口に特徴のある建物です。東海学園は仏教系の学校です。
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なんでもない普通の小学校の校舎のようですが・・・・
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この筒井小学校昭和11年に建てられた名古屋市内に唯一のこる戦前に建てられた小学校で左奥のほうに付けられたアーチ型の窓がアールデコ風のモダンな感じになっています。
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名古屋の近代建築と言えばやっぱりこれ、愛知県庁。今日は脇を通り抜けて向かうのは県庁分室。
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この建物です。昭和13年に建てられた県庁よりも5年早い昭和8年に建てられた県庁大津橋分室。スクラッチタイルの貼られた外壁に丸窓やバルコニーが付けれた特徴的な外観の表現派建築です。
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側面の階段ホールに付けられた縦に繋がる窓
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エントランス庇の上に3つ並ぶ十字の格子の入った丸窓。いいですね。
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左となりに建っている建物は伊勢久 こちらは分室よりも更に古く、昭和5年(1930年)に建築されたものです。
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宝暦8年(1758年)に創業された薬種問屋で、創業250年以上の老舗。社名の伊勢久は創業者の伊勢屋久兵衛の名前からとったもの。
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床屋さんの回転看板のようなねじりん棒の柱や窓周りの装飾が特徴的で、設計は島武頼三によるものです。
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名古屋の近代建築、最後はやっぱりこれ。県庁と市役所ですね。昭和13年に建てられた手前の県庁と先に見えている昭和8年に建てられた市役所。どちらも当時流行った帝冠様式の建物です。
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設計は平林金吾によるもので洋風建物に屋根瓦を乗せた帝冠様式の代表的な建物ですね。
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