1985/09 - 1985/09
133位(同エリア136件中)
LeJardin2006さん
- LeJardin2006さんTOP
- 旅行記182冊
- クチコミ68件
- Q&A回答111件
- 318,897アクセス
- フォロワー4人
1985年の夏季、インターレイルパスを利用してヨーロッパを鉄道で旅行した。パスの地図をよく見るとジブラルタル海峡を渡るフェリーとモロッコでの鉄道も使えると説明があった(フェリーはどうだったか定かではない)。バルセロナで旅程を考えているときにどうせならサハラ砂漠を見に行こうとジブラルタル海峡を渡った。
バルセロナからマドリッド、そして、リスボン、再度、マドリッドに戻り、そこから夜行列車でアルヘシラスまで行き、モロッコのタンジェ行きのフェリーに乗った。
アルヘシラスは英領ジブラルタルの近く、フェリーに乗ってしばらくすると切り立った岩山が見えてきた。そこがジブラルタルだ。
フェリーは紺碧のジブラルタル海峡を渡り、モロッコのタンジェ港への埠頭へ着岸した。
タンジェに数日滞在して次の目的地、カサブランカへのスケジュールを組む。その間、モロッコの美味しいパンとハリーラというスープ、シーフードなどモロッコ料理を楽しんだ。メディナという街路が入り組んだ旧市街は興味深くどこまででも奥へ入ってしまうような錯覚にとらわれた。
-
タンジェは坂の多い街、こんな町並みがぎっしりと詰まっていた。
-
ヨーロッパとはまったく違う文化だということだ。服装、雑然とした町並み、されどヨーロッパはイスラム文化に影響を受けている。
町を歩いているとよくシャイ(ミントティー)どうかと進められることが多かった。飲んでみるとこれがいけるではないか。その後、モロッコではよく飲んだ。
食事は、その辺の食堂へ入った。ここで、ハリーラという黄色いスープ、焼きたてのパンに出会う。これが大変美味しかった。この後メインディッシュなのだが、メインまでたどり着くまでにお腹がいっぱいになった。 -
夜の街は夜の街で活気があり、白熱灯に照らされた石造りの町並みは趣がある。肉屋の軒先には、肉片が吊り下げられていた。こんな光景は日本ではみない。きっと新鮮なのだろう。
-
丘のに上ると海が見えた。あっちがジブラルタルだろうか。丘の上では子供たちがあどけなくおしゃべりをしながら歩いていた。町をあるいていると、カンフーとシノワとか、アジア人は皆中国人と思われているようだ。でも、Japaneseというと、ふーんといった表情で納得する。きっと日本がわからなかったのだろう。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
LeJardin2006さんの関連旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
4