2007/05/27 - 2007/05/27
399位(同エリア614件中)
アリヤンさん
麗江にやって来て、5日がたって、やっと、宿と行き付けのレストランが決まった。
これからじっくり、世界遺産たる麗江を、見せて頂くことになった。
天気は晴れ。
玉龍雪山は、少し雲がかかった状態でまあまあ。
朝食はお粥+ザーサイと小龍包。
マントウ屋で肉包、豆沙包(餡マン)、菜包を仕入れて、ランチボックスとした。
今日の、ハイキングのルートは簡単。
街の北に見えている、玉龍雪山を目指せば、その麓が白沙村だ。ガイドブックには、市街地から12kmとあるので、歩きで行けぬ距離ではない。
ベトナムの、サパのトレッキングで、鍛えた足だ。
一躍、ワレワレは意気洋々と、出発した。
*宿のスタッフには
「今日は白沙に行ってくるよ―」
っと一声かけて。
万が一、行方不明にでもなったら?
宿の人たちは「日本の老夫婦なら、白沙に行ったよ―」っと探索隊に言ってくれるハズ。
現地ネット環境劣悪のため緊急避難ページあり。
http://www.geocities.jp/ariyan9907/2007-1yunnan_025.html
(フリーサイズ写真で見やすくなっています)
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
今日も晴れ。
まだ乾季なので、良いお天気が続く。
古城の北側を走る小川も、
春うらら、
の感じだ。 -
イチオシ
玉龍雪山の、雪解け水が、流れ込んでいるのだろう。
嬉しいことは、川には、藻が揺れていることだ。
こうした小川の風景は、今では世界中どこでも、滅多に見られなくなった。
麗江はそれだけ、うれしい所だ。 -
黒龍澤のそばを抜けて行くと、大きな通りがある。
ここまで来ると、周りは殺風景だが、玉龍雪山が一望に望める。
天気が良くても、頂上付近は、今日もすっきりしない。 -
道なりに進むと、近在の村がある。
-
ここでは、まだ、水道が完備されていない。
手押しポンプで、水をくみ上げているようだ。
ここらの村民は、その多くが、すぐそばの麗江市に勤めているか、周りで農業をしている、と考えられる。
世界遺産の麗江古城と、近代都市の新市街の両方に、労働提供をして、稼いでいるハズなのに、村は貧しそうであった。
「近代化の隣りには、貧しさが、必ずある」典型であろう。 -
-
若いモンは街にでて、畑は、ジイちゃん+バアちゃん+カアちゃんの、3チャン農業になっているようだ。
ひとむかし前の日本が、そうであったように、、、 -
イチオシ
街並みは、隣りの世界文化遺産以上に、落ち着いていて、しかも時代がかっている。
ここの村のは、ホンモノなのです。
その、街並みは、感動さえ、与えてくれるのです。 -
村を抜けると、このような、池と、美しい景観が現れてきた。
村びと2人が、釣りをしていた。
なにも、「黒龍澤」に高い金を、払って行かなくても、ここに素晴らしく、美しい庭園があった。 -
-
-
村の道沿いにあるくと、少し東にずれて行ったので、北方面に修正する。
一端、進路を西に振った。 -
白沙へ続く大通り。
こうした大通りを歩くのは、シンドイ、疲れる。
風景が、楽しくないので、必要以上に、疲れる。 -
途中、大きな施設があった。
観光バスが、止まっていた。
何か観光施設か?
何か特殊な施設か? -
雲南大学旅遊文化学院
(Tourism and Culture College, Yunnan University)と壁に書いてあった。
トンパ文字での表記もあった。 -
どうも、この学校は、観光コースのひとつらしい。
ちょうど、白人観光客が、訪問していた、ところだ。 -
雲南大学をあとにして、玉龍雪山を目指して、先を急ごう!
-
-
朝、9時半に出発して、かれこれ、もう3時間は歩いた。
白沙村まで、あと何キロあるのか?
検討がつかない。
休み休み来た、ので半分くらいか?
初めての所は、いつも、あとどれだけ?
が分からないので、疲れは倍増する。
道路標識には、大具84kmとある。
大具は、虎跳峡の入り口の村だ。
これを見て、「大具には歩いて、行けんなあ」っと思った。 -
さて、ハラが減ったので、ランチだ。
車道の真ん中に、広い安全緑地帯がある。
そこの林の陰で、ピクニック。
阿秋小喫で仕入れた、美味しい肉包、豆沙包、小龍包だ。 -
イチオシ
ランチ後、2時間ほど歩いたが、さっぱり白沙村の表示が、出てこない。
で、とうとう、通りがかりのミニバスを、止めてしまった。
すると、乗って直ぐに、壁画のあるお寺に着いてしまった。
もう少しの所まで来ていた、のだ。
オシカッタ!
ここは、麗江地域を元の時代(13~14世紀)から仕切っていた地元の豪族、木(ムー)氏の本拠地で、明の時代(15-17世紀)に、地元の絵師に描かせた、壁画が多く、残されている。
「白沙の壁画」として有名だ。 -
納西族(ナシ族)のかつての姿が、写真パネルで展示されており、非常に興味深い。
この写真の時代(恐らく20世紀初頭?)では、雲南省は、「秘境中の秘境」であったろう。
納西族は、紀元前5―3世紀、戦国春秋時代に、黄河上流地域から、徐々に南下して、現在の金沙江地域に移動してきた、キョウと呼ばれていた人たちだ、と言われている。
役牛にヤクを使い、頭に長い鳥の尾羽を飾っていた。
この写真は、ヤクの胃袋を浮きにして、川を渡る、納西族の姿。 -
-
こんな鳥の尾羽を、頭につけていたらしい。
さぞ、漢民族には、恐れられていた、だろう。 -
-
木氏の首長の系譜と、その人たちの似顔絵。
麗江古城は、他の古城と違って、城壁で囲まれていない。
それは
「木を口で囲むと、困という字になるので、縁起が悪い。縁起を担いで、城壁を作らなかった」
とのこと。
その代わり、古城の中は、敵に攻め込まれにくいように、迷路のような状態、になっている。 -
むかしの館の屋根に飾られてあった、シャチホコ。
-
茶馬古道を行く納西族。
「茶馬古道」
和歌山の、「熊野古道」のような響きがある。
一度、本物を少しでも、歩きたいものだ。 -
-
入り口に、大きなタマリスクの木、があった。
シルクロードの本で、砂漠に生えている、タマリスクの木の事が、よく紹介されていたが、、、
これを見るまで、どんな木なのか?
よく知らなかった。
ここは、雲南省でもチベットに近く、近くに砂漠、土漠があることを、身近に感じさせる。 -
-
-
イチオシ
中から見る表のタマリスクが、余りに絵になるように傾いているので、思わず写した。
-
壁画は、仏教を題材にしたものが、殆んどだった。
保存状態が悪く、殆んどが、剥げ落ちている。 -
-
一番奥のお寺には、キンキラキン#★!?
の仏様があった。
この像は、比較的最近に、作られたものと、思われる。 -
-
麗江壁画のある建物は、玉龍雪山のすぐそばに、ある。
天気は良いが、山頂付近は雲がかかっている。
いつものことだ。
これで、白沙村は、玉龍雪山の麓にあることが、良く分かる。 -
帰りは、壁画のある建物の駐車場に、タムロしていたミニバスに乗って、麗江に帰った。
一人10元也。
バスは、白沙村の田園風景の中を通って、麗江に向った。
村と、麦畑と、玉龍雪山、のマッチがすばらしい。
今度は、この村をゆっくり訪れてみたい、
と思った。
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この旅行記へのコメント (2)
-
- みみ子猫さん 2007/11/30 04:33:31
- 素敵なお写真に惹かれました…
- アリヤンさん お邪魔します。
始めまして。みみ子猫と申します。
いや〜、見ごたえの有る旅行記の数々…。
素晴らしいお写真ですね!
そして真黄色な世界地図…。
一度お邪魔しただけでは拝見しきれないですね。
また後日お邪魔してじっくり堪能させていただきたいと思います。
取り急ぎ訪問記念カキコまで…。
失礼いたしました。
みみ子猫
- アリヤンさん からの返信 2007/11/30 10:13:33
- RE: 素敵なお写真に惹かれました…
- みみ子猫さん、
ご訪問有難うございました。
当方の写真は「ヘタな鉄砲、数うちゃ当たる」でとりあえずパチパチ撮って、あとからPCの中で眺めてマシなヤツを取り出してブログにアップしているだけです。技術も才能もありません。写真はあまり好きじゃなかったですから。でも4トラのような紙芝居を作るのは大好きでやっています。
ただネタ不足で。早く次のタビに出たいこの頃です。
みみ子猫さんのところにもこれから時々おじゃましま〜す。
よろしくおねがいします。
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