2007/06/12 - 2007/06/12
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さすらいおじさんさん
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生國魂神社(いくたまじんじゃ)は、神武天皇が九州より難波津に上陸した際、現在の大阪城付近に生島大神、足島(たるしま)大神を祀ったのが創祀と伝えられている。『日本書紀』にも難波宮造営の際に『生國魂神社』の記載があり、7世紀から格式の高い神社だった。
生国魂神社の造りは「生国魂造」といわれ本殿、幣殿の屋根が一つになっている。本殿の脇には11社の境内社があり、一番右側が「浄瑠璃神社」。近松門左衛門(1653−1725年)や竹本義太夫(1651−1714年)など人形浄瑠璃や文楽、女義太夫などの発展に功績のあった人達を祀っている。「浄瑠璃神社」には音楽、舞踊など上達を願う人達の思いをつづった札がたくさん掛けられている。
生国魂神社の境内には井原西鶴像がある。西鶴(1642−1693年)は1680年5月、「生國魂神社南坊」で一昼夜独吟四千句という超人的な句会を興行した。西鶴の才能と超人的な気力、体力を証明する歴史的なイベントだ。井原西鶴像の横には句会を行った「南坊」跡の石碑がある。
一心寺(いっしんじ)は、天王寺公園に隣接した1185年に法然が仏堂を建てた法然上人二十五霊場第七番札所。
10年毎に全国の信者の納骨で阿弥陀如来像を造るので「お骨仏の寺」として崇拝されている。
大坂冬の陣・大坂夏の陣では徳川家康(とくがわ いえやす1543−1616年)の陣が茶臼山に隣接したこの寺に置かれた。寺には大阪夏の陣で討ち死にした酒好きの本多忠朝(ほんだ ただとも1582−1615年)の墓所がある。本多忠朝は酒を飲んで冬の陣で敗退し家康に叱責され、夏の陣で名誉挽回を図るが討ち死。死の間際に「戒むべきは酒なり」と言い残したことから「酒封じの神」とされるようになり今でも墓所には禁酒を誓う人がよく詣でている。
1997年の建造された鉄とコンクリートの斬新な山門が目を引く。彫刻家・神戸峰男(かんべみねお1944年−)による阿形像・吽形像や、日本画家・秋野不矩(あきの ふく1908−2001年)は、による天女像など現代彫刻を取り入れた山門は珍しい。
(写真は一心寺の斬新な山門)
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生國魂神社の本殿。
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生國魂神社の本殿前のしぇうぶの花。
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生國魂神社の本殿。
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生國魂神社の本殿前のしょうぶ。
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生國魂神社の本殿の脇にある境内社の案内。
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生國魂神社の本殿の脇にある11社の境内社前の庭園。
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生國魂神社内の「鴫野神社」。 大坂城外鴫野弁天島にあった 「弁天社」は淀君の崇敬が厚く 、後に「淀姫神社」として祀られ
たが、1877年、生國魂神社内に移転された。 -
生國魂神社内の「鴫野神社」。
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生國魂神社内の「浄瑠璃神社」。
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生國魂神社内の「浄瑠璃神社」には芸術の上達を願う人達の思いをつづった札がたくさん掛けられている。
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生國魂神社の境内にある井原西鶴像と「南坊」の碑。西鶴は1680年5月、「生國魂神社南坊」で一昼夜独吟四千句を興行した。
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生國魂神社の鳥居。
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一心寺の本堂。
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一心寺の本堂の内部。
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一心寺の本堂。
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信者の納骨で造られた一心寺の阿弥陀如来像。
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1997年の建造された鉄とコンクリートの斬新な一心寺の山門。彫刻家・神戸峰男による阿形像・吽形像や、日本画家・秋野不矩による天女像など現代彫刻の山門は珍しい。
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一心寺の山門の説明板は鏡のようでこれも現代芸術だ。
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