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チェーンを手に入れた我々は反転し、二時間のロスをしながらも再びビシュケクへ向かった。他の乗客は私を気遣い慰めてはくれるが、予想外の大きな出費へのやり場のない怒りとこの状況に、私の心が暗くなっていたのはいうまでもない。<br /><br />夜中2時頃、峠の途中のドライブインに立ち寄った。途中車を押したり、押し問答があったりと無駄な体力を消耗したせいか、腹も減っていた。<br /><br /> ドライブインは真夜中にもかかわらず盛況だ。店は中央アジアの伝統的チャイハネスタイル。土間に大きなベッドが置かれ、その上に大きな卓袱台がのせられている。人は座布団の上に座ってお茶を飲んだり食事をする。大きなベッドのようなものを除くと日本の食卓に近いものがあり、馴染みやすい。<br /><br />我々一行はマスの唐揚げとチャイ、そしてウォッカをボトルで頼んだ。お猪口のようなガラスの容器にウォッカを注ぎ、運転手も混ざり全員で旅の安全を祈って一気にグイッと飲み干した。ウォッカを飲むと液体が体の粘膜を焼いていくかのような感覚、喉から胃の中に流れていくのがわかる。そして体の芯から暖まっていく。ウォッカを皆で飲むと今までの気まずい雰囲気の悪さは何処へやら、皆饒舌に話し始めた。<br /><br /> 我々がワイワイと食していると、周りのトラックの運転手達も私たちのところにやってきた。<br />「おお、本物の日本人をはじめてみたわ。良くキルギスに来たな。どんどん飲んでくれ。わしのおごりじゃ。」<br />と容赦なく自分のお猪口にウォッカが注がれてくる。そして注いでくれた相手と二人で競争するように空っぽになるまで一気に飲み干す。するとまた別の運転手達が私のお猪口にウォッカを注ぎ、乾杯が何度となく行われた。私はもちろん、乗客や他のトラックの運転手、我々のタクシーの運転手も足元が覚束ない程飲みに飲んだ。<br /><br /><br /> 心行くまで楽しんだ後、我々は店を出た。外は強烈な冷気を顔に感じるが、ウォッカを飲んでいるので、体自体はホカホカしている。冷え切ったタクシーに戻り、乗客たちは後部座席に座り、白い息が見える車内で直ぐに寝入ったが、運転手はキーを差しハンドルをしっかり握り運転し始めた。ウォッカを皆でボトル3 本も飲みほした。運転は大丈夫なのだろうかと心配したが、彼自身にもエンジンがかかったようで、運転手の見る眼が鋭くなった。今までの楽しそうにウォッカを飲んでいた眼しとは全く違っていた。これから峠越えは本番だ。<br /><br /> 我々は一体どの辺りを走っているのか判らぬまま夜が明けた。車はひたすら山間部を縫うように走っている。その峠の途中、車は山中で停車した。いや、停車させられたと言った方がよいか−検問だ。運転手が車から降り、詰所へと入った。その時私はこれから起り得る事など考えもせず、車内で眠りながら、戻って来るのを待った。<br /><br /> どの位時間が経ったのか分からないが、車内でのざわめきで目が覚めた。眠気眼に見たのは、乗客の一人がドライバーに紙幣を渡している光景だった。何のお金の受け渡しなのか私には見当がつかなかったが、これを機に車内は妙な雰囲気になった。この時未だ私は自分達が置かれていた状況を把握していなかった。<br /><br /> 道中崖のような場所も多々あり、窓から崖を眺めると滑落した車を目にする。奈落の底に落ちてしまったとはこの事だ。ドライバーは大丈夫なのか?崖下に落ちたのでは恐らく助かっていないだろう。我々の命はこの酔いどれ運転手二人に任せているのだ。道中他にもトラックがカーブで横転していたり、雪の路面に生々しくスリップした跡が残り、下を見ると5メートル程の崖下に車が転落し、しかも未だ運転手が車内に取り残されている姿をもみかけた。彼がどうなってしまったのか定かではないが、こうした転落や横転事故は全く他人事ではない。五分後には我々がそうなるかもしれないのだから。<br /><br /> 峠の途中、再び検問で引掛かった。ドライバーは我々を残し詰所に行くが、その間乗客の一人が私に囁いた。「この車はドキュメントが悪い」と。それを聞いて私は車検切れなのかと思っていたが、ロシア製のオンボロの車が走っているキルギスに車検などあるはずもない。何の事かと思っていると彼が泥棒を意図する仕草をして、ハッと気付いた。<br /><br /> ロシアナンバー、チェーン装備の不用意・・・、謎が一つの線になって解けた。車は盗難車で、彼らは売りさばきに首都ビシュケクまで向かう事を画策し、白タクとして乗客を乗せて行けば更に儲る。その為彼らは白タクに扮し、我々乗客はまんまとこの車に乗ってしまった。私も状況をようやく理解し、真っ青になってしまった。一番恐ろしいのは、検問で我々が共犯者扱いにされることだ。当時この中央アジアで最も怖いのは警察を含めた役人達。特に日本人の私は「共犯者」としての取り扱われる可能性がある。何故なら「盗難車犯人の共犯者」ということにして、見逃す代わりに金を出せ!と強請るには格好のターゲットになってしまうからだ。そもそもタクシーだと思って盗難車に乗ったという、漫画のような話を普通に考えても警察が信じるのだろうか?いずれにしても検問で乗客がお金の受け渡しを目にしたのは、車を見逃してもらう為に警察にお金を掴ませていたのだ。いや、彼ら運転手たちは、検問での事を予期して敢えて「乗客」を乗せて賄賂を支払わせていたのかもしれない。いずれにせよ私は現在非常にまずい立場にある事には間違いなかった。<br /><br />  今回の検問でも乗客が運転手にお金を渡し、それが警察に受け渡されて難を逃れたが、盗難車に引き続きビシュケクまで乗車せざるを得ない状況に、検問の度に犯人でもない我々がビクビクしっぱなしだった。幸い検問にひっかかったのは2回だけだったが・・・。<br /><br /> こうして気が気ではないまま、標高3,586メートルと最も高いテョー・アシュー峠など見所もあったが、楽しめるような精神状態ではなかった。<br /><br /> 峠を下り終え、ビシュケク市内に入ったのはオシュを出発して20時間経過した14時頃だ。もう安心できるとホッとしたのも束の間、市内の道路を車は飛ばしていると、道路にいた警察に笛を吹かれ止められてしまった。理由はスピード違反、ビシュケク市内に入ってすぐの出来事に私はもちろん、乗客も怒り心頭であったのは言うまでもない。一人の乗客がタクシーのトランクから荷物を降ろし、「ここまできたら別なタクシーを捕まえていった方が未だマシだ。」と言い残して去っていった。<br /><br /><br /> 彼の捨て台詞はその後身に沁みることとなった。スピード違反の罰金、米ドルで約50ドルを警察に要求され、それを払うのは逃げ遅れて確保されてしまった4人のうち、持ち合わせが多い私になってしまった。オシュからビシュケクまで25米ドルで済むはずが、チェーン代50米ドル、罰金50米ドルまで肩代わりし、結果的に125米ドルも余分に支払うことになった。この出費は余りに痛い上に不愉快極まりない。こんなことなら未だ飛行機でオシュからビシュケクに飛んだほうが、時間も短縮できたし、不愉快な思いもしなくて済んだ。運転手達は「この車を売りさばいたらお金が入るから必ず返すから」、と言っていたがそんなムシの良い話を誰が信じようか。<br />  <br /> 運転手は「ごめんね、明日の昼13時になったらホテルに届けにいくよ。必ず返すよ。」<br />と言っていたが、私はお金の返済なんてどうでも良かった。とにかく彼と関わることで犯罪に巻き込まれるのだけは御免被りたいので縁を切りたく、「お金はもう良いから早くホテルに連れて行ってくれ」といった。そしてやっとの思いでホテルに到着し、20時間を越すオシュからの長い移動に終止符を打つことができ、そのまま倒れこむようにベッドの上で寝込んでしまった。<br /><br /> その後返金すると言う約束はどうなったのか? 半信半疑のまま13時ホテルの部屋にいると、部屋をノックする人がいた。彼が本当に返済に来たのかと思いながらも「誰?」と声を発すると、その運転手の使いのものだった。彼の話ではその運転手の手が離せないので、迎えに来たのだと言う。そんな怪しい誘い話乗るはずもなかった。もうこれ以上彼や彼の仲間に関わると100米ドル損だけでは済まなくなる。彼には適当にいくことができない理由を話し、帰ってもらった。今回のような経験はなかなかできるものではないが、願わくばもう二度とこんな事には巻き込まれたくないものだ。<br /><br /><br /><br />

キルギス: 盗難車犯人と20時間乗合タクシーの旅 2/2

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2003/11 - 2003/11

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worldspan

worldspanさん

チェーンを手に入れた我々は反転し、二時間のロスをしながらも再びビシュケクへ向かった。他の乗客は私を気遣い慰めてはくれるが、予想外の大きな出費へのやり場のない怒りとこの状況に、私の心が暗くなっていたのはいうまでもない。

夜中2時頃、峠の途中のドライブインに立ち寄った。途中車を押したり、押し問答があったりと無駄な体力を消耗したせいか、腹も減っていた。

 ドライブインは真夜中にもかかわらず盛況だ。店は中央アジアの伝統的チャイハネスタイル。土間に大きなベッドが置かれ、その上に大きな卓袱台がのせられている。人は座布団の上に座ってお茶を飲んだり食事をする。大きなベッドのようなものを除くと日本の食卓に近いものがあり、馴染みやすい。

我々一行はマスの唐揚げとチャイ、そしてウォッカをボトルで頼んだ。お猪口のようなガラスの容器にウォッカを注ぎ、運転手も混ざり全員で旅の安全を祈って一気にグイッと飲み干した。ウォッカを飲むと液体が体の粘膜を焼いていくかのような感覚、喉から胃の中に流れていくのがわかる。そして体の芯から暖まっていく。ウォッカを皆で飲むと今までの気まずい雰囲気の悪さは何処へやら、皆饒舌に話し始めた。

 我々がワイワイと食していると、周りのトラックの運転手達も私たちのところにやってきた。
「おお、本物の日本人をはじめてみたわ。良くキルギスに来たな。どんどん飲んでくれ。わしのおごりじゃ。」
と容赦なく自分のお猪口にウォッカが注がれてくる。そして注いでくれた相手と二人で競争するように空っぽになるまで一気に飲み干す。するとまた別の運転手達が私のお猪口にウォッカを注ぎ、乾杯が何度となく行われた。私はもちろん、乗客や他のトラックの運転手、我々のタクシーの運転手も足元が覚束ない程飲みに飲んだ。


 心行くまで楽しんだ後、我々は店を出た。外は強烈な冷気を顔に感じるが、ウォッカを飲んでいるので、体自体はホカホカしている。冷え切ったタクシーに戻り、乗客たちは後部座席に座り、白い息が見える車内で直ぐに寝入ったが、運転手はキーを差しハンドルをしっかり握り運転し始めた。ウォッカを皆でボトル3 本も飲みほした。運転は大丈夫なのだろうかと心配したが、彼自身にもエンジンがかかったようで、運転手の見る眼が鋭くなった。今までの楽しそうにウォッカを飲んでいた眼しとは全く違っていた。これから峠越えは本番だ。

 我々は一体どの辺りを走っているのか判らぬまま夜が明けた。車はひたすら山間部を縫うように走っている。その峠の途中、車は山中で停車した。いや、停車させられたと言った方がよいか−検問だ。運転手が車から降り、詰所へと入った。その時私はこれから起り得る事など考えもせず、車内で眠りながら、戻って来るのを待った。

 どの位時間が経ったのか分からないが、車内でのざわめきで目が覚めた。眠気眼に見たのは、乗客の一人がドライバーに紙幣を渡している光景だった。何のお金の受け渡しなのか私には見当がつかなかったが、これを機に車内は妙な雰囲気になった。この時未だ私は自分達が置かれていた状況を把握していなかった。

 道中崖のような場所も多々あり、窓から崖を眺めると滑落した車を目にする。奈落の底に落ちてしまったとはこの事だ。ドライバーは大丈夫なのか?崖下に落ちたのでは恐らく助かっていないだろう。我々の命はこの酔いどれ運転手二人に任せているのだ。道中他にもトラックがカーブで横転していたり、雪の路面に生々しくスリップした跡が残り、下を見ると5メートル程の崖下に車が転落し、しかも未だ運転手が車内に取り残されている姿をもみかけた。彼がどうなってしまったのか定かではないが、こうした転落や横転事故は全く他人事ではない。五分後には我々がそうなるかもしれないのだから。

 峠の途中、再び検問で引掛かった。ドライバーは我々を残し詰所に行くが、その間乗客の一人が私に囁いた。「この車はドキュメントが悪い」と。それを聞いて私は車検切れなのかと思っていたが、ロシア製のオンボロの車が走っているキルギスに車検などあるはずもない。何の事かと思っていると彼が泥棒を意図する仕草をして、ハッと気付いた。

 ロシアナンバー、チェーン装備の不用意・・・、謎が一つの線になって解けた。車は盗難車で、彼らは売りさばきに首都ビシュケクまで向かう事を画策し、白タクとして乗客を乗せて行けば更に儲る。その為彼らは白タクに扮し、我々乗客はまんまとこの車に乗ってしまった。私も状況をようやく理解し、真っ青になってしまった。一番恐ろしいのは、検問で我々が共犯者扱いにされることだ。当時この中央アジアで最も怖いのは警察を含めた役人達。特に日本人の私は「共犯者」としての取り扱われる可能性がある。何故なら「盗難車犯人の共犯者」ということにして、見逃す代わりに金を出せ!と強請るには格好のターゲットになってしまうからだ。そもそもタクシーだと思って盗難車に乗ったという、漫画のような話を普通に考えても警察が信じるのだろうか?いずれにしても検問で乗客がお金の受け渡しを目にしたのは、車を見逃してもらう為に警察にお金を掴ませていたのだ。いや、彼ら運転手たちは、検問での事を予期して敢えて「乗客」を乗せて賄賂を支払わせていたのかもしれない。いずれにせよ私は現在非常にまずい立場にある事には間違いなかった。

  今回の検問でも乗客が運転手にお金を渡し、それが警察に受け渡されて難を逃れたが、盗難車に引き続きビシュケクまで乗車せざるを得ない状況に、検問の度に犯人でもない我々がビクビクしっぱなしだった。幸い検問にひっかかったのは2回だけだったが・・・。

 こうして気が気ではないまま、標高3,586メートルと最も高いテョー・アシュー峠など見所もあったが、楽しめるような精神状態ではなかった。

 峠を下り終え、ビシュケク市内に入ったのはオシュを出発して20時間経過した14時頃だ。もう安心できるとホッとしたのも束の間、市内の道路を車は飛ばしていると、道路にいた警察に笛を吹かれ止められてしまった。理由はスピード違反、ビシュケク市内に入ってすぐの出来事に私はもちろん、乗客も怒り心頭であったのは言うまでもない。一人の乗客がタクシーのトランクから荷物を降ろし、「ここまできたら別なタクシーを捕まえていった方が未だマシだ。」と言い残して去っていった。


 彼の捨て台詞はその後身に沁みることとなった。スピード違反の罰金、米ドルで約50ドルを警察に要求され、それを払うのは逃げ遅れて確保されてしまった4人のうち、持ち合わせが多い私になってしまった。オシュからビシュケクまで25米ドルで済むはずが、チェーン代50米ドル、罰金50米ドルまで肩代わりし、結果的に125米ドルも余分に支払うことになった。この出費は余りに痛い上に不愉快極まりない。こんなことなら未だ飛行機でオシュからビシュケクに飛んだほうが、時間も短縮できたし、不愉快な思いもしなくて済んだ。運転手達は「この車を売りさばいたらお金が入るから必ず返すから」、と言っていたがそんなムシの良い話を誰が信じようか。
  
 運転手は「ごめんね、明日の昼13時になったらホテルに届けにいくよ。必ず返すよ。」
と言っていたが、私はお金の返済なんてどうでも良かった。とにかく彼と関わることで犯罪に巻き込まれるのだけは御免被りたいので縁を切りたく、「お金はもう良いから早くホテルに連れて行ってくれ」といった。そしてやっとの思いでホテルに到着し、20時間を越すオシュからの長い移動に終止符を打つことができ、そのまま倒れこむようにベッドの上で寝込んでしまった。

 その後返金すると言う約束はどうなったのか? 半信半疑のまま13時ホテルの部屋にいると、部屋をノックする人がいた。彼が本当に返済に来たのかと思いながらも「誰?」と声を発すると、その運転手の使いのものだった。彼の話ではその運転手の手が離せないので、迎えに来たのだと言う。そんな怪しい誘い話乗るはずもなかった。もうこれ以上彼や彼の仲間に関わると100米ドル損だけでは済まなくなる。彼には適当にいくことができない理由を話し、帰ってもらった。今回のような経験はなかなかできるものではないが、願わくばもう二度とこんな事には巻き込まれたくないものだ。



交通手段
鉄道 高速・路線バス タクシー ヒッチハイク
  • 峠の途中のチャイハネでであったウォッカで酔った運転手のおっちゃんたち。

    峠の途中のチャイハネでであったウォッカで酔った運転手のおっちゃんたち。

  • 雪のビシュケク市内。11月上旬でしたが、-8℃!

    雪のビシュケク市内。11月上旬でしたが、-8℃!

  • ウィグル人の子供

    ウィグル人の子供

  • ホテル アク・サイの部屋。ボロボロな上、暖房もままならないため、コートを着て寝袋の中で更に布団に包まっていました。

    ホテル アク・サイの部屋。ボロボロな上、暖房もままならないため、コートを着て寝袋の中で更に布団に包まっていました。

  • ラグマンと言う、うどん料理。西日本の人間にとって、うどん料理はホンマ口に合ってとても美味しかったです。

    ラグマンと言う、うどん料理。西日本の人間にとって、うどん料理はホンマ口に合ってとても美味しかったです。

  • 通りには両替商が並んでいます。

    通りには両替商が並んでいます。

  • 緑豊かな夏のビシュケク

    緑豊かな夏のビシュケク

  • ビシュケクでアパートの一室を丸々借りました。中は綺麗です。

    ビシュケクでアパートの一室を丸々借りました。中は綺麗です。

  • その外観

    その外観

  • オシュバザール

    オシュバザール

  • ビシュケクの大学です。

    ビシュケクの大学です。

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この旅行記へのコメント (6)

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  • アリヤンさん 2008/04/24 11:02:04
    ロシアの盗難車をビシケクで売りさばく?
    shijoさん、
    イヤー、大変な目に会いましたネ。
    でも旧ソヴィエトの国々では今のロシアを含めトンダひどい目に会ったりするものです。なんせロシア語がさっぱり分からないし、ウェスタン・スタンダードの感覚ではロアシアン・スタンダードを理解しにくいからですね。
    慣れてしまえばリスク回避も上手になるんですが、、、
    ロシアに通っていた頃、shijoさんのようなヒドイ目には会いませんでしたが最初は大変戸惑いました。ノボシビルスクではちょっとした恐怖も味わいました。
    でも、ロシアン・スタンダードを体得したのは今ではワタクシの大きな財産です。shijoさんも今ではもう笑い話でできるでしょう。
    こうした体験をした人の強みがその人の旅の端々に出てくるものと思います。これからゆっくり見させてもらいます。
    では、また。

    worldspan

    worldspanさん からの返信 2008/04/24 23:42:27
    RE: ロシアの盗難車をビシケクで売りさばく?
    コメントありがとうございます。

    ロシアの自由旅行がまだ未発達の頃、切符を買うのですら一苦労するほどロシアンスタンダードに泣かされ続けましたが、今となっては良い思いでです。私もおかげさまで、旧ソ連圏に最近また訪れましたが、泣かされることなくエンジョイしております。慣れてしまえば居心地が良く感じるのが不思議ですよね。

    今後ともよろしくお願いいたします。
  • ayanさん 2008/02/03 15:46:05
    お箸
    このあたりでもお箸を使うんですね〜。アジアにも行きたいところがたくさんありますが、一人旅はちょっと・・・。親が猛反対しそうです。

    それにしても恐ろしい経験ですね>_< ハラハラしながら読みました!!このときは観光旅行だったんですか?無事に帰国されて本当によかったです!!

    worldspan

    worldspanさん からの返信 2008/02/03 19:44:13
    RE: お箸
    そういわれれば、何も考えんとそのまま箸を使っていました!よく気づきましたね。でも地元で殆ど箸を使った記憶がないんですよ。このラグメンの時もたいていフォークで食べてました。キルギスの友人を一度日本料理に連れて行ったことがあるのですが、箸の使い方をあまり良くわかっていなかったので使える人は少ないのかもしれません^^;。

    中央アジアは基本的に治安はよくて、こんな盗難車に遭遇するなんて極稀のことだと思いますよ(汗)。これっきり遭遇することはなかったですから。多分03年はまだ混乱期だったからだと思います。でもこの時はいや〜な感じでしたね。実はその後無理やり取引場に私だけ連れて行かされて、マフィアのような人たちが出てくるやら、銃を持った人に睨まれるやら・・・。結局別な車に乗り換えてホテルまで送ってもらったんですけど、その時はホンマ生きた心地がしなかったです。このまま取引現場でお金を盗まれるんじゃないか、それとも埋められるんじゃないかって(涙)。如何せん初めて訪れたビシュケクだったので、全く土地勘がなくて自分が今どこにいるのかすらわからなかったですからね。。。それでもブログでも書いていますが、チェチェンでの列車ジャックされた挙句にスリにお金を取られたときのあの絶望感よりはまだましでした。。

    このキルギスでの出来事をキルギスの友人に話したのですが、絶対普通ではあり得ないって言ってました。やっぱりよほどのことだったんでしょうね。自分がおかしいなって思った時や気が乗らなかった時は絶対に何かあるんだと思います。乗車する前にロシアのナンバーに気づき、なんかおかしいなって思って乗ったら、こんな目に遭いましたから。。


     向こうの旅行で難しいのは、英語がまったく通じないのでロシア語を多少なりともわかっておかないと本当に苦労します。ワールドスタンダードではなくロシアンスタンダードですし(笑)。でもウズベキスタンの壮大な遺跡は本当にすばらしいですよ。ロシア圏がまったく初めてであればまずバルト三国→ウクライナを個人旅行して慣れさせて、そして行かれたほうが良いかもしれないですね。それかツアーが楽です(笑)。そういえば、去年の夏、キルギスとタジクに訪れた時、日本人の女性一人できている人や数名で訪れている人いましたよ。だからがんばれば大丈夫かも^^。
    因みに私はキルギスでは現地のアパートを借りてそこでのんびり一週間すごしたりしています。アパートは1DKで、キッチンもついているので、地元の市場やスーパーで買い物して、自分で料理もできて、ちょっとだけ住んでる感覚になれてとても楽しめます。ホテルで高いお金払うよりよっぽど安いですしね^^。


    ayan

    ayanさん からの返信 2008/02/04 00:23:26
    RE: お箸
    旅行記の分類が”ヨーロッパ”だったので、アレ?と思っていたから余計に気が付いたのかもしれません!中央アジアって、東洋と西洋がほどよく混じっていそうで、とても惹かれます!西洋というか、やはりロシア色が強いんですか?

    それにしても、ついこの前までは興味の先は中東欧だったのに(笑)きっと誰もがみんな、こうやって次から次へと旅行の行動範囲が広がって行くんですね〜(笑)

    確かに、自分の直感って大切ですよね。人間もやはり動物なんだなーなんて思います。旅行に行くといろいろなことが感じ取れておもしろいですよね!というか、普段がどれだけ日本でのほほ〜んと生きてるか、ということにもなりますけど・・・。

    ここでもやはり、あの恐ろしいロシアスタンダードなんですね^^; 一気に行く気が失せるすごい言葉です・・・・・(苦笑)今shijoさんの「ツアーが楽」のフレーズを見てちょっと考えたんですが、やはり旅先でのいい思い出を重視するならツアーなのかな〜?なんて思います。私がトルコに行ったときは親の猛反対をくらってツアーに参加したんですが、どこでも人間的に嫌な思いをした記憶がありません。レストランでも見学先でも、”お客様”だったわけなので、当然といえばそうなのかもしれませんが。

    ほんとかどうかはわかりませんが、トルコはチェコとかあのあたりと生活とか経済とかのレベル(?)が同じくらいだと思うのですが、もしトルコも独りで行っていたらチェコでと同じようないやな目にあったかもしれませんし、逆にチェコにもツアーで行っていたら、楽しい思い出ばかりだったかもしれません。だからといって、一人旅をやめる気にはなりませんが、、、でもちょっと考えこんでしまいました〜。

    ではおやすみなさい〜!

    worldspan

    worldspanさん からの返信 2008/02/04 23:47:40
    一人旅の怖さ
    そうですね、トルコ、特にイスタンブールはトルコの中でも群を抜いて治安が良くないので、初めて一人で行ったときに、迂闊にだまされる事があるかもしれないですよね。騙されてお金取られるくらいならまだ良いですが、睡眠薬強盗に襲われて身包み剥がされるだけでなく、体にも傷つけられたり、ハタマタ、自分自身が売られてしまったり・・・。東欧圏から中東にかけて誘拐ビジネスって言うのは実在するんですよ。例えば有名なのが、スロバキアの元大統領のコヴァーチの息子が反対勢力のメチアル首相の勢力に誘拐され、発見されたのが、なんとオーストリア!!
    一国の大統領の息子が誘拐されていとも簡単にそのまま国境を越えられるのだから、誘拐されて西側諸国に売り飛ばされるのって実は簡単なのかもしれません。
     東欧圏で誘拐された女性がドイツやオーストリア、更にもっと西側の売春宿で働かされてたりするのは有名な話なんです。旅の途中にそんな変な輩に巻き込まれたら、ハプニングを超えて大問題ですからね。。。因みに中欧圏で一番誘拐ビジネスが盛んだったのはやはりスロバキアです。スロバキア人の女性は美人が多いですから。。

    旅行中にそんな誘拐に巻き込まれることは滅多にないでしょうが、誘拐されたら運が悪かっただけでは済まされない危険があることだけは頭の片隅においておいた方が良いかもしれません。だから行った事のない場所に行く時は綿密に計画と下調べをして、親切にしてくれる人にも細心の注意を払うようにしないといけないですよね^^

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