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平成19年5月23日(水)<br /><br /> 前日21時50分に青蔵鉄道の列車はラサ駅に予定通り到着した。既に夕闇に支配されている中ポタラ宮がライトアップされていて幻想的な姿を見せている。出迎えたラサのガイドの李さんの一言がその夜の筆者を苦しめることになるとは想定外のことだった。          <br /><br />「ラサの高度は3600mです。空気中の酸素濃度は平地の65%です。高山病に罹る人が多いので酸素を消耗するような激しい動きは止めて下さい。入浴は酸素を消耗するので今晩は控えた方がいいでしょう」                    <br /><br /><br /> 宿に到着し部屋割りが決まってくつろいだ時には時計は23時過ぎを示していた。普段であれば入浴して持参のブランデイを嘗めてから就寝するところだが李さんの忠告を受け入れてそのままベッドに潜り込んだ。<br /><br /> 同室の橋田さんは気持ちよさそうな鼾をかいて睡眠に入ったようである。ところが筆者は息苦しくて寝つかれない。深呼吸したり、水を飲んだり高山病対策を試みるが目は冴えてくるだけで一向に睡魔が訪れない。もともと暗示にかかり易い体質なので自己暗示の虜になってしまったようである。酸素濃度が65%であればこの息苦しさは平地に降りるしか改善されないのではなかろうか。ポタラ宮は階段が多くて上りきることが出来るだろうか。それにしてもこの息苦しさはなんだ。頭痛や吐き気はないからまだ高山病に罹ったわけではないだろう。迷惑をかけることになるが添乗員を起こして予防のために酸素吸入をして貰おうか。   <br /><br /><br /> このような想念が出たり入ったりしてかれこれ寝付かれないまま凡そ5時間を徒過したが、やっと睡魔の訪問があって2時間ほど熟睡することができた。                 <br /><br /><br /> 朝10時にホテルを出発してノルブリンカへ行った。ここは200年程前に創建された歴代のダライ・ラマの夏の離宮である。<br /><br /> ダライ・ラマ14世の別荘は1954年から1956年にかけて建設されたが、1959年にダライ・ラマ14世はインドに亡命したので使用されたのは僅か3年間の短い期間であった。<br /><br /><br /> 撮影しようとしたがカメラが反応しない。昨夜の不眠騒動の後遺症で充電したバッテリーをカメラに装填するのを失念したようだ。幸いホテルから近い場所だったので次のボタラ宮へ行く前に手洗い休憩をホテルでとることになりバッテリーを装填することができた。                         <br /><br /> ポタラ宮に到着し入場することになった。坂道を約20分歩かなければならない。多少の体力的な不安はあったが折角の機会だから挑戦することにした。   <br /><br /><br /> ポタラ宮の観光は1日2300人(グループ1800人+個人と信者500人)に制限されており見学時間も当局の指定した時間内で終了しなければならないからこの機会を逃したら二度と見学することが出来ないと言う思いも心に拍車をかけた。ガイドの話によれば入場券を闇で販売するダフ屋も横行しているらしい。<br /><br /><br /> ポタラ宮に入場して先ず驚いたのは顔を覆面で隠し、杖を片手にお題目を唱えながら小刻みに動いている現地人信者の集団である。そこには宗教的な熱気のようなものが迸りでていた。   <br /><br /><br /> ここでポタラ宮の説明をフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用してみると以下の如くである。<br /><br /><br /> ポタラ宮は1642年、チベット政府「ガンデンポタン」の成立後、その本拠地としてチベットの中心地ラサのマルポリの丘の上に十数年をかけて建設された宮殿。標高3,700mに位置し、7世紀半ばにチベットを統一した吐蕃王朝第33代のソンツェン・ガムポがマルポリの丘に築いた宮殿の遺跡を増補、拡充するかたちで建設され、ポタン・マルボ(紅宮⇒宗教的なことを行う)、ポタン・カルボ(白宮⇒政治的なことを行う)をはじめとする様々な建物から形成されている。なお、現在は予約制でポタラ宮内部は見学可能。白宮は原則的に非公開、紅宮は歴代ダライ・ラマの玉座などの一部が公開されている。(ただし、外国人の場合パスポートを見せなければならない)<br /><br /><br /> ダライ・ラマを主としていただくチベット政府「ガンデンポタン」は、1642年、グシ・ハンよりラサをはじめとするチベットの中枢地帯の寄進を受けて発足したが、その当初はダライ・ラマが座主をつとめるデプン寺の兜卒宮(ガンデンポタン)に拠点を置いていた。<br /><br /> 1660年を期してポタラ宮殿に移転、20世紀にいたるまで、この宮殿を本拠とした。ダライ・ラマ13世は、清国滅亡の後、独立宣言を発したのを機にラサの西郊に新たにノルブリンカ宮を立て、夏はノルブリンカ、冬はポタラ宮を政府の所在地として併用した。<br /><br /><br /> 1950年代に勃発したチベット動乱が1959年中央チベットに波及し、同年3月、ガンデンポタンはダライ・ラマとともにインドへ脱出、ポタラ宮は主を失った。同年、「西蔵地方政府」(ガンデンポタンに対する中国政府の呼称)の廃止を宣言した中国政府はポタラ宮を接収し、現在は博物館として使用されている。引用終わり<br /><br /><br /> このポタラ宮には歴代のダライ・ラマの遺体がミイラ化されて8体埋葬されている。埋葬されたミイラの学術的な調査は未だ行われたことがない。<br /><br /><br />  ポタラ宮の坂道を下っている時、塀の上に命綱をつけて補修作業をしている女性作業員を目撃した。高所での作業だから彼女達は命を削っているのである。ラサでの定年は男40才、女性35才という。平均的な所得は邦貨換算月36000円。定年までに稼いでその後の余生は平地の成都市でマイホームを持ち農業をしながら過ごすのがラサ人達の理想だという。<br /><br /> 平地で暖衣飽食のためメタボリックシンドロームを気にして過ごす日本人に比べ、ラサ人は如何に苛酷な人生を強いられているのかという思いであった。<br /><br /> 一方バルコル等では遊びに興じている男達を随所で目撃した。女性が働き男は遊ぶ。中国の一般的な風習がここにも現象面に現れているのを見た思いである。<br /><br /> ポタラ宮の観光を終えて八廓街の中にあるラサ三大尼僧院の一つであるアニ・ツァングン寺へ行った。如何にも旧市街らしい雰囲気の漂う建物郡の中にアニ・ツァングン寺の建物はあった。一見僧院であるとは思えない佇まいである。<br /><br /> 尼達がお勤めをしているところを見学することができた。この尼寺は観光客相手に土産物店なども経営している。寺の周囲には尼僧達の寄宿舎も用意されている。ここでも宗教的な熱気に満ちているのを感じた。                        <br /> 八廓街を暫く自由に散策し夕食にはチベットの踊りを鑑賞してこの日は終わった。昨夜心配した高山病の症状も顕れず高度に対する順応性が体内に出来上がったものと思われる<br />

青蔵鉄道と太陽の都ラサ、ツェタンNo5・・・ノルブリンカ宮殿、ポタラ宮、アニ・ツァングン寺

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2007/05/23 - 2007/05/23

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早島 潮

早島 潮さん

平成19年5月23日(水)

 前日21時50分に青蔵鉄道の列車はラサ駅に予定通り到着した。既に夕闇に支配されている中ポタラ宮がライトアップされていて幻想的な姿を見せている。出迎えたラサのガイドの李さんの一言がその夜の筆者を苦しめることになるとは想定外のことだった。          

「ラサの高度は3600mです。空気中の酸素濃度は平地の65%です。高山病に罹る人が多いので酸素を消耗するような激しい動きは止めて下さい。入浴は酸素を消耗するので今晩は控えた方がいいでしょう」                    


 宿に到着し部屋割りが決まってくつろいだ時には時計は23時過ぎを示していた。普段であれば入浴して持参のブランデイを嘗めてから就寝するところだが李さんの忠告を受け入れてそのままベッドに潜り込んだ。

 同室の橋田さんは気持ちよさそうな鼾をかいて睡眠に入ったようである。ところが筆者は息苦しくて寝つかれない。深呼吸したり、水を飲んだり高山病対策を試みるが目は冴えてくるだけで一向に睡魔が訪れない。もともと暗示にかかり易い体質なので自己暗示の虜になってしまったようである。酸素濃度が65%であればこの息苦しさは平地に降りるしか改善されないのではなかろうか。ポタラ宮は階段が多くて上りきることが出来るだろうか。それにしてもこの息苦しさはなんだ。頭痛や吐き気はないからまだ高山病に罹ったわけではないだろう。迷惑をかけることになるが添乗員を起こして予防のために酸素吸入をして貰おうか。   


 このような想念が出たり入ったりしてかれこれ寝付かれないまま凡そ5時間を徒過したが、やっと睡魔の訪問があって2時間ほど熟睡することができた。                 


 朝10時にホテルを出発してノルブリンカへ行った。ここは200年程前に創建された歴代のダライ・ラマの夏の離宮である。

 ダライ・ラマ14世の別荘は1954年から1956年にかけて建設されたが、1959年にダライ・ラマ14世はインドに亡命したので使用されたのは僅か3年間の短い期間であった。


 撮影しようとしたがカメラが反応しない。昨夜の不眠騒動の後遺症で充電したバッテリーをカメラに装填するのを失念したようだ。幸いホテルから近い場所だったので次のボタラ宮へ行く前に手洗い休憩をホテルでとることになりバッテリーを装填することができた。                         

 ポタラ宮に到着し入場することになった。坂道を約20分歩かなければならない。多少の体力的な不安はあったが折角の機会だから挑戦することにした。  


 ポタラ宮の観光は1日2300人(グループ1800人+個人と信者500人)に制限されており見学時間も当局の指定した時間内で終了しなければならないからこの機会を逃したら二度と見学することが出来ないと言う思いも心に拍車をかけた。ガイドの話によれば入場券を闇で販売するダフ屋も横行しているらしい。


 ポタラ宮に入場して先ず驚いたのは顔を覆面で隠し、杖を片手にお題目を唱えながら小刻みに動いている現地人信者の集団である。そこには宗教的な熱気のようなものが迸りでていた。   


 ここでポタラ宮の説明をフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用してみると以下の如くである。


 ポタラ宮は1642年、チベット政府「ガンデンポタン」の成立後、その本拠地としてチベットの中心地ラサのマルポリの丘の上に十数年をかけて建設された宮殿。標高3,700mに位置し、7世紀半ばにチベットを統一した吐蕃王朝第33代のソンツェン・ガムポがマルポリの丘に築いた宮殿の遺跡を増補、拡充するかたちで建設され、ポタン・マルボ(紅宮⇒宗教的なことを行う)、ポタン・カルボ(白宮⇒政治的なことを行う)をはじめとする様々な建物から形成されている。なお、現在は予約制でポタラ宮内部は見学可能。白宮は原則的に非公開、紅宮は歴代ダライ・ラマの玉座などの一部が公開されている。(ただし、外国人の場合パスポートを見せなければならない)


 ダライ・ラマを主としていただくチベット政府「ガンデンポタン」は、1642年、グシ・ハンよりラサをはじめとするチベットの中枢地帯の寄進を受けて発足したが、その当初はダライ・ラマが座主をつとめるデプン寺の兜卒宮(ガンデンポタン)に拠点を置いていた。

 1660年を期してポタラ宮殿に移転、20世紀にいたるまで、この宮殿を本拠とした。ダライ・ラマ13世は、清国滅亡の後、独立宣言を発したのを機にラサの西郊に新たにノルブリンカ宮を立て、夏はノルブリンカ、冬はポタラ宮を政府の所在地として併用した。


 1950年代に勃発したチベット動乱が1959年中央チベットに波及し、同年3月、ガンデンポタンはダライ・ラマとともにインドへ脱出、ポタラ宮は主を失った。同年、「西蔵地方政府」(ガンデンポタンに対する中国政府の呼称)の廃止を宣言した中国政府はポタラ宮を接収し、現在は博物館として使用されている。引用終わり


 このポタラ宮には歴代のダライ・ラマの遺体がミイラ化されて8体埋葬されている。埋葬されたミイラの学術的な調査は未だ行われたことがない。


  ポタラ宮の坂道を下っている時、塀の上に命綱をつけて補修作業をしている女性作業員を目撃した。高所での作業だから彼女達は命を削っているのである。ラサでの定年は男40才、女性35才という。平均的な所得は邦貨換算月36000円。定年までに稼いでその後の余生は平地の成都市でマイホームを持ち農業をしながら過ごすのがラサ人達の理想だという。

 平地で暖衣飽食のためメタボリックシンドロームを気にして過ごす日本人に比べ、ラサ人は如何に苛酷な人生を強いられているのかという思いであった。

 一方バルコル等では遊びに興じている男達を随所で目撃した。女性が働き男は遊ぶ。中国の一般的な風習がここにも現象面に現れているのを見た思いである。

 ポタラ宮の観光を終えて八廓街の中にあるラサ三大尼僧院の一つであるアニ・ツァングン寺へ行った。如何にも旧市街らしい雰囲気の漂う建物郡の中にアニ・ツァングン寺の建物はあった。一見僧院であるとは思えない佇まいである。

 尼達がお勤めをしているところを見学することができた。この尼寺は観光客相手に土産物店なども経営している。寺の周囲には尼僧達の寄宿舎も用意されている。ここでも宗教的な熱気に満ちているのを感じた。                        
 八廓街を暫く自由に散策し夕食にはチベットの踊りを鑑賞してこの日は終わった。昨夜心配した高山病の症状も顕れず高度に対する順応性が体内に出来上がったものと思われる

同行者
その他
一人あたり費用
30万円 - 50万円
交通手段
観光バス
航空会社
中国国際航空
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行あり)
  • ボタラ宮の堂宇の前を往来する僧

    ボタラ宮の堂宇の前を往来する僧

  • ライトアップの始まったポタラ宮

    ライトアップの始まったポタラ宮

  • ポタラ宮の上り階段

    ポタラ宮の上り階段

  • ポタラ宮の上り階段

    ポタラ宮の上り階段

  • ポタラ宮の上り階段

    ポタラ宮の上り階段

  • ポタラ宮の上り階段を上り終えて到達した建物

    ポタラ宮の上り階段を上り終えて到達した建物

  • 杖を片手にお題目を唱えながら小刻みに動いている現地の信者達。宗教的な熱気が迸っていた

    杖を片手にお題目を唱えながら小刻みに動いている現地の信者達。宗教的な熱気が迸っていた

  • ポタラ宮内のトイレ

    ポタラ宮内のトイレ

  • ポタラ宮と下弦の月<br /><br />画面中央にかすかに白く映っている

    ポタラ宮と下弦の月

    画面中央にかすかに白く映っている

  • ポタラ宮から見下ろしたラサ市内

    ポタラ宮から見下ろしたラサ市内

  • ポタラ宮の下り階段

    ポタラ宮の下り階段

  • タルチョ

    タルチョ

  • ポタラ宮の修繕をするチベットの女性

    ポタラ宮の修繕をするチベットの女性

  • ポタラ宮の入場口

    ポタラ宮の入場口

  • ポタラ宮の案内看板

    ポタラ宮の案内看板

  • 左手にマニ車を持ち右手で大マニ車を回す信者達

    左手にマニ車を持ち右手で大マニ車を回す信者達

  • ポタラ宮前で客待ちをするリキシャ

    ポタラ宮前で客待ちをするリキシャ

  • 背後から見たポタラ宮

    背後から見たポタラ宮

  • ボタラ宮内の装飾

    ボタラ宮内の装飾

  • ホタラ宮内のタンカ

    ホタラ宮内のタンカ

  • 第33代吐バン国王ソンチェンガンボ像

    第33代吐バン国王ソンチェンガンボ像

  • 旧市街

    旧市街

  • 尼さんが営む土産物店

    尼さんが営む土産物店

  • アニ・ツァングン寺<br /><br />雑然とした佇まいの中に建っている

    アニ・ツァングン寺

    雑然とした佇まいの中に建っている

  • 尼寺への入り口

    尼寺への入り口

  • お勤めする尼達

    お勤めする尼達

  • カードに興じる男達

    カードに興じる男達

  • ビリヤードに興じる男達

    ビリヤードに興じる男達

  • ゲームに興じる男達

    ゲームに興じる男達

  • 尼寺の給食準備<br /><br />

    尼寺の給食準備

  • 尼寺と同じ並びのアパート

    尼寺と同じ並びのアパート

  • 尼寺前の乞食。一元あげてカメラを向けると笑顔を見せた。

    尼寺前の乞食。一元あげてカメラを向けると笑顔を見せた。

  • 諸族共存の地区でチベット族であることを誇らしげに宣言する屋上のタルチョ

    諸族共存の地区でチベット族であることを誇らしげに宣言する屋上のタルチョ

  • 店先の商品

    店先の商品

  • チベット絨毯

    チベット絨毯

  • バルコルの点景

    バルコルの点景

  • バルコルをマニ車片手に歩く信者

    バルコルをマニ車片手に歩く信者

  • バルコルのチベット僧達

    バルコルのチベット僧達

  • バルコルの点景

    バルコルの点景

  • 買い物をする若い僧侶

    買い物をする若い僧侶

  • バルコルの屋台

    バルコルの屋台

  • チベットの踊り

    チベットの踊り

  • アパート

    アパート

  • バルコルを散歩する人々

    バルコルを散歩する人々

  • 子供達

    子供達

  • 1959年中国に侵略されるまでダライ・ラマ14世治下のチベットの領土

    1959年中国に侵略されるまでダライ・ラマ14世治下のチベットの領土

  • 聖地ラサの市街図

    聖地ラサの市街図

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