2003/12/29 - 2003/12/31
125位(同エリア218件中)
旅蔵さん
タイ国の少数民族赤カレン族の家にホームスティーしたのは年末に出かけたチェンマ
イからの
トレッキングツアーでした。(ガイド2名日本人3名含む計10名現地ポ−ター数名)タイ北部メ-サリアン地方の低山岳地帯を住処に赤カレン族は暮らしている。
茅葺きの高床式の家、床は竹材が使われていて煮炊き用の囲炉裏が一つ、四角な1部屋に囲みのあるプライベ-トスペースが2畳ぐらい有りカーテンらしき布が仕切り用にあるだけ。トイレはなく家の周りに排出すれば床下にはブタや鶏が放し飼いされていてブタ君が処理してくれる。バナナの皮なんぞとポっイと外に捨ててもブタの餌となる。
電気も来てない為TVなどないから普段は10時ごろ寝て朝4時半には主婦は起きて水を沸かし御飯を炊く。6時すぎ周りが明るくなってきて男たち起きて朝食。朝飯前に燃料の芝刈りに行く老女達もおり、子供達は竹で出来た鞠を蹴るタイの伝統球技セパタクローで遊んでいた。
タイの少数民族のなかでは唯一独自文字を持つ彼等は自然に密着した生活を今でもおくっている。赤カレン族の子供達は、車が通りかかると手を振り、車が止まると群がりよってくる。そのくせカメラを向けると木陰に隠れたり顔をそむけて恥ずかしがる。日本ではありえないほど幼い子が赤ちゃんを背負って子守りしてたり、小さいのによく気が付く。私が食べ終えた皿を置いたとたんお代りを頼んでもいないのに奥へ御注進に。慣れてくるとカメラにも収まってくれたり写したデジカメの画面に見入り喜んでくれたり、手の指で年齢を教えあったり、屈託のない彼等と戯れていると此方まで心が和んでくる。
最近、村では涼しい気候を生かして高原野菜を作りわずかな現金収入にしているらしい。
子供の学用品や、ガソリン代に自給自足だけでは暮らしていけない現実がのしかかる。
熱帯とはいえ1000m越える高度にあるため夜はかなり冷える。電気がないため暗くなるとホ−ムステイ先の家の囲炉裏を囲んでポ-タ-役の彼等も集まり地酒やタバコを回し飲み。
楽器を持ち出し歌を歌いだす。タイ語ではないカレン族の言葉は解らないが酔いがまわるうち打ち溶け合って夜は静かに更けていった。
カレン族の風習は日本と似ている部分がたくさんある。竹を使って御飯を炊いたりお湯をわかすやり方とか、朝食に食べていた小豆汁は塩味であったが食べ方は同じ。米を精米する時に使う足踏み杵と木臼や、竹の火吹き筒で囲炉裏の火をおこす様子とか・・・
タバコ好きと見えて老女もお母さんも葉っぱを丸めて火をつけたり、木彫りのパイプで吸っている。山を歩けば煙草の木があちら此方に植えてある。地酒のライスワインも各家で作り空き瓶に保存して飲まれている様子。
米は赤米(日本の古代米のような)でタイ米に比べて粘りがあり炊きたては結構美味しいです。
2日目の朝、3時半ごろから遠くのほうからくバッタンバッタンの音が聞こえてきた。昨日みた足踏み式の杵で米を打つ音だ。カレン族のお母さんの朝は早い。4時半には女性は起き出し朝食の準備(電気もガスもないから大変です)
日の出を見ようと朝の散歩にでかけたら朝飯前に柴刈に行って来て背中に枯れ木を担いだ女性にすれ違った。
2日目は、山を下り沢伝いに2時間沢歩き。川を何回も横断する。ガイドが鶏を1匹紐に繋いでいるので「どうするの?」と聞いたら「連れて行って今晩食う」らしい。
しばらくすると、子犬を抱いていたので冗談に「これも食べるの?」と聞いたら「これは食べない」と笑っていた。
3日目、9時朝食後沢伝いに川を2時間登りつめる。蝙蝠の住む洞窟に到着。
竹で作った松明を明りに真っ暗な洞窟の水の中を進むこと約20分で明るい所に到着。
急坂を1時間上り詰めて林道に到着。迎えのトラックが待っていた。
1時間車で走りモン族のレストランで昼食。ここで別れるメンバ-とガイド、荷物持ち役のカレン族のポ-タ-達と記念撮影。
短い期間だったが寝食を共にした彼等とそれぞれのウルルンの別れのあと帰途。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 航空会社
- タイ国際航空
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