2007/03/02 - 2007/03/02
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satoshi.sさん
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高槻観光ネットを参考にして散策してきました。
阪急高槻市駅(10時)→八丁松原→野見神社→高槻市立しろあと歴史館→城跡公園→昼食・休憩→歴史民族資料館→八幡大神宮→高槻城大手跡→旧城下町→本行寺→光松寺→理安寺→阪急高槻市駅(13時)
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 徒歩
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コース案内板
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阪急高槻市駅(出発点)
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大阪医大付属病院(通過ポイント)
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八丁松原
慶安2年(1649)、 高槻城主永井直清によって整備された松の並木道。かつては高槻城から西国街道まで続いていた。現在は八丁畷町、松原町にその一部が残っている。 -
八丁松原記念碑
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保存樹木
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八丁畷交差点(通過ポイント)
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国道171号(通過ポイント)
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高槻警察(通過ポイント)
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梅が咲いています
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野見神社
野見神社は、野見宿弥(のみのすくね)とスサノオノミコトを祭神とし、もとは上宮天満宮付近にあった式内社・濃身(のみ)神社が移ってきたものとみられます。
9世紀の末、祭神のお告げにより疫病がおさまり、人々の信仰を集めたと伝えられています。また戦国時代、高山右近が高槻城主のころ、神社が一時この地を追われたとされ、右近の父飛騨守が「もと神の堂ありし処」(フロイス『日本史』)に建てた高槻天主教会堂の推定地となっています。江戸時代には城内随一の神社として「高槻城絵図」に記されています。
境内には、高槻藩永井家初代・永井直清(ながいなおきよ)をまつる永井神社があり、かつての高槻城の姿をしのばせる、絵馬(えま)が奉納されています。 -
手洗舎
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社務所
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永井神社
永井神社社殿は、本殿、合の間、拝殿から構成される。
寛政5年(1793)8月に高槻藩主永井直進が藩祖直清の霊神を祭神に勧請して創建したことが棟札に記されている。
社殿の規模は大きくないものの、社殿全体として、その構成や建築細部にわたる技法に江戸時代中期の特色が見られるとともに、向拝は、樹木、花、雲を薄肉彫で飾るなど彫刻装飾の発達した手法であり、江戸時代後期の特徴が見られ、造営年代が明らかで、その保存状態も極めて良いなど、高槻の江戸時代の藩政期における歴史遺産として貴重なものである。 -
永井神社
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永井神社
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