バスク地方旅行記(ブログ) 一覧に戻る
<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />7月14日(金)St Sebastian 24.4km<br /><br />アルベルトは元気に一足先に、出て行った。<br />彼にとっては初めての巡礼だし、かなり体が重そうなので、すぐに追い付くだろう。<br />すっかり巡礼仲間になった気分だったが、彼にはそれ以降再び会うことはなかった。<br /><br />アルベルゲでコーヒーやビスケットの朝食を出してくれた。<br />そしてフィリスおじさんのすすめで、最初はカルテラ(舗装道路)を歩くことになった。<br />出発は、薄明るくなりはじめた6時50分。<br />hondarribiaという、バスクの中でも、評判のレストランがたくさんある地域と聞いている町を通る。<br />朝だし、無念にも通り過ぎるしかない。<br />今回の巡礼の道は、まず、バスク自治州という地域を通ることも特徴である。<br />バスクと言えば、今日の目的地で、古くからの王室の保養地で有名なサン・セバスティアンや、有名な牛追い祭りのあるパンプローナもそうだし、私が昨日まで滞在していたEstellaも同じ地域になる。また、この巡礼路で通る、ピカソの絵で有名なゲルニカも、もちろんバスクである。<br />バスクはバルセロナのあるカタルーニャ地方と同じく、スペインであっても、スペインではない地域といわれ、過激なテロ組織で知られるETA(バスク祖国と自由)が存在することでも有名であるが、古い文化を持つ地域であり、また、独自の言語を有するのであるが、今は皆、カステリャーノと呼ばれる、いわゆるスペイン語を話している。<br />しかし、現在は小学校で、このウスケイラと呼ばれるバスク語を、教えているということで、子供達は少し話すことができると言う。<br />また、地名にはこの言葉が残っていて、カステリャーノと共に、二重に表記してある。<br />第一日め、今日の目的地は、サン・セバスティアンであるが、バスク語ではDonostiaと言うらしい。<br /><br />さて、しょっぱなから、カルテラ(舗装道)を歩きはじめた私には、長く感じられたこの道も、ようやく険しい登りの山道に入ってきた頃、ひとつの礼拝堂にたどり着いた。<br />ここからの見晴しはすこぶる良い。<br />今歩いて来た道や、海が一望できる。<br />マティウスは、写真を取ってほしいと頼んできた。<br />この後、さらに急な登りとなる。<br />私はここでマティウスに申し出た。<br />「ここから先は、一人で歩けるから、自分のペースで歩いてね、またサン・セバスティアンで会いましょう。」<br />私は登りになると、急にスピードが落ちるのだ。彼に迷惑をかけてもいけないし、基本的には一人で歩くのが好きなのだ。<br /><br />そこからは、思いきり自分のペースになった。<br />やっと頂上に着き、マットを広げて休憩することにした。<br />そこに出現したのは、マドリッド出身のロベルトだった。<br />数少ない巡礼者の一人だ。<br />互いに自己紹介をする。<br />彼は今朝Irunに着いて、そのまま歩き始めたらしい。<br />第一印象で、なんとなくその人なりのイメージなりというものを感じ取ることができると思うのだが、私はなぜか、ロベルトがいい人なのかどうか、皆目見当がつかなかった。<br />そもそも第一印象というものが大事なのはわかるが、当てにはならないと信じている。<br />しかし、普通なら、なんらかの直感というものが働くはずなのに、彼に対しては全くわからなかった。<br />ただ、表面上は、物腰の柔らかい、親切な人だということだけはわかった。<br />ロベルトはフランスの道を三回歩き、この道は初めてだと言う。<br />彼はすぐに、「英語とスペイン語、どっちで話した方がいい?」<br />と、聞いてきた。<br />もちろん英語なら大変ありがたい!<br />今日はどこに泊まるのか聞いてみた。サン・セバスティアンにはアルベルゲがないのである。<br />私の持っている資料を見せると、ロベルトは、ユースホステルに泊まるつもりだと言う。<br />そこは、マティウスも行くと言っていたが、もし満員だったらどうしよう?と心細く思っていたところ、ロベルトはすかさず、自分も後で予約するから、その時に一緒に予約してあげるよと言ってくれた。<br />なんと気の利く感じの良い人なんだろう!<br />私は初対面の人に携帯の番号を聞くことは普段はないが、この道では、それが命綱になることもあるので、遠慮なく聞いておく。<br />また、もし何かでホステルに泊まるのをやめた場合にも、彼の連絡先を知る必要があった。<br /><br />そしてロベルトは、ガイドブックを持たずに歩いていると言う。必要がないというのだ。<br />それは私も同感である。ガイドブックを読みながら、『右に行くと、3つの分かれ道があるので、真ん中の道を行き、ロトンダ(ラウンド アバウト)を通り越し、サッカー場に出たら、そこを右に曲がる・・・』なんて、こと細かく書かれていて、それでも彼らは道に迷うのである。<br />確かにこの道は、矢印(黄色い矢印に導かれて歩く)が整っているし、大草原でひとりぼっちという場所でもない。<br />さっき別れたマティウスは、典型的なスペイン人の巡礼者で、かなり忠実にガイドブックを見ていた。それに比べるとロベルトは、私から見ると、かっこ良く思えた。<br />しかし、彼の見かけや雰囲気は、かっこいいものとは言えなかったし、どちらかと言うと、「軽い人」のように見えたので、信用できるのかわからなかったが、去年の教訓を生かし、この道とて、数少ない巡礼者との繋がりが大切だと思うのであった。<br /><br />またしばらく歩いていると、ホアンという男性に出会った。<br />大学で、コンピューターサイエンスを教えていると言う。<br />すでにフランスの道を歩いたことがあると言うが、よく聞けば、兄弟三人で、サンティアゴから100km手前の町(おそらくサリアあたり)から歩いただけのようで、すでにこの時点でへたばっていた。<br />彼の連れは、さらにへたばっている様子で、後方を歩いていると言う。<br />感じ良く、スペイン語で、「初めまして!よろしくね!!」というと、びっくりした様子で、一緒に歩き出した。<br />しかし、第一印象は良かった彼だったが、仲間になれそうもない気がした。<br /><br />道を下って行くと、大きな河口があり、そこにあったbarで飲み物を買い、水辺にいると、一組の女性同士のペアがやってきた。フランス人で、Irunより手前から歩き始めているようだった。<br />そこからは、私は彼女らと一緒に歩きはじめた。しかし、彼女らは英語は少しだけ、私はフランス語がしゃべれないので、無言での意思疎通となるのだが、ここからのコースが、さらにきついものとなり、また、景色が格別のものとなるものだから、言葉なんか要らなかった。<br />一緒に歩いているだけで、連帯感が湧いてくる。もとより、一緒に歩こうなんていう取り決めさえしていないのだ。<br />私たちは、この海に注ぐ大河を船で渡った。これも立派な巡礼路なのだ。<br />今回は、船を使うことも多い。交通手段というよりは、渡し船で、泳いで渡る人はまずいない。(荷物があるし)<br />向こう岸に着くと、親切なおじさんが分かりやすい道を教えてくれた。<br />それは単純で、確かに分かりやすいものだったが、登りがとてもきついものだった。<br />岬のとったんまで歩いたら、そこから一気に階段をあがる。その階段は、天国まで繋がっているんじゃないかと思われるほど、どこまでも続いているのだ。<br />しかし、くの字型になった階段を登りながら、足を止めれば北の海が、荒々しくも美しく輝いて見えるのである。<br />終わりのない道などないはずなのに、この階段は長かった。<br /><br />私はこの頃やっと気が着いた。<br />この道を、甘く見ていたと。<br />海で泳げる道、緑の多い美しい道。<br />それを意味するのは、険しい道であること。<br />地図に表記された距離と、歩ける時間というものは比例しない。1km歩くのにも相当な時間がかかるのだ。<br />一日目からこれでは、先が思いやられた。<br />やっとのことで、頂上に着いた。<br />その頃には、持っていた水がなくなり、暑さも増してきた。<br />少し歩いていると、水飲み場を指す標識に出会った。私たちは、水を求めて緑の公園の中を、ずんずん下っていった。<br />そこはまるでオアシスだった。<br />緑に囲まれているので、とても涼しい上、おいしいお水を飲むことができた。<br />私はそれまでの喉の乾きを埋めるように、お腹がタッポンタッポン音がするまで水を飲んだ。<br />そこを出たころ、ようやく山の上から、いよいよサン・セバスティアンの街が見えてきた。<br />遠く真下には、海水浴客で賑わう砂浜が見える。今まで見てきた海とは反対側の、別世界がそこにあった。<br />この頃から、フレンチの二人は、今日はキャンプ場に泊まると言い出したので、ここれ別れることにした。<br />彼女たちとは、この日以来会っていない。また、大学教授のホワンにも会えなかった。<br /><br />その後は、街まで一気に下っていく。<br />これもキツイものだった。<br />どこにも休める場所がなく、やっと坂道の終点近くでもあり、街の入り口でもある、民家の階段に腰を下ろした時だった。<br />そこに通りがかったのは、先ほど山の上で出会ったロベルトだった。<br /><br />私より先に歩きはじめたのに、何で後から来たのか?<br />聞いてみると、「ちょっと事情があってね」という。私がスペイン語で話しかけたのかは覚えていないが、なぜかここでのやり取りは、スペイン語だったので、私もそれ以上追求しなかった。<br />う〜ん、怪しいヤツだと思った。<br />しかも、まだホステルの予約をしていないという。<br />もうすぐ着く時間だというのに。<br />ありえない。やっぱり彼は怪しい。<br />ロベルトは、慌てて、今電話しようと言い、すぐに予約を取ってくれた。<br />休む間も結局なく、一緒に歩きはじめることにした。<br />ロベルトについて行けば、必死で宿を探す必要がないからだ。<br /><br />それにしても、こんなに疲れたことはない。<br />なのに、サン・セバスティアンの街は容赦なかった。<br />目指すホステルは、街のいわば出口に位置し、この街を横断しなければならない。<br />人で賑わう大きな海岸を三つ越える。これはかなり厳しかった。<br />とても暑い上、足はもう一歩たりとも進みたくないと言う。<br />荷物もやけに重たく感じるのである。<br />私は、一言も口を利けないほど、消耗しきっていた。<br />ロベルトは、絶えず誰かに電話をしている。どうも、この近くに知り合いがいて、そこに泊まろうと考えているらしいが、なかなか繋がらない様子だった。<br />じりじりと照りつける太陽、海水浴ではしゃぐ人たちの中で、重いリュックを背負い歩く私たちは、異質な存在であった。<br />この日が一番辛かったというのは、後日ここを歩いた仲間の共通した感想だった。<br /><br />やっとのことで、私たちはホステルに到着した。<br />ロベルトは、友達と連絡がとれたらしく、チェックインをせずに話し込んでいた。<br />口調によると、相手は女性のようで、私の疑惑は深まるばかりだった。<br /><br />これまでの巡礼では、アルベルゲか安宿に泊まることはあっても、ホステル滞在は初めてであった。<br />ここには、アメリカ人の高校生の団体客がいて、逃げだしたくなった。<br />シャワーも汚いし、部屋にいてもうるさい。<br />一息ついて、外に出た。今日は食事をする気にもなれず、果物などを買って済ますことにした。<br />ホステルの地下にはpcがある。これを使おうと降りてみると、そこにマティウスと、もう一人の男性がいた。<br />その人は、ラファといい、たまたまマティウスと同じマヨルカの出身で、今日このサン・セバスティアンに到着して、明日から歩き始めるという。<br />聞けば二年前に私が去年の夏に歩いた「銀の道」を巡礼したという。<br />「銀の道」を歩いたというだけで、特別なものを感じた。しかも彼も夏にである。<br />これ以上の説明も自己紹介も要らない。この共通点があるだけで充分である。<br />私はたくさん「銀の道」について話したいと思ったが、今後ゆっくりしていくことにして、明日の道の予習をしようと、地図を出し、その高低差に恐れをなしていると、ラファは<br />小さく手をふり、笑いながらこう言った。<br />「見ない、見ない」<br />ラファは英語が上手だったので、最初は風貌からもドイツ人だと思っていた。実際ドイツ人だと思われると言っていたが、生粋のマヨルキンであった。<br />明日の目的地になる二か所の候補地を決めて、それぞれの部屋に戻った。<br /><br />

スペイン巡礼「北の道2」  7/14 StSebastian

5いいね!

2006/07/14 - 2006/07/14

206位(同エリア259件中)

0

77

night-train298

night-train298さん















7月14日(金)St Sebastian 24.4km

アルベルトは元気に一足先に、出て行った。
彼にとっては初めての巡礼だし、かなり体が重そうなので、すぐに追い付くだろう。
すっかり巡礼仲間になった気分だったが、彼にはそれ以降再び会うことはなかった。

アルベルゲでコーヒーやビスケットの朝食を出してくれた。
そしてフィリスおじさんのすすめで、最初はカルテラ(舗装道路)を歩くことになった。
出発は、薄明るくなりはじめた6時50分。
hondarribiaという、バスクの中でも、評判のレストランがたくさんある地域と聞いている町を通る。
朝だし、無念にも通り過ぎるしかない。
今回の巡礼の道は、まず、バスク自治州という地域を通ることも特徴である。
バスクと言えば、今日の目的地で、古くからの王室の保養地で有名なサン・セバスティアンや、有名な牛追い祭りのあるパンプローナもそうだし、私が昨日まで滞在していたEstellaも同じ地域になる。また、この巡礼路で通る、ピカソの絵で有名なゲルニカも、もちろんバスクである。
バスクはバルセロナのあるカタルーニャ地方と同じく、スペインであっても、スペインではない地域といわれ、過激なテロ組織で知られるETA(バスク祖国と自由)が存在することでも有名であるが、古い文化を持つ地域であり、また、独自の言語を有するのであるが、今は皆、カステリャーノと呼ばれる、いわゆるスペイン語を話している。
しかし、現在は小学校で、このウスケイラと呼ばれるバスク語を、教えているということで、子供達は少し話すことができると言う。
また、地名にはこの言葉が残っていて、カステリャーノと共に、二重に表記してある。
第一日め、今日の目的地は、サン・セバスティアンであるが、バスク語ではDonostiaと言うらしい。

さて、しょっぱなから、カルテラ(舗装道)を歩きはじめた私には、長く感じられたこの道も、ようやく険しい登りの山道に入ってきた頃、ひとつの礼拝堂にたどり着いた。
ここからの見晴しはすこぶる良い。
今歩いて来た道や、海が一望できる。
マティウスは、写真を取ってほしいと頼んできた。
この後、さらに急な登りとなる。
私はここでマティウスに申し出た。
「ここから先は、一人で歩けるから、自分のペースで歩いてね、またサン・セバスティアンで会いましょう。」
私は登りになると、急にスピードが落ちるのだ。彼に迷惑をかけてもいけないし、基本的には一人で歩くのが好きなのだ。

そこからは、思いきり自分のペースになった。
やっと頂上に着き、マットを広げて休憩することにした。
そこに出現したのは、マドリッド出身のロベルトだった。
数少ない巡礼者の一人だ。
互いに自己紹介をする。
彼は今朝Irunに着いて、そのまま歩き始めたらしい。
第一印象で、なんとなくその人なりのイメージなりというものを感じ取ることができると思うのだが、私はなぜか、ロベルトがいい人なのかどうか、皆目見当がつかなかった。
そもそも第一印象というものが大事なのはわかるが、当てにはならないと信じている。
しかし、普通なら、なんらかの直感というものが働くはずなのに、彼に対しては全くわからなかった。
ただ、表面上は、物腰の柔らかい、親切な人だということだけはわかった。
ロベルトはフランスの道を三回歩き、この道は初めてだと言う。
彼はすぐに、「英語とスペイン語、どっちで話した方がいい?」
と、聞いてきた。
もちろん英語なら大変ありがたい!
今日はどこに泊まるのか聞いてみた。サン・セバスティアンにはアルベルゲがないのである。
私の持っている資料を見せると、ロベルトは、ユースホステルに泊まるつもりだと言う。
そこは、マティウスも行くと言っていたが、もし満員だったらどうしよう?と心細く思っていたところ、ロベルトはすかさず、自分も後で予約するから、その時に一緒に予約してあげるよと言ってくれた。
なんと気の利く感じの良い人なんだろう!
私は初対面の人に携帯の番号を聞くことは普段はないが、この道では、それが命綱になることもあるので、遠慮なく聞いておく。
また、もし何かでホステルに泊まるのをやめた場合にも、彼の連絡先を知る必要があった。

そしてロベルトは、ガイドブックを持たずに歩いていると言う。必要がないというのだ。
それは私も同感である。ガイドブックを読みながら、『右に行くと、3つの分かれ道があるので、真ん中の道を行き、ロトンダ(ラウンド アバウト)を通り越し、サッカー場に出たら、そこを右に曲がる・・・』なんて、こと細かく書かれていて、それでも彼らは道に迷うのである。
確かにこの道は、矢印(黄色い矢印に導かれて歩く)が整っているし、大草原でひとりぼっちという場所でもない。
さっき別れたマティウスは、典型的なスペイン人の巡礼者で、かなり忠実にガイドブックを見ていた。それに比べるとロベルトは、私から見ると、かっこ良く思えた。
しかし、彼の見かけや雰囲気は、かっこいいものとは言えなかったし、どちらかと言うと、「軽い人」のように見えたので、信用できるのかわからなかったが、去年の教訓を生かし、この道とて、数少ない巡礼者との繋がりが大切だと思うのであった。

またしばらく歩いていると、ホアンという男性に出会った。
大学で、コンピューターサイエンスを教えていると言う。
すでにフランスの道を歩いたことがあると言うが、よく聞けば、兄弟三人で、サンティアゴから100km手前の町(おそらくサリアあたり)から歩いただけのようで、すでにこの時点でへたばっていた。
彼の連れは、さらにへたばっている様子で、後方を歩いていると言う。
感じ良く、スペイン語で、「初めまして!よろしくね!!」というと、びっくりした様子で、一緒に歩き出した。
しかし、第一印象は良かった彼だったが、仲間になれそうもない気がした。

道を下って行くと、大きな河口があり、そこにあったbarで飲み物を買い、水辺にいると、一組の女性同士のペアがやってきた。フランス人で、Irunより手前から歩き始めているようだった。
そこからは、私は彼女らと一緒に歩きはじめた。しかし、彼女らは英語は少しだけ、私はフランス語がしゃべれないので、無言での意思疎通となるのだが、ここからのコースが、さらにきついものとなり、また、景色が格別のものとなるものだから、言葉なんか要らなかった。
一緒に歩いているだけで、連帯感が湧いてくる。もとより、一緒に歩こうなんていう取り決めさえしていないのだ。
私たちは、この海に注ぐ大河を船で渡った。これも立派な巡礼路なのだ。
今回は、船を使うことも多い。交通手段というよりは、渡し船で、泳いで渡る人はまずいない。(荷物があるし)
向こう岸に着くと、親切なおじさんが分かりやすい道を教えてくれた。
それは単純で、確かに分かりやすいものだったが、登りがとてもきついものだった。
岬のとったんまで歩いたら、そこから一気に階段をあがる。その階段は、天国まで繋がっているんじゃないかと思われるほど、どこまでも続いているのだ。
しかし、くの字型になった階段を登りながら、足を止めれば北の海が、荒々しくも美しく輝いて見えるのである。
終わりのない道などないはずなのに、この階段は長かった。

私はこの頃やっと気が着いた。
この道を、甘く見ていたと。
海で泳げる道、緑の多い美しい道。
それを意味するのは、険しい道であること。
地図に表記された距離と、歩ける時間というものは比例しない。1km歩くのにも相当な時間がかかるのだ。
一日目からこれでは、先が思いやられた。
やっとのことで、頂上に着いた。
その頃には、持っていた水がなくなり、暑さも増してきた。
少し歩いていると、水飲み場を指す標識に出会った。私たちは、水を求めて緑の公園の中を、ずんずん下っていった。
そこはまるでオアシスだった。
緑に囲まれているので、とても涼しい上、おいしいお水を飲むことができた。
私はそれまでの喉の乾きを埋めるように、お腹がタッポンタッポン音がするまで水を飲んだ。
そこを出たころ、ようやく山の上から、いよいよサン・セバスティアンの街が見えてきた。
遠く真下には、海水浴客で賑わう砂浜が見える。今まで見てきた海とは反対側の、別世界がそこにあった。
この頃から、フレンチの二人は、今日はキャンプ場に泊まると言い出したので、ここれ別れることにした。
彼女たちとは、この日以来会っていない。また、大学教授のホワンにも会えなかった。

その後は、街まで一気に下っていく。
これもキツイものだった。
どこにも休める場所がなく、やっと坂道の終点近くでもあり、街の入り口でもある、民家の階段に腰を下ろした時だった。
そこに通りがかったのは、先ほど山の上で出会ったロベルトだった。

私より先に歩きはじめたのに、何で後から来たのか?
聞いてみると、「ちょっと事情があってね」という。私がスペイン語で話しかけたのかは覚えていないが、なぜかここでのやり取りは、スペイン語だったので、私もそれ以上追求しなかった。
う〜ん、怪しいヤツだと思った。
しかも、まだホステルの予約をしていないという。
もうすぐ着く時間だというのに。
ありえない。やっぱり彼は怪しい。
ロベルトは、慌てて、今電話しようと言い、すぐに予約を取ってくれた。
休む間も結局なく、一緒に歩きはじめることにした。
ロベルトについて行けば、必死で宿を探す必要がないからだ。

それにしても、こんなに疲れたことはない。
なのに、サン・セバスティアンの街は容赦なかった。
目指すホステルは、街のいわば出口に位置し、この街を横断しなければならない。
人で賑わう大きな海岸を三つ越える。これはかなり厳しかった。
とても暑い上、足はもう一歩たりとも進みたくないと言う。
荷物もやけに重たく感じるのである。
私は、一言も口を利けないほど、消耗しきっていた。
ロベルトは、絶えず誰かに電話をしている。どうも、この近くに知り合いがいて、そこに泊まろうと考えているらしいが、なかなか繋がらない様子だった。
じりじりと照りつける太陽、海水浴ではしゃぐ人たちの中で、重いリュックを背負い歩く私たちは、異質な存在であった。
この日が一番辛かったというのは、後日ここを歩いた仲間の共通した感想だった。

やっとのことで、私たちはホステルに到着した。
ロベルトは、友達と連絡がとれたらしく、チェックインをせずに話し込んでいた。
口調によると、相手は女性のようで、私の疑惑は深まるばかりだった。

これまでの巡礼では、アルベルゲか安宿に泊まることはあっても、ホステル滞在は初めてであった。
ここには、アメリカ人の高校生の団体客がいて、逃げだしたくなった。
シャワーも汚いし、部屋にいてもうるさい。
一息ついて、外に出た。今日は食事をする気にもなれず、果物などを買って済ますことにした。
ホステルの地下にはpcがある。これを使おうと降りてみると、そこにマティウスと、もう一人の男性がいた。
その人は、ラファといい、たまたまマティウスと同じマヨルカの出身で、今日このサン・セバスティアンに到着して、明日から歩き始めるという。
聞けば二年前に私が去年の夏に歩いた「銀の道」を巡礼したという。
「銀の道」を歩いたというだけで、特別なものを感じた。しかも彼も夏にである。
これ以上の説明も自己紹介も要らない。この共通点があるだけで充分である。
私はたくさん「銀の道」について話したいと思ったが、今後ゆっくりしていくことにして、明日の道の予習をしようと、地図を出し、その高低差に恐れをなしていると、ラファは
小さく手をふり、笑いながらこう言った。
「見ない、見ない」
ラファは英語が上手だったので、最初は風貌からもドイツ人だと思っていた。実際ドイツ人だと思われると言っていたが、生粋のマヨルキンであった。
明日の目的地になる二か所の候補地を決めて、それぞれの部屋に戻った。

  • いよいよ出発!

    いよいよ出発!

  • 貴重な巡礼仲間第一号のマティウスです。

    貴重な巡礼仲間第一号のマティウスです。

  • 海が見えてきました

    海が見えてきました

  • どんどん下っていきます

    どんどん下っていきます

  • ここで休んでいたら、フランス女性二人組がやってきました

    ここで休んでいたら、フランス女性二人組がやってきました

  • この大きな樽は、バルの中に合ったのですが、トイレです

    この大きな樽は、バルの中に合ったのですが、トイレです

  • 渡し船に乗って向こう岸へ向かいます

    渡し船に乗って向こう岸へ向かいます

  • 今度はひたすら階段を登っていきます

    今度はひたすら階段を登っていきます

  • ふりむくと・・・

    ふりむくと・・・

  • やっと水飲み場のある公園へ

    やっと水飲み場のある公園へ

  • とうとうサン・セバスティアンのビーチが見えてきました

    とうとうサン・セバスティアンのビーチが見えてきました

  • ここで二人とお別れです

    ここで二人とお別れです

  • では、これからどんどん下って街に入っていきます

    では、これからどんどん下って街に入っていきます

  • たくさん登った分、下りも大変でした

    たくさん登った分、下りも大変でした

  • そこはいきなりビーチリゾート、山の上とは別世界でした

    そこはいきなりビーチリゾート、山の上とは別世界でした

  • サン・セバスティアンの町並みです

    サン・セバスティアンの町並みです

この旅行記のタグ

5いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

スペインで使うWi-Fiはレンタルしましたか?

フォートラベル GLOBAL WiFiなら
スペイン最安 384円/日~

  • 空港で受取・返却可能
  • お得なポイントがたまる

スペインの料金プランを見る

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

タグから海外旅行記(ブログ)を探す

PAGE TOP