1998/03/19 - 1998/03/26
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gruenさん
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短大の時、初めて訪れたドイツ。私と友人は英語も話せないのに無謀にも個人旅行をチョイス。私のカタコトのドイツ語を信用してくれた友人に感謝。ドタバタ旅行の始まりです。
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス タクシー
- 航空会社
- ルフトハンザドイツ航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
-
ルフトハンザの飛行機に乗り、いざドイツへ!
初めての海外、初めてのドイツにわくわくしながらすでに心はドイツに行ってたかも・・・。
12時間のフライトがどんなものかも知らなかったし、機内食も機内で寝ることも初めて!
ふと気がつくとはるか下にはシベリアの大地が広がる。大きく太い河が蛇行しながら海を目指していた。こんなに高いところから見てあれほどの大きさなんだから、びっくりしてしまう。日本では見られない果てしなく続くかに思われる広い大地に驚くばかり。 -
ミュンヘンの空港へ到着した時は現地時間の夕方。現地の係りの人に連れられてホテルへ。
2ドアの黒いBMWに乗り込み出発。現地の係りといってもどうも日本人ぽい。運転するのは24〜5才くらいの男の人でもう一人は40〜50才くらいの女の人。
この女の人がホテルのチェックインやホテルのチェックアウト、さらに空港でのチェックインもしてくれるらしい。ミュンヘン滞在中も何かあると対応してくれるという。
ホテルの部屋は広々していて、2人でスーツケースを広げても余裕があるほど。この部屋に6泊するわけです。窓の外には初めて見るミュンヘンの夜景。とは言っても、ミュンヘン郊外でさらに市内の方角とは反対方面だけど・・・。
明日の朝はどんな風に見えるんだろう。さぁ明日は朝から張り切ってドイツを楽しもう! -
翌日、朝食を済ませ、なんとか市電の切符を買い、ミュンヘンの中心部へとやってきた私たち。
地図はホテルのフロントでもらい、市電の路線番号を確認して、やってきましたマリエン広場。
まずは、この広場と市庁舎を眺めるために、町でもっとも古いペーター教会の塔へ登る。
白い壁に狭い階段。狭い上に傾斜がきつい。階段を上っていくと途中で少し広いところに出た。そこには日本では今ではめずらしくなった硬貨で記念硬貨をつくる機械が置いてあり、帰りにしてみることにする。
まずは階段を上ること。
この記念硬貨、作るためには1ペニヒか2ペニヒ硬貨が必要(どちらか覚えてない)で、ミュンヘンに着いたばかりの私たちは、そんな小さな硬貨はもっておらず、切符売り場のおじさんに両替してもらってなんとか作れた。記念硬貨を作ったのも記念だけど、何度も両替してもらったこともいい記念。とても親切なおじさんだった。 -
ふぅふぅ言いながら上った階段。
塔の上から見る市庁舎とミュンヘンの町並みに疲れも吹っ飛ぶ。
さすがに風が冷たかったけど、ほてった体にはそこまで気にならない。
ミュンヘンのこの市庁舎は1867年〜1909年にかけて建てられたネオゴシック様式の建物。時計の下にある仕掛け時計はドイツ一の大きさを誇り、毎日11時になると仕掛けが現れる。
上段と下段に分かれていて、上段にはバイエルン大公ヴィルヘルム5世の結婚式の際に行われた騎馬試合が、下段では謝肉祭のビール職人の人形がそれぞれ現れる。
私たちも後でマリエン広場に行き、この仕掛けを見ることができた。何曲か流れるうち、最初に流れたのはローレライだった。
右奥に見えるのはテアティナー教会。
ミュンヘンでは市内に高層な建物は見当たらない。なので、市庁舎の塔や、聖母教会の双子の塔も町並みに映える。シンボルであるそういったものをいつでも何処にいても見られる、そういう自分たちの町を大事にするところは本当に素晴らしいと思う。みんなの財産なんだから。見習いたいところ。 -
マリエン広場から西に向かって散策していると、目抜き通りから少し入ったところで、フラウエン教会に出た。
1468年〜1488年にかけてつくられたレンガ造りのこの教会には“悪魔の伝説”が残されている。
教会が完成し、奉納式が行われる前夜、悪魔が正面から忍び込み教会を見に来た。しかし、教会を入ると一つも窓がない。こんな教会には誰も来ないだろうと笑い教会の奥へ足を進めたとたん、窓が現れた!だまされたことに腹を立てた悪魔が教会を壊そうと風を起こすがびくともしなかったという。
この悪魔が初めに立った場所に足跡が残されていて、そこに立つと本当に窓は見えない。あれほど多くの窓があるのに、その場所からはまったく見えないのだ。
ただ、この足跡、多くの観光客が足を合わせるため、床はすり減り足跡は大きくなっている。 -
マリエン広場から目抜き通りを西に歩くと、右手にミヒャエル教会がある。この教会の地下にはバイエルン王国3代国王ルートヴィヒ2世の棺が安置されているらしいのだけど、イマイチ入り口が分からず断念。
この教会のドームはすごく大きくアルプスの北側では最大の物ものらしい。もちろん内部は静かで荘厳な雰囲気が漂っていた。 -
ミュンヘンの目抜き通り。歩行者専用。
これだけ広く長い道が歩行者専用なんてすごい。しかも町のど真ん中に。
あぁ羨ましいな〜。すごく安全で快適。危なくないし、空気はきれいだし。
カールス門をくぐりカウフィンガー通りからノイハウザー通りを経てマリエン広場に出る。通りの両側には商店が多く立ち並ぶ。季節はまだ冬。人通りは少なかった。 -
ドイツに来て3日目、この旅の一番の目的だったルートヴィヒの城をめぐる日。
最初に訪れたのは、ルートヴィヒの生前に唯一完成したといわれる“リンダーホーフ”。JALユーロエクスプレスという日本語のガイドツアーに参加。この日は朝から雪。駐車場からリンダーホーフまでの道のりも雪に足をとられながら注意深く進む。
突然視界がひらけリンダーホーフが現れた。思ったよりこじんまりとしている。確かにヴェルサイユのトリアノンを模したというだけあって、宮殿・城というよりは隠れ家的な館という趣。 -
屋根の上にはギリシャ神話のアトラスが地球を支えている像が。その下にはバイエルンの紋章とヴィッテルスバッハ家の紋章が掲げられている。
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城の正面にはフランス庭園が広がる。向かって右に城のいわれとなった菩提樹(リンデ)が立っている。でもこの庭、冬場は立ち入り禁止で、目の前にある噴水ももちろん動いていない・・・というのは現地に行ってから初めて知った。噴水が止まっている!!!これには友人もショック!何よりこの噴水を楽しみにしていたから。高さ30メートルにまでなるという噴水、よく考えれば冬場は止めるよ。5月まで雪が降ることもあるというドイツ。聞いたことはあっても日本でも温暖な地方に住む私たちにはやっぱり実感がわかなかった。でもこれは本当に友人に申し訳ないことしたな〜と反省。
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ガイドツアーの順番が回ってきてリンダーホーフ城内へ・・・。
まず入り口を入るとすぐにルートヴィヒが崇拝したフランスの太陽王ルイ14世の騎馬像がお出迎え。本当に入ってすぐホールの真ん中に立っている。さらにこの奥の部屋(ホール)には中国の壷が置かれている。この城の中のもので最も古いものらしい。でもなぜか階段脇・・・。 -
ルイ14世騎馬像の上にはこちらも太陽王を表したものが。太陽王の顔を中心に後光が差している。天使が掲げている文字の意味は確か・・・(調べておきます)。
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この城の居住区は2階。階段を中心に左右対称に部屋が造られていて、階段を左に上がると西側ゴブラン織りの間(音楽の間)に出る。左右対称なので、階段を右に上がると、東側ゴブラン織りの間に出る。順路は西側ゴブラン織りの間から。その部屋を過ぎると控えの間、謁見の間(玉座の間)、そして一番大きな寝室に出る。寝室には欄干に囲まれた天蓋付きの大きなベッドがあった。ルートヴィヒが好きだったというブルーが印象的。
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さらに控えの間を挟んで食事の間へ。
この部屋の天井には、ロココ調の装飾が。特徴的なのは、なんと天井画の一部が浮き出ている!女の人の足の部分や天使の足の部分が立体的になっている。
装飾もさることながら、この部屋の食卓には仕掛けがあって、階下に造られた部屋で配膳された食卓がそのままこの部屋に上がってくるという。人間嫌いだったルートヴィヒが誰にも会わずに食事を楽しむために造られ、食卓にはルートヴィヒだけでなく、ルイ14世やマリーアントワネットのための食事も用意されたらしい。 -
リンダーホーフを後にして、ノイシュヴァンシュタインへ。ロマンチック街道のフィナーレといわれ、日本人がドイツに来たら必ず訪れるというお城。ディズニーがシンデレラ城のモデルにしたという話は有名。あまりにメジャーなお城だからこそ、私がドイツを好きになるきっかけとなった。そんな城だから、初めて訪れるこの場所になんともいえない緊張が・・・。本当に嬉しかったな〜。
雪の中に佇むノイシュヴァンシュタインは、遠めで見ると雪の白さのなかで少し黒ずんで見えた。でも、間近で見るとその白さに負けないくらいきれいで圧倒的だった。 -
馬車に乗って城の門近くまで登り、そこから徒歩で場内へ。
がけの上に建つこの城は、その土地にいっぱいいっぱいで建っているため、門前の空間が狭い。なので、写真で見るような正面からのノイシュヴァンシュタインは、この場所からは見ることができない。目の前にはレンガで装飾された門がそびえ建っている。
門には、ヴィッテルスバッハ家の紋章とバイエルンの紋章が彫刻されている。 -
門をくぐるとまずは下の中庭に出る。
場内はガイドツアーのみ。順番が来るまでこの中庭で並んで待つ。この時は、ドイツ語と英語のツアーのみで、私たちは、ドイツ語のツアーと一緒に入り、ガイドさんが日本語で説明してくれるというスタイルだった。 -
リンダーホーフと異なり、城内は撮影禁止。窓の外の景色は写してもいいらしかったけど、初めて訪れたノイシュヴァンシュタイン。まずは自分の目でいろんなところをしっかり見たい!ので、そちらに集中することにした。それでも、一部屋一部屋の滞在時間は短く、次々と部屋に案内される。物足りなさは否めない。
門のところまで帰ってからそこは土産物屋になっていて、日本語のガイドブックやら記念グッズが売られていた。
中庭からは、ペッラート峡谷に架かるマリエン橋が見えた。ルートヴィヒの母、マリーの希望で架けられた橋で、ルートヴィヒもこの城の部屋の全てにあかりを灯し、マリエン橋からその様子を眺めたらしい。次に来たときには、必ず行ってみようと思った。 -
ミュンヘン4日目のこの日は、ものすごい大きさの公園を散策。30分ほど歩いたけど、その3分の1も歩けなかった。
公園内を流れるイザール川。 -
この大きな公園、夏には日光浴をする人がいたり、ビアガーデンを楽しむ人もいる。自然の地形や風景を生かした英国庭園だけあって、散策するのが本当に気持ちよかった。さすが森の国ドイツだなぁ。
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午後からは、ミュンヘン郊外にある、ヴィッテルスバッハ家の夏の離宮、ニンフェンブルクにまで足を伸ばした。Sバーンでも行けたんだけど、外の景色が見たいというのもあって、市電を乗り継いでいく。
シンメトリーに配置された建物は美しく、これまた広大な庭園が広がる。とても半日では見つくせない。庭園だけでもゆっくり回れば1日はかかるかな〜。 -
5日目はまたまたアルプス方面へ足を伸ばす。
バイエルンチケットという格安チケットを手にミッテンヴァルトヘ。
ドイツにもだいぶ慣れ、耳に入ってくるドイツ語にも慣れた私たちは、南ドイツで使われる挨拶「グリュースゴット」を連発しながら歩いた。
道ですれ違う人に、声をかけると、今まで怒ったような顔をして歩いていた人も、たちまち笑顔になり「グリュースゴット」と返してくれる。
すっかり気分の盛り上がった私たち。 -
ここミッテンヴァルトの町は、通りに面する建物の壁にフレスコ画が描かれている。
本物のレンガかと思えば絵だったり、見事な窓枠だなと思えばこれまた絵だったり。だまし絵っていうのかな?一瞬見ただけでは本物そっくりでびっくりしてしまう。 -
見事なフレスコ画。どこからが絵でどこからが本物なのか???
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ミッテンヴァルトの東側を南北に流れるイザール川。
遠くミュンヘンまで続く。 -
ドイツ最終日。
昼過ぎにホテルまで係りの人が迎えに来る。
その前に再びミュンヘン市内へ繰り出す。
結局、中には入らなかったけど、有名なホーフブロイハウス。かつては王室御用達の醸造所だった。ヒトラーもここでナチスの旗揚げをしたという。 -
ホーフブロイハウスの斜め向かい側にはミュンヘン三越が。ここでも変わらぬ“越”マークがお出迎え。
店内で購入した商品は日本人スタッフが面倒な免税手続きもしてくれる。 -
ルフトハンザの飛行機に乗って、一路日本へ。
ミュンヘンを拠点にしてあちこち行っただけあって、ゆったりできた旅行だった。
次に来るのはいつだろう。
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