2006/10/08 - 2006/10/12
540位(同エリア613件中)
新美勝利さん
●桃源郷を求めて! 1
10月8日(日)〜12日(木)4日間、中国雲南省にある玉龍雪山を背にした麗江古城
や春城と言われる昆明を訪れてきた、その顛末を記して置こうと思う!
セントレア(中部国際空港)を、朝9:15分発の飛行機に乗ろうとすると
朝が早いチョット苦痛だ!
集合時間までに全員集合チェックインをする。
上海まではJAL便だ、マイレージカードを提示したら・・・
「往復1840マイル追加させていただきました」といってカードを返してくれた。
窓際に席をお願いしますと依頼したら・・・「申し訳ありません満席です」との返答、
搭乗したら、機材はB767-300で、わが席は63G・・・・なんと一番後部座席から2つ目だ、
上海までの飛行時間は2:20分機内食をいただくのも慌しくなるぐらいの時間だ。
定刻に上海浦東国際空港に着陸、機上から降りるのも一番最後だ、のんびり待つことにする。
アテンダント嬢にカメラを向けたら・・・「一緒に撮りましょう」と言って・・・・
同僚のアテンダントを呼び寄せてシャッターを押させてくれた。
上海市内で昼食を済ませて、虹橋国内線空港へ向かう。
この空港近辺には日本人が30万人ぐらい住んでいるらしいし、安部・温家宝会談で
羽田・虹橋シャトルバス構想に調印したとガイドが言っていたが本当かな?
今日はこれから昆明経由麗江まで、3時間ぐらい飛行時間を要するたびだ。
今回の旅は添乗員を含めて16名のメンバーとご一緒だ。
メンバーは僕を除いて、内家拳研究会(太極拳)の師範クラスの方ばかりである。
どんな旅になるか興味深深、心わくわくのたびがいま始まった。
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- 高速・路線バス
- 航空会社
- JAL
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● 上海虹橋空港で暫し足止めだ!
上海の空は、秋天晴朗だ!
虹橋空港は6年前まで国際空港だったが今見ると手狭で薄汚れて見える。
ずーとずーと以前ここをお訪れた時モット大きな空港だと思ったが・・・・・・
昆明経由麗江行きの搭乗時間が迫ってきたところで、遅延のアナウンスがある。
1:30分ほどらしい、小さな待合室で 退屈な時間を過す。
お堅い中国でも、開放政策の?いまやこんな風景も普通なのかな?
結局2時間ほど遅れて昆明へ飛び立った。中国東方航空B767-200は超満席だ?
3時間ほどで雲南省の省都昆明へ到着した。
上海搭乗時、昆明では機内で待つとのアナウンスを聞いていたが・・・
殆どの乗客が降りていくではないか
最後は西洋人と我々だけになってしまった。
機内アテンダントが英語で指示をしてきた。
「機内清掃のため一旦降りてください」「荷物は置いていってもよい」というような
ことを話したようだ。ボーデヒングパスというような単語も聞き取れる。
結局バスで滑走路の隅まで連れて行かれて待たされるのみ・・・・・
昆明空港で1時間ほどを費やして、麗江空港へ着陸したのは予定より3時間近く遅れてしまった。
麗江は雨、小雨が間断なく降り注いでいる。
レストランで食事をして、ホテルに入ったのはこちらの時間で午前様寸前だった。
1時間時差のある日本時間なら翌日である。
*麗江について、
雲南省北西部に位置する麗江は、昆明から600km標高2400mぐらいの高地に位置する。
ナシ族が主に住んでいる麗しの国で、トンパ文字など独特な文化を有している
おとぎの国のような建物の、麗江大港旺宝国際飯店に今日から3連泊する。
家から持ってきた御菓子の袋がパンパンだ! -
●麗江の朝は遅い!
麗江の朝は遅い、1時間の時差では足りない位置に存している。
見晴るかす周囲は小雨に煙っている。
ホテルの前面に広がっている筈の、氷河を抱く玉龍雪山は全く見えない。
残念だが滞在している間には是非お目にかかりたいものです。
午前中、小雨の中を麗江の名園、黒龍潭公園を見学する。
別称を玉泉公園と言い池の水が玉のように碧いのでこの名前がついたようです。{img2006101
柳や松などの木々と古代建築が湖水に映えて美しい!
公園内は人影が少なく不審に思って ガイドに聞いてみると・・・・
「国慶節の大型連休が昨日終わったばかりだからですよ」と教えてくれた。
ところどころにはシンビジュームの大鉢が置いてある。
洋ランといわれるシンビジュームはこの雲南省などが原産地なんですよね。
ゴミ箱なども景観にマッチするように彫刻の飾り箱みたいに美しい。
面白い木肌の木を紹介してくれた。
マージャンパイの木だそうだ。この木をなでるとマージャンで勝てるといわれているらしい。
木肌はツルツルになっている。
中国人は今でもマージャンに熱中するようだからね。
ぼくも 何気なくソット撫でて見る。
園内の東巴文化研究所で東巴文字の説明を受ける。
中国人は商売が上手いから警戒していたが、
案の定
日本語がそこそこ上手い説明員が「みなさんは幸運です、今日はトンパの記念日で何時もは撮影禁止ですが今日は特別にお許しが出ています。それに著名なトンパ先生がおいでになって、トンパ文字の書き方実演と写真撮影を許可しています。皆さんは本当に幸運です」
こんな説明をしておいて最後は小物やトンパ商品を買わせる筋書きだったんです。
まあ〜これも許そう!
コースターとトンパノハンカチを買ってしまった。
メンバーの何人かはトンパ先生の書き物を買って写真に納まった。
黒龍譚の美しい庭園を2時間ほどノンビリ散策して、麗江田舎料理店へ向かう。
若い女の子がアイスクリームを舐めながら歩いてきた。
ニーハオ! ニーハオ! と声をかけて写真を撮らせてもらう。
恥ずかしそうにしていたがシャッターを押す。
雨も上がったようだ。
麗江は今雨季だが、それも末期に近づいているそうだ。
気温は17〜8度ぐらいだろう。暑くなく寒くない気候だ。 -
●麗江田舎料理を食べる 4
麗江の人口は30万1000人、ナシ族が集まって住んでいるところで、23万人ぐらいが
ナシ族だそうだ。ナシ族の働き手は主に女性で,男性はあまり働かないようである。
何をしているのと聞いたら・・・トンパ経の勉強をしていると言う・・・
ガイドの説明ではここで料理を作っているのも全部女性です。
まさにここは男性天国ですよと説明を受けてから、ナシ族の田舎料理を頂いた。
変わった料理では、
食用蛙の皮に似ている料理がありますといって出てきたのがこの料理です
田舎料理だからチョット苦手かな?と思ったが、抵抗もほとんどなく食べることが出来た。
食事の合間に厨房を覗きに行ったら男性のコックが何人も居るではないか?
ガイドの認識不足ではないのか?
女性がすべて働いていたと言うのは昔のことだろうね。
今回の旅のガイドは、
日本から添乗のTさん、麗江ガイドは周さん、ドライバーはナシ族の和さんにお世話いただいた。
因みにナシ族の姓では木さん・和さんが多いそうです。
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●麗江古城を歩く 5
麗江の古い街並みを散策する。
入り口には大きな水車と「世界文化遺産 麗江古城 江沢民」と書かれた大きな
石壁が掲げられている。
石畳の小さな路地を歩く、以前は普通の民家だったのだろうが今は路地沿いの家は
お土産屋さんやレストランなどになっている。
玉龍雪山からの清流が流れる水路で戯れる鯉や金魚、水路沿いに植えられている
柳のみどり水面に映えてうつくしい。
赤いちょうちんも目に飛び込んでくる。夜になればモット幻想的だろうね。
1時間ほど散策後いよいよ傾斜を登りだして、古城を一望できる満古楼を目指すことにする。
早くも心臓が大きな鼓動を始めた。
2400mの高地酸素が不足してくるのだろう。
お母さんが子どもをあやしていた。面白いことにズボンのまたの部分が
ぱっくり割れているのを見つけて、写真を撮らせてもらったがその部分は上手く写らなかった。
用を足すときに便利だよね。
満古楼へ辿り着いたと思ったら・・・・
3層構造の建物だ!階段をまた登る。
時々大きく深呼吸をして再び登る。
楼閣の見晴台はからの景観は・・・・・
画像などで記憶していた景観と一致した。
幾重にも重なる甍の波、周囲から迫るみどりの草原して山々!
これぞ世界文化遺産の景観だ! まさに登りの苦労を忘れさせてくれる感動だ!
しばし甍の美しさに見とれながら恍惚とし眼下に見える 木府 麗江古城の支配者
の官邸を見学行く。
麗江古城
麗江古城は宋代末年から元代初年にかけて建造されたもので、周りは緑の山々に囲まれている。
市街地は四方街を中心として、その周りに小さ な路地が秩序立って排列され、四通八達している。民家はいずれも瓦ぶきの家である。
東河、中河、西河という3本の川は市街地を流れ、「すべての家は渓流に囲まれ、家々の枝垂れ柳は独特な風貌をつくり出している。道は五花石で 舗装され、雨季はどろんこにならず、乾季は挨が立たず、路面の五花石の美しい模様が目を引く。
1997年11月4日、世界文化遺産に登録された。 -
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●麗江古城と木府 6
満古楼からの展望に満足して眼下に見える木府へ階段状の通路を下る。
のぼりと違って下りはらくちんだ!景観を楽しみながらはたまた、周囲の植物にも目をやりながら
木府
つまり明代の麗江土司府まで降りてきた。
歴代の権力の中枢部は城内の中心にあるが木府は、なぜか古城の南西の隅にある。
北京の紫禁城をまねて建てられた建造物だそうだ。
そのうち最も有名な「忠義坊」は、高くそびえ立って壮観であり、
つくりがすばらしく、「中華の宝」称されている。
ここで面白い逸話を聞くことが出来た。
明時代ここを治める人物に名前がなかったそうだ。
それは都合が悪いじゃあ〜 ということで明の皇帝 「朱」という方の
姓をいただいて、しかし それはおそれ多くて朱から冠だけを除いて「 木」としたのが
木氏のはじまりらしいという。
またこの麗江古城には、中国のどこで必ずある城壁が無いのは・・・・どうしてか?
つまり 木を城壁で囲むと 困 になってしまう・・・・
だから城壁を作らなかったと伝えられているらしいが本当は山々に囲まれて城壁が必要なかった
だけらしいが、面白い話だ。
ホテルで小休憩の後、麗江古城内のレストランで夕食後、赤いランタンに火の入った昼とは違った
古城の路地を散策する。
夜はやはり甘い甘美な世界も垣間見られるような雰囲気が漂っている。
19.30からの民族ショーを見るために劇場の方へ移動する。
ようやく遅い帳が下りたようだ。 -
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● 麗江古城の夜、少数民族ショーを観賞 7
麗江古城を取り囲むようにして、新市街地が急速に膨らんでいるようだ。
1997年世界文化遺産に登録されてから観光客が押し寄せるようになったためだ。
農業だけだったこの地が、巨大な高級ホテルやレストラン、おみやげやさんなど続々と建ち
その関係者達の住まいとなるマンションも林立している。
立派の道路も出来上がり、観光立地の凄さに驚かされるばかりである。
雲南省には26少数民族が住んでいるそうだが、少数民族のショーを観賞できる立派な
劇場も出来たばかりだそうだ。
麗水金沙・(詩と絵の如し、大型特別民族ショー)
の開演19:30まぎわに入場する。場内は満員で後部座席に甘んじることなる。
ナシ族・チベット族・イ族・タイ族・リス族などの少数民族の歌と踊りをきらびやかな衣装と
共に披露してくれた。英語と日本語の電光掲示が用意されていた。
内容は
第1部、水をテーマに・・象と孔雀、タイ族の男女、水灯流し
第2部、山をテーマに・・ナシ族の密会、リス族の豚放し、恋人探し
第3部、情をテーマに・・ナシ族の通い婚、ナシ族の心中(玉龍第3国)
* ナシ族の通い婚(夜這い)
年頃の男達は夜になると、好きな女性の家の寝室に忍び込み、一緒に夜をすごし
夜明け前に自宅に帰るという風習があった。
束縛される結婚という形式をとらず、男も女も自由に恋愛をした。
母系中心社会が成り立っていたようである。
美しい踊りと
山岳民族の特有な穏やかさと、平和さをもらい楽しい夜を過すことができた。
ベットに横たわって眠りに付く、人体の摩訶不思議か何回かに1〜2回、
自然と大きな呼吸をするわれに驚く。うすい酸素を補給しているのだろう。
おやすみなさい! -
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少数民族ショー
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