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最初訪れたシーサンパンナ(景洪)は、ワ族・ハニ族・プーラン族・ラフ族という山岳少数民族の村を訪れ古代の儀式を見るために計画した調査旅行である。マラリア汚染地区でもありまだまだ未開発の地域でもあり「特殊?な祭」がなされているという情報をつかんだのでそれを調べるための調査旅行でもあった。<br /><br /> 私は、シーサンパンナで現地に詳しい旅行者のガイドと運転手にスケジュールの打合せをせねばならなかった。何とか旅行者を見つけたが言葉が通じず私が行く場所の資料など一切無く事務所に一枚の風景写真があるのみでガイドも行ったことが無く明日の出発までに地図を見て調べておくということであった。<br /> しかし出発したものの地図では近くにあるようだが一番遠いところまで行って帰ってくるまでに日中走り続けて1泊2日かかったのである。<br /> 景洪市内は、まだ都会であったが2時間も走ると車は一台もなくなり自転車とバイクそれにトゥクトゥクのみとなって異様な雰囲気になった。<br /> 目的のハニ族の村は、道路から1時間ほど山道を歩いて登らねばならず天空の村と言われていて山の山腹の大変な場所にあった。またワ族の村へ行くのには、ラオスとの国境近くにあるため山越えの山頂付近で国境警備隊が常駐していて検問されたリ、険しいアップダウンの崖っぷちの山道では車がエンストしてストップし急にバックしてしまい谷底に転落しそうになった。<br /><br />さらに険しい山道ばかりでガソリンスタンドが無くガス欠寸前となり、地下の鉱物を堀リだしている工事現場で交渉し何とかガソリンを恵んでもらったりした。<br />この他には、食堂があっても旅館が無いため私のパスポートを見せて「日本から民族調査に来た先生」と言うことで交渉し特別に招待所へ宿泊させてもらった。<br /> そしてやっとハニ族の村へ山道を2時間かけてたどり着いた時は、薄暗くなっていたので村長と交渉してもらい藁葺き屋根の高床式の民家に泊まらせてもらった。村長は、薄暗いランプの下で囲炉裏を使い鶏の肉と野菜の炒め物とみそ汁それにご飯を作っていただいたのを食べて飢えをしのいだ。しかし突然私達3人がやってきたのでかなり警戒されていたようで、他家の人達は、隙間から覗くだけで誰も外に出ようとせずに女・子供も一切顔を見せなかった。朝になって鶏の大きな鳴き声で目がさめてトイレに行く時に4人の女性が住んでいたことに気づきびっくりした。<br /> この村は、ハニ族の村であったので村に着いた夕方に「鳥居の門が有るなら撮影したい」と伝えると「案内してやる」と言ったのでヤニの付いた細木を燃やした明かりで道案内して頂き撮影できた。翌日に高床式の民家と村のほこらを撮影しに出かけたところ牛の糞の固まりに足を踏み入れてしまい帰宅するまで臭いが取れなくなって困った。この為に関西国際空港で警察犬のお世話になり足下をかがれて疑われた。<br /> しかし今回の目的は、「特殊?な祭(人頭祭)」をしている場所を見たいと申し出たが一笑されてしまい「博物館へ行かないと無い・・」と現地の人達に言われてしまった。日本の学者の先生が書いた最近の本の中に紹介されていたので現地を見に来たのであったが残念無念であった。もう中国には、改革開放の波どころではなしに、着々と僻地まで近代文明が押し寄せて来ているのを実感した。<br /> しかし今回訪問した中国のワ族・ハニ族・プーラン族・ラフ族という山岳少数民族の村は、日本人と同じ民族とされ高床式の竹で編んだ民家に住み陸稲の陸稲や野菜それに根菜類を栽培し日本の弥生時代の生活をしていた。<br /><br />■ここに掲載の写真および記事の無断転載を禁じます。<br />copyright(C)2006 Taketori no Okina YK. All rights reserved.

「中国雲南省の山岳少数民族」? 海東(ハイドン)

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1999/09/04 - 1999/09/05

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koi

koiさん

最初訪れたシーサンパンナ(景洪)は、ワ族・ハニ族・プーラン族・ラフ族という山岳少数民族の村を訪れ古代の儀式を見るために計画した調査旅行である。マラリア汚染地区でもありまだまだ未開発の地域でもあり「特殊?な祭」がなされているという情報をつかんだのでそれを調べるための調査旅行でもあった。

 私は、シーサンパンナで現地に詳しい旅行者のガイドと運転手にスケジュールの打合せをせねばならなかった。何とか旅行者を見つけたが言葉が通じず私が行く場所の資料など一切無く事務所に一枚の風景写真があるのみでガイドも行ったことが無く明日の出発までに地図を見て調べておくということであった。
 しかし出発したものの地図では近くにあるようだが一番遠いところまで行って帰ってくるまでに日中走り続けて1泊2日かかったのである。
 景洪市内は、まだ都会であったが2時間も走ると車は一台もなくなり自転車とバイクそれにトゥクトゥクのみとなって異様な雰囲気になった。
 目的のハニ族の村は、道路から1時間ほど山道を歩いて登らねばならず天空の村と言われていて山の山腹の大変な場所にあった。またワ族の村へ行くのには、ラオスとの国境近くにあるため山越えの山頂付近で国境警備隊が常駐していて検問されたリ、険しいアップダウンの崖っぷちの山道では車がエンストしてストップし急にバックしてしまい谷底に転落しそうになった。

さらに険しい山道ばかりでガソリンスタンドが無くガス欠寸前となり、地下の鉱物を堀リだしている工事現場で交渉し何とかガソリンを恵んでもらったりした。
この他には、食堂があっても旅館が無いため私のパスポートを見せて「日本から民族調査に来た先生」と言うことで交渉し特別に招待所へ宿泊させてもらった。
 そしてやっとハニ族の村へ山道を2時間かけてたどり着いた時は、薄暗くなっていたので村長と交渉してもらい藁葺き屋根の高床式の民家に泊まらせてもらった。村長は、薄暗いランプの下で囲炉裏を使い鶏の肉と野菜の炒め物とみそ汁それにご飯を作っていただいたのを食べて飢えをしのいだ。しかし突然私達3人がやってきたのでかなり警戒されていたようで、他家の人達は、隙間から覗くだけで誰も外に出ようとせずに女・子供も一切顔を見せなかった。朝になって鶏の大きな鳴き声で目がさめてトイレに行く時に4人の女性が住んでいたことに気づきびっくりした。
 この村は、ハニ族の村であったので村に着いた夕方に「鳥居の門が有るなら撮影したい」と伝えると「案内してやる」と言ったのでヤニの付いた細木を燃やした明かりで道案内して頂き撮影できた。翌日に高床式の民家と村のほこらを撮影しに出かけたところ牛の糞の固まりに足を踏み入れてしまい帰宅するまで臭いが取れなくなって困った。この為に関西国際空港で警察犬のお世話になり足下をかがれて疑われた。
 しかし今回の目的は、「特殊?な祭(人頭祭)」をしている場所を見たいと申し出たが一笑されてしまい「博物館へ行かないと無い・・」と現地の人達に言われてしまった。日本の学者の先生が書いた最近の本の中に紹介されていたので現地を見に来たのであったが残念無念であった。もう中国には、改革開放の波どころではなしに、着々と僻地まで近代文明が押し寄せて来ているのを実感した。
 しかし今回訪問した中国のワ族・ハニ族・プーラン族・ラフ族という山岳少数民族の村は、日本人と同じ民族とされ高床式の竹で編んだ民家に住み陸稲の陸稲や野菜それに根菜類を栽培し日本の弥生時代の生活をしていた。

■ここに掲載の写真および記事の無断転載を禁じます。
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同行者
一人旅
一人あたり費用
20万円 - 25万円
航空会社
中国東方航空
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行あり)

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