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オロモウツ大司教博物館<br />100メートル以上もある尖塔を戴く聖ヴァーツラフ大教会<br />のあるヴァーツラフ広場に入ると珍しく大勢の人が出入りし<br />ていた。目当てはまっさらな博物館で、オロモウツ大司教と<br />いうのが冠されている。このオロモウツ大司教博物館は、<br />ローマカトリック教会とチェコ政府が協力してプロジェクト<br />を立ち上げ、長いあいだ放りっぱなしにされてきたがチェコ<br />史上名誉ある宮殿を改修してオロモウツにふさわしい博物館<br />としてお目見えした。<br /><br />写真は聖ヴァーツラフ大教会

チェコ オロモウツの文化的話題

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2006/06/21 - 2006/06/21

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オロモウツ大司教博物館
100メートル以上もある尖塔を戴く聖ヴァーツラフ大教会
のあるヴァーツラフ広場に入ると珍しく大勢の人が出入りし
ていた。目当てはまっさらな博物館で、オロモウツ大司教と
いうのが冠されている。このオロモウツ大司教博物館は、
ローマカトリック教会とチェコ政府が協力してプロジェクト
を立ち上げ、長いあいだ放りっぱなしにされてきたがチェコ
史上名誉ある宮殿を改修してオロモウツにふさわしい博物館
としてお目見えした。

写真は聖ヴァーツラフ大教会

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  • 聖ヴァーツラフ大教会のファサード上部(一部)<br /><br />

    聖ヴァーツラフ大教会のファサード上部(一部)

  • 1305年<br />スラヴ民族のチェコを統一した人物が宮殿で殺害された。<br />その後長い間ドイツ民族に支配され,独立したのは<br />第一次大戦終了まで待つことになる。

    1305年
    スラヴ民族のチェコを統一した人物が宮殿で殺害された。
    その後長い間ドイツ民族に支配され,独立したのは
    第一次大戦終了まで待つことになる。

  • オロモウツ大司教博物館の入口<br /><br />歴代司教と大司教が所有していた博物とおもに<br />オロモウツ県の博物館から移設した宗教に直接<br />関係する絵画や彫像などを展示する建物。<br />この類の博物館はおそらく今までどこにも無く<br />注目に値するが、2003年当時の教皇パウロ二世<br />がこの地を表敬訪問したとき、歴史的につねに<br />カトリックを守り通したオロモウツの司教と<br />大司教の偉業をたたえ博物館建設の考えを促したという。<br /><br />

    オロモウツ大司教博物館の入口

    歴代司教と大司教が所有していた博物とおもに
    オロモウツ県の博物館から移設した宗教に直接
    関係する絵画や彫像などを展示する建物。
    この類の博物館はおそらく今までどこにも無く
    注目に値するが、2003年当時の教皇パウロ二世
    がこの地を表敬訪問したとき、歴史的につねに
    カトリックを守り通したオロモウツの司教と
    大司教の偉業をたたえ博物館建設の考えを促したという。

  • オロモウツ大司教の紋章<br /><br />1063年に司祭座がおかれた。<br />以降歴代の司祭はチェコ東部モラヴィア地方での<br />布教に大きな貢献を続けて、時の経過とともに領土<br />をふやし権力を強くした。<br />チェコ王カレル4世の時代には王直々の司祭となり,<br />コインの製造も許されるという特権を与えられ、<br />モラヴィアの法律を司り軍隊も組織した。<br /><br />1777年大司教座に昇格<br />大司教の権限でもってますます豪華に改造され<br />庭の手入れがよくなっていまでは世界文化遺産<br />に登録されているのが夏の離宮クロムニェリーシュ<br />の宮殿。<br /><br />

    オロモウツ大司教の紋章

    1063年に司祭座がおかれた。
    以降歴代の司祭はチェコ東部モラヴィア地方での
    布教に大きな貢献を続けて、時の経過とともに領土
    をふやし権力を強くした。
    チェコ王カレル4世の時代には王直々の司祭となり,
    コインの製造も許されるという特権を与えられ、
    モラヴィアの法律を司り軍隊も組織した。

    1777年大司教座に昇格
    大司教の権限でもってますます豪華に改造され
    庭の手入れがよくなっていまでは世界文化遺産
    に登録されているのが夏の離宮クロムニェリーシュ
    の宮殿。

  • 中央にあるのが<br />聖バルバラ礼拝堂。<br /><br />バルバラは鉱山夫を守る聖人。<br /><br />オロモウツ大司教は,その後もたいへんながく<br />権力を持ち続けて芸術,文化,音楽といった文化<br />を愛し、教会建築・改築をリードした。

    中央にあるのが
    聖バルバラ礼拝堂。

    バルバラは鉱山夫を守る聖人。

    オロモウツ大司教は,その後もたいへんながく
    権力を持ち続けて芸術,文化,音楽といった文化
    を愛し、教会建築・改築をリードした。

  • 聖バルバラ礼拝堂のトップ。<br /><br />この博物館内部でも写真は禁止。

    聖バルバラ礼拝堂のトップ。

    この博物館内部でも写真は禁止。

  • 真新しい博物館の展示内容はまた後日追加します。<br /><br />まだ地下は修繕中ですが,ロマネスクの建築基礎<br />がたいへん興味深い。<br />ウイーンのそれに比べても巨大でオリジナルが<br />そのまま修復されている。<br /><br />博物館の前庭に喫茶店ができていました。<br />オロモウツにも今年初めてアイスコーヒー<br />がお目見えしました。

    真新しい博物館の展示内容はまた後日追加します。

    まだ地下は修繕中ですが,ロマネスクの建築基礎
    がたいへん興味深い。
    ウイーンのそれに比べても巨大でオリジナルが
    そのまま修復されている。

    博物館の前庭に喫茶店ができていました。
    オロモウツにも今年初めてアイスコーヒー
    がお目見えしました。

  • モーツアルトが幼い頃家族とともにオロモウツ<br />宮殿に滞在。ウイーンで黒死病が蔓延していた<br />ときでした。<br /><br />モーツアルトはオロモウツで一曲作りました。<br /><br />再びオロモウツの大司教:<br />オロモウツ大司教は,その後もたいへんながく権力を持ち続け芸術,文化,音楽といった文化を愛し、教会建築・改築に従事した。<br /><br />http://d.hatena.ne.jp/fksa/20060829

    モーツアルトが幼い頃家族とともにオロモウツ
    宮殿に滞在。ウイーンで黒死病が蔓延していた
    ときでした。

    モーツアルトはオロモウツで一曲作りました。

    再びオロモウツの大司教:
    オロモウツ大司教は,その後もたいへんながく権力を持ち続け芸術,文化,音楽といった文化を愛し、教会建築・改築に従事した。

    http://d.hatena.ne.jp/fksa/20060829

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