2006/05 - 2006/05
274位(同エリア542件中)
gentlyさん
- gentlyさんTOP
- 旅行記76冊
- クチコミ0件
- Q&A回答0件
- 227,817アクセス
- フォロワー1人
一体何時の頃からかは知らないが、F1関係者の間では「モナコでの1勝は他のレースの3勝に値する」と言われている。
1988年のF1モナコグランプリ。2位に50秒近い大差をつけ独走するアイルトン・セナは、突然ポルティエで単独事故。レース後彼は「神を見た」と発言する。
昔からモナコグランプリに関する伝説は数多く語り継がれているものの、一体モナコグランプリは、何故にそこまでレーサーを魅了し特別な存在であるのか。それはただコースレイアウトがテクニカルであるとか、世界のセレブが集まる華やかな街を舞台であるとか、そんな単純な理由では説明できない何かがあるのではないか。今回の旅の最大の興味はそこにあった。このモナコ・グランプリ・ヒストリックは2年に1度だけ行なわれる上に今年はグランプリ開催100周年の記念の年。しかもF1モナコGPの1週間前に行なわれるこのイベントということで、行けばきっとなにかとてつもない神秘的な体験ができるだろうと密かな期待を抱いていた。
朝8時頃。駅につくと遠くの方からFJのエンジン音が聞こえてきた。思ったよりも人影が疎らでまだ麗しのモナコに着いたという実感はない。初日はラスカス、アントニーノーズ間と、カジノ前の二箇所の観客席を押さえてあったが、まずはパドックを取材することにした。
参加車が集うパドックは、F1のピットではなくレストラン・ラスカスから海の方に突き出た堤防に設けられていた。わたしはこれまでミッレミリアやモントレーヒストリックを見る機会が何度かあり、ちょっとやそっとのクルマが並んだくらいでは全く動じないつもりだったが今回ばかりは全く想像をはるかに超えていた。マセラティ250Fが5台、コンノートが6台、ERAが5台、アルファP3が3台・・・クルマ好きの方ならこれだけでもこのイベントの凄まじさをご理解いただけると思う。そこに集うクルマが一流なら、もちろんそれを駆る連中や整備する連中もこの世界の超一流の連中にちがいない。パドックに積み上げられた途方もない数のAVONのスペアタイヤやスペアパーツの数はとても素人の遊びの域を超越している。やはりモナコは特別だ。皆1929年から続く伝統を敬い、そしてこの歴史の一部になることを心より望み、この地に馳せ参じることを許された世界でも有数のエンスージアスト達。その一旦を垣間見た喜びと歴史の重みを感じ体の震えが止まらなくなった。まだイベントは始まってもいないというのに・・・
クルマにばかり気を取られていて全く気がつかなかったが、ふと振り返るとそこにはテレビや写真で見慣れた、白いクルーザーがびっしりと並ぶ紺碧の海の向うに林立する高層マンション群が。ここでようやくああ、ついにモナコに来たんだなという実感がわいてきた。ここはあの麗しのモナコ。ハリウッドからやってきた美しい王妃に愛された世界で最も美しく華やかな王国。
普通の人にしてみればただの急なカーブや長いだけの直線に見えるかもしれないが、クルマ好きにとってモナコの全てのカーブや直線は数々の名勝負を生んだ憧れの場所であり、名所旧跡を訪れるよりも刺激的な観光スポットだ。サンデボーテ、ボゥ・リヴァージュ、ミラボー・・・各コーナーに名づけられた美しい響きの名前を口に出すだけで何ともいえない興奮を得られるサーキットなんて他にあるだろうか。私は無謀にもこの全てを歩いてみようと思った。もちろんレース中のコースを横切ることは不可能なので、小さな観光地図と聞こえてくるエキゾーストサウンドと勘を頼りにまずはラスカスから丁度コースの反対側にあるローズヘアピンに行ってみることにした。
モナコのコースレイアウトは本やテレビで仕入れた知識で完全に頭に入っていたつもりだったが、やはり実際に見てみないとわからないことも沢山あるものだ。ラスカスは思ったよりも狭いと思ったし、ボゥ・リヴァージュの坂は想像以上の急坂だったし、また多重クラッシュの多いサンデボーテは案外広いように思えた。プールシケイン出口などはマシンが去った瞬間顔に何か小さなものがペシペシ当るのだ。最初気のせいかと思っていたがきっとそれはタイヤのカスであろう。
タバココーナーの観客席は、文字通り有名なタバコ屋の前に組み上げられており、モナコの観客席の中で最も視界が広い。私達は日曜の本戦をここで観戦した。ここではヌーベルシケインを立ち上がって、目の前のタバココーナーを駆け抜け、プールシケインの途中までマシンを目で追うことができるのだ。コースの向うには海、そしてずらりとクルーザーが並ぶあのおなじみの光景が広がっている。運がよければクルーザーの上で脱いだビキニをマシンやコースマーシャルに振るトップレスの女性だって見ることが出来る。またここはすぐ裏のタバコ屋で簡単な食べ物や冷たいビールをゲットでき、しかも清潔な水洗トイレにすぐアクセスできる唯一のスタンドでもある。われわれを含め多くの観客はレースに夢中で食事の時間すらもったいないといった感じで、シンプルながらなかなか美味しいパニーニをほおばりながらレースを観戦する人たちを沢山見受けることができた。サングラスと日焼け止めクリームを忘れなければ最高の場所だ。駅からも近いのも嬉しい。
坂道をいくつも登ったり下ったり、細い路地をいくつも抜け、ようやく着いたローズヘアピンからトンネル入口付近は完全に閉鎖されていて覗き見ることさえできなかった。おまけにコースマーシャルに「バスで来ればよかったのに」なんて言われる始末。強烈な日差しの下、折角ここまできたのに残念。でも後悔はない。だって、ここはモナコだもの。
サーキットを一回りした後、レッドブル片手に腰を落ち着けてのんびりレースを観戦することにした。遠くから爆音が近づくとともに鼓動も正比例に速くなる。蒼や紅の影が目の前を横切ったあと、海からの気持ちよい風にのってオイルやブレーキの匂いがふわりと漂ってくる。そして一瞬の静寂。77年前、1929年の第一回モナコグランプリを見た人たちはどのような気持ちでレースを見ていたのだろう。街の風景やコースレイアウトは当時とは少し変わってしまったが、五感を刺激するこの感覚は当時と変わらないであろう。
このイベントの醍醐味は、何と言っても歴史的なレーシングカーが当時のまま全力でサーキットを駆け抜ける姿を間近で見ることができることだろう。ここに集まったドライバーの腕前は並ではない。現代のF1ではオーバーテイクが無理だと言われているこのコースだが、戦前の小柄なマシンが狭いラスカスでサイド・バイ・サイドのバトルを繰り広げたり、ブラインドのタバコでFJがドリフトを決めたり、F1がプールシケインをアクセル踏みっぱなしで駆け抜けたり、フェラーリパレードの参加者達にいたってはトンネル内で300km/hで突っ走ったり、プロ顔負け、いや往年のレーサーたちの魂が宿ったかのような本気の走りをまる二日間も見ることが出来るイベントは他にあるだろうか。ドライバーたちもきっと当時のドライバーに成りきって走っているにちがいない。だって、ここはモナコだもの。
全開で貴重なマシンを走らせればそれだけマシンをクラッシュさせるリスクも高くなる。実際クラッシュは何度も目撃することになったが、それだけ参加者は真剣に走っているのだから見ている方も興奮しないわけはない。だんだんと陽がかたむきかけてきて、いつのまにか日差しも和らいできてもずっとずっとここでレースを見ていたかった。
夜の7時頃、ついに最後のスポーツカークラスが終ってしまった。祭りの後というのはいつも決って寂しいものだ。レースが終るとサーキットは元の生活道路に一瞬にして戻り、街にはそろそろ街灯に明りがともり普段通りの静かな夜となった。ついさっきまで歴史的なイベントが盛大に行なわれていたというのに。あれは幻だったのだろうか?頭の中は77年の歴史が凝縮されたこの2日間に起こった数え切れない出来事がグルグルしていてまったく整理がつかない。最後にツアーのみなさんと一緒にイタリアンレストランでパスタを食べたが、みな強烈な日差しの下、足が棒になるまで歩いたからかレースの余韻か口数は少なかった。レストランの壁に、控えめに一枚の写真が飾ってあった。まだデビューした当時のミカ・ハッキネンと、今私の前に大盛りのパスタを置いた店の主人が一緒に写っていた。いつか彼や現代のF1も過去の伝説となって、このイベントに出てくる日がくるかもしれない。その時、私はどんな気持ちでイベントを眺めているのだろう。そして今のF1を知らない後の世代は、クラシックとなった今のF1をどんな気持ちで眺めるのだろう。
もう、これ以上は多くを語るまい。どんな美辞麗句を並べようがモナコの魅力の100分の1さえも伝えられないもどかしさが残るだけだ。セナの言うほどの神秘体験はできなかったけど、このイベントの魅力を伝えるにはこの一言につきる。だって、モナコだもの。ここでは何が起こっても不思議ではない魅力に溢れた王国なのだ。
- 同行者
- その他
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- 鉄道 タクシー
- 航空会社
- 大韓航空
-
フェラーリ312T。
-
フェラーリ312T。
-
こちらも312T。一体何人のニキ・ラウダがいるのだろう・・・?
-
最後のV12搭載マシン。80〜90年代前半はフェラーリにとって先の見えない暗黒時代だったが、、ついに95年のカナダGPでジャン・アレジの412T2が優勝する。アレジのゼッケンは憧れだったジルと同じ27番。しかもカナダのサーキットはジル・ヴィルヌーヴ・サーキットと呼ばれるのはご存知のとおり。
-
フェラーリ643。
ジョン・バーナードの基本設計を元にジャン=クロード・ミジョーとスティーブ・ニコルズが開発した。前作642に続きまったく勝ち星を上げることが出来なかったが、シャープなデザインのファンは今でも多い。91年に途中解雇されたアラン・プロストとジャン・アレジが乗ったマシン。 -
フェラーリF300。このマシンの登場と、ミハエル・シューマッハ、エディ・アーバインの活躍によってようやく長かったフェラーリ暗黒時代は終わりをつげる
-
F2000。アーバインに替わりルーベンス・バリチェロが加入。この頃のフェラーリの活躍はご記憶に新しいだろう。
-
F2003GA。この頃のフェラーリの勢いを止めるライバルはもはや存在していなかった。この年フィアットグループ会長ジャンニ・アニエッリが死去。敬意を表しイニシャルであるGAの文字を冠した。
-
フェラーリF93A。
暗黒時代を象徴するマシンF92Aがさらに「改悪」されたF93A。ゼッケン27はアレジ、28は炎の中から帰還した男ゲルハルト・ベルガーがフェラーリ再移籍後初めて乗ったマシンでもあった。Aはオートマチックの略。 -
フェラーリ312B2。
ジャッキー・イクスとクレイ・レガッツォーニ、そしてマリオ・アンドレティが乗った312B2。かつてこのマシンでオランダGP優勝を果たしたイクスが、再びこのマシンを駆る。この旧式のマシンで、最新のフェラーリをコーナーごとに抜かしていった。さすがは老いても超一流のドライバーだ。 -
こんな間近でジャッキー・イクスを目撃することができました。現在もF1モナコGPの競技委員長を務める彼は、毎回モナコヒストリックでもこうして当時のマシンに乗りイベントを楽しんでいる。ヘルメットのバイザーから覗く鋭い視線は現役の頃と変わらない。ちなみにルマンは69、75、76、77、81、81年の6度優勝している。
-
ピットのガレージから各自次々とマシンが飛び出してゆく。もちろん彼らはプロのドライバーではないが、さすがこの手のF1を所有するマニアの腕前は普通ではない。トンネル内では300km/h近く出ていたことだろう・・・。
-
この世界では有名なマーティン・ストレットン氏のティレルP34。今回はこのゼッケン4と、76年型フロントラジエーターのゼッケン10の2台が出場した。P34の6輪のアイディアは、カウルにすっぽり隠れてしまう小さなフロントタイヤにすれば前面投影面積が小さくなって空力がよくなるという発想の元に、さらにフロントのグリップ力を増す為に前4輪にしたものである。結果、空力の改善にはならなかったもののブレーキング力は優れていた。設計はデレック・ガードナー。現在のレギュレーションでは残念ながら?6輪は禁止されている。
-
-
個性的ではあったもののステアリング特性に問題があったP34の反省を生かし、78年に登場したティレル008はコンサバティブな4輪車であった。デュパイェがかつてここモナコで優勝を飾ったマシンでもある。ゼッケン3はディディエ・ピローニのF1デビューマシン。
-
パンフレットにはウルフWR6となっていましたが・・・実際にパドックにいたのはウルフWR1(WR6はグラウンドエフェクトカー)。ウルフはご存知カナダの石油王ウォルター・ウルフが初期ウィリアムズを引き継ぐ形で設立。77年F1参戦初戦のアルゼンチンでいきなり優勝という離れ業を決める。ドライバーはジョディ・シェクター。今回のモナコは予選でかなりのハイペースで走り本戦での活躍を期待されたがスタート直後のサンデボーテで事故を起こしてしまった。
-
そのウルフに会社を売却したフランク・ウィリアムズが、78年に新たにもう1度自分の名前を冠したチームを作る。それが現在のウィリアムズ・グランプリ・エンジニアリング社で、これはその最初のマシンFW06。コンサバティブながら戦闘力は他のグラウンドエフェクトカーには負けていなかった。設計は長年にわたってウィリアムズを支えたパトリック・ヘッド。ここからウィリアムズの伝説が始まる。サウジ航空のカラーリングがなつかしい。
-
斬新な設計というか苦し紛れというか・・・ゴードン・マーレイのブラバムBT42の影響をうけたBRM・P201。低重心三角形モノコック、フロントインボードブレーキ、そして強力なV12を搭載していたがそれに伴う結果は出せなかった。主観ではあるが、この時代のF1の中で最も個性的なエンジンサウンドだと思う。今回の本戦ではスピンしたヤードレイ・マクラーレンの横っ腹に突っ込むアクシデントを起こした。
-
ヤードレイ・マクラーレンM19。ブライアン・レッドマンの手によりここモナコで5位入賞した経歴を持つ。日曜の本戦ではボゥ・リヴァージュの入口でスピン、壮絶にクラッシュしてしまった。
-
12気筒エンジンを搭載するテクノPA123。かつて名手デレック・ベルが駆ったマシンだが、今回の本戦ではサンデボーテでクラッシュ、御覧のようなかわいそうな姿になってしまった。
-
クリス・エイモンが駆ったマトラMS120C。主観ではあるが、今回参加のF1の中でも特に素晴らしい音色を披露していたマシンのひとつ。MS120Cは残念ながら勝ち星に恵まれなかったが、改良型のDはクレルモンフェランで3位を飾った。
-
70年代、なんと4シーズンにわたって活躍したマクラーレンM23。74年にはこのタイプでエマーソン・フィッティパルディがワールドチャンピオンに輝いている。
-
鬼才ゴードン・マーレイが設計した傑作マシン、ブラバムBT42。フロントにつけられた2分割式ラジエーターやドライバーが乗りにくそうな三角形モノコックなど、次世代のマシンに大きな影響を与えた。
-
このロータスの二段式ウィングの効果も謎。単純にカッコイイけど。ロニー・ピーターソン車
-
マーチ761のエントリーは多いが、やはりアルトゥーロ・メルザリオが乗ったのOVOROカラーが良く似合う。
-
ボイ・ハイエが乗ったF&Sレーシングチームのマーチ。F&Sは型落ちのマーチやペンスキーで数戦だけ参戦したマイナーチーム。当時マーチがプライベートチームにとって扱いやすいマシンだったように、現代のヒストリックイベントにF1で参加したい人たちにとってマーチはやはり人気だ。
-
F1における空力学がまだ試行錯誤の時代のマシン、マーチ711。F1に革命を起こそうとしたマーチらしいマシンだ。71年にはロニー・ピーターソンがドライブ、最高2位を獲得した。当時F1駆け出しのピーターソンの将来が期待されたすばらしい走りだったという。そういえば、ピーターソンのF1デビューはここモナコだった。
-
モナコ・ファインアーツ・ギャラリー、って画廊がF1のスポンサーをしていた時代があったとは・・・。70年代のF1スポンサーは何でもアリだったのか。
-
ミニカーのマッチボックスカラーが鮮やかなサーティースTS16。当時のサーティースにはヨッヘン・マスやデレック・ベル、ジャン=ピエール・ジャブイーユら名手が在籍したがF1ではほとんど勝てなかった。
-
イカのような形のサーティースTS9。これはジョン・ラブが生涯最後に乗ったマシンで、72年のキャラミで16位完走した。サーティースのマシンはオーナーで元チャンピオンのジョンが全てマシンの設計までこなしたというが・・・凄いセンスです。
-
サーティースTS19。スポンサーはなんと避妊具メーカーのデュレックス。この時代のF1はスポンサーも色々でデザインやカラーリングを見るのも楽しい。モナコヒストリックでも人気だったがエンジントラブルかレース序盤で戦列を去った。
-
ハラルド・アートルやジェームス・ハントも乗ったヘスケス。ハーベイ・ボスルズウェイトのデザインで野心的だったが、資金難のため短命に終わったチーム。この手のヒストリックイベントでは意外な速さを見せている。
-
これまたマイナーなマシン、ゴールディ・ヘキサゴン・レーシングチーム!ジョン・ワトソンが乗っていたらしいが・・・詳細は不明。ヘキサゴンの画像を載せているブログも全宇宙で唯一だと思われます。こんなマイナーなマシンがフェラーリやティレルとタメ張って走っちゃうのがこのモナコ・ヒストリックの魅力でもある。
-
マーチやフェラーリ、BRMで活躍したクリス・エイモンが立ち上げたエイモン・フォードF101。エイモン・フォードは74年シーズン数戦だけ登場した弱小マイナーチームで、最高位はワトキンスグレンでの9位。よほどのF1通でも実物をみたことのある人は少ないと思われる。しかし今回のモナコではなかなか鋭い走りを披露していた。
-
UOPシャドウDN3。トラブルが多く完走すら見放されていたシャドウだったが、ジャン=ピエール・ジャリエの操縦で74年のモナコでは3位を勝ち取った。このマシンはジャリエの相棒トム・プライスが駆ったもの。今回、予選は好調だったようだが本戦ではマシントラブルからか早々にサーキットから消えていった。シャドウ・レーシングチームを立ち上げたメンバーのひとり、ドン・ニコルズはCIAエージェントというウワサがありますが本当ですか?
-
業界騒然のスクープ写真!時期スーパーアグリのマシンを大公開!なななんと、6人乗りです。って、本当はパレード用のフィアットが何故かスーパーアグリのガレージに停めてありました。コレでF1を走ったらバーニーはどんな顔をするのだろう。
-
今回2台が出場したペンスキーPC3。ペンスキーといえばドライバーはマーク・ダナヒューが思い浮かぶが、2台ともジョン・ワトソン車であった。前半意外にも2、3位を快走するも2位のPC3がクラッシュ。前後をティレルP34に挟まれたままチェッカーフラッグを受けた。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
この旅行記へのコメント (2)
-
- itoyaさん 2006/08/24 23:33:16
- F1好きにはたまりませんね
- gentlyさん、はじめまして。
懐かしのマシンを多数見させていただきました。
ティレルP34なんか、子供心に興味を持ったものです。
模型も作ったりしてました。
これらのマシンを実際に見られたなんてうらやましいです。
他にも、車関係の旅行記があるようなのでゆっくり見させてもらいます。
itoya
- gentlyさん からの返信 2006/08/25 11:13:13
- RE: F1好きにはたまりませんね
- こんにちは。わたしも古いF1が大好きです。特にDFVエンジンは今でも改造パーツや新品の部品が売られているようで、DFV系は当時よりもパワーがあるようです。あのP34も個人のコレクターの元でカリカリにチューンしてあって、この手のイベントの常勝マシンというから凄いですよネ。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
2
37