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1996年11月、ミンスクへ行った。デニスが甲状腺の手術を受けので、お見舞いに行ったのである。アンドレイさんだけには連絡して「驚かせてやろう」とデニスにも家族にも知らせないで行った。<br /><br />着いてから、プラネタ・ホテルをとってもらった。夕食はアンドレイさん宅でピローグを作っていてくれた。私が勝手にネイミングしたロシアパンというピローグの皮にミートソースを入れてチーズをはさんだ、ロシアとイタリアを合わせたような、でも美味しいパンをご馳走したので、本物のピローグを味あわせてあげようと作っていてくれたのである。<br />ピローグにはキャベツが入るみたいだ。素朴なお焼きのような感じ。味からいえば、私のロシアパンの方が美味しい。「mamasanたちがミンスクに来ているよ」とアンドレさんが電話をするとデニスはびっくりしたようだった。「明日行くよ」と言って、私たちはホテルに行った。<br /><br />ミンスクのホテルに泊るのははじめてである。休憩に、ベラルーシ・ホテルを利用したことはある。ホテルプラネタの部屋はベッド、トイレとシャワー、ラジオが一台というさっぱりしたもの。驚いたことにホテルには付属でカジノがあった。行かなかったけど。<br /><br />朝食後、庭に出ていると、年配の女性が来るのが見えた。彼女はお金をくれと言った。一昨年、ウクライナで物乞いする老女たちを目にしてきたが、ミンスクでも同じような現象が起きてきているようだ。若い世代は柔軟に立ち回れるが年金を当てにしてきた年取った世代はそうはいかない。一番苦しい世代だろう。<br /><br />アンドレイさんとウラジミールさんが迎えに来てくれた。古い民家園に連れて行ってくれた。その後、デニスの家に行った。心配していたがデニスは元気だった。去年は私と同じ背丈だったのが、今年は170cmのPapasanを追いこしていた。去年と同じようにエレーナさんが美味しい料理を作ってくれた。アンドレイさんがいるから通訳してもらえる。<br /><br />テレビをテレビを見ると、大統領が出て、国民と問答している。それが延々と続いている。ベラルーシでは今使われている国旗と紋章を旧体制のものに変えたいと大統領が提案しているとのことだった。それに反対する人をテレビで説得しているようだった。一見、民主的な手法のように思われるが、結局は反対論を封じこめるような感じだった。よそ者として見ている限りテレビのルカシェンコ大統領の感じはよくなかった。この大統領が選挙で当選したとき、私達はミンスクにいた。ルカシェンコ大統領はソ連体制に戻そうと親ロ政策を取っていると西側で言われていることは知っていた。そのための国民投票は数日後、私たちが発つ日に行われる。<br /><br />翌日、二人で市内を歩き回った。古い町並みを残す一角にあるレストランに入った。このレストランは94年に来たことがある。ただし、困ったことに、メニューのロシア語が読めない。今回は短い滞在なので、辞書を持ってこなかったのだ。赤ワインとスープ、ミート、フィッシュとだけ言って頼んだ。ワインはモルドバ産のワインで美味しかった。スープはキノコがいっぱい入ったスープでこれもフクースナ(美味しい)、肉はちょっと硬かった。<br /><br />地下鉄に乗ると、車輌に現在の白と赤の国旗と新しくしようという緑っぽい国旗のポスターガが貼ってあり、国民に投票を呼びかけているようだった。「この国旗かぁ、むしろちょっと古臭いね。現在のものの方が明るくていいのにね」なんて日本語で話していると、一人の男性がつかつかと私達の前に来て、いきなりその新しい国旗のポスターに大きく×をつけた。Papasanが「ボクもこの現国旗の方がいい」というと、男性はPapasanに抱きついた。明らかに外国人であるPapasanにである。しかし「Good luck!」というと、男性は「ベラルーシ国民は長い中央集権にならされてしまっている。民主主義を知らない」と悲しそうに言った。<br /><br />デパートへ行って、ベラルーシの紋章の小さなバッジをあるだけ買った。たぶん、国民は大統領の意図に従うだろうから、国旗も紋章も変わってしまうだろう。「歴史的記念だよ、いつかベラルーシでは見られなくなった紋章が日本でみつかったなんてこといなるかもよ。」<br /><br />11月のミンスクは寒い。まして寒がり屋の私には空気が肌に刺すように痛い。これでもここのところ暖かいのだとそうだ。「寒い、寒い」という私にアンドレイさんとウラジミールさんが「mamasanがきたから、お天気が暖かくしてくれているんだ」と言っていた。<br /><br />あまりにも寒いので毛糸の帽子をかぶり、マスクをして歩いた。行きかう人々が私のマスク姿を奇異な目でみている。中には笑いをこらえている人もいる。マスクをかけて歩くことがそんなに奇異なんだろうか。当然、通る人はマスクをかけている人なんか一人もいない。<br /><br />空港まで送るというエレーナさんに「泣かれると辛いから、またきますよ」と別れを告げて、私たちはタクシーで空港へ行った。夕暮れの迫る空港にはアルメニアに帰る一団が大騒ぎをしていた。私達はウィーンに戻った。ウィーンは雪が積もりミンスクより寒々としていた。<br /><br />註:ベラルーシは三権分立の共和制の国であるが、1996年に憲法が改正され、行政の中心である大統領(任期5年)に非常に強い権限が与えられている。また、2004年に行われた国民投票により、憲法の大統領職の三選禁止規定が削除された。<br /><br /><br />

ミンスク1996

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1996/11 - 1996/11

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buchijoyce

buchijoyceさん

1996年11月、ミンスクへ行った。デニスが甲状腺の手術を受けので、お見舞いに行ったのである。アンドレイさんだけには連絡して「驚かせてやろう」とデニスにも家族にも知らせないで行った。

着いてから、プラネタ・ホテルをとってもらった。夕食はアンドレイさん宅でピローグを作っていてくれた。私が勝手にネイミングしたロシアパンというピローグの皮にミートソースを入れてチーズをはさんだ、ロシアとイタリアを合わせたような、でも美味しいパンをご馳走したので、本物のピローグを味あわせてあげようと作っていてくれたのである。
ピローグにはキャベツが入るみたいだ。素朴なお焼きのような感じ。味からいえば、私のロシアパンの方が美味しい。「mamasanたちがミンスクに来ているよ」とアンドレさんが電話をするとデニスはびっくりしたようだった。「明日行くよ」と言って、私たちはホテルに行った。

ミンスクのホテルに泊るのははじめてである。休憩に、ベラルーシ・ホテルを利用したことはある。ホテルプラネタの部屋はベッド、トイレとシャワー、ラジオが一台というさっぱりしたもの。驚いたことにホテルには付属でカジノがあった。行かなかったけど。

朝食後、庭に出ていると、年配の女性が来るのが見えた。彼女はお金をくれと言った。一昨年、ウクライナで物乞いする老女たちを目にしてきたが、ミンスクでも同じような現象が起きてきているようだ。若い世代は柔軟に立ち回れるが年金を当てにしてきた年取った世代はそうはいかない。一番苦しい世代だろう。

アンドレイさんとウラジミールさんが迎えに来てくれた。古い民家園に連れて行ってくれた。その後、デニスの家に行った。心配していたがデニスは元気だった。去年は私と同じ背丈だったのが、今年は170cmのPapasanを追いこしていた。去年と同じようにエレーナさんが美味しい料理を作ってくれた。アンドレイさんがいるから通訳してもらえる。

テレビをテレビを見ると、大統領が出て、国民と問答している。それが延々と続いている。ベラルーシでは今使われている国旗と紋章を旧体制のものに変えたいと大統領が提案しているとのことだった。それに反対する人をテレビで説得しているようだった。一見、民主的な手法のように思われるが、結局は反対論を封じこめるような感じだった。よそ者として見ている限りテレビのルカシェンコ大統領の感じはよくなかった。この大統領が選挙で当選したとき、私達はミンスクにいた。ルカシェンコ大統領はソ連体制に戻そうと親ロ政策を取っていると西側で言われていることは知っていた。そのための国民投票は数日後、私たちが発つ日に行われる。

翌日、二人で市内を歩き回った。古い町並みを残す一角にあるレストランに入った。このレストランは94年に来たことがある。ただし、困ったことに、メニューのロシア語が読めない。今回は短い滞在なので、辞書を持ってこなかったのだ。赤ワインとスープ、ミート、フィッシュとだけ言って頼んだ。ワインはモルドバ産のワインで美味しかった。スープはキノコがいっぱい入ったスープでこれもフクースナ(美味しい)、肉はちょっと硬かった。

地下鉄に乗ると、車輌に現在の白と赤の国旗と新しくしようという緑っぽい国旗のポスターガが貼ってあり、国民に投票を呼びかけているようだった。「この国旗かぁ、むしろちょっと古臭いね。現在のものの方が明るくていいのにね」なんて日本語で話していると、一人の男性がつかつかと私達の前に来て、いきなりその新しい国旗のポスターに大きく×をつけた。Papasanが「ボクもこの現国旗の方がいい」というと、男性はPapasanに抱きついた。明らかに外国人であるPapasanにである。しかし「Good luck!」というと、男性は「ベラルーシ国民は長い中央集権にならされてしまっている。民主主義を知らない」と悲しそうに言った。

デパートへ行って、ベラルーシの紋章の小さなバッジをあるだけ買った。たぶん、国民は大統領の意図に従うだろうから、国旗も紋章も変わってしまうだろう。「歴史的記念だよ、いつかベラルーシでは見られなくなった紋章が日本でみつかったなんてこといなるかもよ。」

11月のミンスクは寒い。まして寒がり屋の私には空気が肌に刺すように痛い。これでもここのところ暖かいのだとそうだ。「寒い、寒い」という私にアンドレイさんとウラジミールさんが「mamasanがきたから、お天気が暖かくしてくれているんだ」と言っていた。

あまりにも寒いので毛糸の帽子をかぶり、マスクをして歩いた。行きかう人々が私のマスク姿を奇異な目でみている。中には笑いをこらえている人もいる。マスクをかけて歩くことがそんなに奇異なんだろうか。当然、通る人はマスクをかけている人なんか一人もいない。

空港まで送るというエレーナさんに「泣かれると辛いから、またきますよ」と別れを告げて、私たちはタクシーで空港へ行った。夕暮れの迫る空港にはアルメニアに帰る一団が大騒ぎをしていた。私達はウィーンに戻った。ウィーンは雪が積もりミンスクより寒々としていた。

註:ベラルーシは三権分立の共和制の国であるが、1996年に憲法が改正され、行政の中心である大統領(任期5年)に非常に強い権限が与えられている。また、2004年に行われた国民投票により、憲法の大統領職の三選禁止規定が削除された。


同行者
カップル・夫婦
航空会社
オーストリア航空

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