1988/08/31 - 1988/09/05
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ももんがあまんさん
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東ヨーロッパ(共産圏)、2カ国目です、かなりショッキングな国でありました、先ず、入国早々に、何かが匂うのです、饐えたような匂い、何かが腐っているような、酸っぱい様な匂いが鼻を突くのです、他人に聞いたところによれば、中国辺りでも、このような匂いがするとかいう事で、あまり清潔でない、低開発国特有の匂いだという事です。
この国のひどさは、共産圏でも、一頭地を抜いていると、噂では聞いていたけれど、これが最初の出会いでありました。
写真は、ルーマニアの中では、多分、最高の有名人、「吸血鬼ドラキュラ」のモデルとして有名な、ウラド・ツェペシ公爵(小説では伯爵)のお城として有名な、ブラン城です。 マア、、本当を言えば、ウラド1世(ツェペシの祖父)の建てた城であるそうで、ツェペシ自身は、一時期滞在したに過ぎないそうですけれど、縁が無いわけではないのだから、硬い事は言わず、良しとしましょう、トランシルヴァニア山中の古城(山城)であります。
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クルージ・ナポカ (トランシルヴァニア)
ハンガリーからルーマニアへ、最初の町、クルージです、この地域、トランシルヴァニアがルーマニアに編入されてしまったのは、1918年の第一次大戦のオーストリアの敗戦が原因ですから、本来はあまり、ルーマニアとは関係のない地域なのかもしれません、後年の、ルーマニア革命の最初の騒乱が、この地のハンガリー系住民の反政府運動だったというのも、興味深い事です。 -
クルージ・ナポカ (トランシルヴァニア)
セント・ミハル教会
町の歴史的建物は、殆どが、オーストリア・ハンガリー帝国時代のものです、この教会などは、姿かたちなど、オーストリアそのものですね。 -
クルージ・ナポカ (トランシルヴァニア)
教会&戦車の銅像
後ろの教会は良いんですけれど、この戦車はいったい何!!と言う感じですね、このセンスはすごいです、「先軍政治」でしょうか ? 日本の近くの何処かの国のようなセンスを感じますけれど、間違いなく、ルーマニア人のセンスでしょうか、この地のハンガリー人のセンスでは無いと思います。
マア、でっかいプラモデルと考えれば、その手の趣味の方々には、意外と受けるかも??ですね。
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クルージ・ナポカ 戦車像
あきれ返りついでに、もう一枚、つい撮ってしまいました、正直なところ、この町での、最大のインパクトでした。 軍や兵士が銅像となっているのは、共産国や独裁国の常だとは、承知しているけれど、さすがに、戦車の銅像とまでは・・・ 想像が及びませんでした。 -
トランシルヴァニア Lisnovの町
ブラショフの町から、やって来ました、憧れの「ドラキュラ」のお城へ行きます。 Lisnovの町は、その拠点(鉄道駅)、意外なことに綺麗な町でした、ただ、こんな田舎でも、「イクスチェンジ」を求める人がいたのには閉口しました、冷たいようだけれど、やはり、断ってしまいました。 応じていると、きりがないし、ルーマニアの通貨をいくら持っていても、買えるものも、魅力のあるものも、たいしてないのです、スーパーなどには、悲しくなるほど何もない(瓶詰めばかり)・・・ 。 -
ブラン城 (トランシルヴァニア)
Lisnovの駅からは、バスで、道中はのんびりとした田舎道、城はこんもりとした緑の丘の上にある、西欧の城とはだいぶ雰囲気も違って、なんとなく不気味・・・ 気のせいか ?? -
ブラン城 (トランシルヴァニア)
正確に言うと、「ドラキュラ」のモデル、ウラド・ツェペシ(1431生〜1476没)と言う人は、本当は隣の、ワラキアの公爵であったとか (小説ではトランシルヴァニフの伯爵) 当時のトランシルヴァニア公は、フニャディ・ヤノーシュと言う、これも優秀な武将(神聖ローマ帝国の元傭兵隊長)で、ツェペシとは、戦ったり、助けられたりと、いろいろと複雑な関係(ツェペシの父、ウラド2世の暗殺者との説もある)らしい、変な名前ですけれど 。
それから、「ドラキュラ」の呼び名は、彼の父、ウラド2世が、ドラゴン騎士団(ハンガリーの十字軍)の一員であったことから来ていて、ドラゴンの息子(ドラキュラ)と言うような意味だとか、ついでに、ツェペシというのは、あだ名で「串刺し」の意味だそうです、ただ、ウラドも「串刺し」で有名ではあったらしいけれど、「串刺し」自体は、当時当たり前に行われていた殺し方(晒し方)でもあったらしくて、彼だけが、ことさら惨酷であつたという事でもないらしい、調べれば調べるほど、ブラム・ストーカーの「ドラキュラ」のイメージとは、ちょっと違うような気もしますけれど・・・ けれど、コッポラの映画「ドラキュラ」は、まさに、この人ですね。 -
ブラン城の城壁
ジョナサン・ハーカー(主人公の一人)が閉じ込められた部屋は、どの辺りだろうか? と、想像してしまうような、高い城壁です。
吸血鬼モノの小説や映画は数あれど、小説では「吸血鬼カーミラ」(作レ・ファニュ)が好みです、短編小説ではありますが、ブラム・ストーカーの「ドラキュラ」に先立つ事27年、「ドラキュラ」の造形にも、多大の影響を与えたであろう、妖艶・優美な物語であります。 -
ブラン城 城壁
漫画ではやはり、「ポーの一族」(作、萩尾望都) でしょうね、少女漫画ではありますけれど、下手な小説なんかより、よほど、侮りがたいですね。
映画では、昔のハマープロ(主演クリストファー・リー)の作品は別格として、やっぱり、コッポラの「ドラキュラ」でしょうか、それから、僕の好みとしては、「ノスフェラトゥ」(クラウス・キンスキー主演)1979作 です、1922年版「ノスフェラトウ」へのオマージュ、と言う感じの作品で、不死人(ノスフェラトゥ)の悲しみが色濃く描かれた、叙情性豊かな作品でありました。 -
ブラン城 (内庭)
屋根の形、回廊の形が面白いので撮りました、でも、この内庭には、下まで降りられる深い井戸があって、そこが見所だとか ? 気がつきませんでした、長期の旅では仕方ありません、どうしても、下調べがアバウトになってしまいますのでね。 -
ブラン城 (城内)
室内はアンティークですけれど、狭い部屋が多かったです、これも映画のイメージとは、だいぶ違いますけれど、薄暗いのはイメージ通り、でも、あまり、ドラキュラのイメージばかりを追い求めるのも、この地の人々にとっては、迷惑でありましょうね。
帰りのバスは、いつまでたっても来なかったので、地元の人のトラックに乗せてもらって、駅まで送って頂きました、軍人さんなどとの相乗りで、ちょっとビクビクものでしたけれど、この辺りが、田舎のよさでしようか。 -
ブカレスト 街 並
「悲惨な街」と言う感じです、チャウシェスクが、「東欧のパリ」を目指した ? と言われる、ルーマニアの首都なのですけれど、撮りたくなるほどの風景も建物もありません、この大きな通りは、さしずめ、ルーマニア版、シャンゼリゼ通り ? という事になるのでしょうけれど、華やかさも賑わいも、比べ得るものは、何処にもありません。 -
ブカレスト 農村博物館
博物館や美術館は、チャウシェスク夫妻の写真ばかりですし、街中は、あまり魅力が無いので、郊外に出かけました、此処は、昔のルーマニアの農村を再現した、テーマパークですね。 -
ブカレスト 農村博物館
独裁国家ですから、あらゆるものに対して、それが真実かどうかは、かなり疑ってかかる必要があります、それが、毒にもクスリにもならぬ、この程度の、テーマパークであるとしても。 -
コンスタンツァ 街 並
黒海のほとり、ルーマニア最大の港湾都市であると共に、最良のリゾートであるらしい、因みに、コンスタンツァという名称は、古代ローマのコンスタンティヌス帝の妹の名前であるとか。 -
コンスタンツァの建築物
ユニークな形をした建築物だったので、撮りました。 多分ルーマニアの伝統的建築をモチーフにしているような、そんな気のする建物です。 -
コンスタンツァの建築物
こちらもなかなかユニークなデザインの建物です、ただ、感じることは、いかにも唐突な気がするのです、どこかの国の「箱物行政」を思わせるような、そんな、底の浅さを感じるのですね。 -
コンスタンツァ 海辺の遊歩道
それでもやっぱり、海辺には、リゾート地らしい、明るさもあります、但し、この風景の隣には、黒々とした煙を吐き出して、工場地帯があります (写真のフォーカスからは外しましたけれど・・) 。 -
シナイアの街並
こちらは、首都ブカレストの近郊にある、山岳リゾートです、綺麗でユニークな建物もたくさん並んでいますので、コンスタンツァよりも、こちらの方が、華やかな気がします、これらのお城のような建物は、18世紀頃の王侯貴族の別荘とか、この頃は、商業施設という感じはないし、共産党のお偉方々の別荘でしょうか?? この国ならば、ありそうな話だと思います。 -
シナイアの僧院
此処にもシマシマの建物がありました (まるで囚人服のような、と言えば失礼か ?) 。
中はなかなか、壮麗であった様なのですけれど・・・何故か ? 記憶がありません、マア、教会とかナントカについては多すぎて、辟易気味だったのかもしれませんね、ちょっとやそっとでは記憶に残らないのも、仕方ない気がします。
正教系の寺院で、何か、やたらと煙っぽかったような、そんな記憶が残っています。 -
シナイアの丘
僧院で知り合った、地元の大学生に連れられて、ケーブルカーで登りました。
カルパチア山脈中腹の、美しい景勝地です、お天気も最高ですね。 -
シナイアの丘
遠くに見える青い山脈が美しいです、日本で言えば、軽井沢か八ヶ岳の、山岳リゾートでしょうか ? でも、お店は殆どありません、特に水は、売り物でも「飲むな!」と言われました。 -
シナイア ペレシュ城
知りあつた大学生に、ペレシュ城に行きたいと言ったら、「チャウシェスクの別荘だから、無理!」と言われました、ケーブルカーから「あれだ!」と教えられたので、一応記念に一枚、仕方ないですね。 -
シナイアの山並み(カルパチア山脈)
大学生の話では、「秘密警察は、何処にでもいる」と、だから、会話の中に、大統領の名前を出したり、駅前の新聞売り場に、大統領の写真があっても、「指差しては、いけない!」との事。
やはり、鬱陶しい国なのだ・・・ -
シナイア ルーマニアの大学生
シナイアを案内してくれた、大学生の彼です、鬱陶しい国ではあるけれど、それでもやはり、ラテン系ですね、美人を見つけたと思うと、たちまち、この通り。 -
シナイア ルーマニアの大学生
暫くして、日本の我が家まで、送ってくれた、彼の写真です、因みに、外国への郵便物は、全て、中身を検閲されていたそうです。 今はもう、彼が何を言ったか、公開しても、大丈夫でしょうね・・・ 。 -
ソフィア (ブルガリア)
アレクサンドル・ネフスキー寺院
ルーマニアからトルコへ行く途中、ソフィア(ブルガリアの首都)で約半日、滞在しました。 マア、とても、ブルガリアを旅したと言えるほどのものでもないし、写真もあまりないので、ルーマニアの中に収容する事にします。
この寺院は、ソフィアの象徴ですね、ブルガリアと言えば、この寺院の写真が使われています、確かに、美しい建築ではありますけれど、あまり、人の気配のないのが気になりますね。 -
ソフィアの街並
ブルガリアと言う国は、共産主義の優等生だという事を旅の途中で聞きました、でも、この国を旅するのは、他のどの国よりも、手続きが面倒だったのですね、優等生である事が、情報の遮断によって保持されているのだとすれば、それはいったい、どんな優等生なのでしょうか・・・ 写真の街並は、まるで、近代を超えた、SF都市のような風情ですけれど、やはり、人の姿が、あまり・・・ ?? -
ソフィア 兵士の銅像
巨大な像です、やはり、独裁国家なのですね、それを支えるのが「軍」と言うことですね・・・
ベルリンの壁が崩壊して、15年以上になるけれど、少しは旅のしやすい国になったのでしょうか ? ルーマニアと違った意味で、今一度来てみたい、そんな国ではあります。
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この旅行記へのコメント (4)
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- まみさん 2008/12/11 08:30:17
- 人がいない
- ももんがあまんさん、こんにちは。
とても興味深く拝見しました。
2004年以来、東欧ばかり旅行していますが、それも民主化されて旅行しやすくなったからのこと。
下調べのときに民主化前の様子は分かっていても、ピンときてなかったなぁと思いました。
あ、でも1989年に東独だけは行ったことがあります。
人がいない街中の様子は、うっすら残っているまだ壁が残っていた時代のあの東独の街中を思い出させました。
その数年後に東独に行って街中の変わりようにいまさらのように仰天したものです。
- ももんがあまんさん からの返信 2008/12/11 20:39:40
- RE: 人がいない
- まみさん、こんばんわ。
良くおいでくださいました、古い旅行記で恐縮です(最近は全く旅が出来ていないもので・・・)。
真美さんの旅行記、拝見しました、東ヨーロッパの充実ぶりは、かなりのものですね、とても一日では、全てを見られません、とりあえず、いくつかお気に入りの旅行記に投票して、またまいります。
特に、あの色鮮やかな墓石の群れには、ホント、びっくりでした(僕の「パリのお墓」もヨロシク)、何時か必ず、今一度、新しい東ヨーロッパを見てみたいと思っているのですけれど、その時には、必ず訪れて見たいと思います。
ではまたヨロシク。
因みに、僕は「猫派」デス(犬も好きですけれど)。
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- sunnyさん 2006/05/05 08:31:55
- はじめまして
- ももんがあまんさん
こんにちは。ずいぶん前のルーマニア旅行記を見つけ興味深く読みました。
1988年というと、独裁王が健在、あのブカレストの巨大な宮殿にまだ人が住んでいたときでしょうか?私が訪ねた1996年当時西側と比べビザなど動きにくい記憶があったのですが、80年代だとなおさらでしょうね。
他の国の記録もこれから楽しみに読ませていただきます。
sunny321
- ももんがあまんさん からの返信 2006/05/05 13:45:28
- RE: はじめまして
- こんにちわ、sunny321さん。
メッセージ、ありがとうございます。
1988年は、あの、ベルリンの壁崩壊のちょうど一年前ですから、勿論、チャウシェスク夫妻は健在でありました(博物館も美術館も、夫妻の写真と肖像だらけという状態ですね)。
けれど、ビザなんかは、国境で簡単に取れるという、かなりいい加減なところもありましたし、ルーマニア人は、自らを、ローマ人の子孫と思っているようで、気質的には、良くも悪くも、ラテン系のようですね(そうでもなければ、あそこまで酷くはならなかったかも??)。
僕の旅行記は、思うところを、わりと自由に書いています、かなり独断的かなと思う処も、我ながら少し、ありますけれど、むしろ、意図的に、そうしております。
いくらかでも、楽しんでいただければ、とても幸です。
これからも宜しく、お願いします。
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