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2005.04.14〜2005.04.15<br />スロベニアを周遊した。訪問地は首都リュブリャーナ、ブレッド湖、ボストイナ鍾乳洞、ブレッド・ヤムスキーグラッド城である。今までの旅行記とは趣向を変えて、掲載する写真に詳しい説明をつけてみることとした。

アルプスの瞳・ブレッド湖他

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2005/04/14 - 2005/04/15

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早島 潮

早島 潮さん

2005.04.14〜2005.04.15
スロベニアを周遊した。訪問地は首都リュブリャーナ、ブレッド湖、ボストイナ鍾乳洞、ブレッド・ヤムスキーグラッド城である。今までの旅行記とは趣向を変えて、掲載する写真に詳しい説明をつけてみることとした。

  • スロベニアの首都リュブリャーナ市内を午前中見学した。リュブリャーナ城、聖ニコライ大聖堂、市庁舎、プレシェーレン広場、三本橋等を駆け足で廻り午後からは世界遺産のブレッド湖へ向かうことになる。<br /><br />写真の上はリュブリャーナ市内の街並み、<br /><br />下は昼下がりの繁華街の川沿いの遊歩道。<br /><br />

    スロベニアの首都リュブリャーナ市内を午前中見学した。リュブリャーナ城、聖ニコライ大聖堂、市庁舎、プレシェーレン広場、三本橋等を駆け足で廻り午後からは世界遺産のブレッド湖へ向かうことになる。

    写真の上はリュブリャーナ市内の街並み、

    下は昼下がりの繁華街の川沿いの遊歩道。

  • リブリャーナ城から市内を展望した。中世の街の面影が残っている。<br /><br /> 下の写真の右側に見えている塔が聖ニコライ大聖堂でここには先日亡くなったローマ法王ヨハネ二世も来られたことがあり、ミサが行われた。スロベニアは殆どの国民がカソリック信者である。<br /><br />

    リブリャーナ城から市内を展望した。中世の街の面影が残っている。

     下の写真の右側に見えている塔が聖ニコライ大聖堂でここには先日亡くなったローマ法王ヨハネ二世も来られたことがあり、ミサが行われた。スロベニアは殆どの国民がカソリック信者である。

  • リブリャーナ城を見学した。この城は現在市民の憩いの場として催し物等が開かれる。<br /><br /> 写真の上は入り口近くで城を撮影したもの。<br /><br /> 下の写真は城の内部に咲いていた花、桜に似て非なる花。チェリーだという人もあれば胡桃だという人もいた。<br /><br />

    リブリャーナ城を見学した。この城は現在市民の憩いの場として催し物等が開かれる。

     写真の上は入り口近くで城を撮影したもの。

     下の写真は城の内部に咲いていた花、桜に似て非なる花。チェリーだという人もあれば胡桃だという人もいた。

  • リブリャーナ城の内部では催し物が行われるらしく椅子が並べられていた。<br /><br /> また入り口近くで子供達が珍しそうに集まってきたので写真を撮らせて貰った。<br /><br /><br /> お城の周辺は木立が美しく市民の憩いの場になっている。<br /><br />

    リブリャーナ城の内部では催し物が行われるらしく椅子が並べられていた。

     また入り口近くで子供達が珍しそうに集まってきたので写真を撮らせて貰った。


     お城の周辺は木立が美しく市民の憩いの場になっている。

  • 上の写真はお城の入り口に至る並木道で緑の芽吹き時であった。<br /><br /><br /><br /><br />下の写真は農民一揆の記念像で像の台座には1473.1478.1515.1573.1713と西暦年号が刻ざまれていた。大規模な農民一揆の発生した年である。<br /><br />

    上の写真はお城の入り口に至る並木道で緑の芽吹き時であった。




    下の写真は農民一揆の記念像で像の台座には1473.1478.1515.1573.1713と西暦年号が刻ざまれていた。大規模な農民一揆の発生した年である。

  • リブリャーナの中心部にあるのがプレシェレン広場。広場から旧市街へと続く。三本橋の側には19世紀の詩人フランツ・プレシェレンの銅像が建っている。この像も排気ガスの影響を受けてブロンズが薄汚く汚れていた。<br /><br /> 「日が昇る所、争いはこの世から消え、誰も自由な同胞となり・・・」はこの詩人の有名な作詩の一節であるが、この詩は1991年の独立戦争後、スロベニア国歌にとり入れられた。<br /><br /> 写真左はプレシェレン像。右の写真はリュブリャッツ川にかかる三本橋。<br /><br />

    リブリャーナの中心部にあるのがプレシェレン広場。広場から旧市街へと続く。三本橋の側には19世紀の詩人フランツ・プレシェレンの銅像が建っている。この像も排気ガスの影響を受けてブロンズが薄汚く汚れていた。

     「日が昇る所、争いはこの世から消え、誰も自由な同胞となり・・・」はこの詩人の有名な作詩の一節であるが、この詩は1991年の独立戦争後、スロベニア国歌にとり入れられた。

     写真左はプレシェレン像。右の写真はリュブリャッツ川にかかる三本橋。

  • リュブリャーナ市内の繁華街を暫し散策した。朝早くから開かれている市場ももうまもなく閉店という時間に見学することができた。<br /> 近郊の農家の主婦達が取り立ての野菜類を並べて商っているが、野菜の他にも各種各様の日常生活用雑貨類も並べられていて品数も豊富であった。自由主義社会の生活を市民達が謳歌している様子を感じることができた。<br /> 又川沿いのカフェには午後2時を過ぎたというのに市民達がコーヒーを飲みながら楽しそうに談笑していた。<br /><br />

    リュブリャーナ市内の繁華街を暫し散策した。朝早くから開かれている市場ももうまもなく閉店という時間に見学することができた。
     近郊の農家の主婦達が取り立ての野菜類を並べて商っているが、野菜の他にも各種各様の日常生活用雑貨類も並べられていて品数も豊富であった。自由主義社会の生活を市民達が謳歌している様子を感じることができた。
     又川沿いのカフェには午後2時を過ぎたというのに市民達がコーヒーを飲みながら楽しそうに談笑していた。

  • ニコライ大聖堂へ参詣した。世界遺産に登録されている。内部の装飾は金張りで豪華絢爛の一語につきる。<br /><br /> この教会ではたまたま二組の結婚式が行われているところで神前で牧師が新郎神父に祝辞を授けている場面に出会った。<br /> また運良く二組の新郎新婦を並べて撮影する幸運にも恵まれた。新婦の衣装はスロベニアの伝統的な結婚式の時だけに用いるものだという。 

    ニコライ大聖堂へ参詣した。世界遺産に登録されている。内部の装飾は金張りで豪華絢爛の一語につきる。

     この教会ではたまたま二組の結婚式が行われているところで神前で牧師が新郎神父に祝辞を授けている場面に出会った。
     また運良く二組の新郎新婦を並べて撮影する幸運にも恵まれた。新婦の衣装はスロベニアの伝統的な結婚式の時だけに用いるものだという。 

  • リュブリャーナで泊まったMホテルの近くに桜と連翹の花が咲いていた。この旅行中、桜、連翹、えにしだ、藤、蒲公英など日本でなじみの花や柳をあちらこちらで観察することができた。<br /><br />

    リュブリャーナで泊まったMホテルの近くに桜と連翹の花が咲いていた。この旅行中、桜、連翹、えにしだ、藤、蒲公英など日本でなじみの花や柳をあちらこちらで観察することができた。

  • 4月14日(木)<br /> 午後からリュブリャーナの北西に位置するブレッド湖を訪問した。アルプスの瞳との愛称のあるこの湖は鏡のように静かな水面と背後に控える雪を抱いた山々はどこまでも清冷でゆったりと時間が流れていた。<br /> <br /> 写真上はユリアン・アルプスの山々。<br /> 写真下は湖に浮かぶ小島ブレッド島に建つマリア教会<br /><br />

    4月14日(木)
     午後からリュブリャーナの北西に位置するブレッド湖を訪問した。アルプスの瞳との愛称のあるこの湖は鏡のように静かな水面と背後に控える雪を抱いた山々はどこまでも清冷でゆったりと時間が流れていた。
     
     写真上はユリアン・アルプスの山々。
     写真下は湖に浮かぶ小島ブレッド島に建つマリア教会

  • ブレッド湖の畔の断崖の上にブレッド城という小さな砦がある。ロケーションはギリシャのメテオラの修道院を偲ばせるものがある。そのブレッド城への入り口には日本の寺院によく見られる光景があった。侘、さびの世界とでも言えようか。苔の状態が懐かしくカメラに収めておいた。<br /><br />

    ブレッド湖の畔の断崖の上にブレッド城という小さな砦がある。ロケーションはギリシャのメテオラの修道院を偲ばせるものがある。そのブレッド城への入り口には日本の寺院によく見られる光景があった。侘、さびの世界とでも言えようか。苔の状態が懐かしくカメラに収めておいた。

  • 先程まで入場していたブレッド城を湖の上に浮かべた手漕ぎ舟の中から眺めた。断崖絶壁の上に建っているのがブレッド島で右手の教会がブレッド島にある小島の中のマリア教会である。今乗っている舟はブレッド島へ向かっている。<br /> その時シングルスカルを漕いでいる漕手を発見した。ボートをここで漕いでみたいという気持ちがむらむらと沸き上がってきたのを思い出す。<br /><br />

    先程まで入場していたブレッド城を湖の上に浮かべた手漕ぎ舟の中から眺めた。断崖絶壁の上に建っているのがブレッド島で右手の教会がブレッド島にある小島の中のマリア教会である。今乗っている舟はブレッド島へ向かっている。
     その時シングルスカルを漕いでいる漕手を発見した。ボートをここで漕いでみたいという気持ちがむらむらと沸き上がってきたのを思い出す。

  • ブレッド湖で小舟に乗ってブレッド島へ渡った。我々の乗った舟の船頭は二本の櫂を巧みに操って静かに湖面を滑っていった。<br />同行のパートナーは別の舟であった。途中お互いの舟影を見つけエールを交換した。舟から眺める雪山やお城もなかなか乙なものであった。<br /><br />

    ブレッド湖で小舟に乗ってブレッド島へ渡った。我々の乗った舟の船頭は二本の櫂を巧みに操って静かに湖面を滑っていった。
    同行のパートナーは別の舟であった。途中お互いの舟影を見つけエールを交換した。舟から眺める雪山やお城もなかなか乙なものであった。

  • ブレッド島のマリア教会へ参詣した。礼拝堂に天井から一本のロープが吊り下がっていた。このロープを握って下の方へ引っ張ると鐘がなる仕掛けであった。<br /> 訪問の記念に力一杯鐘の音を轟かせた。<br /><br />

    ブレッド島のマリア教会へ参詣した。礼拝堂に天井から一本のロープが吊り下がっていた。このロープを握って下の方へ引っ張ると鐘がなる仕掛けであった。
     訪問の記念に力一杯鐘の音を轟かせた。

  • 4月15日(金)<br />スロベニアの首都リュブリャーナの南西約48?のところにスロべニアでは最も長いポストイナ鍾乳洞がある。全長20?に及ぶ地下道が発見されている。入り口から約2?を黄色いトロッコ電車に乗って進み終着駅でおりる。そこからはよく整備された観光コースを約1?徒歩で見学することになる。<br /><br /><br /><br />周囲に繰り広げられる天然の造形美にはしばしば感嘆の声が発せられる。<br /><br /><br /><br />この鍾乳洞の中にはここでしか見られない、4本の手足を持った類人魚が棲息している。<br /><br />

    4月15日(金)
    スロベニアの首都リュブリャーナの南西約48?のところにスロべニアでは最も長いポストイナ鍾乳洞がある。全長20?に及ぶ地下道が発見されている。入り口から約2?を黄色いトロッコ電車に乗って進み終着駅でおりる。そこからはよく整備された観光コースを約1?徒歩で見学することになる。



    周囲に繰り広げられる天然の造形美にはしばしば感嘆の声が発せられる。



    この鍾乳洞の中にはここでしか見られない、4本の手足を持った類人魚が棲息している。

  • プレッド・ヤムスキー城へ行った。この城は15世紀に作られた城である。戦乱の絶えなかった中世に敵からの攻撃に遇わないよう隠れ砦として鍾乳洞の中に作られたものである。時の流れ世代の交替の中で洞窟から外界へ次第に増築されて現在の形になったものである。<br /><br /><br /><br /> 写真に見える建物の奥には幾つもの洞窟があり、カルスト台地の鍾乳洞であったが、城として利用された頃には既に死んだ鍾乳洞となり、単なる洞窟になっていたものと推定されている。<br /><br />この城の中を見学中に豪雨があったが、通り雨で幸い濡れることはなかった。<br />

    プレッド・ヤムスキー城へ行った。この城は15世紀に作られた城である。戦乱の絶えなかった中世に敵からの攻撃に遇わないよう隠れ砦として鍾乳洞の中に作られたものである。時の流れ世代の交替の中で洞窟から外界へ次第に増築されて現在の形になったものである。



     写真に見える建物の奥には幾つもの洞窟があり、カルスト台地の鍾乳洞であったが、城として利用された頃には既に死んだ鍾乳洞となり、単なる洞窟になっていたものと推定されている。

    この城の中を見学中に豪雨があったが、通り雨で幸い濡れることはなかった。

  • プレッド・ヤムスキー城への入り口近くの畠に咲いていた花をカメラに収めておいたが、その名前が判らない。<br /><br />

    プレッド・ヤムスキー城への入り口近くの畠に咲いていた花をカメラに収めておいたが、その名前が判らない。

  • プレッド・ヤムスキー城の見学を終え、再びポストイナ鍾乳洞周辺のレストランまで戻り昼食を摂った。その時居合わせたスロベニアの高校生達のグループが賑やかに喋っていた。カメラを向けると誰かの合図で一斉にこちらを向きポーズをとってくれた。<br /><br />

    プレッド・ヤムスキー城の見学を終え、再びポストイナ鍾乳洞周辺のレストランまで戻り昼食を摂った。その時居合わせたスロベニアの高校生達のグループが賑やかに喋っていた。カメラを向けると誰かの合図で一斉にこちらを向きポーズをとってくれた。

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