2006/01/02 - 2006/01/03
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night-train298さん
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1月2日 マラガそしてミハスへ
パキの車にホワンマンと私が乗って、マリアの車と二台で一泊旅行に出発!
マラガには、行ったことがあるが、時間の関係で、パラドールに泊まった思い出しかない。
夜に到着し、タクシーで移動し、翌日は大雨で走って駅まで行った。全く街を見ていないのだ。
三時間ほどのドライブで、マラガに到着した。
昨日送ったメールで、アドリアーノとキケから返事があったそうだ。
キケは仕事があるので、夕方少しだけ会いに来てくれるらしい。
アドリアーノは、すでにマラガに到着しているらしい。
駐車場で車を止めていると、そこに現れたのは、アドリアーノだった。
アドリアーノ、キケ、アベル、ペドロとともに、フランス側の国境の近くの出発点で出会ったマラガの四人組は、ブルゴスまでの、約二週間の巡礼だった。
出発点から一緒で、彼らのおかげで私たちも、とてもいいスタートをすることができたのである。
特にアドリアーノは英語ができて、リーダーシップがあったので、日本人の私たちを、スペインの巡礼者に引き合わせてくれたり、情報をくれたりした。
パキに出会えたのも、アドリアーノが紹介してくれたのが、始まりだった。
「フランスの道」の前編には、重要なキャラクターであった。
つまり、カミーノの仲間の原点ともいえる人たちだった。
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ローマ遺跡
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まさかアドリアーノにまた会えるなんて、本当に感激だ。
まだ大学生だそうで、週末は結婚式の写真を撮るアルバイトをしているという。
ローマ時代の劇場を横に眺めながら、街の中心地にある通りに入る。
マリアはベジタリアンである。彼女の行きつけのベジタリアンレストランに行く。
5種類のコロッケ、パエリア、サラダなどが付いている。なかなかおいしい。
ここではまるで巡礼中に戻って、「道」の話になる。
ぺルドンの丘に登った日の話。みんながその目撃者であり、当事者なので、それぞれの話が出てくる。
共通の話題には事欠かない。次から次へと出る巡礼中のエピソード。
私にとっては、このテーブルにこのメンバーが集まって一緒に食事をしているという事実だけでもうれしいことだった。 -
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店を出て、少しマラガの街を歩く。クリスマスシーズンが近いので、中世マーケットが出ている。その中を歩き、ピカソの生誕の家の前で写真を撮る。
時間があれば、ピカソ美術館に行きたいところである。
マリアは、「今度は3泊はしなさいね。そうしたらゆっくり観光できるわ。」
マリアはこのマラガ大学で勉強し、奨学金でイギリスに行ったり、優秀な学生だったようだ。卒業後は3年間アイルランドでスペイン語教師として働いたのだという。
本当はフランス語の勉強をしたかったのだが、自宅から通えるマラガ大学にはフランス語学部がなかったので、英語にしたのだそうだ。 -
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ピカソの生家
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左から、マリア、パキ、ホワンマン、アドリアーノ。
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テテリアに入る。ここはかなり人気の店らしく、どのフロアーも客で溢れていた。
インド系のお茶がメインのようだった。
たくさんあるメニューの中から、マリアのお勧めのティーを選ぶ。いろいろなハーブがミックスされたものだった。
どかんと、一人一人に大きなアフリカ製の土瓶が給仕される。
中にはたっぷりのお茶が入っていた。
隣に座ったアドリアーノとたくさん話をすることができた。
彼は現役のマラガ大学の学生。巡礼中もそうだった。今23歳だという。
とても頭のいい子で、何にでも好奇心旺盛で、積極的な若者だ。
巡礼中に出会ったメキシコ人のアドリアーナとすっかり仲良くなり、バイトしてお金が貯まればメキシコに行っているらしい。
今では彼女と結婚することも考えているようだった。
二人は名前も年齢も同じ、そして考え付くことも感じ方も同じなのだという。
巡礼中に出会った人同士の中ではそういう話は珍しくない。
アドリアーナにはメキシコという大地が必要で、スペインに住んだら枯れてしまう。だから、今は早く大学を終わらせて、自分がメキシコに行きたいのだという。
巡礼中も、よくミサの情報をくれたので、てっきり信心深いのかと思っていたら、彼は無宗教なのだという。
19歳の時に教会へ行き、洗礼を受けていたカソリックを放棄したのだという。
それには深い理由があった。彼の家族(祖父)が内戦の時に迫害された事実があったからだ。
いまでも家族の間では、その悲しみが引き継がれ、アドリアーノは自由意志のもとに決めたことだった。
一方アドリアーナは熱心なカトリック信者である。そういう違いはあれども、二人の結びつきは深いという説明をしてくれた。
そして彼は近いうちにキケと、「フランスの道」を再びブルゴスから歩きたいのだという。
そして「銀の道」も歩きたいと思っていると言った。なぜならば、出発点が自分の故郷に近いセビリアだからだ。
厳しい旅をしたいのだと言う。
私は、「フランスの道」の巡礼の始め、心細い中を、アドリアーノたちの存在にどんなに助けられたかという話をした。
するとアドリアーノも初めて会った日のことからすべてを克明に覚えていて、
「僕達も君たちが来る少し前、8時頃にアルベルゲに着いたんだよ。」
「えっ?そうだったの?!!」
「そして、君たちが部屋に入ってきたとき、みんなで大騒ぎだったんだ、『日本人が来たぞ!』って。」
そこへキケが入ってきた!
キケはこの近所のレストランで皿洗いのバイトをしている。彼もマラガ大学の学生だ。
グループの中でもナンバーワンのお人好しで、彼を見ているだけでおもしろくてしょうがない。
はっきり言って、『どんくさい』男なのだ。おいしいところは全てアドリアーノが持っていってしまう。
それでも彼は幸せで、あくまでもお人好し。
巡礼中、びっこを引きながら、重たいバナナを下げて歩く彼の後ろ姿を見て、涙が止まらなかった思い出がある。(もちろん可笑しくて)
一緒に病院にも行ったっけ。パキが二人に付き添ってくれた。
キケは相変わらずいい人だった。
しかし休憩時間は30分、大急ぎで帰っていった。
一番下にキケが写っています。
http://home.t07.itscom.net/hiromi/camino1.html -
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眼鏡をかけているのがキケ。
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カテドラルの前で
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少し街を散歩して、これからミハスに行くことになった。
アドリアーノとはこれでお別れだ。
きっとまた会えるだろう。今度はアドリアーナと一緒に!
マリアのフラットがあるフエンヒローラに向かう。
海の薫りがする・・・気温もセビリアより暖かい。熱帯植物も多い。
マリアのフラットは、セキュリティーもしっかりした、新築の大きなマンションだった。
3LDKの、バスルームも二つある素敵なお城だった。
全てがマリアの趣味で統一され、とても幸せな独身生活を送っているのがわかる。
その中の一部屋は、ヨガをする部屋。ここには巡礼の時にもらった証明書が額に入れてきれいに飾られている。
うちで丸められ、どこかに転がっている証明書をは扱いが違う。パキも私と同じらしく、二人でびっくりする。
宗教的なグッズが置かれ、彼女の信仰心を表していた。
もう11時近かったが、これからディナーを食べに行くことになった。
海岸ぞいにはレストランがたくさんある。
その中のクレープ専門のレストランに入った。
フランス風のおしゃれな雰囲気だ。
サラダ、メインのクレープ、デザートのクレープがコースになっている。
ここでもまた自然と話題は巡礼の話になる。
パキはマリアにこう言った。
パキとアンヘルと私は、よく果物を採集していた。リンゴや梨、木いちごを取って食べながら歩いていたものだった。
サンティアゴに着く直前、パキとアンヘルは遅れ、4km手前のモンテ・ド・ゴソでやっと追い付いた。多分二日ぶりだったと思う。
この時、パキは私にリンゴを一つお土産に持ってきてくれた。どこかでもいできたものだろう。
それはパキの優しい気持ちとともに、一緒にもいで食べたリンゴの思い出を語るものだった。
私はそれがもったいなくて、食べることができなかったので、翌日のサンティアゴ到着以降もとっておいた。
そして一緒にフェニステーレ(巡礼の最終地)に行った時のこと、海を見渡す岬の上で、それを食べることにしていた。
それはパキに言った覚えはないが、それを見ていたらしく、パキはそのことをマリアに話出した。
海を見ながら、私はそれを食べていた。
その時パキは私を見て、泣いていたというのだ。
全くの初耳だった。
巡礼の思い出は、それぞれにあって、それがまたどこかで交わり、違う感じ方をし、違うアスペクトで見つめていた。
また、どうしてパキとアンヘルの姉弟が巡礼の旅に出たのか、そのいきさつを話してくれた。
パキは、その前年の教員試験の時(試験は二年に一度)一か月試験のために、会場の近くのアパートを借りて勉強していた。
忙しくて食事を作る時間もないパキに、高校生だったアンヘルは、学校の先生に頼んで休ませてもらい、パキのために一か月間食事を作ってくれたというのだ。
そのお礼に、イタリアか、スペイン巡礼のどちらかの旅行をプレゼントすることになったのだという。
ところが、アンヘルは反抗期。何でもパキの意志とは反対のことをやろうとする。
最初はイタリアに行くはずだった。どこかで足を痛めたパキに、反抗的だったアンヘルは、巡礼に行くと言ったのだった。
この後の話は聞いていた。
巡礼の第一日目から、軟弱だったアンヘルは、すぐに足が痛み、「もう一歩も歩けない。」と言い出し、パキは困ったそうだ。
巡礼の話になると、ただ聞いているしかないホワンマンに向かって
「次に巡礼に行く時は、一緒に行かない?」
ホワンマンは、ニコニコしながら一緒に行きたいと言ってくれた。 -
1月3日 ミハス観光 そしてセビリアへ
9時に朝食。
マリアの部屋のベランダから、明るい日が差し込んでいる。
ベランダに出ると向かいにテニスコートがあり、その向こうの山の中腹に、真っ白いミハスの村が見えるのだった。
朝はまだ肌寒い。
マリアが朝食の準備をしてくれている。今からパンを買ってくるという。
トマトはミキサーで潰してある。パンに乗せて食べるのだ。
フランスパンは、パリで食べるものと変わらないくらいおいしい。それはちょっと驚きだった。 -
マリアの気持ちのいいリビングルーム
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ベランダからミハスの白い村が見える。
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朝食のテーブル
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ミハスの村に到着
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マリアの車でミハスの村の駐車場に車を止め、真っ白い村を横目に見ながら、村を抜けるようにどんどん坂を上っていく。
車道に出て、ミハスの村、海が見渡せる。海が青くて朝日が光ってなんとも美しい。
「もっと上に行くのよ。」
さらに登っていく。ちょっとしたハイキングだ。
マリアはこの界隈のハイキングコースをたくさん歩いているらしく、観光局が催すツアーに参加しているのだということだった。
その更に上には白い小さな礼拝堂がある。
そこが目的地だった。
私たちは思い思いの場所でその景色を眺めていた。
ホワンマンは一人で草むらに入って行き、座って海を見ている。
パキはベンチで横になっている。
マリアのお気に入りの場所は、みんなにとっても、大好きな場所になった。
アンダルシアの白い村を回ったことがあるが、ミハスは初めてだった。
今までそのいくつかの白い村に満足することはなかった。どうしても、ギリシャの白い村の方が断然眩しいからだ。でも、ここにきてスペインの白い村もいいと思った。
ミハスは観光地っぽいところが気に入らないが、この海!海が下に見えるからだ。
青い海があってこそ、白が美しい。 -
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ベンチで寝転ぶパキ
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村に戻るために下っていく。
私は町で履くような靴を履いてきてしまったため、歩きにくい。
マリアとパキは、おしゃべりしながら先に行ってしまったが、ホワンマンが待っていてくれた。
彼は「自然」が大好きなのだと言う。
スペインでは寂しい思いをしないのは、誰かが自然にそばにいてくれるからだ。
逆にいつも心配されているというのもプレッシャーだが、それもない。
自由にしているようでいて、さりげなく気をつかってくれているのがうれしい。
おっとりして、優しいホワンマンとパキは本当にお似合いのカップルだと思う。 -
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村に戻り、闘牛場を通って展望台へ。
ここからの眺めもすばらしい。マリアの家のあたりも一望できる。 -
闘牛場
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教会の壁画
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フォークロア ミュージアムに入るという。
中にはミニチュアで、当時の生活が陶器で描かれていて、それはとてもいいものだった。
上に行くと、100年前の生活が、そのまま見られるようになっていた。
いくつかの部屋があり、キッチン、寝室、居間。どれも興味深い。
近くの教会の壁画もすばらしかった。昔の壁の下から、さらに古い絵が出てきたのだという。 -
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お土産屋で絵はがきを少し買う。一緒にきたパキが陶器の鉢を見ている。私も別の鉢が気に入ってしまった。
もう大きさなんていい!買っちゃえ!
陶器の趣味は違うが、パキも買っていた。 -
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ロバタクシー
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今度は村の反対側の岩をくり抜いて作ったラ・ペーニャ教会へ。
ここからの眺めもすばらしい。 -
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岩の教会の入り口
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すばらしい休日だった。
村を後にして、最後にメキシカンレストランに行くことになった。
みんなでワカモーレやサラダを食べ、ピザを食べる。この量がまた多くて半分しか食べられなかった。
いよいよマリアとお別れして、セビリアに戻る時間になった。
わざわざセビリアまで駆け付けてくれたマリア、一緒に歩いたセビリアの街、そして彼女のお気に入りの景色まで堪能させてもらった。
きっとまた再会できるだろう。
Caminoで出会った仲間とは、別れはこない。 -
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帰りの車の中、パキと私はすっかり眠ってしまい、ホワンマンは話し相手もいず、寂しかったと漏らした。
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帰宅してパキの家族と食事
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セビリアの私の部屋?
明日はいよいよマドリードに行くことになっている。
明後日は、イワンが上司に頼んでお休みを一日取ってくれたのである。
イサベルに電話をすると、イタリア人のお得意さんが明日来るのだけど、何時に来るかわからない。彼女が朝来れば、午後は飛行機でマドリードに行くわと言う。
今夜は荷仕度をし、早めに寝ることになった。 -
パキの部屋のカーテンは、お母さんのお手製。巡礼して帰ってきたら、このカーテンに変わっていた。
花のパターンの布を切り抜いて、縫い付けてある。
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この旅行記へのコメント (3)
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- チビケイさん 2006/06/27 05:00:21
- お誕生日おめでとう御座います☆,。・:*:・゚★o(^▽^*)/
- nightさーん(^O^)/
パキさん達との再会♪
ミハス!!!←一回だけですが17年前に行き
とても好きになった白い町♥です♪
道をこよなく愛し同じく道を愛する世界の多くのお友達との
素晴らしい時を今も刻み続けている
nightさん♪♪♪とっても素敵です♥
苦難を乗り越える旅の中でも愉快に楽しく旅する
そんなnightさんの旅行記これからも
大好きな本を密かに暖めるように
読み続けたいです♪
(⌒▽⌒)/゜・:*【ネ兄】*:・゜\(⌒▽⌒)カンパーイ
暖かいお誕生日をお過し下さいネ♪
- night-train298さん からの返信 2006/07/14 01:06:12
- RE: お誕生日おめでとう御座います☆,。・:*:・゚★o(^▽^*)/
- chibikei san , sutekina message wo arigatou gozaimasu !
mata Spain ni kiteshimaimashita-----!
konkaiha sankagetu no yoteide 9 gatsu ni kikoku yoteidesu.
ashita kara mata 32 days kurai arukimasu!!!
konkai ha hitori de start toiu chotto dokidoki no hatsutaiken desu.
saigo no 1shuukan ha Paqui ya hokano nakama mo ga gouryuu suru yoteidesu!!!!!!!!!!!!!!
- チビケイさん からの返信 2006/07/14 01:20:30
- RE: nightさんスペインだったんですね(^O^)/>>お誕生日おめでとう御座います☆,。・:*:・゚★o(^▽^*)/
- nightさーーん(^O^)/
初めての一人巡礼!!!!
きっと不安も多い事と思いますが
nightさんだったら、きっと素晴らしい記憶を残せる
貴重な体験だと思います!
決して無理されずマイペースでユックリと
進んで下さいネ。
足!痛くならないようにネ。
nightさんの大好きなバルでのお食事!
味わって前を向いて楽しみながら大変な道程を
歩んでください(*^_^*)
日本から心を込めて応援しています(^O^)/
いつでも4トラの皆も見守ってますよぉーーーー(^O^)/
(kio兄さんもハラハラドキドキしながら見守ってるネ♥)
ご帰国される日を楽しみに待ってます(●^o^●)
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