2002/07 - 2003/06
4389位(同エリア6127件中)
おまつさん
3ヶ月の語学学校通いを終え、ついにNZ一周一人旅の始まり!
これからの9ヶ月間、なるべくお金を使わずに旅行を続けていくために選んだのが「WWOOF」のシステム。ファームステイといったほうがわかりやすいかもしれないけど、労働力を提供するかわりに食事と宿泊施設を提供してもらう非常に優れたシステム。
日本にもあるけど、NZではすごくポピュラーで、これを上手く使えばNZ各地を滞在費をかけずに転々とできるにちがいない!と考えた私。で、何件も電話をかけて、断られて、諦めかけたころに決まった記念すべき最初の受け入れ先!
そこでの2週間は、もーう驚きの連続。こんなふうに暮らしている人達がいたなんて...!
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受け入れ先は、南島の右上に位置するマルボロサウンズ(Marlborough Sounds)に住むファミリー。
船でないと行けない場所なので、約束の日の朝6時に小さな港町Havelock のバックパッカーズで、どきどきしながらお迎えを待ちました。
迎えに来てくれたのは、ファミリーの友達の漁師さんでした。まさかマッスル(ムール貝)の絡んだ網と一緒に船の甲板に乗って行くことになるとは!
すでにちょっと驚きましたが、この写真のような風景を背にして船を進めること小一時間ほど。
どんなところなんだろう?
どんな人たちが住んでるんだろう?
一体どんな生活が待ってるんだろう...?? -
途中船から見えたこの辺りの家には、それぞれ専用の桟橋がありました。どの家も車代わりにボートを持っているのです。
私が到着したのはここ。
きれいな海に、素朴な桟橋がかかってます。
船が近づく音を聞いて、ファミリーがみんなで出迎えに来てくれました。(この写真は後日撮ったものだけど。) -
早速、ここでの暮らしについての説明を受けました。
オリジナルの「しおり」のようなものを読まされ、彼らがどんな理想を掲げてここに住んでいるのか、どんな思想のもとに暮らしているのかが書いてあったような気がします。
基本的には、自給自足の生活を目指していること。
野菜を作り、家畜を飼い、電気は自家発電にし...といったこと。
ここに住んでいるのはNZ人のお父さんとアメリカ人のお母さん、3人の娘と1人息子+その彼女(それぞれ17〜24歳くらい)、そして知り合いのマオリ(NZの現住民族)のパパとその息子、親戚の男の子...の10人。
微妙なのは、どうやら3人の娘と息子の父親はそれぞれ違うらしいことと、さらに今のお父さんは誰の父親でもない、ということ。で、お父さんの存在感ほとんどなし。ここではお母さんが一番力を持っているようでした。 -
で、ここの土地の広いこと!!
何ヘクタール、とかの単位ではわからないのですが、とにかく三方を山に囲まれて、平地の部分だけでも東京ドームくらい?
そんな広いところにたった10人+ヘルプのWWOOFER(ウーファー...ステイして働く私のような人達のこと)が住んでいるだけ。
そして...
隣人は山の向こう。
道路もなし。
週に1度(2度だったか?)船で郵便が届くだけ。
かろうじて電気と電話線があることだけでも驚きな、この世間から99%隔離された場所での私の毎日が始まりました。 -
朝ごはんを食べさしてもらい、さっそくお手伝い開始。
畑の野菜の手入れをしたり、新しい花壇をつくるために土を掘り返したり。やることは山のようにありましたが、別に急ぐわけではないので毎日少しずつ違ったことができて楽しかった。
家畜や動物もたくさんいました。
まず犬が5−6匹(どの犬も大きくてけっこう獰猛で怖かった!)、ネコ数匹、羊がたくさん、ニワトリもたくさん、馬が2頭となぜかラマも10頭くらいいた。
ほぼ放し飼いに近いくらい、広大な敷地を自由に行き来してるラマに餌をやるために、丘をのぼっていくだけでもけっこうな運動になる毎日でした。 -
これはメインの家。
三度のごはんを食べたり、集まっておしゃべりしたりするのはこの建物で。ちなみに昼食ができると、広大な土地に散らばって作業をしてる家族を呼ぶために、テラスに置いてあったでかい「ドラ」をごいぃ〜ん、と鳴らしてました。(どこで買ってきたんだ!?)
これ以外にも、ロッジ風の小さな建物がいくつも建てられていて、それが個人の部屋になっていました。
こんな陸の孤島のような土地に、よくこんなに立派な建物をいくつも建てたよなあ、と関心。トイレはちゃんと水洗だし、熱いシャワーもちゃんと完備されてるの。
後から知ったことだけど、お父さんはずいぶん金持ちらしくて。だからこんな広い土地を買って、なおかつ僻地でも文明的な暮らしが営めるだけのインフラ整備ができたのだなあ、と。それを狙ってお母さんはこのお父さんと結婚したのではないか、というのが私の推測。 -
これが私の寝泊りしていた建物。
左側の部屋に大きなベッドが3つあって、息子の彼女と同部屋でした。(でも彼女はたいていこっそり息子の部屋に泊まっていたので私1人のことが多かった。)
ところでここにもサンドフライがいて、(前の記事参照:蚊を50倍くらい憎たらしくしたような害虫)肌が露出していると刺されるので、毎日顔の上にタオルをのせて寝ていたような気がする。
日中も、常にジャージの裾を靴下の中に入れて完全防備。ゴム長を履き、首にハンカチを巻いて作業をしていたあの頃の私の姿は、日本の友達には見せられないものでしたが、自分の中で何かが吹っ切れたすがすがしさがありました(笑)。 -
土地の一部。
写真の真ん中あたりに、小さく「ティピ」と呼ばれるアメリカンインディアン風のテントが立っています。(拡大したらかろうじて見えるかも)
近づいてみるとわりと大きなテントで、中にはベットや机もおいてあり、一番下の娘がたまにそこで寝ているようでした。
ここの3人の娘はどの子も超個性派だった。
一番下の彼女は長く伸ばしたプラチナブロンドの髪に、いつも床まであるような黒のロングスカートに黒いトップスでちょっとビジュアル系のアイメイクをしていました。
...こんな人里離れたところで、そんなお洒落して農作業してどうするんだい!? と思ったけど、ここしか着るところがないんだから...着たいものを着ればいいのか。 -
真ん中の娘は、わりと普通の感じだったけど着てるものがやっぱり変わってた。でも私が来てすぐ他の町に出かけていったので、あんまり会わなかった。
一番上のお姉ちゃんは、毎日すごくオリジナリティーあふれる洋服の着こなしをしてた。どこかで市販されているような洋服ではなくて、自分で布を巻いたり留めたりして、素敵とか変とかいうレベルを超えた「自分の世界」を確立してたなあ。
あるときは、明らかに「日本の風呂敷」を、スカーフ風に三角に折って腰に巻いてたり、頭に巻いてたりしたなあ。でもあれはちょっと変だったよ、やっぱ。
ちなみにこの写真はメインの家にある「娯楽室」のバーカウンター。アンティークのビアサーバー。使えるのかは不明。
娯楽室にはビリヤードとか、チェスとかがあった。テレビとビデオもあったけど、普段は使ってなかったみたい。唯一ビデオを見たのは、子供に「イエス誕生」かなんかのビデオを見せてたときだけだった。 -
そう、ここに来て何が一番カルチャーショックだったって、実はこのファミリー「めちゃめちゃ気合の入ったクリスチャン」だったのです...。
そんなこと何も知らずにここに来て(今思えばWWOOFの加盟ファーム一覧に「日曜日は安息の日」って書いてあったけどね)、いきなり食事の前に全員でお祈りを始められたときは、初めてのことだったのでとても驚きました。
部屋には聖書がいっぱい。なぜか日本語のものまであって、雨が降った日に
「今日は何をすればいい?」って聞いたら
「そうね、今日は聖書でもゆっくり読んでて」
って言われたときはちょっと困った(笑)。
読んでるふりはしてましたが、それまで宗教について何も学んだことのなかった私には理解不能でした...。 -
でもまあ典型的日本人の「なんちゃって仏教徒」な私は、みんなの真似をして食事の前の「お祈りするフリ」だとか「キリスト教を受け入れているフリ」をするのは容易いことでした。
おかげでファミリーには気に入られ、ずいぶんかわいがってもらっていたのですが...。
でもここの恐ろしさがたまーに垣間見れるようになり、ちょっと違和感を感じたり。
どういうことかというと、私の後に来たカップルのWWOOFER がイスラエル人=ユダヤ教徒で、一緒にお祈りしない彼らには明らかに冷たい!差別ですがな。
それとか、一度マオリの少年(16歳くらい)が何かのはずみで「神さまなんて知ったことか」みたいなことを口走ったら、お母さんがそれこそ鬼のような形相で「あなたは悪魔の側につくのですか!!それとも神の側につくのですか!?」と烈火のごとく怒り出したり。その質問がすでに怖い。
そんな姿を見ていたら、「ちょっとこの人達思想が偏ってて危ない...?」と思えてきてしまったのです。
この写真では優しいお母さんに見えるんだけどね。実際私にはすごーーーーく優しかったんだけどね。それがかえって怖いときもあるのですよ。 -
ところで、ここで食べるご飯はおいしかった。
町に買い物に行くのはそれこそ1−2週間に1度だから、家にはでっかい冷凍庫があって、いろんな食材が入ってた。
牛乳の代わりにスキムミルクのパウダーを使ってて、スキムミルクとハチミツをたっぷり入れた甘いミルクティーが結構好きになった。
朝ごはんは、Weetbax っていうNZでポピュラーな板状になったサクサクのシリアル。本来は牛乳をかけて食べるんだと思うけど、ここではブラウンシュガーとスキムミルクを振って、熱湯をかけてぐちゃぐちゃに混ぜてお粥状にして食べてました。
これがまた、コーヒーによくあって、けっこうハマってしまった私はその後のNZ一人旅中もよく食べてました。で、よく他の旅行者に「変な食べ方してるね!?」と驚かれた。
昼と夜は、いろいろ変化に富んだご飯が出てた。具沢山のスープとか、ローストポテトとか。娘はベジタリアンだったけど、他の人の分は肉も魚も出たし。 -
そういえば一度ここの犬が羊をかみ殺してしまったことがあり、息子がその羊を解体しているのを見たことがありました。
家畜をさばいているのを見るのは初めてだったけど、別に怖いとも気持ち悪いとも思わなかったので、私はベジタリアンにはならないだろうなあ、と思った。
娘達は、基本的にベジタリアンだけど、自分の家の家畜の肉なら食べるんだそう。神様が与えてくれたものだと考えるからなのかな。
そのときから、私は「ベジタリアンの人は、いつから、どうしてそういう主義になったんだろう?」ということに興味を持つようになって、その後いろんな人に話を聞いたりした。
理由は人それぞれだけど、私がひとつ思ったのは、NZでは牧畜がすごく身近で、子供達はそれがどうやって食肉になるかを知らざるをえないから、「そんなのかわいそう」という視点から肉を食べない主義になる人も多いんじゃないかなあ、ということ。
そのときの羊のお肉、おいしかったけどね。 -
このファミリー、音楽好きでいろんな楽器があった。しかもこれはプチスタジオ。なんと自分達で録音して作ったオリジナルCDまであった!ピアノ、ギター、ベース、サックス、ドラム...娘&息子はいつもギター片手に歌を歌ってた。テレビや仕事に邪魔されずに、自分達の時間を楽しんでる感じはかっこよかったなあ。
ここでの暮らしは、ほんとに初めてのことがたくさんで楽しかった!
天気がよければ海でカヤックもできるし(海がすごく透き通ってて、キレイなクラゲが周りにたくさん泳いでたのは幻想的だった〜!)、夜は山に野生の豚(イノシシ...?)の狩りについていったり(残念ながら私がいたときは成功しなかったけど)。
退屈なんて全然思わなかったし、私はこういう暮らしが結構性にあってるのかも、と知るきっかけになりました。 -
でもずっとここにいると、NZ一周する時間がなくなってしまうので、そろそろお別れ。結局2週間弱でしたが、すごおおおおおく密度の濃い体験&思い出をいっぱいもらいました。
最後の夜には、パーティーをしてくれて、みんなからの愛の溢れるメッセージ入りの聖書ももらいました。ひぇ〜(笑)。
もうずっと連絡してないけど、きっと今も同じように、あのきれいな場所でみんな幸せに暮らしてるんだろうなあ。
私が作りかけた花壇も完成してるんだろうな。
私もいつか、NZの片田舎で自給自足で暮らせたらいいなあ、と夢見るきっかけになったとっても大事な2週間でした。
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