2006/01/22 - 2006/01/22
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スナフキンさん
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伊勢別街道は、東海道関宿の東追分から、楠原、椋本、窪田の三宿を経て、津の江戸橋で伊勢街道に合流する街道です。京都方面から伊勢神宮への参詣の際によく利用されたようで、江戸時代には大変賑わったそうです。街道の総距離はおよそ四里ニ六町とのことなので、散策気分で街道を旅することにしました。
旅行行程:東海道・関〜楠原〜椋本〜窪田〜津・江戸橋
所要時間:13:15〜17:15
※参考資料 「みえ歴史街道ウォーキングマップ」三重県発行
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「関宿・東追分」
…東海道と伊勢別街道の分岐点です。ここから出発します。鳥居は伊勢神宮一の鳥居となるそうです。昔、ここから伊勢神宮へ向かう人たちは、この一の鳥居を見て、これからの旅路に胸高鳴らせたのでしょうか。(13:15) -
「鈴鹿川」
…東海道と関宿を後にして、伊勢別街道を進みます。すぐ、鈴鹿川を渡ります。橋上から鈴鹿の山なみを振り返ります。 -
「鈴鹿駅家跡」
…鈴鹿川を渡ると、旧道への入り口が見えます。旧街道らしい雰囲気のある入り口となっていて、ぐっと気分が盛り上がります。この場所は、旅人の便宜のために設けられた駅家跡だそうです。 -
「楠原宿?」
…関宿から歩くこと約30分。楠原宿に到着しました。(13:45) -
「楠原?」
…結構、古い家並みが続きます。 -
「楠原?」
…楠原宿のはずれにある明神社へ続く道。その昔、池の堤が大雨のたびに決壊するので、参宮の途中で親とはぐれて迷子になった少女を、その人柱にしたという伝説が残っているそうです。今では考えられないようなひどい話です。 -
「芸濃町資料館」
…楠原宿を過ぎ、街道を進むと小さな集落にありました。旧村役場の建物だったそうです。 -
「横山池」
…中縄という集落を過ぎたあたりにある大きなため池。このあたりは台地上にあるため、かつて津藩の事業として多額の費用を要して完成したそうです。そのおかげか現在ではあたり一面に田園風景が広がっています。 -
「椋本?」
…横山池を過ぎるとほどなく椋本宿に到着。椋本の地名の由来となった大きな椋の木です。街道からは少しはずれた場所にあります。(14:30) -
「椋本?」
…街道に戻って道標どおりにさんくう道を進みます。 -
「椋本?」
…約20軒ほどの旅籠があった椋本宿。今も宿屋を続けておられるようです。軒先には伊勢講の講札が掲げられていました。 -
「椋本?」
…ここ椋本には、歴史を感じさせてくれる建造物や町なみが多く残っています。 -
「椋本?」
…椋本宿の東のほうにある地蔵堂です。 -
「高野尾?」
…椋本宿からは車が多く往来する県道をまっすぐに進みます。30分ほど歩くと、高野尾という集落に到着。盆栽の養殖でしょうか? -
「高野尾?」
…歩きつかれたので高野尾の集落の中心付近にあるお寺で休憩します。(15:30) -
「窪田宿」
…このままのペースだと日が暮れてしまいそうです。地図を見るとこの先には見るべきものが少なそうでしたので、バスに乗り、次の宿場である窪田宿へ急ぎます。窪田宿の中央は県道が通っており、楠原宿、椋本宿ほど、昔の面影が残っていません。しかし、ところどころ、かつて宿場町であったことを窺うことのできる建物が残っています。(16:15) -
「窪田常夜燈」
…窪田宿の東端には大きな常夜燈があります。なんでも、近江国から鈴鹿峠を越え、運んできたものだそうです。本当は、伊勢神宮に寄進するつもりだったそうですが、ここで力尽きたそうです。 -
「窪田常夜燈の説明板」
…大変な苦労だったと想像できます。 -
「一身田寺内町」
…昔、地理を学習したときに必ずでてきた町です。真宗高田本山を中心とした寺内町です。(16:30) -
「安楽橋」
…寺内町は寺院を中心に濠や塀などを巡らせた自治都市で、ここ一身田はその濠がほぼ完全に残っています。その濠に架かる小さな橋を渡って寺内町に入ります。 -
「高田本山山門」
…立派な山門です。 -
「高田本山如来堂」
…御影堂は平成の大修理中でしたので、その隣にあった如来堂を。この建物も御影堂と同じく重文だそうです。 -
「高田本山門前」
…山門から門前を眺めます。 -
「門前町」
…門前らしく、仏具屋が多いですが、そのほかにも様々な商店が軒を連ねています。昔の面影を残す、雰囲気のある佇まいでした。 -
「江戸橋へ」
…晴天だった空も、日が傾くと雪がちらつきはじめました。ゆっくりと見物するには、寒すぎるので先を急ぐことにします。 -
「追分」
…一身田の寺内町から約30分。伊勢別街道のゴールとなる伊勢街道との追分に到着。 -
「江戸橋」
…ゴール地点のすぐ横にある江戸橋。江戸へ向かう津藩の藩主を見送るときは、ここまで見送ったことから名付けられた橋だそうです。伊勢神宮へ向かうには、この先伊勢街道を進むこととなりますが、今日はここまでとします。(16:15) -
「地酒」
…帰路、津駅で店主に勧められて買い求めた伊勢の地酒です。今夜はこれと鍋で、冷えきった体を温めようと思います。なかなかおいしいお酒でした。
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この旅行記へのコメント (3)
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- Ted@CiscoTours comさん 2006/05/23 14:34:56
- 窪田の常夜灯
- 忘れてました。
地元では、窪田の常夜灯は、ここまで運んできて荷車が壊れたときに「伊勢まではまだまだ遠い」と嘘をついて、ここに設置させたと言われています。
近江から鈴鹿峠を越えて来た道のりに比べたら、伊勢神宮までは直ぐそこなのに・・・・。
信義のほどは良くわかりませんが・・・。
Ted
- スナフキンさん からの返信 2006/05/23 15:41:29
- RE: 懐かしい&窪田の常夜灯
- Tedさんへ
ご訪問&カキコミありがとうございます。
まさに伊勢別街道沿道づくしの幼少期!?ですね。
以前、関から津まで、県道を車で走った際は、それが伊勢別街道に沿ったものであるとの認識がまったくなく、まして旧街道沿いに、こんなにも古くて情緒ある町並みが残っていることを知る由もありませんでした。
歴史街道好きな僕にとって、伊勢(現在の三重県北中部)は、趣きある旧街道が多く残っていて、大変好きな場所です。もっといろいろな街道を訪ねていきたいと考えていますので、upの際はまたご訪問いただけると嬉しく思います。
そして、窪田常夜燈についてのお話をありがとうございました。ともすれば歴史に埋もれてしまいそうな、地域にだけ伝わっているお話を、お聞きすることは大変貴重なことだと思います。
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- Ted@CiscoTours comさん 2006/05/23 14:29:50
- 懐かしいです
- フナフキンさん、伊勢別街道踏破お疲れ様です。
私は窪田の近くの山田井と言う集落で生まれ、窪田に有る大里小学校を卒業しました。椋本は母の在所でよく訪問したものです。中学校は当然一身田中学。途中から江戸橋の近くの三重大学の付属中学にも通っていました。
まるで私の昔の写真を見ている様でとても懐かしく感じます。
でも、伊勢別街道を一日で歩けるのですね。知りませんでした。
これからも、街道めぐり頑張ってください。
Ted
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