2006/01/17 - 2006/01/19
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enyasuさん
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2006年1月17日(火)、秋田から来られた方から“きりたんぽ”を頂きました。夕食時にはスープのおいしいミミサで旅行や仕事に関するいろいろな話を聞かせて頂きました。
私は2005年末から胃腸の調子が悪く、前日16日(月)には延辺大学医学院付属病院で血液検査と肝臓の検査を受けました。年末からの2週間で4キロぐらい体重が減りました。
この日結果がでて、大きな問題はないが、食べ過ぎ飲み過ぎに注意といわれたのですが、こうした状況下で頂いた“故郷の食べ物”は本当に私を励ましてくれました。
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秋田の方は1980年代から延辺に来られている方でした。私の御先祖は南部藩、その方は佐竹藩の秋田県人でした。
今回、身体の調子が悪くなった時に考えたことは、日本にいる両親や家族の将来のこと、そして自分の故郷である秋田のことでした。
延辺はポシェット経由で秋田と少なからず関係があるのですが、私はこのことを知った時なぜか嬉しく、秋田の為に何かできることはないかなあなどと思ったものでした。
今現在は定期航路という形で、船が運行しているわけではありませんが、近い将来この二つの地域が密接に結びつくことを期待しています。
ロシア・ポシェット航路と船会社については、旅行記『延吉 中国国際貿易促進委員会延辺支会 訪問 』を御覧になって下さい。
運航ルート:ポシェット港⇒秋田港⇒ポシェット港
運航形態:不定期
航路開設日:平成11年8月22日
船社:延辺現通海運集団有限公司
吉林省延吉市長白路2号
0433−508−3588/3599(TEL)
0433−222−4791(FAX)
日本総代理店:秋田海陸運送(株)
秋田市土崎港西2−5−9
018−845−0185(TEL)
018−845−4229(FAX) -
きりたんぽって食べたことありますか?
原材料はうるち米(あきたこまち米)です。
「きりたんぽ」の発祥は、大館・北鹿地方で、その昔、炭焼きや秋田杉の伐採のため山籠りした人たちが、山小屋で残り飯やおこげを練ってトリ鍋に入れたり、味噌を塗って食べたのが始まりと伝えられています。また一説には、マタギ(狩人)が食べ残りの握り飯を、獲物の鳥獣の鍋に入れて食べたことから生まれた料理ともいわれています。
「きりたんぽ」は大館ではごく普通の家庭料理です。各家庭で、母から子へと代々受け継がれてきたいわば「おふくろの味」なのです。また、客をもてなすために欠かせない料理でもあり、冠婚葬祭の際は、必ずといっていいほど出されるごちそうです。
秋も深まり新米の出回る時期になると、新米のきりたんぽと脂の乗った比内地鶏を味わう「たんぽ会」が市内いたるところで頻繁に催され、街はきりたんぽ一色になります。大館の人々にとってきりたんぽは生活から切り離せないものなのです。このような大館の風土が、昔のままのきりたんぽを現在に至るまで守り続けてきたのです。
〔秋田名物本場大館きりたんぽ協会HPより〕
大館は兄の生まれたところ、親戚もいます。私は神奈川で2歳から育ったので、本物の秋田県人とはいえないのかもしれませんが、両親からは秋田弁で教育を受けました。両親は神奈川に住んでからすでに40年以上になるのですが、定住してからずっと秋田の言葉(正確には鹿角弁?)で話していました。子供の頃は友達から両親の言葉がなんか変だと馬鹿にされるので、いっしょに行動するのが恥ずかしかったです。
今現在は両親が自分の故郷を誇りに思い、その言葉を使い続けていることに敬服しております。自分が生まれ育った言葉は大切にしないといけませんね。 -
家内は南国宮崎出身なので、きりたんぽに対し深い思い入れはないのですが、私にとっては冬になるとよく食べていた食材でしたし、異国の地で胃の調子をが悪くしなかなか眠れない日々が続く中、秋田のこととかをよく考えていましたので、このお土産は体力的にも精神的にも本当に私を励ましてくれたのでした。
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きりたんぽ鍋を食べたのは1月19日。
きりたんぽ鍋を食べる時には、ふつう比内地鶏もいっしょに食べます。しかし比内地鶏は延辺では当然食べられません。ですが、写真の比内地鶏の味をベースにしたスープのおかげで、おいしく食べることができました。
比内鶏について
比内鶏は純粋な日本地鶏でもあり、学術的にも価値が高いことから、昭和17年に 国の天然記念物に指定されました。(自由に食べることができなくなりました。)
また、比内鶏は古くから秋田県の北部、比内地方で飼育されてきたので、この名前がついたといわれています。性質は活発です。
多くの日本地鶏のなかにあって、ことさら美味であったため、 鹿児島の薩摩鶏や愛知の名古屋コーチンと並ぶ日本三大美味鶏のひとつ として天下にその名を知らしめるようになりました。
また、比内鶏は普通の鶏に比べて身体が小さく、食用にはあまり向いていなかったことから、昭和48年に秋田県畜産試験場が 比内鶏のオスとアメリカ原産のロードアイランドレッドのメスとをかけ合わせて一代雑種を生産し、これに「秋田比内地鶏」という名前をつけ、現在市場に流通させているのです。
〔秋田比内や株式会社HPより〕 -
秋田の方は縁があるのか、私の会社の同僚のお姉さんと古い友人でした。
初日(17日)に秋田の方が、
『enyasuさんの会社に実は知っている人がいるんです。元社員の人なんですが、ここ数年連絡が取れないのですが、誰かわかる人がいたら聞いてみてもらえませんか?酒飲み友達で・・・』
翌日(18日)私の前の席に座る同僚に聞いてみたところ、
『え、私の姉ですよ。』
世の中狭いものです。お姉さんは今日本にいます。
ということで、1月19日(木)午前には会社で秋田の方、同僚そして私と話をするようになりました。お姉さんもその再会を楽しみにしているようです(その秋田の人をかっこいい人と表現していました)。
私は今現在は食欲が出て、また延辺を紹介する旅行記をつくろうという気持ちでいっぱいです。これからはこれ以上太らないようにし、健康第一、無理な飲食はしないようにしようと思っているのですが、今回のおみやげ“秋田のきりたんぽ”はおかわりをしてしまいました。
秋田の方、本当にありがとうございました。またおもしろい話を聞かせてくださいね〜
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