2005/02/27 - 2005/03/02
1074位(同エリア1333件中)
soraさん
当初今回の旅行は父、祖父、祖父の兄の4人でツアーに参加と計画。
どうしても祖父の兄が海南島へ行ってみたいと前々から聞いていたので、それなら連れて行ってあげようと思ったのだが、
出発直前に祖父の入院、それを心配した叔父さんが風邪で寝込み
二人とも大事に至らなかったのでよかったが、すでに80歳以上の二人は体力の面で心配。結局今回は父と二人で旅立つことに。
だけど大きな思いを抱き出かけなければ行けなかった。
これは叔父さんが私だけに話した言葉である。
戦争中、海軍にいた叔父は海南島へも数ヶ月滞在した。
以前より戦時中の海南島の話をいろいろ聞かせてくれていたが、
叔父の本当の目的は「謝罪」だった。
若かったころは戦争のことなど思い出さずに必死に毎日を暮らしていた。だけど80を過ぎたころより「あの頃のことを」よく夢に見る。
叔父は苦しんでいたのだ。戦時中の残虐な行動を思い出し。
戦時中上の人から命令されたら、
戦争の最中はそれが当たり前だったのに。
今思うと…と。
現地で謝罪の気持ちを伝えたかったのだろう。
私はこの叔父の気持ちを心に中国の沖縄と称される「海南島」へ旅立った。
-
到着した海南島は私の想像していた中国とは違った。
そういえば、今回がはじめての中国上陸だ。
いきなり島だけど…。
かなり大きな島だ。そしてかなり都会だ。
ただネオンの色はアジアの雰囲気だった。 -
観光1日目今日は市内観光。
道路脇の椰子の木が南国を感じさせる。
整然とした都会のようだ。
多くの自動車工業がこの島に工場を持っていると聞いた。
沖縄くらいに温かいと聞いていたのに寒い。
着てきたコートが手放せない。 -
高層マンションの建設ラッシュ。
中国は今バブルだそうだ。 -
観光第一日目。
朝から海口市内の見学へ。
まずは「五公祠」へ。
ここは昔流刑になった唐、宋時代の5人の政治家を祀っている。
流刑いわば島流しになったが海南島で偉業を遂げた人たちだと思います。当時は理解していましたがすっかり忘れ気味。 -
やっぱり忘れてしまいましたが、青銅の鐘。
刻まれた文字の意味はわからなくともすばらしい技術だと思います。
石に彫った書もありましたが、さすが中国の人は漢字がうまいです。 -
「五公祠」が描かれた壁絵。
とてもよいことが書いてあった気がします。
すみません。 -
次に訪れたのは「海瑞墓」。
明代の政治家『海瑞』の墓。
政治をおろそかにしていた皇帝を諌め一度は投獄されたが、再度本土の各地でも登用された方。
人民に尽くし民に「海青天」と呼ばれ慕われていた政治家。
「海青天」なんて素敵な呼び名ですよね。 -
楼閣の各所には物語が描かれておりとっても美しくもあり中国らしい気がした。
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「楼閣」なかなか素晴らしい
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海口市内の見学が終わり一路リゾート地の三亜方面へ向かう。途中昼食を食べる。
四川料理を食べた。それにしてもツアーに組み込まれている食事のためかコースだ。うれしいくらいの量だ。
とても二人じゃ食べきれない。 -
3日目(観光2日目)。
朝より三亜市の丘にある「鹿回頭公園」へ向かった。
丘の上で三亜市内を一望できる。 -
ここは愛の伝説の地です。
青年の猟師が鹿を追いこの岬に追い詰めた時、振り向きざまに美しい娘に姿を変え、二人は長年この海辺で暮らしたそうです。
海南島は『愛の島』なのです。
『愛』 -
この赤い紐のようなものは絵馬みたいなもので、願い事を書き込み木にぶら下げるのです。
やっぱり『愛』を祈りました!!
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この旅行記へのコメント (1)
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- soraさん 2005/12/31 11:56:29
- 写真の追加はのちほど
- 写真の整理が終わっておらず、とりあえずデジカメ写真だけです。
のちほど写真、旅行記も追加します。
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