1989/02/27 - 1989/02/28
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ittsuan123jpさん
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スペインのアルヘシラスからフェリーに乗ってジブラルタル海峡を渡りアフリカの地に立つ。
海の青さが気持ちいい。
船上では、旅の友との再会など楽しいことがあった。
しかし、タンジェには恐ろしい敵が待っていたのだった。
私はその罠にまんまとはまってしまったのだ。(トラブルその3)
モロッコ警察も助けには来てくれない。
過去最悪の旅行でのトラブルだ。
※Yahoo掲示板 モロッコ MARCO MOROCCOのトピ主Mohamedさん曰く、1989当時のモロッコ旅行事情はとても悪かったそうでよく騙される観光客が多かったらしい。
スペインでやられて、またモロッコでやられるとは情けない。
しかもモロッコ国内だけで3つのトラブルだ。
まあ、1つずつゆっくり行きましょう。
-
マドリードから夜行に乗ってアルヘシラスへ
この列車に乗ってやって来ました。
アルヘシラスの駅で -
フェリーに乗り換え、アフリカ大陸に向けアルヘシラスを出港。
-
船上からスペイン側を振り返って
-
船上であった人達と
後列左から2人目 バルセロナであったH瀬くんと再会
私がモロッコに行く予定だと話したら彼も行きたくなったらしく、たまたま同じ船で再会。
後列右から2人目 あのW大ラグビー部の○○くん
この旅のためにスペイン語を勉強してきた。
すごいねえ。でもフランス語の方が役立ったんじゃないだろうか?
私の隣はモロッコ人の方です。 -
この方は優しくて、いろいろモロッコのことを教えてくれました。
話の記念に写真をお願いしたら、普段着ている民族服(ジュラバ)をまとってくれました。 -
船尾にはスペイン国旗がたなびいている。
手に持っているのはH瀬くんからもらったおにぎりだ。
こんなところで日本の味を楽しめるなんてうれしいね。
H瀬くん、ありがとう!
日本を出てまだ1週間もたっていないのに、無性に懐かしい味に感じました。
そう言えば、旅に出てからお米を食べていなかったな。 -
ついにアフリカ大陸が目の前に!
大げさだな。
でも、やっぱり感動しますね。 -
船上から見たタンジェの街
タンジェ(タンジール)に着
2人の日本人はタンジェ泊なのでここでお別れだ。
(私にはここでゆっくりしている時間はない。)
すぐさま船を下りて駅へ向かう。
カサブランカ行き列車がすでに出発を待っている。
切符を手にしてホームへ出るが、モロッコ人が何人もうるさいくらいについてくる。
「おまえの席はどこだ。案内してやるぞ。」
「ホテル知ってるぞ。紹介しようか。」
「何か欲しい物はないか?」
全てはねのけようとするが、しつこいやつMがいる。
I 「席は自分で探せる。必要ない。」
M 「わかった、席の番号だけ教えろ。」
I 「金は払わないぜ」
M 「いいよ、どこの席だ?」
I 「○○の○だ。」
M 「ついて来い。案内するぜ。」
仕方なくついて行くと、すぐに席まで着けた。
するとやっぱり金を要求してきた。
I 「『いいよ』って言ったよな。」
M 「まあいいじゃないか。早く着けただろ」
ここで負けてはいけないのだが、確かに迷わず着けたので、小銭だけ渡す。
M 「グラッシアス」
I 「もう俺のところには来るな。他をねらえよ。」
モロッコの列車もコンパートメントだ。
割ときれいだね。
部屋にはすでに2人の男がいた。
こらからこの悪魔のような奴らにはめられるとはまだ気付いていない。 -
不思議な写真ですね。
でも意味があるんです。以下を読んでみて
コンパートメントで出会った2人と話し始める。
背の高い体育会系の男Nと背が低く文化系(自称フランス美術大学生)のQだ。
Q 「香港から来たのか?」
I 「いいや、日本だ。」
Q 「どこへ行くんだ?」
I 「まずはカサブランカへ、それからマラケシュだ。できたらカスバにも行ってみたい。」
Q 「そうか、でも明日から店は全てお休みだぞ。」
I 「えっ、そんなバカな。」
N 「いいや、明日からほとんどの店が閉まるよ。モロッコ人の休息日になるんだ。」
I 「そんな話知らないぞ。」
Q 「ガイドブックには載ってないよ。でも次の町で大きなフェスティバルがあって、そこでは買い物もできるぞ。」
N 「俺たちはその祭に行くんだ。おまえも行きたいか?」
I 「そうだなあ、行ってもいいが、どうしよう?」
Q 「迷ってるなら行ってみろ。後悔しないぜ。」
I 「よし、行ってみるか。」
ということで次の駅で降りる。
小さな駅だ。
最悪の事態が音も立てずに始まった。
こんな小さな町で大きな祭?と不安を感じる。
タクシーに乗って町中へ。
古いけどベンツだ。初めて乗ったぜ。
Q 「宿を決めよう。紹介するぜ。」
I 「よろしく。」
タクシー代は彼らもちだ。
着いたところは看板もない。
どう見ても普通の民家だ。
I 「ここホテルなのか?」
N 「ああ、ゲストハウスだ。」
Q 「お茶でも飲みに行こう。」
バックパックを部屋に置き、モロッコ風喫茶店に行った。
これが実は大きな失敗だ。
町は迷路みたいな町だ。
同じような家が多くて、自分一人ではあの民家ゲストハウス?にもどれそうにない。
喫茶店(日本の喫茶店を想像しないでね)でミントティーをご馳走になる。
ホットでもグラスで飲む。
グラスの中にはミントの葉がいっぱいだ。
そこに砂糖もいっぱい入れる。
ヨーロッパに比べるとここは温かい。それでもホットだが美味しい。
Qといっしょの写真をNに撮ってもらう。
グラスを合わせて「チンチン!(フランス語の乾杯)」
あれ、Nのカメラの向きおかしいなあ、これでしっかり撮れてるのか?
※これには意味があった。
帰国してプリントしてなるほどだ。
これなら面がわれないぜ。
こいつらはある意味プロだ。 -
日本は日出ずる国
モロッコは日沈む国
これはモロッコではサンセットを見なければ。
「大西洋に沈む夕日を見たいぞ」とリクエストをした。すると彼らは海の見える丘へ連れて行ってくれた。
写真はそこにあった砲台と -
大西洋に沈む夕日
このサンセットを見てるときは「なんてついているんだろう。モロッコに来てよかったなあ。」と本気で思っていた。(今でも訪れたことについてはちっとも後悔していないが) -
次に行ったのが絨毯屋だ。
ここの主人も若いやつで、4人で大爆笑になるくらい話が盛り上がる。
I 「ところで祭はどうなった?」
Q 「えっ、何それ。」
またやられた!と思ったが、話があまりに楽しいので「まっ、いいか」とあきらめた。
Q 「おい、この店の絨毯はいいぞ。何か欲しいやつはないか。」
I 「今はまだ来たばかりだから買い物はしないよ。」
N 「この革ジャンなんかいいぞ。ほら見てみろ。」
ライターの炎を革ジャンにあてる。
N 「ほら何ともないだろ。これが本物の証拠だぜ。」
いかにもうさん臭い売り方だ。
そして次から次へ絨毯や民族衣装まで見せてくる。
Q 「ほら、いい物だぞ。 買わなきゃ損だ。」
I 「確かにいい物だな。でもいらない。」
そのうちに、2人の目つきががらりと変わってくる。
NとQ 「おまえはバカか、いい物を見るだけで買わないのか? 本当におまえはバカだ。」
さっきまでの態度と大違いでけなすはけなす。
そのうちに2人でパンチや蹴りまで出す勢いだ。
しかもNは体も大きく空手をやっている。
私の胸に一発突きをしてきやがった。
やばい!
対抗して殴り返すのは危険だが、逃げることならできそうだ。
しかし、ここで逃げたら迷路の町でバックパックを取り戻せないぞ。
何か買わないと、民家ゲストハウスに戻れないのか?
高知の事件に次ぐ危機を迎えた。
不思議と絨毯屋の主人は傍観していて手を出さない。(悪党はこの2人か。)
ここで病院送りにされるのもいやだし、バックパックを失うのはもっとイヤだ。
仕方なく値切り作戦に出る。
「しょうがない。絨毯買うよ。この安そうなのでいいや。」
甘かった。彼らはこの「買うよ」という言葉を待っていた。
無理矢理いろいろ買えと言ってくる。
絨毯、民族衣装、ベルベル靴、革ジャンの4点セットだ。
最初言ってきた値段は日本円で200万円を越えていた。
モロッコに着いたばかりで買ったのは列車の切符だけだったので、換金レートをまだしっかり覚えていなかった。
そこが彼らのねらい目なのだろう。
I 「ふざけるな、そんな値段で買えるか。」
Q 「これが普通の値段だ。」
I 「いいや俺が見たガイドブックでは1ディラハム=○○ドルだから、信じられないくらい高すぎる。」
Q 「おまえのガイドブックは間違っている。それは昔のレートだ。」
そんなことまで言う始末だ。
I 「俺はガイドブックを見て確かめるまで買わない。ゲストハウス?へ連れて行け。」
このひと言で少しだけ立場は逆転した。
I 「何と言おうとゲストハウス?に戻るまでは買わないぜ。」
Q 「しょうがない戻ろう。」
ようやくあの民家ゲストハウスに戻れた。
地球の歩き方で確かめるがやはりレートは私の言ったとおりだ。
I 「おい、おまえら嘘つきやがったな。」
NとQ 「あれ、そうか? おまえのガイドブックが古いんだ。」と、とぼける。
N 「でも、買うと言ったんだから買えよ。」
再び脅し始める。
よーしバックパックは戻った。逃げるぞ!と思ったができない。
それはなぜか?
バックパックが重すぎて走って逃げ切れそうにない。
3月なので夏に比べて衣類が多く、荷物が重い。
これじゃぁ、走って逃げてもすぐに追いつかれてボコボコにされちまう。
仕方なく、再び値切り勝負だ。
値切りに値切るが限界があった。
結局数万円取られることになった。
カードを持っていることがばれたので、カード払いにさせられた。
(確かにキャッシュでこんなに持ってない)
しかし、あなどれない。
奴らは、失敗したふりをしてもう1枚請求書?を作り始めた。
これにサインして後から「0」を増やされたらかなわん。
しっかり目の前で破り捨てるのを確認した。
実は今までカードを使ったことがなかったのでますます怖かった。
とりあえす、生涯初の強奪?ショッピングは終わった。
N 「明日、列車に乗るんだろ。迎えに来てやるよ。」
I 「あー、そうかい。」
「2度と俺に近寄るな!」とは言いたくても言えなかった。
2人が帰り、部屋には静寂と安堵と後悔が残った。
しばらくして、民家ゲストハウスのお母さんが食事を持ってきてくれた。
優しそうなお母さんだが、安心できない。
あの体験の後で、私はこの食事を気持ちよく食べることができなかった。
もしかしたら、睡眠薬が入っているかもしれない。
そうなったら、明日の朝、裸で見知らぬ道端に横たわっている自分に気付くことになるかもしれない。
それだけは避けたい。
料理はモロッコの料理タジンのようだったと思う。
見た目にもおいしそうだ。
腹減ってて食いたい。
でも食ってはいけない。
食いたい。
いけない。
この繰り返しだ。あ〜どうしよう!
当然テレビもラジオもない部屋で、明日どうしようか考えながら、寝るのも怖くて起きていた。
空腹も限界だ。
ついにタジンの中のミートボールのようなものを1個つかんで口に運んだ。
「けっこうおいしいぜ。」
でも、待て。 おいしいからなお怖い。
この1個で我慢しよう。
1個だけなら睡眠薬も効かないだろう、などと勝手に都合良く決め込んだ。
ひと晩寝ないで朝をまとうかとも考えたが、なんとかなるさと思いベッドに入った。
※もうこうなったら騙され記念写真を撮ってやれと思って撮った写真
写真の絨毯、革ジャン、ベルベル靴がそれです。
民族衣装のジュラバは写ってませんがゼブラ模様でした。
悔しさの極みの状態でした。 -
民家ゲストハウスで飼っていた犬
翌朝は目覚まし時計とアザーンの放送で目を覚ました。まだ外は暗かったが、朝日が昇り始めていた。
初めて聴くアザーンのメロディー?にアラブの国に来ていることを実感した。
しかし、ゆっくりはしていられない。
奴らと2度と会わないように一刻も早くこの町を脱出しなければいけない。 -
民家ゲストハウスの息子(7,8歳くらい)に英語とジェスチャーで必死にバス乗り場へ連れて行ってもらうよう頼んだ。
英語はほとんど分かってもらえてなかっただろう。
しかし、何とか通じたようでバス乗り場に連れて行ってもらえた。
「ありがとうよ、これは駄賃だ。」と小遣い程度のお金をあげた。
日本円だと30円くらいだけれどモロッコの子どもには多すぎたかもしれない。(いくらぐらいが良いのかまだわかっていない)
バスに乗り、駅へと向かう。
これで終わったとほっとすると、バスの窓からNの姿が見えた。
「あいつ本当に俺を送りに来たのだろうか? それとも、また・・・?」
それは結局分からなかった。
昨夜、これからの旅についてかなり考えた。
モロッコの旅を続けようか?ヨーロッパに帰ろうか?
答えは前者だ。人生山あり谷あり。苦しいこともあれば楽しいことも待っているさ。
私の乗った列車は北ではなく南へと向かった。
ちなみにこの体験とそっくりのお話は、当時の「地球の歩き方」モロッコ編にも載っていて旅行者に注意を促していた。
私も旅行出発前にそれを読んだのだが、すっかり忘れていた。 愚かなり。
現在のモロッコのことはよく知りませんが、いろいろな情報を知る限りではこの頃ほどひどい奴らはいないようで、もっと安全に旅ができるようです。
でもみなさんも用心を忘れずに。
愚かな私は、この後まだ2つのトラブルに見舞われた。
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