2005/08/09 - 2005/08/10
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night-train298さん
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8月9日火)
05:30 Salamanca → 16:00 el Cubo de la Tierra del vino ( 35,3?)
/ Albergue 泊
今日はイサベル、ペドロ、ぺぺ、アントニオとミカさん、私の6人で出発だ。
朝方は寒かったが、9時を過ぎる頃にはだんだん暑くなってきた。
ここはすでにカスティーリャ・イ・レオン地方に入っていた。
去年の道の中でも一番長い距離を歩いた地方だった。 今年も、この地方を歩く。なんとなく馴染みもあり、とても心地いい。
景色も似ている。なつかしさも混じって私はこの地方が好きだった。
今日は35km。最近は比較的短い距離を歩いていたのでビビっていたが、三回ほどゆっくり休んで思ったより楽だった。
多分気候が良くなったからということと、この地方の広々とした景色に、気が紛れるのであろう。
緩やかな丘が続き、山も少ないから、次の町まで直線で繋がれているため、町が見えてから真っすぐに早く着くような気がするのだ。
誰かが言っていた。Salamanca を過ぎると楽になるよと。
ただ、最後の車道は長く感じられた。
同じ距離でもアスファルトの照り返し、足に響く無機質な堅さのせいなのか。
また最初に入ったバルにペドロ、ぺぺ、アントニオ、そして若い男の子がいた。 私とミカさんは、特大ビールを飲み、一緒にアルベルゲへ向かう。
アルベルゲは小さな教会に併設されていた。 ふた部屋あって、一部屋はぺぺ、ペドロ、アントニオ、若いお兄さんがすでに入っていたので、別 の部屋に入る。
その部屋にベッドは4つ。そのうち一つが二段ベッドだった。 後で、おじいさんも隣の部屋に入り、完全にとなりは男性の部屋になった。
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細〜い道・・・
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ひまわり畑
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夕方イサベルが来た。彼女は一昨日から一緒の友達と今日も落ち合って、次の街、サモラで遊んできたそうだ。(ここまで歩いて、車で迎えにきてもらった。)まだその友達は外で彼女を待っている。今日のディナーを一緒に食べてお別 れするらしい。
イサベルは部屋に入ってきて、
「私はどこに寝たらいいかしら?」
と聞いてきた。 ミカさんと私はイサベルが来るのはわかっていたので、最初から、このベッドはイサベル女王様のだよね!と言っていたベッドがあった。ひときわ高さのあるベッドだった。
「This is for you!]
と、ふたりで隣のベッドを指差す。
バルで夕食を済ませ、アルベルゲに帰って来た頃、イサベルも部屋に戻ってきた。
となりのベッドのイサベルと、おしゃべりしながら眠りにつく。
「ねぇ、イサベル、ペドロたちとは気が合いそう?」
私はちょっぴり不安だった。ペドロとイサベルが仲良くなれるかどうか。 私自身はペドロもぺぺも嫌いではなかったが、ペドロの神経質そうに見えて、ちょっとだけ無神経なところが、イサベルの気をそこねないか心配だった。
イサベルは
「最初はあまり話をしなかったのだけど、今日はずっと一緒に歩いているうちに話をして、いい人だと思ったわ。」
良かった!
こうしてまた仲間が少しづつ増えていった。
どんなきっかけだったかは忘れたが、話が個人的な話題となった。
彼女には15年つきあっている彼氏がおり、二年前にイサベルが別の人を好きになって、それまで一緒に住んでいたのだが別 れていた。
この旅でSantiagoに着いたら、またその彼とやり直したいのだと言う。
彼女はいつも、目的地につくと、電話とメールをはじめる。いつも電話から手を離さない。そんな相手の一人はその彼なのだろう。
そしてこう言った。
「Fuenterroble de Salvatierra(ペドロとペペに初めて会った場所。)にあなたたちは泊まったかしら?たぶん私はあなたたちの一日前に泊まったのだと思うけど。あそこの神父様のことを、本で読んで前々から知っていたの。彼に会うことをとても楽しみにしていたのだけど、ちょうど出張中で会えなかったの。 すばらしいアルベルゲだったわね。その日はとても疲れていたはずなのだけど、不思議なことに、急にアルベルゲの掃除をし始めたの。キッチンは徹底的にやったわ。すべてを元に戻し、たわしで磨いて。バスルームまでは手が回らなかったけど、トイレットペーパーを、たくさん買っておいたわ。そして夜の12時にイワンとホアンペが来たのだけど、二人のためにパスタを作ってあげたのよ。自分でもなぜそんなに動けるのか信じられなかったわ。何か見えない力が私を動かすの。」
なるほど、キッチンはとても片付いて、清潔だったし、トイレットペーパーが大量 に積んであった。
「私はね、またそこを訪れて神父様とゆっくり話をしてみたいの。」
私が彼に会ったこと、そしてとても心の広い包容力のある人だったことを話した。 私もいつかまたここを訪れたいと思った。 -
私たちのおしゃべりも静まって、眠りにつこうとする頃、外は子供の遊ぶ声や、大人のおしゃべりの声が聞こえていた。
にぎやかだった。 なかなか眠れないでいると、今度は楽しい楽隊がやってきた。
そしてアルベルゲに入ってきた。
イワンとホアンペだった。
今日はどこからやってきたのだろうか。
イサベルが出ていって、二人を部屋に案内する。
暗い部屋のなか、私たちに気を使い、静かに寝どころを確保していた。
二段ベッドの上はイアン。イサベルのベッドを私のベッドに寄せて場所を作り、そこにホアンペが寝ることになった。 -
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今日はバルで軽く・・・
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8月10日(水)
05:30 el Cubo de la Tierra del vino → 18:30 Roales del pan ( 38,0?)
(Zamora通過 )
/Albergue 泊
5時半に出発する。
イアンたちはまだゆっくりしてから出るようだった。早朝なのに私たちを見て、クスクス笑っている。
今日はイサベル、ペドロ、ぺぺ、アントニオ、おじいちゃん、若い男の子、ミカさんと私。けっこうな団体になっていた。
みんなで揃って出発。
真っ暗い中、道はかなりボコボコしていて歩きにくかった。 -
しばらく行くと、雨が降ってきた。
雨が本格的になってきたので、一斉にみんなでリュックを置いて、雨支度をする。
明日は雨が降るかもしれないから、雨具をすぐに取り出せるようにしておいてねと、 昨日の夜からイサベルに言われていたおかげで、守備よくポンチョを取り出すことができた。
その時に気がついたのだが、リュックの中身が少ないような気がした。
若い男の子は、買ったばかりのポンチョを初めて着るようで、みんなに手伝ってもらって着ていた。
全員ポンチョ姿になり出発。
だんだん薄明るくなってきたので、私とミカさんはスピードを落とし、マイペースで進む。 -
雨の中、 一つ目の村に着いた時には朝まだ早かったので、開いていないのではないかと心配したが、一軒オープンしているバルがあった。
ここにみんなが揃っていた。
雨の中を歩くのは疲れるものである。 私たちはみんなが出て行った後もゆっくりしてからバルを出た。
バルを出る頃には雨も小降りになっていた。
ぬかるみの中に、先に歩いている仲間達の足跡を見つけ、苦労して歩いている様子がうかがえた。
ここから約20kmは村も町も、何もない地域を歩くことになったが、幸い涼しかったので、スムーズに進んだ。 -
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Zamoraには2時に着いた。 ここも『銀の道』の要所の一つである。
川沿いに歩きながら、 Zamoraの街がどんどん姿を現してきた。
そして橋を渡って街の中へ。
この街の名前は知らなかったが、あらためてゆっくり訪れてもいい。静かでありながら、見どころの多い古い街だった。
本当はここが今日の目的地のはずだったが、その先まで来るように指令が出ていた。ここにはアルベルゲがないからだ。
なのでここでは街全体をながめ、広場のバルで軽食を食べてのんびりし、次の町に向かうことになった。 -
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この川の向こうが・・・
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今日は合計38km歩くことになる。涼しいので助かったが、長丁場のつもりで望んだ。
ここからは車道を歩く。本当は道を間違えたのだが、この方が近道であり、ほかのみんなもこの道を通 ったと後で聞いた。
彼等は私達よりも、よく道を間違えたり、遠回りしていたようだった。
目的地Roales del pan に着いた時には6時を過ぎていた。
歩いていると、イサベルを見つけた。相変わらず電話中だった。
一緒に連れていってもらった先は、アルベルゲではなく、公民館だった。
ステージのような台が並べてあり、そのうえにマットを敷き、寝袋を出す。
今日は長い歩きだったので、柔らかいマットの上でゆっくり眠りたかったのに・・・。
おじいちゃんと、若者はZamoraに留まることになり、あとの4人が到着していた。
その後で珍しい巡礼者が来た。チェコから来た女性が二人。 -
昼から気になっていたことがあった。 朝ポンチョを出した時、リュックの中身が少ない気がしていた。 休憩の時に見ると、どうやら圧縮袋に入れて固くなっていたフリースの上着がないのだ。
ここで もう一度全部出して調べてみよう。 台の上に荷物を並べてみる。
ない!やっぱりない!
今のところはまだフリースは必要がなかったので、一度も着ていない。
しかしもうすぐ必要になるのは歴然としていた。
せめてガリシア地方に入る前に手にいれなければならない。 そのフリースは全く惜しいものではない。しかし、軽くて暖かい服をこんな暑い場所で購入するのは至難の業なのだ。 小さな町には洋品店すらない。
次の大きな町は、ずっと先、Santiagoから100km程度手前のオウレンセだとイサベルが言う。 寒がりの私にとって、これは重大事なのであった。いくら頑張っても手に入らないものだから困るのである。
いったいどこに置いてきたのか。毎日確認はしてていたので、おそらく昨日泊まったアルベルゲだろう。 ホアンペのためにベッドを動かした時、リュックが倒れた。その時しか考えられない。
どうして私はこんなに不注意なのだろう。ベッドの下をチェックするべきだった。
ほんの1%以下の望みとして、イワン&ホアンペが気が付いて持ってきてはくれまいか。
いや、ベッドの下に入っているだろうからそれはありえないことだった。 -
イサベルとアントニオで食事に行くことになった。あまりお腹がすいていなかったので、軽いものにしたかった。 ラザニアがあったので、ミカさんとサラダもとって、半分づつ食べることにした。これが意外とおいしかった。
食事をしながら、 アントニオは94年にフランス道を歩いたのだと聞いた。
その年だ、私が初めてSantiagoに行ったのは。
あのときは巡礼者の数はかなり少なかったはずだ。私が行った時には10名以下の巡礼者しか会わなかった。 その頃と今はたった10年しかたっていないのに、とても状況が違うと思う。
聞いてみたいことがたくさんあった。イサベルに通訳をしてもらい、
「その時(94年)のことを聞きたいんだけど、私は去年あの道を歩いた時に、とても不思議な感覚があったの。すべてのことが神様から守られているような・・・。歩いているだけで幸せな気分になるような・・・。そんな経験はした?」
「歩いている間は何も感じなかったな。でも、歩き終わった後に考え方や生き方が変わったな。」
イサベルは 私に向かって、
「私は去年、あなたと全く同じことを感じたわ。」
私の疑問は、この『銀の道』にもそんな神秘があるのだろうかということだったが、そのときはそこまで話は進まなかった。 -
アルベルゲに戻ると、さっきとは一変していた。
大変なことになっていた。
村の人々が集まって、ダンスのレッスンをしているではないか。
大きな音で音楽をかけ、一人のインストラクターの若い女性を手本に、子供から大人まで踊っている。 ペドロとアントニオも踊っている。ミカさんもちょこっと踊って戻ってきた。
11時までそれは続き、片づけが終わって静かになったのは12時だった。
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