2005/08/05 - 2005/08/06
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night-train298さん
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8月5日(金)
06:30 Aldanueva del Camino → 15:30 Calzada de Bejar (21.7km)
/ Albergue 泊
今日は出発から9,2km地点に、Banos de Montayor とい村がある。
頭にBanosとつくくらいなので『温泉』があるのだ。
この場所は前々からフランがとても楽しみにしていた場所である。
もしかしたらここに来ているかもしれなかった。痛めた足にもいいだろう。
昨日出会ったイワンとホワンペも、夕べはこの村に泊まると言っていた。
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村に着くと大きなバルがあった。
看板にチューレリアと書いてある。これこそ私たちが先日食べそびれた、チュロスのあるバルではないか。
中から出てきた人がたくさんのチュロスを持っている。地元の人もここに買いに来るようだった。
中に入るとおじさんがチュロスを揚げている。丸く渦を巻くようにドーナッツの生地を油に流し込む。
揚げたてのチュロスを買ってコーヒーを注文した。
カウンターで食べていると、そこへイワンがやってきた。
昨日は朝まで村の人たちと話しこんで、今朝食を食べるらしい。
一緒に外で飲もうと誘われ出ていくと、ホアンペもいた。
昨夜は教会の裏で寝たんだよと言う。 近くをおじさんが通りがかると話を交わしている。このおじさんも朝まで話をしていた人の一人だと言う。
温泉は2か所あるけれど、どちらも私営のもので一見さんが入れる雰囲気ではないということだった。
二人はA4のノートにそれぞれ日記をつけている。そこには文章もあればイラストもある。アルベルゲのスタンプも押してあり、クレデンシャルは持っていないようだった。
そこに日本語でポエムを書いてほしいと頼まれ、Caminoにふさわしい短い文章を書いたり、名前を漢字に置き換えて書いてみたり・・・。
イワンは私の名前が覚えられない。どこかで覚えていたらしいHiroshiという名前としばしば間違えるのである。
ホアンペは人が良く、終始ニコニコしていて、優しそうな青年だった。
二人は去年イタリアを40日間かけて北から南まですべて野宿をして回ったのだと言う。
聞けばイアンはパキと同じく教員の試験を受けているということで、大学に行きながら、掃除の仕事をしているという。
その試験は難しいのよねと言うと、知っているの?と言われたので、私の友達(パキ)も受けているのと話した。
ホアンペは教員試験よりは簡易な講師になるための勉強をしているという。
二人は合気道の道場で知り合い、イアンは今もずっと合気道をしているので、日本に憧れが強いらしく、逆にこちらに作法を教えてくれる。
自分の先生は、スペイン人なのに畳の上で生活し、何もかも、日本式の暮らしをしているのだという。
そして二人と別の友達の3人が写っている写真をくれ、裏にはメッセージまで書き込んでくれた。
そして笛を聴かせてくれ、デジカメのムービーにメッセージを入れてくれた。
二人はめちゃくちゃテンションが高い。気が付いたら2時間も話し込んでしまった。 -
チュロス作り
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一緒に歩き出すが、いきなり登りで歩調が違うし、暑くなってきていたので大変だった。
その道はローマ時代の石畳であった。
しばらく一緒に歩いた後、先に行ってもらった。 -
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ミカさんとゆっくり歩いていくと、笛の音が聞こえてきた。
橋の欄干で二人が休憩をしていたのだった。
下には川が流れている。またここに足をつけよう。 私は水さえあれば足をつけることが一番気持ちがいいし、足のためにもいいことがわかっていたので、積極的に足をつけた。
イアン&ホアンペは橋の上でずっと笛を吹いている。
それを聴きながらとても気持ちの良い休憩だった。
二人が歩き始めた頃もまだ私たちはゆっくり休んでいた。 -
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今日の目的地はCalzada de Bejar だった。
ここのアルベルゲに着くと、またイワン&ホアンペがいて、二人はこれから出発するところだった。
ここは私営のアルベルゲで、おばさんがふたりいた。今までアルベルゲに管理人がいなかったので、ちょっとうれしかった。
イアンは私たちに通訳してくれ、部屋の値段を教えてくれる。三段回に別わかれていて一番安い部屋を選んだ。
イアン&ホアンペはおばさんたちとすっかり仲良くなっていたようで、みんなに見送られながら賑やかに今夜の目的地に向かっていった。
値段の違いはベッドにあった。 安いものは古いらしい。でも、みかけは全くわからない。しかし実際は、スプリングがイカレていた。他に燗しては、シャワールームはきれいだし、リビングのスペースもあり、心地良かった。 -
今日のアルベルゲ
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今日も桶をに水をため、外で日記を書きながら椅子に座る。
庭の水なので、長いホースが太陽によって暖められていて、熱湯に近いお湯が出てきた。少しの間水を出し、やっと水らしい冷たさにして桶を満たす。
庭には洗濯スペースがあり、後からきた自転車おじさん三人が代わりばんこに洗濯をはじめる。 40代か50代だろうか。みんな明るくて楽しい人たち。バルセロナから来たという。
その中で一人だけSevilla出身(バルセロナ在住)のおじさんがいて、熊のように毛むくじゃら。他の仲間が、彼はサンチョ・パンサだよと言って笑わせてくれる。
夕食はアルベルゲで頼めば作ってくれると言うことでお願いした。
メニューでサラダ、チョリソーと卵の炒め、ヨーグルト、ワイン&サイダー。
食後にのんびりと村を散歩をした。
家々の花がとてもきれいだった。 -
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8月6日(土)
07:00 Calzada de Bejar → 14:00 Fuenterroble de Salvatierra ( 20,2?)
/ Albergue 泊
牧場に朝日が注ぐ。とてもきれいだった。
二つ目の村の公園でお昼寝、次の村でバル。スーパーでは果物を水も買う。
この日は村を通る回数が多かった。 私は果物が大好きで、店を出た瞬間から買ったばかりの果物をかじり出す。
今回は、桃類が多かった。ネクタリンも含め、種類が多い。黄桃も白桃もおいしいい。 店ではたまに無花果も売っていたが、売り物は甘すぎてべっとりしており、やはり木からもぎって食べた方がよい。 -
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最後の7.8kmはミカさんとおしゃべりしながら歩いた。
そして今日は Fuenterroble de Salvatierraに着いた。
アルベルゲはすぐに見つかったが、誰もいない。
隣の家の人に聞いてみると、別の家に連れていってくれて、そこのおばあちゃんが鍵をあけてくれた。
中はちょっと薄気味悪いほど独特の雰囲気があった。ここは村の人が集まる場所なのかもしれなかった。 また、巡礼の資料や文献がたくさんあり、本棚はそういった古い資料や本でいっぱいだった。
キッチンは清潔で、近代的だった。 広いわりにはベッドのある部屋は一つしかなく、所狭しとベッドが並んでいた。
その部屋にも壁じゅうに絵が描かれていた。
その中の一つのベッドだけ、誰かのリュックが置いてあった。
新しい仲間なのだろうか? -
今日のアルベルゲ
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そのうち、ここの管理人が現れた。一見普通 の元気なおじさんに見えたその人は、牧師さんであることがあとでわかった。
その人は、あなたがここのホスピタレイロだと思って自由に使いなさいと言ってくれた。その言葉だけでその人の大きさが伝わった。
そして6時から隣町でミサがあるから、行きたかったら車で連れていってくれると言う。 思わずその人柄に惹かれ、行くと言ってしまった。
バスルームには長い髪の毛が捨ててあった。ちょっと恐いが、このリュックの持ち主かも知れない。
長い髪・・・女性?でもこの荷物の感じは男性?ってことは、髪の長い男性???
シャワーを浴びて出てくると、ほかに二人のおじさんがいた。 そして髪の長い若い男性もいた。
おじさんの一人は、私がシャワーに入っている間、ミカさんに話かけていた。その話を受け継ぎ聞くと、おじさんはもの静かな人だが、ちょっと興奮した様子で
「行く先々であなたたちの噂を聞いていたので会いたかったのですよ。」
最初はSevillaを出てSantiponceのカルメンの宿から、どこへ行っても『昨日、日本人の女性がふたり来たよ』と言われ続け、今日は40km歩いてようやく追い付いたというわけだった。
おじさん二人と四人ですぐそばのバルへ食事に行った。ガスパチョ、ロモステーキ、メロン。パン、ワイン。 おじさんの名はペドロ。マヨルカ島からやってきた。一生懸命話しかけてくる。 もう一人はさらに大人しいぺぺ。バレンシアから来た。ペドロはSevillaから。ぺぺはMeridaから歩きはじめ、Meridaの少し先で二人は出会い、それ以来一緒に歩いているようだった。
歩いている人さえ数えるほどの『銀の道』。外国人はほとんどいない。私たちのことは会う前から、知られていることが多かった。
ペドロは役所勤め、ぺぺはテキスタイル関係の仕事をしている。ぺぺはやはり去年の夏にフランス道を歩いていた。 8月1日から歩き始めたと言うので、イサベルと同じ日からだった。なんと、20日で歩いたということだった。(ロンセスバジェスから)あっちの道は涼しかったから歩けたんだと言うが、毎日40km歩いていたらしい。 ペドロはフランス道は初心者の道だと言い、この『銀の道』以外、ほとんどの道を制覇していた。
アルベルゲの裏庭は広かった。 巨大なパエリア鍋や大釜がある。きっと何かの行事の時に村人がここに集まるのだろう。 その一角に桶を置き、またまた足を冷やすのであった。
6時になる少し前に、私は急に疲れが出て、休みたくなった。今日はミサに行くのをやめることにしよう。
アルベルゲの前まで、車で来てくれる約束だった神父さんを待つ。 ほぼ時間通りにやってきた。私は疲れているので申し訳ないけれど、今日は行けないと言うと、すぐに了解してくれた。 あなたは神父さんなの?と聞くと、気軽にそうだよと答える。なぜかわからないが、この人は人を包み込む心の広さを持った人のように感じた。
少し休んだあと、ペドロがさっきの二軒並んだとなりのバルの奥にお店があることを教えてくれた。 行ってみると普通のバルである。果物はあるか聞くと、ドアが開き、びっくりすることにそこに小さなお店があるのだった。
アルベルゲに戻ると、二人のおじさんと髪の長い若者が表のテーブルの上に買ってきたものを並べ、夕食を食べていた。 私たちも中に入れてもらう。
私は日本では大食いの方だと思うが、一食メニュー(前菜、メインの皿プラスデザート、飲み物、パン)を食べてしまうと、ニ食めはもう軽いものしか食べられない。 果物などを食べていると、おじさんたちのチーズやトルティーヤをすすめてくれた。
また、バレンシア名物のジュースもいただいた。 髪の長いお兄さんはホルヘという名前で、ビルバオからやってきて、Salamancaからなぜか南下しているという。Caceresで友達と会う前にゆっくり歩きながら移動しているのだと言う。
三人のうち、片言の英語ができるのはペドロだけ。ペドロの英語は私のスペイン語以下だったので、電子辞書を使って交流する。
私も電子辞書を持っていきてるが、ミカさんも同じものを持ってきていて、彼女の方がよく使っていた。
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この旅行記へのコメント (2)
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- osdさん 2005/10/07 20:21:58
- 読んでいます!
- ナイトレさん
毎回読んでます。ますます中身が濃くなってきています。ナイトレさんの強靭な精神にグッときたり、ミカさんのガンバリ精神の輝きも伝わってきます。
一読者として感動しています。
- night-train298さん からの返信 2005/10/09 14:11:41
- osdさん
- 旅行記を読んでいただいて、ありがとうございます!
そですね、『暑い』天気は好きなのですが、歩くとなると・・・。
もう少し涼しければ、もっと楽だったと思うのですが、暑さからくる水の不足、汗によるマメなどなど、なかなか大変でした。
その上今回は、去年より距離が長いため、時間がなかったので気持ちは進みたいけど、足は進まない状態で・・・。
でも、これからしばらくの間は、少し道を楽しめると思います。
(まだ山あり、谷あり・・・ですが!)
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