2005/02/20 - 2005/03/16
919位(同エリア1700件中)
hebaさん
2005年2月20日より、超ド短期アラビア語留学を敢行。友人U氏と一ヶ月間ひたすらカイロのみの滞在。現地で毎日眠い目をこすりつつ続けた日記をもとに、当時の出来事を再現してみました。むこうでかかった費用や、購入したものの値段なども詳記しました。
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2月21日(月)
U氏と、ホテルイスマイリアハウスのツインにて(夕方)。このホテルには、三週間強滞在することになる。正真正銘ロングステイである。
この日の午前3時過ぎに空港に着く。ホテルで予約していたタクシー(60LE)にのってホテルへ。ちょっと(かなり)高いが夜中だしホテルで頼んだので仕方ない。
この旅に同行してくださったのは、大学の友達のU氏。芳紀25歳のU氏には素敵な旦那さんがいるため、(たとえひとりでも)無事に日本にかえらせなければという身に余る責任を感じる。旅の目的は語学の上達。果たして二人はこの目的を果たすことができたのでしょうか。
21日の朝、前日の睡眠時間が3時間程度であるにもかかわらず語学学校の手続きをするためドッキ地区にあるメサーハストリートまで徒歩でがんばる。
よくよく考えると住所をしらなかった二人。しっかりもののU氏に勝手に全てを託し頼り切っていた私の過ちである。迷っていると、カイロ大学の農学部の分校らしき守衛さんが迷える子羊二人を救出。事務所に行って電話をしてもらい、結局語学学校まで一緒にいって案内してくれた。アラブにはやさしい人がおおいなぁと二人で感動。
語学学校での手続きをおえ、回らない頭をはたらかせ長い長いレベルわけテストをすます。授業料は、メールで言っていた内容の四割減である(50時間のインテンシブで一人117ドル。安いのはうれしいけれど、なぜこんなことになったのかよくわからない。帰りは疲れ果ててドッキからサダトまでメトロで帰る(0.75LE)。この生活を3月14日まで続ける。
昼(夕方)はホテル近郊のタハリールストリートにあるマッジャーナ?レストランでチキンサンド小(2.5LE=30円強)をテイクアウト。ホテルに帰って二人死んだように横たわる。疲労困憊とはこのことである。 -
21日(月)
夜、ホテルにて。エジプト二回目にして初コシャリ。
このコシャリはコシャリヒルトンというタハリール広場のコシャリ屋さんで調達。小(2LE)をふたつ頼んだが、小にしてはあまりにもおおきい。中か大と間違えたものであるように思われる。観光客だからサービスしてくれたのかもねっ
でもあまりに量が多いのでひとつまるまる余る。たまたまホテルのロビーにいた韓国人か中国人の人にあげる。急に会ってコシャリを奉納?するとは、なんとも怪しい日本人である。
イスマイリヤはみはらしのいいツインで54LE。共同のお風呂はツルッツルすべるしトイレの水の流れもたまに不調ではあるが、とてもこの部屋とホテルを気に入ってしまった二人であった。 -
22日(火)
昼 脳みそレストラン(仮)にて
朝からホテルでインターネットをする。二人で30分3LE。
午前中、アタバに向かって歩いてみる。9時とかなので店が開いていない。悲しい。ずっと歩くとアタバの高架下っぽいところらへんには雑然とした路上のお店が立ち並び、活況を呈する。
そこでファスナーケースつきコーラン(7LE)、ダイヤリーと称するスケジュール帳(1.5LE)と、ポストカード八枚(2LE)を購入。おっちゃんはわたしの名前をマジックマジックと呼ぶ。だいぶと真実からかけ離れた呼称である。
お昼は名前に惹かれて観光客用レストランみたいな名前のお店に入るが、メニューをみるなり裏切られたことを知る。正真正銘脳みそとレバーの専門店であった。昨日に引き続き疲れ果てた私たちを脳みそが襲う(二人で19LE)。でも冷静にたべると、脳みそは白子のようでおいしい。エジプト人はなかなかの美食家である。覚悟してはいると、もっとおいしくいただけたのかもしれないと思うと、少し後悔。親子連れがいたので、ちっさいこどもにあめちゃんをあげる。こわごわ私の手からもっていくと、お母さんがありがとうっていいなさいと優しく子供に教える。
夜はまたまたマッジャーナで食事。U氏と二人でターメイヤサンド、フールサンド、グアバジュースとマンゴージュースを飲む。14LE。若いエジプト人男性に特有の妙なテンションのお兄ちゃんが面白いお店である(途中からいなくなったけど)。 -
23日(水)
Y子さん顔の隠れ具合が絶妙なY子さんと私heba。Y子さんのアパートにて。
23日は、5日分くらいに長い一日である。
朝からホテルでであった素敵夫妻の奥様と一緒に郵便局までいく。日本へははがきで一枚1.5LE。役所のおにいさん連中がやたらに絡む。はがきの内容を一部アラビア語で書いていたため彼らの興味をそそったらしい。アラビア語をやってるとイスラム圏ではとりあえず厚遇されるようなきがする。やっててよかったなぁとおもう瞬間である。彼らは切手をベロリとなめては一枚一枚私たちのはがきにはってくれる。
ホテルに帰ると、さらに韓国人の観光客の方たちもつれだってフレッシュジュースやさんで一服。イチゴジュースの値段をごまかそうとしたのでアラビア語をたまたまよめた私はムスタファさん(店のひと)に反撃。ムスタファさんが何かとしつこく、明日の夜もこいと私に言う(悪い人ではないけどね)。イチゴジュースは吸血鬼の好みそうな色をしていて、とにかくあまくって、いちごジャムとの区別がわからない。サトウキビジュースもただただあまい。タマルヒンディは、U氏いわく養命酒である。私はおいしいとおもったんですけど・・・。
今日から語学学校と思っていたけれど違うといわれ、スケジュールなどを確認し、前にイスマイリアハウスであったY子さんのアパートにラーメンを食べに行くメトロスーパーで1.3LEのラーメンと1.25LE(1.5ℓ)の水を購入後)。なぜY子さんのアパートにいくことができたのかは、忘れてしまった。Y子さんとの思い出は、アトのほうが濃かったからだと思う。Y子さんにはほんとうにお世話になった。今回の旅の中で、一番素敵な出会いであった。 -
23日(水)
5時半、シタデルの入り口にて。ホテルで出会った日本人の方、アズハルの女学生や高校生たちと。
Y子さん宅をでてメトロでサダト(タハリール広場のある駅)へ。優しいおばちゃんが切手を買う窓口で、先に行きなさいと体を押してくれた。いい人。でも今日は少しあめがぱらついている。
4時半〜本屋(タラアトハルブ)に本を探しに行く。場所を間違えてわけがわからなくなっているところを、おっちゃんに地図をかいてもらって探すも挫折。
5時半〜ホテルで会ったMよさん&Mおさん夫妻、Aみさん、Yこさん、Mみちさん、とU氏とでシタデルへ。行きのタクシーはタハリールからシタデルまで6LE(なので一人1LE)。旅の仲間は多いに限る。今日は無料のスーフィーダンスがあるのよ〜と夫妻にと誘っていただき、一緒にいかせていただくことになる。ラッキィ〜♪
門が開くまでシタデルにいた女学生らと入り乱れる。おどったり歌ったりともう大変である。彼女らの腰の動きは生来のものなのか、私たちが即興でまねできるようなものではなかった。おかげで二人はシタデルの門がとじてしまうぎりぎりまで彼女らにつかまっていたため、同行者の皆様に迷惑をかける。 -
23日(水)
シタデルの前は、こんなかんじに・・・。
門のおっちゃんもあきれる。 -
23日(水)
おじさん、軽やかにくるくるとしていますね。
スーフィーダンスとよばれるものです。
心臓に響く音は、高野山でも聞いた銅鑼みたいなかんじで
密教ってこうゆうのおおいよね、みたいなかんじでした。
でも、あんなにまわって倒れないのか
本当に途中で心配になりました。
これが無料っていうのは、
イスラムの寛大さに基づいているんでしょうね。
この後皆でタクシーにのって帰り、夫妻おすすめのアメリカン大学裏のお店で夕飯である庶民派アラブ料理を食べた。一人6LEである。安い。
こんなにいろいろあった一日でも、ホテル代を除いて支出は21LEであった。
めでたしめでたし。 -
24日(木)
この日の写真はないので、ダリヤちゃんと教室でとった記念写真。
あさから語学学校。あまりにやさしいレベルなのでコースをかえてもらうことに。先生のダリヤさんはいい人だけど、教室に猫やハエが入ってくる。愛すべきウスターザ(先生)ダリヤちゃんのその後の奇行も瞠目に値する。
昼、ドッキのラドワーンというレストランに行ってケバブハッラとオリエンタルスープという白いあやしいものをのむ(二人で15LE)。
その後ドッキの本屋でイブンバットゥータの旅行記を買う。55LEだったけれど、先方にお釣りがなく、また私も50LEと100LEとゆう破天荒なお札しかなかったため、おねいさんが5LEおまけしてくれて50LEになった。ちょっとうれしいけど申し訳ない。
疲れているはずなのに、バットゥータの重い本を持ってギザの動物園にいこうと言い出す(たぶん私が)。でも途中で道のりの長いことが判明し、疲れたので普通にドッキのメトロの駅までもどりたかったがまた迷う。またその辺にあるいているおっちゃんに道をたずね、メトロの駅までつれてってもらう。おっちゃん私に電話番号をわたし、かけてこいよ、といってくれる。勇気が出ずにかけられなかった。でもこういうことは二日に一回くらいの割合であるので、社交辞令?とおもいつつなんとなくやり過ごしてしまっている感じである。
無事サダト駅まで戻る。すると女の子が駆け寄ってきた。彼女は私に言う。「ヨンさまをみたことがありますか?」
ヨンサマファンの私としては極めてうれしい、エジプシャンヨンサマファンとの出会いだったが、直接にあったことがないというと笑えない程に悲しい顔をした。無論日本人ならだれでもみのもんたに謁見したことがあると思っているようなものだから、彼女の落胆は私からすればあまりに短絡的であったが、心中お察ししますという感じで彼女と別れた。ヨンサマファン、一期一会である。
夜はどこかでターメイヤサンド(0.5LE*2)とココナッツジウス(同上)を食す。また、ノッスキロ(500グラム)でグァバを購入(2LE)。季節外れだからかお世辞にもおいしくない。残念でした。 -
25日(金)
ムハンマドアリモスクの中、地元の人たちにまみれて。
951番バスでエルアラア(シタデル=城塞)と連呼すると、そのへんのおっちゃんがつれていってくれた。0.25LEである。エジプトのバスは頗る安い。
朝ホテルでお会いしたN原さんと三人でシタデルとハンハリに行こうというもくろみである。
シタデルの入り口に行く途中、朝っぱらから小学校の先生にナンパされる。生徒たちのすぐ横にいる先生ですらこんな調子なのでエジプト人に心の病を持つ人は少ないのだろう。ほんとにいい国である。
とりあえず小学生たちや、大人たちにもみくちゃにされ、いたるところで写真やビデオ撮影によるキッスをせがまれる。 -
25日(金)同上
書くのを忘れていたのが、シタデルの料金。
学生証を偽った私は(厳密には偽ったわけではなく、期限の切れている学生証を見せたに過ぎない)、通常価格の35LEに。軍事博物館などに入る。
アスワンハイダムの建設かなんかのときの条約調印のもようや、変な爆弾や蛇がまつわりついたような刀などがいっぱいあった。一年半前に来たときは、軍事博物館の人が後ろに20LEと書いてある軍事博物館の本をなぜか私にくれたことを思い出す。
50人近い子供たちが群れを成して、私たちと行動を共にする。もし大阪のひっかけ橋あたりであれを再現することが出来るなら、あれはきっとヨンさまがファンにとりまかれまくってるんだろうという推察さえ働かせんばかりの状況である。芸能人体験は一日でいいわ、とぼやく。 -
25日(金)
こんなかんじで・・・。 -
25日(金)
hebaの左の子は、帰り際にねばっこいチューをほっぺたにしてくれました。
右の子は、私たちを自分たちのまどらさ(学校)につれてって、写真をとりたい、って何回もいってくれた(はず)けど、こちらにも予定があったのでほんまにごめんな、とかなんとかいいながら暇乞いをする。 -
25日(金)
真ん中のおとこのこ、結構男前ですね。 -
25日(金)
N原さんと、U氏と三人、シタデルの中の高めのカフェーで。悲しい別れを終えたわりには、すっきり顔の三人。さいごにおんなのこが、小さなお花をくれました。本当にかわいらしかった。 -
25日(金)
三人でタクシーにのってハーンハリーリの手前くらいに着く。ここでたべたコシャリが一番おいしかったかな。矢張りコシャリにとっての揚げタマネギは、日本における富士山よろしくの存在感と重要性を余儀なくする(べつに富士山信仰とかしてないけど)。コシャリの食べ方は非情にもU氏とhebaの性格の歴然たる優劣を露呈している。 -
25日(金)
ハンハリーリで何も写真を撮っていないので、引き続きムハンマドアリモスクの中で。
タバコのハッパがセットになっている、おっきいめのシーシャ(40LE)と香水びん5本(20LE)を購入。もっと値切れるはずなのに、こんなもんで終わってしまった。シーシャは35LEまでねぎったけど、おつりもらうのもなぁと思ってやっぱり40でいいわとめちゃくちゃなことをいうと、おっちゃん炭をプレゼントしてくれた。炭なんかむっちゃ安いやん、とか言わないでください。ハーンハリーリの道中でピーナツ売りのおっちゃんが誰かと話しながら(私のほうを向かずに)私にピーナツを十数粒手渡してくれた。とりあえず面白い人がいっぱいいる。客引きでしつこいひとってあんまりいない。私は買う気のないときはまったくそのそぶりをみせないからかもしれない。そうなると相手は冗談に戯れたいだけなので、冗談でこっちも返せばすぐにバイバーイと後腐れなくお別れが出来る。ハーンハリーリの客引きを嫌がる人が多い中で、私は大方の商売人の人たちが好きである。あんな余裕の中で生活してると、胃潰瘍とかきっとないはず。この世界に生きているのは人間であるということを考えると、やっぱりエジプト人には見習うところがわんさとある。今回の旅でそれを痛感した。
ハーンハリーリからタクシーで帰るとき、コプト教徒(エジプトのキリスト教徒)らしきおっちゃんがドライバーだった。彼は何も言わずにタハリールまでいってくれた。5LEというやや地元値段にもかかわらずすーっといったので、この人いみわかってんのかなぁと不安になったが、そのままおろしてくれた。ので、6LEあげる。われながら世故に長けている。 -
25日(金)
同上
夜、N原さんと三人でコフタサンドとターメイヤサンドをたべる(計4LE)。
そういえばハーンハリーリでダリヤ先生と偶然にもあった(この場を借りて、これから訪れる授業ずる休みの日々に彼女に会わなかったことを神に感謝したい)。
ホテルの部屋で、N原さんに諭される。旅立つ日だからと、ガワーファ(グァバ)を一個進呈。 -
26日(土)
この日の写真もないのでおいしかったお菓子をもつhebaいつものホテルの部屋にて。
この日、洗濯物は生乾き。気を取り直して朝からホテルでY子さんと勉強。エライッ
というのも12時から4時までという超ハードスケジュールで授業があってしまうのだった。ドッキのコシャリ屋さんで昼ごはんを調達するも、炭水化物の多さに二人えづく。
ダリヤちゃんは授業中にもかかわらずオレンジをむき、腹ごなしだかとりあえず食べている。それにしてはやる内容(文法内容)があまりに細かく、理論と実際のギャップに困惑する。この日二人は神経を弱らせスーパーに行く気にもなれずかえる。
するとホテルのテレビから軽快な音楽がかかっている。薄弱なアラビア語知識のなかから、これはヨルダン人とかエジプト人とかいっている歌であることがわかって場内騒然。帳簿をつけてたおっちゃんが彼の名を教えてくれる。フアード・ノフ(ハ)ラというあんまりかっこよくないレバノン人である。
タハリール通りのピザ屋(一人6LE)で夕食。
おっちゃんにこれはピザじゃなくて、パイというんだよという有益な指摘を忘れてかえってしまったことをいまだに後悔している。でも、味はおいしかったのでOKである。
そのあと、これから通うことになるアイスクリーム屋で1LEのマンゴーアイスを買う。そのあと白レッブという種を100g買う(2LE)。部屋の中でほとんど独壇場な感じのカラオケ大会を開催する(これもまた習慣付くことになる)。
この日、赤い色素が沈着しているようなポチポチを腕や腹部に数箇所発見。悲劇の始まりである・・・。 -
27日(日)
ギザのピラミッドの日陰にて地元の家族たちとともに。
またまた951番バス(0.25LE)でギザへ。エルアフラームというとおっちゃんが一緒に乗車してくる。手をつなぎたがるので牽制していたが、ピラミッドの入り口まで連れて行ってくれてすぐに帰った。結局いい人だったみたいである。車内であったYさんとピラミッドを三人で観光。入るなり修学旅行風の女の子たちにお菓子を恵んでもらう。うれしがってあめちゃんやらキットカットみたいな立派なお菓子をくれる。さんざんギャーギャーと騒いで帰って行ってしまった。こういうエジプトがすきなのかもしれない。
ピラミッドの入場料は学割で20LE。なかなかいい値段するものである。二年前とはシタデルの入場料も明らかに値段があがっている。国家予算が逼迫しているのだろう。 -
27日(日)
ギザのピラミッドの前で、アズハル大学の学生たちと。
二人のアハマドさん、モハさん、ザイナブさんたちと出会う。ついでなのでプリクラと写真を交換した。コミュニケーションの手段は聊かモダンである。
お昼をギザのカフェテリアでチキンサンド(2LE)をたべる。よく考えるとジャンクフードばっかり食べている。あまりいただけない。
帰りはエアコン付バス(357)で帰るためバス停まで向かう。いいバスなのでちょっと高い、2LE。またさっきの大学生群に遭遇。彼らは今から映画を見に行くといっていた。スイカの種をもらい、中身をだすために噛んでみるがあまりにも硬い。困っているとその辺のおっちゃんがスイカの種をぴょいっとアハマドの手からとって、上手に中身をだしてくれた。自分も数粒食べている。そういうみんなで楽しむものには、所有権は生じないのである。すばらしく人間的かつ文明的な習慣である。また日本がエジプトに学ぶべき点を発見した。
またバスの中にのりこんできた小さな笑顔の兄妹を発見。兄は妹を席に座らせ、ゆれるとさっと妹を守る。なんてすばらしい光景。いろいろなことに感動しつつ、睡魔に襲われてバスでは三人が爆睡。
タハリールに帰ってくると行きつけのジュース&アイスクリームやさんでグァバジュース1LEを飲む。Yさんにもらったオレンジジュースもさっぱりとしていて美味である。 -
27日(日)
行きつけのアイスクリーム店でマフムード君と。常連になると彼はサービスをしてくれる。またきてね、というときの笑顔は胸キュンものである。
腕の赤い点々は日増しに増える。恐怖も募るが楽しいことが多いため、すぐにわすれる。
午後四時過ぎ。Y子さんがホテルにきて欣喜雀躍。でもすこししんどくなったのでU氏には例の夫妻と一緒にご飯を食べにいってもらい、Y子さんと男性について語る。Y子さんの人生経験の豊富さにただひたすっら舌を巻くばかりであった。
その後おなかがすいてホテルのすぐ下のZというレストランに羊シャワルマ2.5LEを買いに行く。そしてマフムード君の店にココナッツ&ストロベリーアイス1LEを買いに行く。その後タハリール広場のツアーの客引きの群れに「君なしではいきていけないと彼は言っている」とか言っている人が数名いる。そんなときは困らずにセンキューだのシュクランだの言っておくのが言いと思う。冗談には冗談をである。
夜は、夫妻の部屋で購入したものをみせてもらう。この素敵夫婦ったら、買い物が非常に上手である。上等そうなウードやきれいな象嵌のダラブッカやガラベイヤをみせてもらう。
その後Y子さんと三人でカラオケと談笑。Y子さん大黒マキの夏が来るを熱唱。その素敵さは圧巻である。この日、エジプトでエイズの検査を受けるには100LEかかることをY子さんより聞く。 -
28日(月)
いつも見ていた風景、タハリール広場。最初はかなり排気ガスに悩まされ鼻血すらでたけれど、本当にすぐになれてしまう。人間の適応力は恐ろしい。
今日は10時半から語学学校での授業。今日は四時間である。U氏は頭痛もちでか弱いため、心配である。
授業中、ウスターザダリヤが突然授業中ににんじんを食べだす。ナイフで皮を器用にむきながら私たちにも渡してくれる。断れない日本人代表である二人は、残念ながら完食してしまう。エジプトでは授業中に生ニンジンを皮をむきながら食べることが許されているということを学ぶ。授業はカリッコリいうニンジンを咀嚼する音とともに続く。 -
28日(日)
Y子さん宅にて、U氏と三人。
地獄の授業をおえる。授業中にあの赤い点々はかゆみを増していた。ダニである。カユーイポリポリというようなかわいらしい症状ではなく、ジュクジュクでどうも熱をもっているような状態にあり、日本から持ってきたVG軟膏をもってしても凌げぬかゆみである。イルティハーブ(炎症)というのは、炎が燃えるという日本語と同じ語源であるが、炎症とはまさにこのことである。ダリヤちゃんもU氏も心配してくれ、近くのサイダリーヤ(薬やさん)でマルハム(軟膏)を買う。一生懸命アラビア語でお店の人に症状を伝えると、そんなに面白くないところで大ウケする。非常に不本意である。
腹いせ?にハルドゥーンの本やミニ辞典をかいまくり、50LEを使ってしまう。
そして昼食に、またまたY子さんちにラーメンを食べに行く。ミックスジュースやネスカフェをいただく。
ホテルに着くと自律神経が失調していることに気づき、しんどくなる。すると夫妻の奥様が、タイ式マッサージをほどこしてくれはる。資格をもっているらしく、上手である。たちどころに元気になってしまい、奥様のMよさんには感謝しても仕切れぬ心持である。コフタサンドをたべてさらに元気が出る。ところが夜中3時ごろ急におきだし、何かに取り付かれたように風呂に入る。
そういえば今日はY子さんにカルトゥーシュの銀の指輪を2つ注文する。カルトゥーシュのペンダントくるっとまいたY子さんの彼に作っていただく。2つで100LEである。安い。そしてかわいい。また、スーパーでぽてち0.5LEを買う。むちゃむちゃ小さい癖にぽてちは結構高い。 -
3月1日(火)
Y子さんとホテルのベランダで。ここから大絶叫で歌を歌い続ける二人。
もう三月なのか、ということを朝方U氏と語る。本当に早いもんである。もう帰らないといけないんだと思うと、あと2週間以上あるのに悲しい。
ダニによる炎症はとまらない。ほんっまに痒い。朝方またまた素敵夫婦に薬をもらいお世話になる。エチオピアでダニにさされたときの薬をいただく。
今日は12時からの授業。疲労と頭痛のためかU氏ついにダウン。早退を申し出る。
帰り道にオレンジ(3個で1,25LE)を買って、レモンジュースとオレンジジュースを買う(1.75LE)。その後メトロスーパーでぽてちを買い、ホテルの下のZで牛肉サンド(4LE)を買う。牛肉サンドはおいしい。すっごくお肉が柔らかいので、今もまた食べたくなっている。
今日は15LEでテレフォンカード(メナテル)を買って、、母に電話。一分もしてないのに12LEもかかってびっくりする。
ホテルで勉強をした後、また本屋に出向く。いろんな本屋を散策したが、タハフサインのアルアイヤームを買ったところのおっちゃんはすごく陽気な人で、私たちにツタンカーメンのキーホルダーをそれぞれくれた。 -
3月1日(火)
ホテルになぜかいつもいた弁護士ホサームさんと、そこの従業員マフムード君とホテルのロビーで。
夕食にはホテルの近くのマカローナ屋にマカローナを買いに行く。マカローナといったのにコシャリをいれたらしく、2LEを請求されたが看板どおりに1LEを通した。納得するまで身銭を切らない私は時として人に不利益を被らせる。やさしい人なのでびっくりしたようなふりをした後、笑ってバイバイをした。お店の人らしい人が、人工衛星を作っているということで名刺をいただく。なかなかカッコイイお兄さんでした。
またまたZでシャワルマサンドを買いホテルにあがる途中、ムハーミー(弁護士)のハマダーンさんに会う。法律事務所でお茶をご馳走になり、探していた本のありかまで教えてくれた(けど買いに行かなかった。すいません)。我らがホテルの大将ムスタファさんと知り合いだそうである。彼は自分の息子と私を結婚させたがっていた。
如上のムスタファさんはアラブのロビン・ウィリアムスみたいなカッコイイおじさんで、いろんな声が出せてすっごく楽しいいい人である。ホテルに戻るとムスタファさんがいたので、そのことを話す。するとムスタファさん、帳簿をつけていたボスに私を紹介する。ムスタファさん、ボスの前で私のことを「カウカブ」だとか「ヌグーム」だとか言って(☆という意味です)もてはやす。この純和風顔は、日本でははやらないかわりにエジプトではウケがいいらしい。生きていればどこかで何か、ささやかながらいいことがあることを知る。
出納帖によると、今日もアイスクリームを食べていたらしい。この日チョコとココナッツの組み合わせが最高であることを経験から学ぶ。マフムード君のアイスクリーム屋は、手作りっぽいコーンが美味しい。
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この旅行記へのコメント (3)
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- まりあんぬ。さん 2005/12/15 17:21:02
- まだ途中までですが、楽しく拝見させていただきました。
- 私も年末、エジプトへ行くんですが、大変参考になりました。
・・・てゆ〜かさ貴女、私のトモダチじゃぁありませんか(・Д・;)ビクーリ
「コノ顔とコノ財布とコノネックレス、知ってるぞ!」と。
では次回のエジプト留学記、楽しみにしております。
- hebaさん からの返信 2005/12/15 21:20:48
- RE: まだ途中までですが、楽しく拝見させていただきました。
- あらまっおぜうさん!!
秘密裏に進行してたはずのプロジェクトがついに・・・!
お友達には口外せぬようどうかよろしゅう・・・
みうちでやっておりますもんで・・
年末の渡航、気をつけていってらっしゃいねん。
私は明日くらいに航空券手配しますわ。
でも、やっぱり空港バスで市内までいけるとおもうよ。
向こうの人多分鼻息荒げて手伝ってくれる
と思う。
しかし最近寒いね。
ご自愛ください。
へばヨリ
- まりあんぬ。さん からの返信 2005/12/15 21:32:10
- あらら
- 秘密裏でございましたか(゚Д゚;)
エジプトで検索したらヘバ様がイチバン上に出るものですから
そりゃ見つけちゃうよw
≫向こうの人多分鼻息荒げて手伝ってくれる
サスガ、ヘバ様でございます、私もチャレンジしてみます
確かにお寒うございますね
ご自愛くださいませ♪
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