その他の観光地旅行記(ブログ) 一覧に戻る
七月四日  ヴァルルイーズ ラ・バウティBC	全てはここから始まった。<br /><br />午前一〇時に最初のBC(ベース・キャンプ)地となる宿所ラ・バウティに到着した。駐車場所の確認と自分が寝泊りする場所がどういった種類の家屋であるのか早めに見る為なのだが。何しろ僕は今回のCAB合宿で唯一の外国人だし、仏語が出来ると言っても所詮母国語レベルに達してはいない。普段の生活以上に神経を研ぎ澄まして彼等から発せられる言葉を理解し続けなければならないし、環境に馴染めず出遅れたりするのもNGだろうし。GITEという種類の宿所でホテルとは異なる種類の宿泊施設ではあるがユースなどと比べればそれなりに快適な場所だ。僕は安心して午後三時までの暇つぶしを行なう事にした。まずは宿所近辺を散歩した。宿所はヴァルルイーズと言う名の村の中心部にあった。ヴァルルイーズは日本人には余り知られていない村だと思われるが、素敵なフランスの田舎町といった風情で、教会の前に噴水があり、町の中心部を岩清水が流れ出して集まっただろう川が横切っている。小さな村でしかないが観光案内所や山岳ガイドの事務所があったりするし、『高山病を科学的に検証する』等といった講演会が村近辺の大学で行なわれている(ポスターが街中に張ってあった)を見るに、山関係やスキーなどの重要拠点に違いない。さすがCABはいいところを最初のベースキャップに選んだものだ、などと僕は妙に感心してしまった。ふと見ると、丁度上手い具合にBCから目と鼻の場所にあるスポーツショップに現地で登攀可能な岩石=ボルダ―のトポが置いてある。やはり、思わずゲットしてしまう。薄くて然も白黒ページに一〇ユーロはちと高いが背に腹は変えられない。早速購入し、ボルダ―の場所を目指した。<br /><br /> 	AILEFROIDE(エル・フロワド)の死闘<br /><br />残雪の望めるエル・フロワドの奥地に到着し、直ちにボレアル・ピロスを履く。でも、よく考えると今回はクラッシュパッドがない…。=落ちたら危険だ。そうなるとこの後の登山も棄権だ。然し、トポまで買ったのにやらないのも癪だし、僕はいくじありな男だ。挑戦せずにいれるものか。そう結論付けた後、目標のボルダ―にいきなり取り付いてみた。ボルダーの登りで大事なのは的確さを折り混ぜた瞬発力とホールド部分に力を終結させる集中力だ。自分の中の小宇宙に爆発的なエネルギーを与えるという感じ。それがボルダリングだ。<br />まずは4+である。さすがにオンサイト。そして、5bこれは三撃。5bとは言え、妙に簡単だ。フォンテーヌブロウ(以下ブロウ)だとこうはいかない。ただ、登りきった後のクライムダウンにはやたら緊張を要した。時には2m以上になることもある岩からの落下の危険を軽減するクラッシュパッドもないし、ソフトランディングしないとこの後が大変だ。然し、地面に戻るや否や調子に乗って6b/6b+に挑戦する。出来る時にやっておかないとレベルは簡単には上がらない。どうしてもそう思ってしまうものである。然し、さすがに6bレベルに来ると簡単とはいえない。と言うか、ブロウの6aには死ぬほど苦しんだ記憶がある。だから当たり前の筈だ。<br />いや、厳しい事は厳しいが多分5bくらいの手応えしかない。ホールドの掛かりが良すぎる。このゾーンのボルダ―のグレーディングは相当甘いのだろう。確実に登れると認識した僕はMPEGレコーダーで撮影する余裕に恵まれた。そして、案の定十回ほどのトライで6bも終わってしまった。そう来ると普通に6cに挑戦してしまうのだった。ブロウでは考えられない暴挙。僕よりも遥かに実力のある友人のかんちゃんですらまだ6cは終わっていない。<br />ありえねー。一言で言うならそんな感じだ。だが、よく考えれば僕はグレード云々以前に暇な時間を楽しく遊びたかっただけだ。一人で残雪の隣でボルダリングに勤しむ等というシチュエーションはそうはないだろう。真剣にただ岩に向き合えばいい。三十分ほどをこの6cだけに注いだ。明らかに他の課題よりもグラヴィティーを感じる。足の位置もそれなりに辛い。然し、フリクションはこの上なく良かった。三十数分後、僕は遂に6cを制した。然程の嬉しさも無かった。ブロウなら多分5cくらいのグレーディングだろう。いい運動になったのでまあいいか。<br /><br />	六時だよ全員集合<br /><br />気がつくと、もう三時を過ぎていた。急いで宿所へ戻ろうと試みるが、よく考えるとこの辺り完全なまでに狭い山道だった。今回はRAV4で来ており、こういう場所で走らせてこそこの種の車の真骨頂となろうが、かなり気をつけて走らないとカーブ域で対向車と衝突しそうだ。そのせいで、到着は三時半をまわってしまった。何たる失態、と自分を恥じるも、まだその時点においても僕意外には一名しか到着していない。そいつは若くてハンサムだが少し小さめ。僕は心の中でそいつの事をトムと名づけた。悪気はない。話しているうちに何名かは既に到着していたが荷物を置いてまた出かけたらしいことが判明した。結局のところ、メンバー全員が顔をあわせることになったのは午後六時だった。その間に僕はブリュッセルの相棒へ電話したり、友人達に絵葉書を書き送ったりしていた。気がつくとベルギー人達はすべて個人の荷物を各部屋内に運び込んでおり、いい場所にある寝台は全てゲットされていた。僕の寝台は出入り口ドア付近となった。やはり要所要所で彼等ベルギー人は素早いのである。<br />最初の夕食時に参加メンバーの再確認が行なわれた。以前のミーティング時に一応顔を合わせた人間が殆どだが、こういった場で顔をあわせると第一印象とは違うイメージを与える者もいて不思議感覚を味わった。実際には、後の歩行時に各メンバーのそれぞれから他の参加者の経歴その他を少しずつ知っていったのだが、物のついでというのか、この時点で他の参加者の紹介をしてしまおう。ただし、本名は使わない。まず、隊長。僕は彼の事を『大佐』と呼びたい。事実、彼はベルギー陸軍に所属し、そこで山岳訓練なども含んだ(といってもベルギーに山は無いぞ!)体育教官を勤めている。容貌も映画に出てくる佐官クラス然としており、時折飛ばすジョークも軍人風でとってもアーミーな雰囲気を醸し出している。綿密な計画立案と目標達成に対する信念。これ以上の隊長は望むべくもない。実際の階級は大佐より下だろうと思われるが、彼への尊敬の念と僕と同じザ・ノースフェイス愛用者という事実をも加味して『大佐』の格付けとした。新素材や新製品をやたら試したがる性癖に僕との共通点が見えた。副隊長、『熊さん副隊長』略して『熊副』。ごつい体躯、やや赤ら顔。わかりやすいぐらいベルギーの山やといった風貌の副隊長は『ディーゼルエンジン』の異名を持つ。フランスの俳優ジャン・レノをもう少しもさくした様に見えなくもないが、長年柔道で鍛えていただけあって忍耐強いようである。GPSなどの最新機器にはちと弱いが山歴も長く頼りになる男である。ちなみに隊長、副隊長はベルギー山岳インストラクターの肩書きを持っている。そして、隊員達だが全部で一二人。その中の半数は山歴ゼロ(この場合は高所登山を指す。)中には軽い気持ちでやって来てしまったうつけものもいた。隊長たちに続く山歴を持つ壮年組三人衆。『博士』、『写真家』、『ウィル』とそれぞれ名づけた。『博士』は化学薬品において本当に博士号を持つインテリで山歴は十年以上、見るからに博士という感じのあごひげがいい。どちらかといえば痩せ形だがやはり山男でタフガイである。『写真家』はベルギー国土整備省の公務員だが写真の腕はセミプロ級、お昼休みにはランニングか自転車を漕いでいる体力増強おたくでモンブランには既に登っている。見た目は研究家。『博士』と一緒に研究室にいそうな感じがする。『ウィル』もやはり山歴十年以上。CABの中でも知名度が高いようだ、一睡もしないで山に登り続けることが出来る優しい眼差しの公務員である。ちなみにこの三人は五十歳代と思われる。その次はやはり山歴六年の『ヒゲマニュ』。合宿後にフルーネームを確認したのだが、実は貴族であった。でも、僕にとってはBCに入った日から日増しに髭の色が濃くなる、快活な山やヒゲマニュなのだ。この男六児の父でもある。六児を置いて山に挑む事の出来る家族のサポート体制を考えると、やはりただ者ではなかろう。そして、山歴三年、モンテ・ローザにも挑戦した若きアルピニスト『トム』。一般大学の遥か上を行く理工系グランゼコールの出身者でロケットや航空機を製造している仏系有名企業に勤めている。そのため現在トゥールーズに在住。ハンサムで非のうち所ない男だと思いきや、背が若干低い事、ベルギー人なのでフランス人から田舎者扱いされる事をかなり気にやんでいる。お次は山歴二年の『哲学者』。本職は看護士。京都に一年在住していた日本通でもある。趣味はヨガでその為にインドやネパールに頻繁に出掛けるらしい。他の多くのベルギー人の中に見受けるように、頭のてっぺんから半径五センチ大の円を描いた禿があり、かたくなな目尻の皺とあいなって修道士のようだ。残るは初心者組。まずは最強の二人、『あずさ一号』『あずさ二号』或るいは兄弟拳バイクロッサ―でもいい。モトクロスもこなすスキンへッズな奴等。実は狩人だった!上等なジャガイモに目と鼻、耳などをつけ足したような無骨な力強さが表情に現れている。あの大佐にして、<br />「あのアルデネイ(アルデンヌ男達)は疲れるという事を知らんのか。」<br />と言わしめたほどである。<br />「そりゃ、獲物を追って森の中を駆け巡っているハンターとなりゃ疲れ知らずだわい。」(壮年組三人衆談)と基礎体力は最強の若者達。崖クライマーでもありロープワークもCAB主催の合宿で学習済みなので初心者には入らないかもしれない。奴等と対照的な男『ジルべえ』別にジルベールという名でもないが思い当たるジルベールに似た性格であるためこう名づけた。自称『年季の入ったトレッカー』である。今回の登山をトレッキングの延長だと解釈、軽い気持ちで参加したらしい。最近買ったデジカメがお気に入りで『写真家』と拮抗できるシャッター乱射率である。優れモノおたくなのか僕の装備を二四時間体制でチェック。人なつこそうな表情の裏に僅かなせこさを潜ませている。お次は『不死身のアン』。この人もワロニー地方省に務める公務員。頭もいいし、適度な協調性もある。小柄なのにアスリート並の体力。年齢不詳系だが三十代中盤と認められる。美人ではないがブスでも無く、誰とも馴染める優等生。今回の企画にはうってつけの異性であった。『アン』のニックネームは単純に彼女の赤毛に由来する。そして、今回もっとも不幸だった『オバサン』。壮年おやじ三人衆と同年代のこの人、山小屋には何度も寝泊りした事があるらしく、その経験とクライミングジムでのプラスティック・クライミングの経験から今回の登山もこなせると勘違いしたようだ。装備やウェアも人からの借り物か、ただのウインドブレーカーだったりして最初からちょっと困ったぞ、である。<br />以上が、主な参加者だが後に二名の特別参加者が現れる。それは後にとっておくとして、各自の自己紹介を終え、翌日の『装備確認の儀』、『山小屋までの行軍予定』についての説明がなされると早々の解散となった。或る者は早々に就寝し、或る者は『ユーロ二〇〇四』サッカー大会を見ていた。そうそう、夕飯は『バスク風チキン』がメインでよかった。ジルべえはしつこいまでにお代わりを要求し、赤ワインのグラスを片手に上機嫌で『最高だ。』を連発していた。<br /><br />ハイキング気分で山小屋まで  〜『装備確認よし!』〜<br /><br />翌日の朝食は八時半とのんびりさんであった。コーヒーか紅茶或いはココアにオレンジジュース、コーンフレークとフランスパンにはジャム二種類にバターなど。安宿にしては上出来だ。上機嫌で外に出ると、相変わらずの晴天。暗雲立ち込めるベルギーを去ってから三日間の快晴続きとなる。背伸びをしていると既に『装備確認』が始まった気配。十時と伝えられていた予定が早まっている。僕は全装備を持って駆け下りた。大佐がジルべえやオバサンの装備を検分している。<br />オバサンはゲイターを忘れてきたらしいし、ジルべえはトレッキングシューズしか持ってきていないらしい。まあ、近辺に装備を買い揃える事のできる店は幾らでもある。彼等のチェックが終わった後は僕の番だった。心配性の僕は自分から気になっていた点を先に質問する。<br />「僕のリュックは本来トレッキング用だけど大丈夫ですかね。」<br />そう、七年前に仏の量販店『デカトロン』で買った六〇?のリュック。身長に対応してウェストベルトを調節できるそれなりに高級仕様のものだったが、七年も前のモデルで防水性にも乏しく、摩擦にも弱いかもしれない。それが気になる。大佐は一瞥した後、<br />「まあ、いいんじゃないか。」<br />とコメントした。然し、その隣に並べられていたゲイターを見て、<br />「これは雪山用じゃないな。雪山用の方がいい。」<br />と述べ、さらに隣のブラックダイアモンド製オートマチックアイゼンとスポルティーバのローツェをみて、<br />「この二つの相性は必ずしもベストではないな。ローツェのソールは完全なハードタイプのものより少し柔らかめなんだよ。まあ、まずは様子を見てみるか。」<br />と続けたのだった。そういえば、他のメンバーは同じスポルティーバでもネパールシリーズだったっけ。雪山でアイゼンが使えなくなったら…。大佐は僕の訝しげな表情を見て悟ったのか、<br />「セミオートのアイゼンの余りが一つあるからいざとなればそれを使えばいい。」と締めくくった。そういえば初回のミーティング時に、ピッケルとアイゼンについてはCABから無料で借りることも可能だと説明していた。然し、僕はその説明を聞く前に既にアイゼンを購入していた。僕は早速雪山用ゲイターを買いに走った。店に着くと『オバサン』が同じようにゲイターを買いに来ていた。<br /><br />		いよいよ出陣<br /><br />全員の車で山の麓まで行く必要はないので分乗して出発する事になっていた。『博士』の日産エクストレイル、ウィルのプジョー・パートナー(商業用車タイプ)、そしてぼくのRAV4と言う車列だ。十数分で麓に到着。まだ、午前十時頃だった。ジルべえなどは深呼吸したり、鼻息を荒げたりして既に興奮気味だ。遂に山歩きを始めたのだ。皆力強く足を運んでいく。新参者達は先陣争いでもしているかのように足早で少々驚かされるが、ヤマト男児もこれに遅れをとるわけには行かない。レキのストック片手に先行する『あずさ一号、二号』を追った。頭の中にはインディジョーンズのテーマが大音響で鳴り響き、僕の冒険心は全開だった。この途中、始めてマーモットを見た。トムなどはもう触ることのできる所まで近づいている。『写真家』はシャッターチャンスを逃さない。<br />三時間は歩いただろうか。誰も一度も休憩しない。喉に渇きを覚えた僕はプラティパスのハイドレーションシステムを介してこまめに水分を補給した。僕以外にもCAB内の五人が同様のシステムを使っていた。やはり便利なものは普及するのだ。氷河が現れ始めた頃、小休止となった。皆がそれぞれ行動食を食し始める。カロリーメイト系から乾燥フルーツ系まで、各自の行動食はバラエティーに富んでいる。チョコレートを貪っているものもいて、やはりベルギー人だと思わせる。腕のスントを見やると気温は三三度。Tシャツでも暑く感じるくらいなのに、よくも溶かさずにチョコを持って来られたものだと少し驚いた。さて、僕はというと、現在歯を矯正中なので硬いものを砕くのは大変なのでケーキタイプの行動食だ。さすがの長期歩行なので少し甘めの方が疲れを取れる気がする。一五分ほどで歩行を再開する。そして、一時間もしないうちに最初の山小屋『白氷河』に着いた。よく歩いたなあと我ながら感心したが辛くは無かった。意外と苦しくないものだとここで初心者は勘違いをしてしまう。僕もその一人だった。<br />始めて山小屋に入る。入口には当たり前にアイゼンとピッケルを置く場所があり、大佐が全員の分の装備品をワイヤーコード付南京錠で結んだ。ピッケルがたまに盗まれる事もあるらしいのでそれに備えたのだろう。大佐はやはり用意周到な男だ。部屋割りが決まったので早速荷物を置きに行く。僕の持つ山小屋のイメージとは幅の狭い雑魚寝ゾーンみたいな感じであったが、なかなかどうして、ここには立派な寝台型ベッドがあり、すこぶる快適そうに見える。はっきり行って昨日の宿所と大差がない。ここでも快適に眠れるだろうと思えた。数十分の間、ものめずらしい山小屋見物をしていた僕も慣れてくると少し暇を持て余した。そう感じたのは僕だけではないらしい。ジルべえ、あずさ一号・二号も右往左往を繰り返している。それに気づいた大佐が、<br />「いい散歩コースがあるぞ。行ってきたらどうだ。」<br />と提案し、狩人たちが地図上のルートの説明を聞いている間に僕も準備を始め、十分後そのコースへ四人で踏み出した。<br /><br />ゴアテックスの限界<br /><br />調子に乗ったはいいが、実はそれなりに膝に疲労が来ていた。それはジルべえも同じらしく遠めに見ても足が重そう。それに比べて狩人の二人は飛び跳ねるかのようにして先を進む。すぐに雪が現れ始め、登山靴オンリーの我々は少し緊張し始める。雪のゾーンに入った途端足を滑らせた僕は、徐々にリズムが崩れ始め、何度もこけそうになった。そこへ、快晴を突き破ったような突然の夕立。それも、バケツをひっくり返したとはよく言ったものだと思える規模のものだった。<br />「撤収!」<br />叫ぶや否や、全員が走り出す。溶けて霙状になり始めた雪を跳ね上げながら急降下していく狩人たち。歩調が遅すぎるジルべえ。ジャケットからフードを滑り出させて頭を覆った時点で僕はジルべえにあわせることにした。ルートを記憶している狩人たちはともかく、GPSを所持している僕がジルべえを置き去りにする事は出来ない。僕と行けばGPSのトラックバック機能で山小屋まで戻れる。そう思いながら見やると、ジルべえのEIDER製トレッキング用ジャケットがビショビショになっている。撥水性を完全に失ってしまっているのか、既に衣服が身体に張り付いているような状態だ。この時点では自分のノースフェイス製マウンテンレスキュージャケット@日本製はまだ水滴を生地表面に浮かべていた。しかし、山小屋が見え始めた頃にはジルべえのジャケットと同様の状態になっていた。初めての本格投入なのに土砂降りの雨の中数十分歩くとゴアテックスの防水機能は突破される。その事実に驚愕した。もっとも、自分達が走ったからインナーが濡れている状態で水分自体はジャケットのメンブレン域でブロックされているのかもしれない。それにしても大自然恐るべし。何とか山小屋に辿り着いた僕達は、水を吸って重くなっているジャケットを見やりながら、予測不能な山の天気と怒涛の如く降り注いだ雨についてコメントを出し合っていた。<br />食堂に皆が集まっている。この時は誰もが軽装なので気づいたのだが、隊長をはじめメンバーの半分ぐらいが腕にフィンランド製ウォッチ、スントを装着していた。殆どがベクターだが意外にもジルべえは上級機種エックスランダーだった。僕は右手にこそセイコーインスツルメンツ製ウェラブル・パソコン、ラピュターだったが、左手にはやはりスント・アドバイザーを装着していた。皆でいっせいに高度計を見る。このときの高度は二五四二mが正しい数値だったが、それぞれのスントは誤差三、四〇mの違いを出していたのが面白かった。気圧を元に数値が測定される仕組みだから致し方ないにせよ。余り頼りにならんなあ、とみんなで笑いあった。夕ご飯は又もやチキンであった。さすがに文句をいう者もいた。そのわりにはきっちり全てをたいらげる。ジルべえなどはパンまでお代わりをする始末。明日のアイゼンワーク練習に備えているのか。まあ、今日の調子で行けば楽勝だろう。そう思いながら寝台にあがるも、膝には軽い疲労感が…。他者のいびき対策の耳栓は完璧であったが、眠りは浅い。<br />						七月六日<br />僕の腕から片時も離れないラピュター―がスターウォーズのテーマを奏でる。六時起床。飛び起きて全ての荷物を担いで階下へ急ぐ。朝ご飯が既に準備されている。小屋内ですら少し寒いが朝食のコーヒーで少しすくわれた気分になる。皆眠りが浅かったのか、出陣に備えているのか、意外と無口だ。食べ終わると次々にヘッドランプを点灯させ、登山靴を履きに行く。前日、濡れたジャケットを干していた僕は他のメンバーより少し遅い出動だ。山小屋を出て直ぐ、かなりの高低差と思える岩を飛び越えるかのようにして進み始める。レキのストックを叩きつけるようにして着地させ、自分の足をも荒くランディングしていく。膝には相当の負担だろう。それでも靴の性能のおかげでかなり軽減されている方だ。ただフリークライミング用シューズとは違うこういう靴のソールを僕はイマイチ信用できなかった。転倒しない様に神経を最大限に張り詰めて体重移動するしかなかった。こうやって何とかついていこうとする。皆は難なく進んでいく。雪のある場所まで個別に進んで行くのだろうか。数十分歩くと雪が現れるが、傾斜がない間はこのまま続行の様子だ。傾斜が見受けられたところで大佐が停まった。ロープを肩から下ろしているのが見えた。ここで何とか追いついた。<br />「アイゼン装着。これからは四人一組のパーティーで行動する。」<br />ひたすら焦る。アイゼンを上手く装着できない『オバサン』の悲鳴が聞こえる。この人は苛立ちを隠せない質である。休憩が少ないだの、誰も手伝わないだのとこぼしている。僕は僕で先にゲイターを装着してしまうなど相当なドジを踏むが、誰も手取り足取り教えてくれるわけではないのだと理解していたので黙々と急いだ。オートマチックなので装着は簡単だ。然しながら、二日前に大佐が言った言葉が頭によぎり、ジャケットの胸ポケットからスイスアーミーナイフを出し、付属のドライバーを用いてアイゼンのビスを更にきつく締め上げた。スイスアーミーナイフは携帯電話用ストラップ(長)でジャケットの内ポケットに連結してある。こうすれば万が一にも落とさずにすむ。ふと気づくと、組まされたパーティーの中にジルべえがいた。彼も靴やアイゼン装着にもたついているようで僕は少し安心した。今回のパーティーは熊副隊長、アン、ジルべえ、そして僕で構成された。他のパーティーは恐ろしいほど手際よく準備を終え、次々と前進していく。我々は最後に出発する。<br /><br />前哨戦〜ピック・ドゥ・ネージュ・コルディエ三六一四m<br />〜「ヤバイ、ヤバ過ぎる!!!」〜<br /><br />ほぼ十?間隔でお互いを確保しながら進んで行く。ところどころは各メンバーの距離を短い距離にしてすぐに危険を察知できるようにタイトロープで対応するのだが、先行の熊副隊長と最後尾の僕は巻いたロープを手にしない。そのおかげで少し楽が出来た。ラッキー!そう、二番手と三番手は斜面を蛇行しながら上がっていくこの道程、左右への方向転換時にはロープを跨ぎつつ、ピッケルも持ち替えないといけない。これが意外と面倒で、ピッケル・ホルダー、(ストラップというべきか)を左右の手首から毎度外すのが大変だ。他方、転倒時にピッケルを手から落として回収不能にすることだけは何としても避けたい。そこを考えると、どうしてもループに手を潜らせてしまうのが人情である。僕の前を行くジルべえがその作業に悪戦苦闘している姿を見る度にそれを感じた。そういう意味でジルべえはついてなかった。そして、この先幾多もの不幸がジルべえを襲うのだった。<br />ここから歩き出して一時間ほど経過した時点で勾配がきつくなりだした。不意にジルべえが転倒。ただ前につんのめっただけだったが、アイゼンが外れてしまったようだ。熊隊長がそれを察して小休止となる。ジルべえには申し訳ないが実にあり難かった。喉には渇きを覚えていたし、慣れないこの歩行体制は必要以上の緊張を強いる。僕はリュックから突き出しているハイドレーション・ホースを口に含んで水分の補給を行なった。気のせいか、水が妙に冷たい。おそらく露出しているチューブの部分が極端に冷えてしまうからに違いない。歩行を続けている自分の体はそれなりに熱を怯えているのだろうが、外気はかなり低いのだろう。スントで気温を確認しようと思った矢先、バリバリと耳障りな音が近づいてくる。(何だ?我々に向かってきているぞ。何か、問題でもあるのかなあ。)ヘリは更に我々に接近してくる。周りを見渡すと、まわりもぽかーんと口をあけている。ジルべえと目が合うと、<br />「なんだろう?」と一言漏らし、その後急いでアイゼンの装着し直し始める。なかなか上手く行かないようだ。それを見た熊隊長がジルべえへ近寄り、彼を手伝い始めてこう言った。<br />「あのパーティーだな。」<br />よく見ると、八十mほど左の斜面に三人で固まっているアルピニスト達の姿が認められた。ヘリは彼等の上空を旋回し、その後直ぐに山小屋『白氷河』に向かった。ジルべえと熊さんは相変わらずアイゼンと格闘している。前方にいる『写真家』がヘリを撮影しようとしているようだ。三人衆のパーティーも休憩に入っている。そして、ジルべえのアイゼンがようやく装着された頃、ヘリは又もや我々側へ急接近してきた。そして、三人のアルピニストの頭上でホバリングを続け、彼らへの救助活動へと移った。順番に一人ずつが引き上げられていく。撤収作業鮮やか、ヘリは瞬く間に消え去った。熊副隊長の説明するところでは、彼らは転倒、滑落し、そのうち一人が足の骨でも折ったのだろうとの事であった。(後に彼等のトレースを発見。熊副隊長の推察どおりであろうと他のメンバーの意見も一致した。)この時点でジルべえの顔は蒼白となっていた。おそらくは僕もそうであったろう。転倒に滑落。やばい、マジヤバイッすよ。と言うべきか、今日はアイゼンでの歩行に予行演習が目的じゃなかったっけ?こんな滑落者が出るようなところが練習場なのか。頭の中をよぎる不安。押し寄せてくる緊張。予測も出来ないような状況で滑落してしまう事もあるだろう。この時僕は、フリークライミングでは決して必要とされないだろう何時間にも及ぶ長期的な精神集中を強いられる『アルパイン』界に足を踏み入れたのだと強く認識したのだった。<br />				<br />根性見せたれや!〜加藤ヒロシに勝てるか〜<br /><br />緊張を強いられたまま、踏み出すキックステップ。それでも、二度三度は転びそうになった。高度や傾斜角が変わるところで雪の状態が微妙に変わるうえ、対角線上にトラバースを繰り返す過程で方向転換を行なうのだが、その時の踏み込みが甘かったりするとそういう事態を迎えてしまう。始めての雪上歩行。本当に苦戦を強いられた。フリークライミングで絶壁や崖っぷちに慣れっこになっているはずの僕が、思わず足をすくませてしまうような傾斜も現れたりした。頼るものはイマイチどう効かせるのかわからない二足分のアイゼンと上手く突き刺す事が出来れば窮地を救ってくれそうな面影のピッケルだけである。なんと不安な事か。それと、もう一つ言い訳を探せば、我々は衣食住全般にかかる全装備を携行して進んでいる。これは結構すごい事のような気がする。然も、僕のトレッキング用リュックはサイドポケットが特に大きく、自分なりにパッキングを工夫したつもりでも、どうも重心がばらつきやすい。全くもって不覚であった。膝と背に来る負担は相当なものだ。何とか小休止を稼げないものか。ついつい弱気になってそんな風に考える自分を叱咤する。だが、ここでジルべえである。またもや、アイゼンが外れたらしい。思いがけず小休止が稼げた。ジルべえありがとう。そして更に時間が経過すると、ついに山頂が見え始め、雪が断ち切れているような場所がうかがえた。こうなると急にはしゃぎだすのがクライマーというものである。心を躍らせて歩き続けるとあっという間にクライミングゾーンである。そこにはぐったりという感じで休憩している『哲学者』の姿があった。訊くと上までは登らないという。彼はネパールの高所トレッキングを終えたばかりで高度順応は既に終えていると噂されていたが、旅の疲れが出たのだろうか。まあ、決して楽な道程ではなかった。だが、僕はまだいける。所々は雪を覗かせる岩場を見るに、さすがに素手は駄目かと思われたので、早くもインナーグローブ以外は脱ぎ去った。然し、手にしているピッケルはどうするの?と思うとここで熊副隊長が接近して顔を覗かせ、<br />「トシ、ピッケルはリュック左右の背面ベルトの間に滑り込ませるのだ。」<br />と教えてくれた。急いでそうする。ここでふと疑問に思ったのだが、このテクは始からフードがぶら下がっているタイプのジャケットには適していないのではないか。フードがピッケル収納の邪魔になるだろうし、フード部分が緩衝して磨耗したり、擦り切れたりすんじゃないか…。僕の素朴な疑問はさておき、一応ロープを手に持ったりはしつつも(十?間隔のロープを巻いてお互いを五m程度の距離にした。)、両手を使っての登攀だ。せいぜいクライミング初心者レベルの三くらいのグレードしかなさそうな、こんな岩場など六Cボルダラーが蹴散らしてくれるわ!と意気込めたのは最初の三歩までで、雪上では僕の命を救い続けたアイゼンが足枷のように邪魔だ。おまけにリュックも邪魔だ。アイゼンはぎりぎりと不快な音を発しながら岩を軋ませ、然も重心の安定を奪う。これになれない僕はなんとか腕だけで進もうとしたので結構疲れた。思わず、岩に頭をぶつけたりもした。幸いにしてヘルメットが助けてくれたので痛くはなかった。そんなこんなで、ああ、何てこった。と心の中で嘆き始めた頃、山頂についた。皆が場所を空けてくれると、そこからの眺望はやはり見事だった。自分たちの進んできたトレースが望め、それを眺めると感慨深い気持ちになってくるから不思議なものだ。喉に渇きを覚え、水分補給する。さっきよりも更に水が冷たく感じられた。『写真家』は次々とシャッターを押し続けている。なんという余裕だろう。やはり、この程度の山は散歩程度にしか感じていないのだろうか。ここからは降りる方だが、僕はてっきりラペリング(懸垂下降)するものと思い込んでいた。ところはそうではないらしい。ええっ。アイゼンをつけて岩場を下るのか?驚愕の表情を浮かべた僕を前に副隊長は言った。<br />「大丈夫だ。君が最初に降りるんだ。もし、転んでも後ろの人がロープで君を支えるから。」<br />そう、退路の先頭は初心者が勤めるらしい。僕の前をクライミング・グレードでは5a程度しか登れないともらしていた別の隊最後尾のトムが勇ましく通過していく。全く恐れを感じていないようだ。彼に習ってクライムダウンを始める。思い切って下半身に重心を移動。膝にはそれなりの衝撃を受ける。やはり、慣れない歩行で一番疲労するのは膝のようだ。バランスを取る為に神経を丹田(へその辺り)に集中する。ひやっとする瞬間はあったものの、何とか事なきで岩壁ゾーンを脱したのだが、今度は雪のゾーンだ。ピッケルを手にしたはいいが、登りよりも恐怖を与える眼前の傾斜。然も、傾斜角によって微妙にステップを変えなければなら事もある。一瞬の気の緩みで滑落となり、ヘリを呼ぶ羽目になる。気を引き締めて地面に突き刺されよと言わんばかりにアイゼンを踏み込んでいく。膝や腹部には毎回相当の衝撃がはしる。然し、ピッケルを差し込みながら、前方のトムがつけた靴跡(或るいはアイゼン跡)を踏みつけて進むしか方法はない。途中、雪が浅く、岩肌がかなり近いようなルートを通る。行には感じなかった水の流れる音。雪が解け始めているのか。雪に突き立てたはずのピッケルはカツンと音をたて跳ね返され、深く差し込もうとした片足は雪を突き抜けてしまった。限りなく不安定だ。それでも、進んでいくしかない。少し、跳ぶ。この足の着地先が不安定だとかなりやばい。幸いにして、雪へのめり込みは良かった。こういう綱渡りのような緊張が一時間以上続いた。そして、ややなだらかな局面を迎えたその時である。キュルルー。お腹を違和感が突き抜ける。危険を直感した。ああ、冷たい水が祟ったか。僕と友人のチュージは胃腸が繊細である。いや、ヒンジャクに出来ている。それなので、怪しげな民族料理屋での食事後やガーリックだらけの料理の後では必ずと言っていいほどお腹を壊す。アルパインをするときに二人に立ちはだかる最大の問題はまずこの点でこれであろうと、仲間内の誰かが既に喝破していたが今まさにそれが脳裏に浮かび上がった。登り以上に体重やバランス調整に神経を割かなければならない今、僕は腹筋の縦横軸以外に斜めその他まで気をつけないといけなくなったのである。気になりだすと、足運びに集中されていた神経は散漫となるし、他の事を考えようと思うと今度は足運びがおろそかになる体たらく。かといって、女性隊員がいるこのパーティーでちょっとかなり長い時間の休憩を意味する岩陰への離脱を言い出すことなどこの僕には出来なかった。思わず、自分のこの悲劇的な状況をどう例えたらいいだろうか等と考えてしまう。真っ先に浮かんだのが、自分が中学生の頃最も身近に感じていた漫画『ビーバップ・ハイスクール』の加藤ヒロシを襲った悲劇である。大筋はこんな感じだった。<br />加藤ヒロシは向かうところ敵無しの剣客、いや喧嘩っ早い不良学生だが、ある日強い腹痛に襲われた。もう、動けねー。やばい、直ぐにトイレに駆け込まなければー、というような状況である。そして、そんな瞬間に限って他校の不良学生と遭遇してしまう。案の定、他校の不良は加藤に喧嘩を売ってくる。ここで加藤ヒロシは二者択一を迫られる。この腹痛時に喧嘩を買うと、喧嘩の最中にお腹の物が下ってしまい、喧嘩で勝ちを収めても醜態をさらすリスクがあるのだが、そのリスクを負ってでも勝ちを探しに行く方法を取るか、この場は舐められてもいいから負けたことにしておき、家に帰って正露丸を飲んで体調を整え、後日リベンジするか。結局、加藤ヒロシは後者を取る。そして、見事にリベンジを果たす。でも、やっぱりちょっと格好悪いぞー!てな話であった。だが、そんなエピソードを思い出したりしている場合ではなかった。ああ、本当にヤバイ。誰か助けてくれー。と未曾有の危機であった。歩いているうちの何度かは真剣に真実を告げた上で岩陰に向かって走ろうかと思った。しかし、そういう局面で手軽にアプローチできる岩陰はないのだった(涙)こうなってくるともう、方法は一つしかない。速攻で下山し、次の山小屋に到着すればいい。幸いにも自分が先頭である。そう思い、このピンチを明るい推進力で押し切ろうと考えた。僕の歩行は寡黙ながらも少しスピーディーで力強いものとなり、皆も何となくそのペースにはまって行ってしまう。そう、思えた矢先だった。『ピーッ、教育的指導!!!』またもや、ジルべえである。アイゼンが外れた上、思いっきりスッ転んでいる。やっぱり、トレッキングシューズにアイゼンは無理があるのではないだろうか。今まではあり難く感じていたジルべえを襲う不幸も、今は呪うべきうっとおしさに取って代わられていた。人間はというか、僕はつくづく勝手なやつである。まあ、でも彼の身を心配してもいたので、大丈夫かどうかは訊いてみた。やつは手を振って大丈夫だと示した。この後も二度ほどジルべえ休憩は乱発され、僕はその度に心頭滅却していたのであった。その間も、腹と腸の中はマグマのような動きを伴い、僕の精神統一を妨げていた。然も、この日に限って寒さ凌ぎにアンダースパッツCW‐Xを履いており、密着感を伴った汗ばみが僕を苦しめた。そういう疲れもあって、遂にゲイターにアイゼンを引っ掛けて、派手にスッ転んでしまった。緊張の稲妻が直撃する。投げるようにピッケルを刺す。両手でそれを抑える。停止動作完了。自然と出来たピオレ・ポワニヤール。二m程の滑りですんだ。副隊長の声がする。<br />「大丈夫か。」<br />大丈夫だと直ぐに答える。でも、僕が本当に気にしたのは下腹部の方だった。ゲイターは破れたが何とか事なきを得た。そこで、次の山小屋が視界に入り、ロープ解除が厳命された瞬間、僕は走り出していた。皆はぽかんとした顔で僕を見た。それでも、僕はもう必死だった。さえないだろうが、『トイレに向かって走れ』で第一戦は終了したのである(爆)<br /><br />

エル・フロワド べルギー山岳会との登山

2いいね!

2004/07/03 - 2004/07/15

227位(同エリア264件中)

0

1

アルピニスとし

アルピニスとしさん

七月四日  ヴァルルイーズ ラ・バウティBC 全てはここから始まった。

午前一〇時に最初のBC(ベース・キャンプ)地となる宿所ラ・バウティに到着した。駐車場所の確認と自分が寝泊りする場所がどういった種類の家屋であるのか早めに見る為なのだが。何しろ僕は今回のCAB合宿で唯一の外国人だし、仏語が出来ると言っても所詮母国語レベルに達してはいない。普段の生活以上に神経を研ぎ澄まして彼等から発せられる言葉を理解し続けなければならないし、環境に馴染めず出遅れたりするのもNGだろうし。GITEという種類の宿所でホテルとは異なる種類の宿泊施設ではあるがユースなどと比べればそれなりに快適な場所だ。僕は安心して午後三時までの暇つぶしを行なう事にした。まずは宿所近辺を散歩した。宿所はヴァルルイーズと言う名の村の中心部にあった。ヴァルルイーズは日本人には余り知られていない村だと思われるが、素敵なフランスの田舎町といった風情で、教会の前に噴水があり、町の中心部を岩清水が流れ出して集まっただろう川が横切っている。小さな村でしかないが観光案内所や山岳ガイドの事務所があったりするし、『高山病を科学的に検証する』等といった講演会が村近辺の大学で行なわれている(ポスターが街中に張ってあった)を見るに、山関係やスキーなどの重要拠点に違いない。さすがCABはいいところを最初のベースキャップに選んだものだ、などと僕は妙に感心してしまった。ふと見ると、丁度上手い具合にBCから目と鼻の場所にあるスポーツショップに現地で登攀可能な岩石=ボルダ―のトポが置いてある。やはり、思わずゲットしてしまう。薄くて然も白黒ページに一〇ユーロはちと高いが背に腹は変えられない。早速購入し、ボルダ―の場所を目指した。

  AILEFROIDE(エル・フロワド)の死闘

残雪の望めるエル・フロワドの奥地に到着し、直ちにボレアル・ピロスを履く。でも、よく考えると今回はクラッシュパッドがない…。=落ちたら危険だ。そうなるとこの後の登山も棄権だ。然し、トポまで買ったのにやらないのも癪だし、僕はいくじありな男だ。挑戦せずにいれるものか。そう結論付けた後、目標のボルダ―にいきなり取り付いてみた。ボルダーの登りで大事なのは的確さを折り混ぜた瞬発力とホールド部分に力を終結させる集中力だ。自分の中の小宇宙に爆発的なエネルギーを与えるという感じ。それがボルダリングだ。
まずは4+である。さすがにオンサイト。そして、5bこれは三撃。5bとは言え、妙に簡単だ。フォンテーヌブロウ(以下ブロウ)だとこうはいかない。ただ、登りきった後のクライムダウンにはやたら緊張を要した。時には2m以上になることもある岩からの落下の危険を軽減するクラッシュパッドもないし、ソフトランディングしないとこの後が大変だ。然し、地面に戻るや否や調子に乗って6b/6b+に挑戦する。出来る時にやっておかないとレベルは簡単には上がらない。どうしてもそう思ってしまうものである。然し、さすがに6bレベルに来ると簡単とはいえない。と言うか、ブロウの6aには死ぬほど苦しんだ記憶がある。だから当たり前の筈だ。
いや、厳しい事は厳しいが多分5bくらいの手応えしかない。ホールドの掛かりが良すぎる。このゾーンのボルダ―のグレーディングは相当甘いのだろう。確実に登れると認識した僕はMPEGレコーダーで撮影する余裕に恵まれた。そして、案の定十回ほどのトライで6bも終わってしまった。そう来ると普通に6cに挑戦してしまうのだった。ブロウでは考えられない暴挙。僕よりも遥かに実力のある友人のかんちゃんですらまだ6cは終わっていない。
ありえねー。一言で言うならそんな感じだ。だが、よく考えれば僕はグレード云々以前に暇な時間を楽しく遊びたかっただけだ。一人で残雪の隣でボルダリングに勤しむ等というシチュエーションはそうはないだろう。真剣にただ岩に向き合えばいい。三十分ほどをこの6cだけに注いだ。明らかに他の課題よりもグラヴィティーを感じる。足の位置もそれなりに辛い。然し、フリクションはこの上なく良かった。三十数分後、僕は遂に6cを制した。然程の嬉しさも無かった。ブロウなら多分5cくらいのグレーディングだろう。いい運動になったのでまあいいか。

六時だよ全員集合

気がつくと、もう三時を過ぎていた。急いで宿所へ戻ろうと試みるが、よく考えるとこの辺り完全なまでに狭い山道だった。今回はRAV4で来ており、こういう場所で走らせてこそこの種の車の真骨頂となろうが、かなり気をつけて走らないとカーブ域で対向車と衝突しそうだ。そのせいで、到着は三時半をまわってしまった。何たる失態、と自分を恥じるも、まだその時点においても僕意外には一名しか到着していない。そいつは若くてハンサムだが少し小さめ。僕は心の中でそいつの事をトムと名づけた。悪気はない。話しているうちに何名かは既に到着していたが荷物を置いてまた出かけたらしいことが判明した。結局のところ、メンバー全員が顔をあわせることになったのは午後六時だった。その間に僕はブリュッセルの相棒へ電話したり、友人達に絵葉書を書き送ったりしていた。気がつくとベルギー人達はすべて個人の荷物を各部屋内に運び込んでおり、いい場所にある寝台は全てゲットされていた。僕の寝台は出入り口ドア付近となった。やはり要所要所で彼等ベルギー人は素早いのである。
最初の夕食時に参加メンバーの再確認が行なわれた。以前のミーティング時に一応顔を合わせた人間が殆どだが、こういった場で顔をあわせると第一印象とは違うイメージを与える者もいて不思議感覚を味わった。実際には、後の歩行時に各メンバーのそれぞれから他の参加者の経歴その他を少しずつ知っていったのだが、物のついでというのか、この時点で他の参加者の紹介をしてしまおう。ただし、本名は使わない。まず、隊長。僕は彼の事を『大佐』と呼びたい。事実、彼はベルギー陸軍に所属し、そこで山岳訓練なども含んだ(といってもベルギーに山は無いぞ!)体育教官を勤めている。容貌も映画に出てくる佐官クラス然としており、時折飛ばすジョークも軍人風でとってもアーミーな雰囲気を醸し出している。綿密な計画立案と目標達成に対する信念。これ以上の隊長は望むべくもない。実際の階級は大佐より下だろうと思われるが、彼への尊敬の念と僕と同じザ・ノースフェイス愛用者という事実をも加味して『大佐』の格付けとした。新素材や新製品をやたら試したがる性癖に僕との共通点が見えた。副隊長、『熊さん副隊長』略して『熊副』。ごつい体躯、やや赤ら顔。わかりやすいぐらいベルギーの山やといった風貌の副隊長は『ディーゼルエンジン』の異名を持つ。フランスの俳優ジャン・レノをもう少しもさくした様に見えなくもないが、長年柔道で鍛えていただけあって忍耐強いようである。GPSなどの最新機器にはちと弱いが山歴も長く頼りになる男である。ちなみに隊長、副隊長はベルギー山岳インストラクターの肩書きを持っている。そして、隊員達だが全部で一二人。その中の半数は山歴ゼロ(この場合は高所登山を指す。)中には軽い気持ちでやって来てしまったうつけものもいた。隊長たちに続く山歴を持つ壮年組三人衆。『博士』、『写真家』、『ウィル』とそれぞれ名づけた。『博士』は化学薬品において本当に博士号を持つインテリで山歴は十年以上、見るからに博士という感じのあごひげがいい。どちらかといえば痩せ形だがやはり山男でタフガイである。『写真家』はベルギー国土整備省の公務員だが写真の腕はセミプロ級、お昼休みにはランニングか自転車を漕いでいる体力増強おたくでモンブランには既に登っている。見た目は研究家。『博士』と一緒に研究室にいそうな感じがする。『ウィル』もやはり山歴十年以上。CABの中でも知名度が高いようだ、一睡もしないで山に登り続けることが出来る優しい眼差しの公務員である。ちなみにこの三人は五十歳代と思われる。その次はやはり山歴六年の『ヒゲマニュ』。合宿後にフルーネームを確認したのだが、実は貴族であった。でも、僕にとってはBCに入った日から日増しに髭の色が濃くなる、快活な山やヒゲマニュなのだ。この男六児の父でもある。六児を置いて山に挑む事の出来る家族のサポート体制を考えると、やはりただ者ではなかろう。そして、山歴三年、モンテ・ローザにも挑戦した若きアルピニスト『トム』。一般大学の遥か上を行く理工系グランゼコールの出身者でロケットや航空機を製造している仏系有名企業に勤めている。そのため現在トゥールーズに在住。ハンサムで非のうち所ない男だと思いきや、背が若干低い事、ベルギー人なのでフランス人から田舎者扱いされる事をかなり気にやんでいる。お次は山歴二年の『哲学者』。本職は看護士。京都に一年在住していた日本通でもある。趣味はヨガでその為にインドやネパールに頻繁に出掛けるらしい。他の多くのベルギー人の中に見受けるように、頭のてっぺんから半径五センチ大の円を描いた禿があり、かたくなな目尻の皺とあいなって修道士のようだ。残るは初心者組。まずは最強の二人、『あずさ一号』『あずさ二号』或るいは兄弟拳バイクロッサ―でもいい。モトクロスもこなすスキンへッズな奴等。実は狩人だった!上等なジャガイモに目と鼻、耳などをつけ足したような無骨な力強さが表情に現れている。あの大佐にして、
「あのアルデネイ(アルデンヌ男達)は疲れるという事を知らんのか。」
と言わしめたほどである。
「そりゃ、獲物を追って森の中を駆け巡っているハンターとなりゃ疲れ知らずだわい。」(壮年組三人衆談)と基礎体力は最強の若者達。崖クライマーでもありロープワークもCAB主催の合宿で学習済みなので初心者には入らないかもしれない。奴等と対照的な男『ジルべえ』別にジルベールという名でもないが思い当たるジルベールに似た性格であるためこう名づけた。自称『年季の入ったトレッカー』である。今回の登山をトレッキングの延長だと解釈、軽い気持ちで参加したらしい。最近買ったデジカメがお気に入りで『写真家』と拮抗できるシャッター乱射率である。優れモノおたくなのか僕の装備を二四時間体制でチェック。人なつこそうな表情の裏に僅かなせこさを潜ませている。お次は『不死身のアン』。この人もワロニー地方省に務める公務員。頭もいいし、適度な協調性もある。小柄なのにアスリート並の体力。年齢不詳系だが三十代中盤と認められる。美人ではないがブスでも無く、誰とも馴染める優等生。今回の企画にはうってつけの異性であった。『アン』のニックネームは単純に彼女の赤毛に由来する。そして、今回もっとも不幸だった『オバサン』。壮年おやじ三人衆と同年代のこの人、山小屋には何度も寝泊りした事があるらしく、その経験とクライミングジムでのプラスティック・クライミングの経験から今回の登山もこなせると勘違いしたようだ。装備やウェアも人からの借り物か、ただのウインドブレーカーだったりして最初からちょっと困ったぞ、である。
以上が、主な参加者だが後に二名の特別参加者が現れる。それは後にとっておくとして、各自の自己紹介を終え、翌日の『装備確認の儀』、『山小屋までの行軍予定』についての説明がなされると早々の解散となった。或る者は早々に就寝し、或る者は『ユーロ二〇〇四』サッカー大会を見ていた。そうそう、夕飯は『バスク風チキン』がメインでよかった。ジルべえはしつこいまでにお代わりを要求し、赤ワインのグラスを片手に上機嫌で『最高だ。』を連発していた。

ハイキング気分で山小屋まで  〜『装備確認よし!』〜

翌日の朝食は八時半とのんびりさんであった。コーヒーか紅茶或いはココアにオレンジジュース、コーンフレークとフランスパンにはジャム二種類にバターなど。安宿にしては上出来だ。上機嫌で外に出ると、相変わらずの晴天。暗雲立ち込めるベルギーを去ってから三日間の快晴続きとなる。背伸びをしていると既に『装備確認』が始まった気配。十時と伝えられていた予定が早まっている。僕は全装備を持って駆け下りた。大佐がジルべえやオバサンの装備を検分している。
オバサンはゲイターを忘れてきたらしいし、ジルべえはトレッキングシューズしか持ってきていないらしい。まあ、近辺に装備を買い揃える事のできる店は幾らでもある。彼等のチェックが終わった後は僕の番だった。心配性の僕は自分から気になっていた点を先に質問する。
「僕のリュックは本来トレッキング用だけど大丈夫ですかね。」
そう、七年前に仏の量販店『デカトロン』で買った六〇?のリュック。身長に対応してウェストベルトを調節できるそれなりに高級仕様のものだったが、七年も前のモデルで防水性にも乏しく、摩擦にも弱いかもしれない。それが気になる。大佐は一瞥した後、
「まあ、いいんじゃないか。」
とコメントした。然し、その隣に並べられていたゲイターを見て、
「これは雪山用じゃないな。雪山用の方がいい。」
と述べ、さらに隣のブラックダイアモンド製オートマチックアイゼンとスポルティーバのローツェをみて、
「この二つの相性は必ずしもベストではないな。ローツェのソールは完全なハードタイプのものより少し柔らかめなんだよ。まあ、まずは様子を見てみるか。」
と続けたのだった。そういえば、他のメンバーは同じスポルティーバでもネパールシリーズだったっけ。雪山でアイゼンが使えなくなったら…。大佐は僕の訝しげな表情を見て悟ったのか、
「セミオートのアイゼンの余りが一つあるからいざとなればそれを使えばいい。」と締めくくった。そういえば初回のミーティング時に、ピッケルとアイゼンについてはCABから無料で借りることも可能だと説明していた。然し、僕はその説明を聞く前に既にアイゼンを購入していた。僕は早速雪山用ゲイターを買いに走った。店に着くと『オバサン』が同じようにゲイターを買いに来ていた。

いよいよ出陣

全員の車で山の麓まで行く必要はないので分乗して出発する事になっていた。『博士』の日産エクストレイル、ウィルのプジョー・パートナー(商業用車タイプ)、そしてぼくのRAV4と言う車列だ。十数分で麓に到着。まだ、午前十時頃だった。ジルべえなどは深呼吸したり、鼻息を荒げたりして既に興奮気味だ。遂に山歩きを始めたのだ。皆力強く足を運んでいく。新参者達は先陣争いでもしているかのように足早で少々驚かされるが、ヤマト男児もこれに遅れをとるわけには行かない。レキのストック片手に先行する『あずさ一号、二号』を追った。頭の中にはインディジョーンズのテーマが大音響で鳴り響き、僕の冒険心は全開だった。この途中、始めてマーモットを見た。トムなどはもう触ることのできる所まで近づいている。『写真家』はシャッターチャンスを逃さない。
三時間は歩いただろうか。誰も一度も休憩しない。喉に渇きを覚えた僕はプラティパスのハイドレーションシステムを介してこまめに水分を補給した。僕以外にもCAB内の五人が同様のシステムを使っていた。やはり便利なものは普及するのだ。氷河が現れ始めた頃、小休止となった。皆がそれぞれ行動食を食し始める。カロリーメイト系から乾燥フルーツ系まで、各自の行動食はバラエティーに富んでいる。チョコレートを貪っているものもいて、やはりベルギー人だと思わせる。腕のスントを見やると気温は三三度。Tシャツでも暑く感じるくらいなのに、よくも溶かさずにチョコを持って来られたものだと少し驚いた。さて、僕はというと、現在歯を矯正中なので硬いものを砕くのは大変なのでケーキタイプの行動食だ。さすがの長期歩行なので少し甘めの方が疲れを取れる気がする。一五分ほどで歩行を再開する。そして、一時間もしないうちに最初の山小屋『白氷河』に着いた。よく歩いたなあと我ながら感心したが辛くは無かった。意外と苦しくないものだとここで初心者は勘違いをしてしまう。僕もその一人だった。
始めて山小屋に入る。入口には当たり前にアイゼンとピッケルを置く場所があり、大佐が全員の分の装備品をワイヤーコード付南京錠で結んだ。ピッケルがたまに盗まれる事もあるらしいのでそれに備えたのだろう。大佐はやはり用意周到な男だ。部屋割りが決まったので早速荷物を置きに行く。僕の持つ山小屋のイメージとは幅の狭い雑魚寝ゾーンみたいな感じであったが、なかなかどうして、ここには立派な寝台型ベッドがあり、すこぶる快適そうに見える。はっきり行って昨日の宿所と大差がない。ここでも快適に眠れるだろうと思えた。数十分の間、ものめずらしい山小屋見物をしていた僕も慣れてくると少し暇を持て余した。そう感じたのは僕だけではないらしい。ジルべえ、あずさ一号・二号も右往左往を繰り返している。それに気づいた大佐が、
「いい散歩コースがあるぞ。行ってきたらどうだ。」
と提案し、狩人たちが地図上のルートの説明を聞いている間に僕も準備を始め、十分後そのコースへ四人で踏み出した。

ゴアテックスの限界

調子に乗ったはいいが、実はそれなりに膝に疲労が来ていた。それはジルべえも同じらしく遠めに見ても足が重そう。それに比べて狩人の二人は飛び跳ねるかのようにして先を進む。すぐに雪が現れ始め、登山靴オンリーの我々は少し緊張し始める。雪のゾーンに入った途端足を滑らせた僕は、徐々にリズムが崩れ始め、何度もこけそうになった。そこへ、快晴を突き破ったような突然の夕立。それも、バケツをひっくり返したとはよく言ったものだと思える規模のものだった。
「撤収!」
叫ぶや否や、全員が走り出す。溶けて霙状になり始めた雪を跳ね上げながら急降下していく狩人たち。歩調が遅すぎるジルべえ。ジャケットからフードを滑り出させて頭を覆った時点で僕はジルべえにあわせることにした。ルートを記憶している狩人たちはともかく、GPSを所持している僕がジルべえを置き去りにする事は出来ない。僕と行けばGPSのトラックバック機能で山小屋まで戻れる。そう思いながら見やると、ジルべえのEIDER製トレッキング用ジャケットがビショビショになっている。撥水性を完全に失ってしまっているのか、既に衣服が身体に張り付いているような状態だ。この時点では自分のノースフェイス製マウンテンレスキュージャケット@日本製はまだ水滴を生地表面に浮かべていた。しかし、山小屋が見え始めた頃にはジルべえのジャケットと同様の状態になっていた。初めての本格投入なのに土砂降りの雨の中数十分歩くとゴアテックスの防水機能は突破される。その事実に驚愕した。もっとも、自分達が走ったからインナーが濡れている状態で水分自体はジャケットのメンブレン域でブロックされているのかもしれない。それにしても大自然恐るべし。何とか山小屋に辿り着いた僕達は、水を吸って重くなっているジャケットを見やりながら、予測不能な山の天気と怒涛の如く降り注いだ雨についてコメントを出し合っていた。
食堂に皆が集まっている。この時は誰もが軽装なので気づいたのだが、隊長をはじめメンバーの半分ぐらいが腕にフィンランド製ウォッチ、スントを装着していた。殆どがベクターだが意外にもジルべえは上級機種エックスランダーだった。僕は右手にこそセイコーインスツルメンツ製ウェラブル・パソコン、ラピュターだったが、左手にはやはりスント・アドバイザーを装着していた。皆でいっせいに高度計を見る。このときの高度は二五四二mが正しい数値だったが、それぞれのスントは誤差三、四〇mの違いを出していたのが面白かった。気圧を元に数値が測定される仕組みだから致し方ないにせよ。余り頼りにならんなあ、とみんなで笑いあった。夕ご飯は又もやチキンであった。さすがに文句をいう者もいた。そのわりにはきっちり全てをたいらげる。ジルべえなどはパンまでお代わりをする始末。明日のアイゼンワーク練習に備えているのか。まあ、今日の調子で行けば楽勝だろう。そう思いながら寝台にあがるも、膝には軽い疲労感が…。他者のいびき対策の耳栓は完璧であったが、眠りは浅い。
七月六日
僕の腕から片時も離れないラピュター―がスターウォーズのテーマを奏でる。六時起床。飛び起きて全ての荷物を担いで階下へ急ぐ。朝ご飯が既に準備されている。小屋内ですら少し寒いが朝食のコーヒーで少しすくわれた気分になる。皆眠りが浅かったのか、出陣に備えているのか、意外と無口だ。食べ終わると次々にヘッドランプを点灯させ、登山靴を履きに行く。前日、濡れたジャケットを干していた僕は他のメンバーより少し遅い出動だ。山小屋を出て直ぐ、かなりの高低差と思える岩を飛び越えるかのようにして進み始める。レキのストックを叩きつけるようにして着地させ、自分の足をも荒くランディングしていく。膝には相当の負担だろう。それでも靴の性能のおかげでかなり軽減されている方だ。ただフリークライミング用シューズとは違うこういう靴のソールを僕はイマイチ信用できなかった。転倒しない様に神経を最大限に張り詰めて体重移動するしかなかった。こうやって何とかついていこうとする。皆は難なく進んでいく。雪のある場所まで個別に進んで行くのだろうか。数十分歩くと雪が現れるが、傾斜がない間はこのまま続行の様子だ。傾斜が見受けられたところで大佐が停まった。ロープを肩から下ろしているのが見えた。ここで何とか追いついた。
「アイゼン装着。これからは四人一組のパーティーで行動する。」
ひたすら焦る。アイゼンを上手く装着できない『オバサン』の悲鳴が聞こえる。この人は苛立ちを隠せない質である。休憩が少ないだの、誰も手伝わないだのとこぼしている。僕は僕で先にゲイターを装着してしまうなど相当なドジを踏むが、誰も手取り足取り教えてくれるわけではないのだと理解していたので黙々と急いだ。オートマチックなので装着は簡単だ。然しながら、二日前に大佐が言った言葉が頭によぎり、ジャケットの胸ポケットからスイスアーミーナイフを出し、付属のドライバーを用いてアイゼンのビスを更にきつく締め上げた。スイスアーミーナイフは携帯電話用ストラップ(長)でジャケットの内ポケットに連結してある。こうすれば万が一にも落とさずにすむ。ふと気づくと、組まされたパーティーの中にジルべえがいた。彼も靴やアイゼン装着にもたついているようで僕は少し安心した。今回のパーティーは熊副隊長、アン、ジルべえ、そして僕で構成された。他のパーティーは恐ろしいほど手際よく準備を終え、次々と前進していく。我々は最後に出発する。

前哨戦〜ピック・ドゥ・ネージュ・コルディエ三六一四m
〜「ヤバイ、ヤバ過ぎる!!!」〜

ほぼ十?間隔でお互いを確保しながら進んで行く。ところどころは各メンバーの距離を短い距離にしてすぐに危険を察知できるようにタイトロープで対応するのだが、先行の熊副隊長と最後尾の僕は巻いたロープを手にしない。そのおかげで少し楽が出来た。ラッキー!そう、二番手と三番手は斜面を蛇行しながら上がっていくこの道程、左右への方向転換時にはロープを跨ぎつつ、ピッケルも持ち替えないといけない。これが意外と面倒で、ピッケル・ホルダー、(ストラップというべきか)を左右の手首から毎度外すのが大変だ。他方、転倒時にピッケルを手から落として回収不能にすることだけは何としても避けたい。そこを考えると、どうしてもループに手を潜らせてしまうのが人情である。僕の前を行くジルべえがその作業に悪戦苦闘している姿を見る度にそれを感じた。そういう意味でジルべえはついてなかった。そして、この先幾多もの不幸がジルべえを襲うのだった。
ここから歩き出して一時間ほど経過した時点で勾配がきつくなりだした。不意にジルべえが転倒。ただ前につんのめっただけだったが、アイゼンが外れてしまったようだ。熊隊長がそれを察して小休止となる。ジルべえには申し訳ないが実にあり難かった。喉には渇きを覚えていたし、慣れないこの歩行体制は必要以上の緊張を強いる。僕はリュックから突き出しているハイドレーション・ホースを口に含んで水分の補給を行なった。気のせいか、水が妙に冷たい。おそらく露出しているチューブの部分が極端に冷えてしまうからに違いない。歩行を続けている自分の体はそれなりに熱を怯えているのだろうが、外気はかなり低いのだろう。スントで気温を確認しようと思った矢先、バリバリと耳障りな音が近づいてくる。(何だ?我々に向かってきているぞ。何か、問題でもあるのかなあ。)ヘリは更に我々に接近してくる。周りを見渡すと、まわりもぽかーんと口をあけている。ジルべえと目が合うと、
「なんだろう?」と一言漏らし、その後急いでアイゼンの装着し直し始める。なかなか上手く行かないようだ。それを見た熊隊長がジルべえへ近寄り、彼を手伝い始めてこう言った。
「あのパーティーだな。」
よく見ると、八十mほど左の斜面に三人で固まっているアルピニスト達の姿が認められた。ヘリは彼等の上空を旋回し、その後直ぐに山小屋『白氷河』に向かった。ジルべえと熊さんは相変わらずアイゼンと格闘している。前方にいる『写真家』がヘリを撮影しようとしているようだ。三人衆のパーティーも休憩に入っている。そして、ジルべえのアイゼンがようやく装着された頃、ヘリは又もや我々側へ急接近してきた。そして、三人のアルピニストの頭上でホバリングを続け、彼らへの救助活動へと移った。順番に一人ずつが引き上げられていく。撤収作業鮮やか、ヘリは瞬く間に消え去った。熊副隊長の説明するところでは、彼らは転倒、滑落し、そのうち一人が足の骨でも折ったのだろうとの事であった。(後に彼等のトレースを発見。熊副隊長の推察どおりであろうと他のメンバーの意見も一致した。)この時点でジルべえの顔は蒼白となっていた。おそらくは僕もそうであったろう。転倒に滑落。やばい、マジヤバイッすよ。と言うべきか、今日はアイゼンでの歩行に予行演習が目的じゃなかったっけ?こんな滑落者が出るようなところが練習場なのか。頭の中をよぎる不安。押し寄せてくる緊張。予測も出来ないような状況で滑落してしまう事もあるだろう。この時僕は、フリークライミングでは決して必要とされないだろう何時間にも及ぶ長期的な精神集中を強いられる『アルパイン』界に足を踏み入れたのだと強く認識したのだった。

根性見せたれや!〜加藤ヒロシに勝てるか〜

緊張を強いられたまま、踏み出すキックステップ。それでも、二度三度は転びそうになった。高度や傾斜角が変わるところで雪の状態が微妙に変わるうえ、対角線上にトラバースを繰り返す過程で方向転換を行なうのだが、その時の踏み込みが甘かったりするとそういう事態を迎えてしまう。始めての雪上歩行。本当に苦戦を強いられた。フリークライミングで絶壁や崖っぷちに慣れっこになっているはずの僕が、思わず足をすくませてしまうような傾斜も現れたりした。頼るものはイマイチどう効かせるのかわからない二足分のアイゼンと上手く突き刺す事が出来れば窮地を救ってくれそうな面影のピッケルだけである。なんと不安な事か。それと、もう一つ言い訳を探せば、我々は衣食住全般にかかる全装備を携行して進んでいる。これは結構すごい事のような気がする。然も、僕のトレッキング用リュックはサイドポケットが特に大きく、自分なりにパッキングを工夫したつもりでも、どうも重心がばらつきやすい。全くもって不覚であった。膝と背に来る負担は相当なものだ。何とか小休止を稼げないものか。ついつい弱気になってそんな風に考える自分を叱咤する。だが、ここでジルべえである。またもや、アイゼンが外れたらしい。思いがけず小休止が稼げた。ジルべえありがとう。そして更に時間が経過すると、ついに山頂が見え始め、雪が断ち切れているような場所がうかがえた。こうなると急にはしゃぎだすのがクライマーというものである。心を躍らせて歩き続けるとあっという間にクライミングゾーンである。そこにはぐったりという感じで休憩している『哲学者』の姿があった。訊くと上までは登らないという。彼はネパールの高所トレッキングを終えたばかりで高度順応は既に終えていると噂されていたが、旅の疲れが出たのだろうか。まあ、決して楽な道程ではなかった。だが、僕はまだいける。所々は雪を覗かせる岩場を見るに、さすがに素手は駄目かと思われたので、早くもインナーグローブ以外は脱ぎ去った。然し、手にしているピッケルはどうするの?と思うとここで熊副隊長が接近して顔を覗かせ、
「トシ、ピッケルはリュック左右の背面ベルトの間に滑り込ませるのだ。」
と教えてくれた。急いでそうする。ここでふと疑問に思ったのだが、このテクは始からフードがぶら下がっているタイプのジャケットには適していないのではないか。フードがピッケル収納の邪魔になるだろうし、フード部分が緩衝して磨耗したり、擦り切れたりすんじゃないか…。僕の素朴な疑問はさておき、一応ロープを手に持ったりはしつつも(十?間隔のロープを巻いてお互いを五m程度の距離にした。)、両手を使っての登攀だ。せいぜいクライミング初心者レベルの三くらいのグレードしかなさそうな、こんな岩場など六Cボルダラーが蹴散らしてくれるわ!と意気込めたのは最初の三歩までで、雪上では僕の命を救い続けたアイゼンが足枷のように邪魔だ。おまけにリュックも邪魔だ。アイゼンはぎりぎりと不快な音を発しながら岩を軋ませ、然も重心の安定を奪う。これになれない僕はなんとか腕だけで進もうとしたので結構疲れた。思わず、岩に頭をぶつけたりもした。幸いにしてヘルメットが助けてくれたので痛くはなかった。そんなこんなで、ああ、何てこった。と心の中で嘆き始めた頃、山頂についた。皆が場所を空けてくれると、そこからの眺望はやはり見事だった。自分たちの進んできたトレースが望め、それを眺めると感慨深い気持ちになってくるから不思議なものだ。喉に渇きを覚え、水分補給する。さっきよりも更に水が冷たく感じられた。『写真家』は次々とシャッターを押し続けている。なんという余裕だろう。やはり、この程度の山は散歩程度にしか感じていないのだろうか。ここからは降りる方だが、僕はてっきりラペリング(懸垂下降)するものと思い込んでいた。ところはそうではないらしい。ええっ。アイゼンをつけて岩場を下るのか?驚愕の表情を浮かべた僕を前に副隊長は言った。
「大丈夫だ。君が最初に降りるんだ。もし、転んでも後ろの人がロープで君を支えるから。」
そう、退路の先頭は初心者が勤めるらしい。僕の前をクライミング・グレードでは5a程度しか登れないともらしていた別の隊最後尾のトムが勇ましく通過していく。全く恐れを感じていないようだ。彼に習ってクライムダウンを始める。思い切って下半身に重心を移動。膝にはそれなりの衝撃を受ける。やはり、慣れない歩行で一番疲労するのは膝のようだ。バランスを取る為に神経を丹田(へその辺り)に集中する。ひやっとする瞬間はあったものの、何とか事なきで岩壁ゾーンを脱したのだが、今度は雪のゾーンだ。ピッケルを手にしたはいいが、登りよりも恐怖を与える眼前の傾斜。然も、傾斜角によって微妙にステップを変えなければなら事もある。一瞬の気の緩みで滑落となり、ヘリを呼ぶ羽目になる。気を引き締めて地面に突き刺されよと言わんばかりにアイゼンを踏み込んでいく。膝や腹部には毎回相当の衝撃がはしる。然し、ピッケルを差し込みながら、前方のトムがつけた靴跡(或るいはアイゼン跡)を踏みつけて進むしか方法はない。途中、雪が浅く、岩肌がかなり近いようなルートを通る。行には感じなかった水の流れる音。雪が解け始めているのか。雪に突き立てたはずのピッケルはカツンと音をたて跳ね返され、深く差し込もうとした片足は雪を突き抜けてしまった。限りなく不安定だ。それでも、進んでいくしかない。少し、跳ぶ。この足の着地先が不安定だとかなりやばい。幸いにして、雪へのめり込みは良かった。こういう綱渡りのような緊張が一時間以上続いた。そして、ややなだらかな局面を迎えたその時である。キュルルー。お腹を違和感が突き抜ける。危険を直感した。ああ、冷たい水が祟ったか。僕と友人のチュージは胃腸が繊細である。いや、ヒンジャクに出来ている。それなので、怪しげな民族料理屋での食事後やガーリックだらけの料理の後では必ずと言っていいほどお腹を壊す。アルパインをするときに二人に立ちはだかる最大の問題はまずこの点でこれであろうと、仲間内の誰かが既に喝破していたが今まさにそれが脳裏に浮かび上がった。登り以上に体重やバランス調整に神経を割かなければならない今、僕は腹筋の縦横軸以外に斜めその他まで気をつけないといけなくなったのである。気になりだすと、足運びに集中されていた神経は散漫となるし、他の事を考えようと思うと今度は足運びがおろそかになる体たらく。かといって、女性隊員がいるこのパーティーでちょっとかなり長い時間の休憩を意味する岩陰への離脱を言い出すことなどこの僕には出来なかった。思わず、自分のこの悲劇的な状況をどう例えたらいいだろうか等と考えてしまう。真っ先に浮かんだのが、自分が中学生の頃最も身近に感じていた漫画『ビーバップ・ハイスクール』の加藤ヒロシを襲った悲劇である。大筋はこんな感じだった。
加藤ヒロシは向かうところ敵無しの剣客、いや喧嘩っ早い不良学生だが、ある日強い腹痛に襲われた。もう、動けねー。やばい、直ぐにトイレに駆け込まなければー、というような状況である。そして、そんな瞬間に限って他校の不良学生と遭遇してしまう。案の定、他校の不良は加藤に喧嘩を売ってくる。ここで加藤ヒロシは二者択一を迫られる。この腹痛時に喧嘩を買うと、喧嘩の最中にお腹の物が下ってしまい、喧嘩で勝ちを収めても醜態をさらすリスクがあるのだが、そのリスクを負ってでも勝ちを探しに行く方法を取るか、この場は舐められてもいいから負けたことにしておき、家に帰って正露丸を飲んで体調を整え、後日リベンジするか。結局、加藤ヒロシは後者を取る。そして、見事にリベンジを果たす。でも、やっぱりちょっと格好悪いぞー!てな話であった。だが、そんなエピソードを思い出したりしている場合ではなかった。ああ、本当にヤバイ。誰か助けてくれー。と未曾有の危機であった。歩いているうちの何度かは真剣に真実を告げた上で岩陰に向かって走ろうかと思った。しかし、そういう局面で手軽にアプローチできる岩陰はないのだった(涙)こうなってくるともう、方法は一つしかない。速攻で下山し、次の山小屋に到着すればいい。幸いにも自分が先頭である。そう思い、このピンチを明るい推進力で押し切ろうと考えた。僕の歩行は寡黙ながらも少しスピーディーで力強いものとなり、皆も何となくそのペースにはまって行ってしまう。そう、思えた矢先だった。『ピーッ、教育的指導!!!』またもや、ジルべえである。アイゼンが外れた上、思いっきりスッ転んでいる。やっぱり、トレッキングシューズにアイゼンは無理があるのではないだろうか。今まではあり難く感じていたジルべえを襲う不幸も、今は呪うべきうっとおしさに取って代わられていた。人間はというか、僕はつくづく勝手なやつである。まあ、でも彼の身を心配してもいたので、大丈夫かどうかは訊いてみた。やつは手を振って大丈夫だと示した。この後も二度ほどジルべえ休憩は乱発され、僕はその度に心頭滅却していたのであった。その間も、腹と腸の中はマグマのような動きを伴い、僕の精神統一を妨げていた。然も、この日に限って寒さ凌ぎにアンダースパッツCW‐Xを履いており、密着感を伴った汗ばみが僕を苦しめた。そういう疲れもあって、遂にゲイターにアイゼンを引っ掛けて、派手にスッ転んでしまった。緊張の稲妻が直撃する。投げるようにピッケルを刺す。両手でそれを抑える。停止動作完了。自然と出来たピオレ・ポワニヤール。二m程の滑りですんだ。副隊長の声がする。
「大丈夫か。」
大丈夫だと直ぐに答える。でも、僕が本当に気にしたのは下腹部の方だった。ゲイターは破れたが何とか事なきを得た。そこで、次の山小屋が視界に入り、ロープ解除が厳命された瞬間、僕は走り出していた。皆はぽかんとした顔で僕を見た。それでも、僕はもう必死だった。さえないだろうが、『トイレに向かって走れ』で第一戦は終了したのである(爆)

  • レスキューされて行く滑落者達

    レスキューされて行く滑落者達

この旅行記のタグ

2いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

フランスで使うWi-Fiはレンタルしましたか?

フォートラベル GLOBAL WiFiなら
フランス最安 318円/日~

  • 空港で受取・返却可能
  • お得なポイントがたまる

フランスの料金プランを見る

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

タグから海外旅行記(ブログ)を探す

PAGE TOP