2005/08 - 2005/08
960位(同エリア1040件中)
オイラアさん
モスタル。町の名前の由来であり、象徴でもある「橋」が2004年に再建され、この7月には世界遺産への登録がなされた。
橋へと続く参道に立ち並ぶ土産物屋は、近隣諸国から来たたくさんの観光客をもてなしてくれる。それだけみれば、普通の観光地となんら変わらなかった。しかし、1995年に終わった内戦の痕跡は町のあちらこちらに残っていた。壁しか残っていないビル、扉についた無数の弾痕、そして、たくさんの真新しい墓。
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モスタルへ行くにはいくつかの方法がある。
サラエボとクロアチアのドヴロブニクをむすぶ定期バスで途中下車することもできるし、ドヴロブニクやスピリットから日帰りツアーもある。
しかし今回は、日程の都合で滞在先のドヴロブニクからレンタカーで行くことにした。外務省の海外安全情報では、渡航に十分注意するように呼びかけているし、「歩き方」では自家用車での乗り入れはやめるように書いてあることは、十分承知だった。それでも行くことに決めたのは、レンタカー屋のおやじさんの一言。
「毎日何千台って車が通っている道なんだ。間違えることだってないし、危険なことなんてないよ。」
ボスニア・ヘルセゴビナの国境で1kmぐらい渋滞してたものの、国境の通過自体はパスポートを見せるだけで、スタンプもなし。ボスニア領内に入っても、基本的にクロアチアと風景は変わらなかったが、破壊されたまま放置されている建物の数が増えたように感じた。それと、道路沿いで果物を売っているおばちゃんがたくさんいた。 -
3時間ほどでモスタルについた。一見普通の町。だけど、すぐに気づいた。破壊されたまま放置されている建物があちことにあることを。
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だが、目を凝らすと別のこともわかってくる。
たとえば、この穴だらけのビルの一階では薬局がありカフェがあり、両方とも、当然のように営業中。薬局では、白衣を着たおばさんが客と世間話をしていたし、カフェではコーヒーをすすりながら会話を楽しむ人々が。
他にも、左半分が吹っ飛ばされている建物の右半分で何事もないように生活している家族がいたり、屋根が壊され4階は壁しか残っていない建物の3階から、行き交う観光客を眺めていたご婦人がいたりした。 -
強烈なめまいに襲われた気分だった。日本では考えられないことが、ここでは当たり前なのだ。半壊の建物に住むのはもちろん、倒壊寸前のビルがイヤでも目に入ってきたり。
土産物だって、銃弾に紋様を刻み加工したボールペンやどこから拾ってきたのか兵士のヘルメットやハンドナイフが店先に並んでいるのだった。 -
戦争の傷跡は、こうやって目に見えるものだけではなく、間違いなくここに住む人々の心にも残っているはずだ。だけど、夕方になれば道路で遊んでいる子供たちの歓声が聞こえるし、大人たちは立ち話に興じていた。
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橋のたもとで、義足をつけた男性を見た。地雷で片足を吹き飛ばされた内戦の犠牲者だろう。
彼は、川辺に転がっていた大きな石の上に座って、長い間橋を見つめていた。彼の目にこの橋がどんな風に映り その奥で何を感じていたのだろうか?
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