2003/10 - 2003/10
1044位(同エリア1129件中)
アルピニスとしさん
- アルピニスとしさんTOP
- 旅行記125冊
- クチコミ422件
- Q&A回答12件
- 287,622アクセス
- フォロワー8人
何をしないといけないかは判っていた。何物にもかえ難いと思える友人とのベルギーでの集いは昨日で最後となった。僕はある用事のためスペインへ赴かねばならず、彼を空港まで見送ってやる事も出来ないが、彼と僕との友情を何らか僕なりのやり方で伝えたいという思いがあった。真の友情には多くの言葉はいらない。言葉だけでは伝えきれない強い思いがあって、言葉にしてしまうと陳腐になってしまう。僕は敢えて多くの言葉をさよならの前に挟み込まなかった。そして、今日確信した。そう、僕達のそれぞれの思いやその絆は登攀においてこそ証明されるのだ。僕の強い思いは、壊れかけたようなボーイング737-800がヘローナの大地に降り立った時には確固たる物になっていた。
空港で借りたアルファロメオ147はパネル表示を5カ国語のどれかから選び出せるうえ、クルーズ・コントロールが搭載されていて、なかなか使い勝手のいい車だ。本当はスペインに来たのだから新型のセアト・コルドバあたりを試してやるつもりだったが、オペル・アストラかこいつしか他に選択肢が無かった。勿論、金を貰ってもスペインではアストラなんかに乗りたくないし、そもそも僕はアルフィスタなのだ。まあ、シフトの位置がタイトすぎるきらいがあるのとサイドミラーのデザインに戸惑いを覚える以外はモンセラ(モンセラート)まで快適に飛ばせた。モンセラは道路や木々を割って入るような感じで突然現れた。
アルファロメオ147がハッチバックであるせいなのか、息苦しく感じた。この息苦しさは-。緊張感か眼前の岩肌が無言で僕を締め付けてくると言うような、なんだか畏怖心みたいなものかもしれなかった。山とというか石群というのか。迫り来る巨岩達の規模は僕の想像をはるかに超えていた。吸い寄せられるように近づいていく。そのでかさが尋常ではないせいか、地面を走行して近づいていくのだと認識できなくなりそうなくらいだった。与えられる緊張から、飛行機で近づいていくような錯覚を持たされたといっていい。空艇部隊の連中と一緒にC-130に乗せられパラシュート降下で敵地に乗り込めと命令されたような、そんな感覚に襲われた。
今回はメインになる行事がクライミングではなかった事、最近特に仕事が忙しかった事が重なって情報収集が完璧ではなかった。それと一年前のコスタ・ブランカ近辺の時のように、スペインではトポは簡単に手に入るものと決めてかかっていた事もあるのだが、そこに落とし穴があった。観光案内所や土産やに立ち寄るも、モンセラのトポは売り切れだったのだ。厳密に言うなら、完全版のトポがあったのだが、カタラン語版だったのだ。24ユーロもするのにコメントが理解できないトポを買う気にはならなかった。スペイン語が出来れば何とでもなると考えていた甘めの公算はここで早くも撃ち砕かれてしまった。念のために、観光案内所で、「どの辺りでフリークライミングを行う事が出来ますか?」と聞いてみたところ、返ってきた答えは「目に入る岩場全てで可能だ。」等と、禅問答よろしくの対応だった。(もっとも、この解答こそ最も至極な物であると後に知る事になる。)目の前の奇岩群全てといわれた僕は圧倒されというか途方にくれ、あるいは仕方なく、インターネット経由で予め仕入れておいたトポをあてにするとし、Saint Jeroniサン・ヘローニにある4c/120mの『トラス・ヌビオラ』に挑戦するつもりになった。ルートまで一時間ほど歩かなくてはいけなさそうだ。いずれにせよ、この日は夕暮れ近くのタイムアップで迎えたため、後日出直す事とした。とりあえず、簡単に観光を行う。日本人の団体客もやはりいる。元気な日本のおばちゃん達を見ると日本もまだまだ大丈夫かなと妙に安心した。その他、ローカルクライマー達の姿をみとめた。ヒッピーじみたイデタチも巡礼地というロケーションで見事にマッチしていた。何を話しているのかはカタラン語の為、解読できない。ヴァレンシア地方とは違い、この地ではスペイン語はあまり役に立たないのか。
さて、モンセラより9km離れた場所に宿を取った僕だが、次の日には比較的早くモンセラに戻ってきた。3ユーロの駐車代を気持ちよく払うつもりで中心部最短距離に駐車。Saint Jeroni(サン・ヘローニ)までの距離を稼ぐつもりでSaint Juan(サン・フアン)までロープ・ウェイを利用するつもりだった。しかし、ここで思わぬ事態が発生した。時雨模様。Sin fin.終わりなく降り続くのか。そんな不安が過る。仮に、サンへローニまで辿りついたとしても、雨だと登れない。悔しさと安堵の入り混じった複雑な気持ちが交錯する。「やろうと思っていたのに天候に阻まれてしまった。」
そんな言い訳も思い浮かぶ。雨が降ったのなら『残念だったね。』以外誰も何も言わないだろう。しかし、ふと友の渾身の登攀が脳裏に投影され、逃げ口上を思いついた自分をなじった。なんとしても登るのだ。そう思い、唇を噛んだ。
それにしてもクライミングは天候に左右されるものだ。今更ながらにそう思う。その時、突然にして『キャンピング』の表示が目にはいった。キャンピングの中には詳細を含んだトポが置かれているとインターネット上で目にした記憶がある。僕の進路はキャンピング場へと取られた。
キャンピング入り口に管理小屋がある。中を覗くと、クライミング関係のポスターやら写真やらが所狭しと貼られている。期待できそうだ。直に呼び鈴を鳴らす。30代前半の僕よりもやや年配の男が出てくる。僕はすかさず、「ここにトポはありますか。」きいてみる。それに対して、「トポは無いよ。本屋で売っているだろう。」とありがちな解答。客でもないのに甘かったか。「この近くで登れるところってありますか。」僕はそれなりにくいさがった。「この辺でも登れるよ。だが、君は装備を持っているのかね。」軽装の僕を見やりながら男の目が光る。「いや、今は無い。とりあえず偵察に来ただけだから。」僕の言い訳に男は何か見透かしたような表情を浮かべたが、既に「グラシアス。」と「アデウ。」を吐き出し、僕はその場を遠ざかっていた。
困りながら歩きつづけるとよさげな岩肌が見えてきた。礫岩で50mくらいのがそびえ立っている。僕には直感でここは登れるルートだと悟った。すぐにアプローチの迎撃体制に入る。ブッシュに飛び込む。頂上を見やると、薄く霧が掛かっていてなんだかアルパインな気分。しかし、この能天気さが後に泣きを見る要因に・・・。
草木を掻き分けながら先に進むと前方にはいつもローズマリーらしき植物。食用ハーブしか植物をよく覚えられない自分が情けない。後に知るのだが、ローズマリーはスペイン語では〈巡礼者〉の意味ももっており、この巡礼の地モンセラに相応しい植物なのであった。さて、目の前には4~4+が25m、その先は5bくらいはあろうと思われるルートが15m程待ち構えていた。興奮で胸が踊る。単独のため、リュックは背負っていく事にした。というか、そもそもリュック内にはボレアル・スパイダ-、デジカメと貴重品以外にはたいしたものは入っていない。トレッキングシューズと飲料水は出発点に置き去りにする事にした。僕の死闘はここから始まった。
コースはスラブと言っていいだろう。おろし金のような礫岩のフェイスが続いている。どれもホールドと認識できそうだが、通常4のレベルでありそうな決定的なガバホールドが無いのが特徴だ。足使いは丁寧に行う必要がある。好みと実力の問題かもしれないが、こういう時僕は路面情報の入ってこないハードソールに不安を覚えるタイプなのでスパイダ-を持ってきて本当によかったと思ったのだった。ハンドリングだが、まあパームちっくなものや、小石が欠落して穴が空いている部分らがありがたいホールドと言えそうだ。それなりに簡単だと思えたが、その一方で体がこわばっていくのも感じていた。油断するとズルっといきそうな雰囲気でもあった。這いつくばる感じで進んでいくとすぐに緑に着色されているハンガーボルトを発見した。
やっぱりな。今回は用が無いと知りつつも少し安心する。名も知らぬ草花に遭遇し、何故か撮影を行う。余裕があるつもりなのか。無意識に上を見ると、霧が増したような気がする。急がなければと思うが、ロープ無しではダイナミックに動くという事は不可なのだった。勿論、中断する気は毛頭無く、断固としてこの登攀を完遂させるつもりだった。また、ハンガーボルトを発見。その少し上には錆びついたリングボルト2個を発見。
リングの方はPETZLでハンガーボルトの方はFIXEだった。スペインのこんにちの登攀事情を垣間見た気分だ。また、しばらく進んで前方を見上げると、霧は一段と濃くなっている。今までこういった状況下で登攀をしてこなかったので、気づきもしなかったが、もし、アルパインをやっていたらこんな事にしょっちゅう出くわすのだろうか。もうしばらく進んでようやくアプローチ部分を終了し、備え付けのロープを利用して、少しトラバースした。だが、ここからはもう霧に覆われている五里霧中、脱出するのに無我夢中である。
幸いにしてホールドもきちんと見えるし、フリクションも水の染み出しているゾーン以外はよい。体感的には5b(ひょっとしたら5a)ぐらいで決して厳しいとは思わなかった。ただし、怖いとは思っていた。気分的に背筋は伸びっぱなしだ。体のほてりと手に汗を感じた。もう、撮影の余裕はまったく無い。落ちて大怪我したら格好悪いなあとか、そんな事も頭に過る。しかし、体は動いていく。今までナミュールに通いつづけた事は無駄で無かったと本当に実感した。特に、友と行ってきた最近のハードルート(といっても我々的にだが、)への挑戦が役に立っている。パームとエッジ系テクを地道に決めていくしか活路を見出せない。カラーン、カラーン。修道院からだろうか、鐘の音が聞こえてくる。厳かに鼓舞されているような気がして、今一度ひたひたと気合を入れる。
瞬時だが、イングリッド・バーグマンの横顔も思い浮かべる。でも、思うに彼女は北欧の人で、彼女的なジプシー系はおろか、そもそもスペイン人に彼女的造形の顔立ちって見た事が無い。やはり、昔からハリウッド映画は設定がいい加減だったのか。それはともかく、気がつくとルートは終わっていた!ここでじわじわと感動を覚え、それは何物にもかえ難いかけがえの無いものだった。
完
とやりたいところだが、実際はここからが問題だった。下を見るとええーっ、なのだ。うそーっなのだ。そう、降りる方がはるかに困難そうなのである。これも霧さえなければ、下降にもっとも適したラインを探り出してからということでさほどの苦労もないと思われた。しかし、実際はホワイトアウト的にきりきりまい。ちょっと泣きたい気分になった。もう、二度とフリーソロやらないって誓うから、神様か誰かここから直に降ろしてくれー。気がつくと少し恐慌状態に近い自分。テレビか何かでみたが、木の上に登って降りられなくなったネコを消防隊員が梯子車で助けるシーン。あれを見ていて、ネコというのは仕方の無い奴だと思っていた自分がそのネコみたいなものじゃないか、おいおいと突っ込みを入れている場合でもあるまい。冷や汗が噴出してくる。まず、落ちつこう。そう思えば思うほど発汗していく自分に気づく。深呼吸してみる。幸いにして木の枝或いは根らしいものが目に入る。霧も下に降りていけばなさそうだ。ライン沿いというよりは使えるものが多い場所へ多い場所へ、或るいはガバ的ホールドが或るところを目指して、(と言っても余りないが・・・。)ジグザグに、右往左往していった。直下せずに下っていくということである。当然のことながら、登りの時とは違う動き、違うムーブで降りる事になる。サイド気味のプルやマントリング、シューズのサイドを使ってスメアリングを行ったりという具合だ。ここで礫岩の事を書いておこう。そもそもフリーソロは危ないけど、礫岩は特に危ない。慣れれば簡単だという話もあるが、やっぱりこの岩の性質として、崩れやすい脆さが命取りになる。そう、下降中、どかっとマッシブに思いっきり崩れたのだ。右足を乗せていた部分から50c?が欠落し、危うくもろとも落下するところだった。思わず、「嗚呼―。」と叫んでしまった。胸の鼓動は特急並隣り、下で砕け散った破片たちを見ながら茫然とした。壁面の小穴に刺さっている自分の指がジーンと震えている。こういうシーンはテレビのドラマか何かで見るものに限る。自分が体験するべきはない。このとき本当にそう思った。それから、直ぐ先に水が染み出している部分が見えた。これを越していかないと次の下降ラインへ入れない。軽いクラックに右足爪先部分ででジャミングして体重を保持、左手は地面の平行線より下、頭もほぼ下になっている状態で右手をレストさせる。今落ちたら頭から落ちるという感触が頭を遮るが、意外と冷めて状況を客観視している自分に驚く。右手をほぼ並行線上の直角に出して、ジャミングを解除すると体がブラーンと降られる、振り子状に体が持っていかれるのを利用して、足下にあった水の染み出し部分を突破した。この動作も室内ジムでなら感動しないだろうが、今回は目的が異なる為、自分の脳裏に焼きつく1コマとなった。一息ついて下を見渡す。ここからはやや楽なスラブゾーン。だが、それにしても長い時間を割いている。斜めに横切って距離が倍以上ということもあるが、ワンムーブ、ワンムーブが精神集中の極みになっている。噛みしめるように動いていく。今思うと、精神的に相当疲労していた。早く終わらないかなあと本当に辛く感じた。
ゾーンは簡単なスラブと言ってもマントリングを行なう腕はわなわなと震えるし、気を抜けないのは一緒だ。いや、一手を紡ぎだしていく精神集中がかなりの消耗を誘発していた。でも、やめるにやめれない。かつて、クライミングを始めた頃、インストラクターからクライムダウンの練習をするように言われた事を思い出したりしていた。霧は引いていき視界は良好になったが、汗はひかない。緊張はまだ続いている。ステップも強張ったりするが、気合を入れなおし地道な作業を続けていく。でも、もうやらないぞフリーソロ。心に硬くそう思ったりした。例え、誰かがアメリカの出張帰りのお土産で『ソロイスト=フリーソロ用確保器(ヨーロッパでは入手不可?)』を買ってきたりしてくれてもだ。まあ、それに次からは相棒もただっちも反対するだろうし…。気が遠くなるほど長く思えた下降作業もボルトのラインを確認出来る視界確保下で気が楽になった。それから10数分後、フリーソロ登攀・降下を終えた。馬鹿げた根性試しに過ぎなかったのかもしれないが、クライミングとはなんであるのかを自己に問う修行の意味も少しはあったような気がする。手放しで安全だと錯覚し続けるスポーツクライミングとは違うクライミングの他の一面を再認識したからである。
じっとりしたTシャツを脱ぎ捨て、ペットボトルの水を半ばむせるようにして飲み干す。見渡すとパノラミックに拡がるモンセラの巨岩群の壮大さに心を奪われた。やはり、登攀は自然を愛でながら行なうのが一番だ。
次回はソロでなく、最低デュオ、可能ならユニットかメンバー全員でこの地に戻って来たい。
頑張った僕は自分に勝手に褒美をやる事を決め込み、近辺のカルドナ城に宿を取り、スペインワインを片手に城下の景色を見やりながら、今回の登攀の全記録を回想していた次第である。
( 完 )
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
7