1988/01 - 1988/01
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コイワカメラさん
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きっかけはビリー・ジョエルの「ナイロン・カーテン」と言う一枚のアルバムからだった。
当時のルーム・メイトの叔母がアレンタウン近郊に住んでるので、そこで休日を過ごそうと言う事になった。
「ナイロン・カーテン」の一曲目、「アレンタウン」で歌われるこの街は、60年代のアメリカの鉄鋼業の最盛期をベツレヘム(隣町)と共に支えたが、80年代の今(当時)はすでに工場は閉鎖され、仕事をなくした人々は街を去り、もう昔の面影は無い、そんな寂しい曲だ。 (マイケル・チミノ監督の映画「ディアー・ハンター」に結構かぶる。)
そのアルバムが出されて数年後、まさか自分がその場所に行ける事になろうとは思いもしなかった。
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実際に行ってみると、確かに歌詞の中にもあるようにベツレヘムの街は、工場を中心に街全体が鉄条網で囲まれ、寂れたと言うよりゴースト・タウン化してたが、アレンタウンは違っていた。
街は綺麗に整備され、いたるところにギャラリーや美術館、劇場などが建てられ、ソーホー(ニューヨークのギャラリー密集地)と言う呼び名のエリアまで作ってアメリカ全土から若いアーティスト達を誘致させ、芸術の街として復興させていたのだ。 -
芸術の街として復興した、アレンタウンの目玉はやはりこのアレンタウン・アート・ミュージアムだろう。
2階建ての本当に小さな美術館だったけど、ロビーには当時お決まりのキース・へリングの「無題」のシリーズが2〜3飾られ、メインにはミレーやゴッホのレプリカや、そうかと思うとフランク・ロイド・ライトのコーナーがあったりで、節操無いったら無いけど、がんばってるのがよくわかった。 (ちなみに、浮世絵もあったりしたりして.......) -
僕が訪れた時は、「ア・トレジャー・ハント」と言う子供向けのワーク・ショップっぽい事もやってた。
そのせいか、美術館に行ったと言うより、保育園で美術を鑑賞した.......そんなイメージだった。
でもそれでいいのだ。 いや、それがいいのだ。
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