2002/06 - 2002/06
155位(同エリア156件中)
南京ドンブリさん
- 南京ドンブリさんTOP
- 旅行記14冊
- クチコミ14件
- Q&A回答1件
- 74,924アクセス
- フォロワー2人
安徽省の省都「合肥」へ訪れたのは2002年6月のことでした。当時ODA事業のために合肥に滞在していた日本人の方にお招きいただいたのです。南ドンは南京に住んでいましたから、安徽省は決して遠い場所ではありませんでした。日本ではほとんど知られていませんが、「四面楚歌」の舞台にもなった古戦場でもあり、歴史上多くの有名人を生んだ地域で、世界遺産の黄山も安徽省に含まれています。でも、南ドンの関心は近代史に所縁のある都市や、更に内陸の辺境地だったりしたものですから(^^;「近いからいつでも行けるわい」と安徽省には見向きもしなかったのです。ここでは、南ドンが偶然(爆)デジカメに収めていた合肥訪問当時に撮影した貴重な写真とともに、合肥の魅力に迫ってみたい(?)と思います。
-
合肥市内の「歩行街(歩行者天国)」です。2002年の頃は中国全国でこうした常設歩行者天国の建設が流行っていました。ここ合肥でも例に漏れずあったわけです。まだ完成したばかりでテナントはまばらでした。
-
中国全体でも「園林都市」として上位にランクされる合肥は古城の堀を活かした広い緑地帯に囲まれた実に緑豊かな都市でした。
-
『包公祀』は北宋の名臣“包拯”を祀った祀堂です。30.5ヘクタールもある広大な緑地の中には“包拯”の墓「包公墓」もあります。明代にこの地へ建設されたようですが、それでも400年以上の歴史…合肥の悠久な歴史を感じずにはいられません。
-
『李鴻章故居』は当時、南京大学歴史科で近現代史修士生をしていた南ドンにとっては一番訪れたい場所でした。清朝末期の大臣“李鴻章”は日清戦争の下関条約での清朝全権として日本でも広く知られてますよね。中国でも従来は下関条約で台湾を割譲した「売国奴」という評価だったのですが、2001年が李鴻章生誕百周年にあたり、合肥を中心に彼の功績を見直す動きが出てきました。特に改革開放政策のもと外資を積極的に誘致し“現代化”が叫ばれている今、西洋に習い洋務運動を展開しようとした李鴻章を「彼こそ“現代化”のパイオニアだ!」と言う声も出てきました。
-
今はあるのかないのか…当時、わざわざ合肥郊外の開発区にまで行って見た安徽省の名物をミニチュアにして集めたテーマパークです。南ドンも名前を失念するほど印象がありません(^^;。一つ面白かったのは黄山の頂上のレプリカ!そこへ立って見えた景色は…何の意味があるって言うの(^^;?
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
5