1999/08/03 - 1999/08/07
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kodeyanさん
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これほど水が貴重だと思ったことが、今まであっただろうか。
モンゴルからロシアに着いた一行が向かった先は、バイカル湖畔の村リストヴィヤンカ。
琵琶湖の50倍の広さという、バイカル湖が目の前で茫洋としていても、村では井戸水。
短期間ながらも、ここでの生活は、水の価値感が変わるものだった。
-
イルクーツクに午前8時20分到着。直接モス
クワに行く人、北京に飛行機で戻る人が抜け
総勢18名となったツアーメンバーは、3組に
分かれた。
私たちのガイドは、セルゲイという、スティ
ング似のイケメンだ。
早速、車に便乗し、インツーリストで両替と外国人登録(20ルーブル 100円)を済ませ、
バイカル湖畔に向かう。 -
イルクーツク市内から東南へ70km、三方を
タイガ(針葉樹林)に囲まれた古い村、
リストヴィヤンカに3日間ホームスティだ。 -
ホストマザーのエレーナが、心づくしのパン
をたくさん焼いて、待っていてくれた。
エレーナは、とても料理上手なのだ。 -
翌日は、水中翼船で20分ほどの、環状鉄道跡
バイカルからハイキング♪
ガイドのセルゲイが、朝からレモンスカッシュを飲ん
でると思ったら、ジントニックだった。
日本の離婚率はいくつだ?と聞かれ困った。
ロシアは50%だと彼は言っていた。 -
右手がバイカル湖、線路は環状鉄道跡だ。
この線路沿いをハイキングする。 -
100年も前のシベリア鉄道は、バイカル南岸
部分は、山が湖の岸までせまっていたため
鉄道が敷かれていなかった。
緑丸のムィソヴァヤから、今朝私たちが船で着いた黄丸のバイカルまで船で渡り、
バイカルから迂回して、イルクーツクへ行っていた時代があったのだ。
散策中の環状鉄道跡はピンク色の雲形部分。 -
趣のある、トンネルを発見。 -
冬期1.5mもの氷が張るバイカル湖上に、線
路を敷いたこともあったそうだ。
ロマンチックな感じもするけれど、氷が砕け
湖の底に沈んだ列車もあったんですって。
船で渡った乗客、氷の上を渡った乗客が、こ
の線路上を通り過ぎていったんだね〜 -
バイカル湖で、湖水浴を楽しむ。
短いシベリアの夏での貴重な体験だ。
でも、冷たいのなんの。サウナの水風呂なみ。 -
泳いだあとは、休憩タイム。
エレーナが作ってくれた、お弁当をいただく。
右端のナマ足セルゲイが、“バイカル湖の水”
を焚き火で沸かしチャイ(紅茶)を作成中。
良いのかな、飲んでも。
まあでも、バイカル湖の水を飲むと長生き
するそうだから、いいか。 -
さて、村に戻りロシア式サウナ“バーニャ”
を体験してみよう。
バーニャ入口に5☆シベリアホテル・・
だれがイタズラしたのか。 -
薪ストーブ煙突まわりに積んだ石が赤くなっ
てきたら、桶の水を石にふりかける。
室内は蒸気で、瞬く間に蒸し風呂状態になる。 -
黄色いホーロー洗面器の水に、ストーブで温
められた湯を柄杓ですくって入れ調合する。
一人に許されるのは、この洗面器一杯のみ。
どうしたら、この量で頭と体を効率良く洗え
るのか、セルゲイから説明があった。 -
上下水道のないこの村での、井戸小屋。
洗面所では、プッシュ棒式の小さな水タンク
が壁に付いていて、棒を上に押し上げ、手の
ひらにこぼれる、わずかな水で洗面を行う。
洗面台の排水口下に置いたバケツに溜まった
使用後の水は、手前ドラム缶に貯め、庭掃除
などに再利用する。
この村では、トイレが屋外にあり、使用後は木の皮のチップをふりかけていた。 -
エレーナのキッチンには、シンク(流し台)
が無いの。
ホーローの桶で、手品師のように、少ない水
でたくさんの食器を器用に洗っていた。 -
エレーナのワンちゃん。毛むくじゃらだから
シベリアの冬も大丈夫だよね。
ダンナちゃんはリストラだけど、私は勤めて
いた会社を退職して旅に出たんだ。
後日談で、元同僚から
「頼まれても、こんなに不便で不衛生な所
行きたくもない」
って言われちまった。ハハハ・・ -
シベリア鉄道乗車が明日にせまり、一行は
イルクーツクへ移動した。
マンションみたいなホームスティ先に変わる。 -
リストヴィヤンカから、車で2時間弱なのに
イルクーツクでは、こんなに綺麗なバスルー
ムで、蛇口をひねれば水も湯も出る。
昨日までのリストヴィヤンカ村での生活が
もう懐かしくなってくる。 -
市内では、帝政ロシア時代を偲ばせる、木造
建築が佇んでいた。 -
レーニン像を見学したり、市場で長旅に備え
食料の買出しをしたりして、イルクーツクと
もお別れだ。
いよいよ車中3泊、憧れのシベリア鉄道乗車
の旅がはじまる。
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この旅行記へのコメント (7)
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- がおちんさん 2012/05/03 06:57:46
- 雄大な旅
- kodeyanさん、こんにちは。
陸路ドンどこシリーズ、3まで読みました。
列車のガタンゴトンという音と共に、旅の光景が移り変わっていくような印象を受けました。
長城、北京ダック、ゲルの滞在、ホーミー、バイカル湖の湖水浴と、その土地の美味しい部分をしっかり押さえているのがすごいです。まるで映画を見ているかのような気分になりました。
リストビャンカ、いい所ですね。エレーナさんの笑顔と心づくしのパンは、旅で得た宝物だと思います。
がおちん
- kodeyanさん からの返信 2012/05/03 09:45:10
- RE: 雄大な旅
- がおちんさん こんにちは
12年前の旅行記を見ていただき
ありがとうございます。
そして素敵なコメントに恐縮しております。
考えてみると当時訪問できた
シリアやパキスタンは現在行くのが難しく
世界情勢の先行きにはわからないものがありますね。
リストビャンカ、当時と変わっていなければいいのですが。
そこらへんを牛がのんびり散歩しているようなところでした。
強烈な下痢をしたところなので思い出深い地です(笑)
では!
-
- Dry White Toastさん 2009/07/26 19:01:59
- シベリア鉄道の旅
- kodeyanさん、初めまして。
足あとからお邪魔しました。
シベリア鉄道で旅をされたんですね〜。羨ましい。
私もいつかシベリア鉄道でロシア横断してみたいと思っているのですが、途中下車してホームステイというのはこれまで考えてもみませんでしたが、かなり興味深いですね。
リストヴィヤンカのステイでは貴重な体験をされたようですね。
バイカル湖畔のトレッキングもいいですね。
Dry White Toast
- kodeyanさん からの返信 2009/07/27 08:37:25
- RE: シベリア鉄道の旅
- Dry White Toastさん こんにちは
埃をかぶりかけている旅行記を見ていただきありがとうございます。
シベリア鉄道の旅は、雄大でした。
リストヴィヤンカでは、井戸水にやられてしまい
今まで経験したことがないほど辛い思いをしました。
でも、どれもこれも楽しい思い出になっています。
Dry White Toastも機会があればシベリア鉄道の旅を楽しんでくださいね。
メッセージありがとうございました!
ではでは☆彡
-
- さすらいおじさんさん 2005/04/16 09:39:10
- kodeyanさんの写真と文章でバイカルの旅をさせていただきました。
- kodeyanさん 1971年に乗ったシベリア鉄道を思い出しました。
ハバロフスクからヘルシンキまでシベリア鉄道、その後ヨーロッパはユーレイルパスの旅でしたが、イルクーツクに途中下車しなかったことをいまだに悔いています。
kodeyanさんの写真と文章でバイカルの旅をさせていただきました。
ありがとうございます。
- kodeyanさん からの返信 2005/04/16 12:30:59
- RE: kodeyanさんの写真と文章でバイカルの旅をさせていただきました。
- さすらいおじさんさま、こんにちは(^▽^)
1971年ですか〜
沢木耕太郎が深夜特急の旅に出る2年も前ですよね。
当時のシベリア鉄道の旅も、楽しそうですね!
ロシアも、もう少し自由に旅ができれば、行ってみたい
ところが沢山あるんですけどね〜
- さすらいおじさんさん からの返信 2005/04/16 13:03:04
- RE: RE: kodeyanさんの写真と文章でバイカルの旅をさせていただきました。
- >ロシアも、もう少し自由に旅ができれば、行ってみたい
ところが沢山あるんですけどね〜
バルト三国、ウズベキスタンなど旧ソ連からの独立国は行きましたが本体が崩壊後、どう変わったのか、1971年も物は少なく高かったですが今はどうなのか、自分の目で見たいと思っています。
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