アンドラ旅行記(ブログ) 一覧に戻る
旅先での車中での印象に残った遭遇編を4編TOPに持ってきました 17/june<br /><br />・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・<br /><br />バルセロナに滞在している間にスペインとフランスの国境、ピレーネ山脈の山中にある小国アンドラに行って見たいと思った。アンドラ国は香港やシンガポールのように関税が無いタックスフリーの国としても知られていた。 <br />バルセロナ駅から出発してアンドラに一番近い駅はスペイン側の国境駅、puigcerda という駅が地図上では最寄の駅のように見えた。 トーマス・クック社製の時刻表でバルセロナから2時間程の道程と確認し早々にバルセロナ駅頭に向かい列車の到着を待っているとホームに立つ私に旅行者然とした大きなトランクケースを持った老婦人がオズオズとした風情で話しかけてきた。 <br /><br />「英語は話せますか?」年の頃は、70歳近いかと思われる大柄な白髪の女性だった。 <br />「ほんの少しなら・・」 と短く答える私。 本当はもっと若いのかもしれない。声に張りがあった。 アメリカ人だと名乗るその女性は「ここに来る列車はフランスに向かうのか?」と私にも判るゆっくりとした英語で尋ねてきた。私は短く「ええ・・多分」と答える。英語力に劣る所為で英語のネーティブ・スピーカーと話す事を避け気味だった私がアメリカ人と名乗るこの女性を避けなかったのは、東洋人の私に話し掛けてくるほど、何となく切迫した雰囲気と不安げな様子が感じられた事と、独り旅の年配者が頼りにしてくる事をとても邪険には出来ないという私の性分だった。<br />彼女は杖をつき、片方の足を軽く引き摺っていた。 <br /><br />列車が入線すると始発の所為で車内は自由に席が取れた。私は4人掛けの座席を独りで占有し、その女性は通路を挟んで私と同じ列の4人掛けの座席を占有した。アメリカを出国して欧州を旅して二週間になるというこの女性は、銀縁眼鏡の奥に程よい知性を感じさせた。ペンシルバニアの州立大学で美術を教えていると云う。キャロル・○○○と名乗った。後にアドレスを交換したがファミリーネームは失念した。 <br />「独りで旅をしていて不安な気持ちにはなりません?」 足を引き摺る老齢ぶりを心配した私は随分とつまらない事を尋ねた。 <br /><br />「あなたみたいなジェントルマンと出会えるから愉しいものよ」 微笑みながら答える。 アメリカ人は真顔でお世辞を云うもんだなと思った。エンブレムや各都市のワッペンで溢れている私のザックを見ながら大袈裟にワオ〜と叫ぶ。<br /><br />「今まで随分と旅してきたようだけど何処の国が印象に残った?」キャロルが尋ねる。 <br />「フィンランドが良かったかな」 <br />「 オオオォォォォ-あんな寒い国・・どうして?どうして〜?」と云いながら身体を大袈裟に仰け反らせる。 <br />「多分、氷の国でとても気立ての良いフィンランド娘と過ごす事が出来たから印象が良かったのかも・・・・・・それぞれの国が気にいる事になるのは、その国の人と良い出会いや良いコミュニケーションが持てたか、美味しい食事に出会えたかのどちらかだと、思う」 たどたどしい英語で妙でとてつもなく怪しげな自説を説くと大仰に頷きながらキャロル小母さんが云う。 <br />「そして・・あなたはバルセロナからフランスに向かう車中で昔のヤングガールと出会った」笑いながら云う。私は口の中でモゴモゴさせながら日本語でいえいえ、う〜ん・・(´ヘ`;)ハァなどと、いささか押され気味に返事にならない返事をしてみたりする。 <br /><br />老いていると云え、このアメリカ女性のハートとマインドがとても良かったのは、18歳の娘な如く、感性がとても若く、面白がる精神、愉しみたがる気持ちが満ち溢れる程に旺盛だったことだ。一般のアメリカンって歳に関係なくこんなんか?と思ったものである。<br />車窓から石積みされて出来た古いアンティックな家並を観ただけで、私のサマーセーターの袖を摘んで大袈裟に見なさい!素晴らしいわと同調を求めるように叫ぶ。 きっと日本の田舎を旅したらこのキャロル小母さん、車窓から見える農家の茅葺屋根や藁葺き屋根に、きっと卒倒するほどに感動するだろうなと思ったが、とても英語でキチンと説明出来そうにもないので、思っただけにした。(*^_^*) <br /><br />私は旅先で英語はどれくらい勉強してきたの?と問われると、必ずまだ2、3か月くらいと答えるようにしていた。すると<語学の天才>などと幾度か云われたものである。誰が10年も英語に接してきたなどと本当の事など言うものか〜 こいつはバカかと思われるだけである(ー_ー)!!<br /><br />「ところで貴方は何処に行くの」 <br />「アンドラというピレーネ山中の谷間にある小さな国に行きますが」 <br />「そんな国がこの先にあるの?私もそこに行ってみようかしら」 <br />「え?フランスに向かうんじゃなかったの?」と些か狼狽気味に尋ねる私。 <br />「特に何の予定も無い旅だからいいのよ。待ってくれる人も居ないし、是非行きたいわ」 <br />「で、あなたは学生?」 <br />「いえ、仕事をちょいとだけリタイアして長い旅に出てる」 <br />「リタイアですって!!?? あなたいったい幾つよ?」と仰け反りながら大笑いするキャロル小母さん <br />「20代だけど・・」私はちょいと軽い休暇の積もりでリタイアなどと口走っただけの事。その程度のボキャブラリーで旅している私。 <br /><br /><br />アンドラ入国の最寄駅のpuigcerda駅が近づいて私がザックから地図を取り出したり 旅支度の準備を始めると、キャロル小母さんも立ち上がり、荷造りを始めた。 <br />どうやらキャロル小母さんはアンドラ行きをすっかりと決めてしまったようだ(ー_ー)!! <br /><br />駅への到着時間は正午を過ぎていた。駅に降りると、閑散とした本当に何もない場所だった。 <br />駅前には時間つぶしの喫茶店やレストランさえなかった。 <br />幾人かがこの駅で降りたがそれぞれ三々五々に散っていくと駅頭に残ったのは旅行者の我々の他に、私と同様なザックを背負った三人組のバックパッカー娘達だけだった。三人ともザックの真ん中にメイプルのカナダ国旗を縫い付けてある。カナダ政府は海外を旅するバックパッカーに無償で国旗のワッペンを提供すると、旅先で出会ったカナダ人から聞いた事があった。ザックと真っ赤なカエデをあしらったカナダ国旗はとても良く似合っている。<br /><br />駅前のバス停留所でアンドラ行きのタイムテーブルを皆で確認した。 <br />何とバスは20分前に出たばっかりで、次のバスまでは5時間もある事が確認できた。 <br />更にアンドラ行きのバスは日に2本しか運行していないようだった。我々は列車とバスとの連絡の 悪さ、コネクションの無さをそれぞれの国の言葉でなじった。 <br />バックパッカー三人組の一人は「クソッたれ!」と娘に有るまじき品の無い言葉を吐いた。 <br /><br />        <br />するとバス停の前で思案している我々5人にタクシードライバーがニヤニヤしながら近づいて来た。 人の弱みに付け込んで近づいてくる時の輩の風情、たたずまいは実に万国共通なものだなとつくづく思う。 <br /><br />「アンドラ?」 <br />「si si」と一つ覚えのスペイン語でイエスと答えると、タクシードライバーは畳み込む様に 吹っ掛けてきた。一万ペセタ<三万円>だという。スペインで行商を少しやっていた所為で商売にスペイン語の数字だけは必須なので否応にも覚えた。MILに数字を付けると千の単位になるのだ。キャロル小母さんや三人組みパッカーにもその金額を伝えた。誰もスペイン語はさっぱり判らぬようで、妙に私を頼りにしているような非常に誤った考えを持ち始めていた。 <br /><br />「USドル換算だと幾らになるの?」キャロル小母さんが尋ねる。 <br />素早く、スペインペセタから日本円に換算し更にUSドル換算を暗算で弾き出し、150ドル見当かなと答えると、今度は5人で割ると一人幾らになるの?とカナダ娘の一人が尋ねる。彼の国の人々は暗算が苦手だと聞いていたが、私はとても深く納得した。30ドルでしょと答えると皆が一斉に高すぎると騒ぎ始めた。もっと早く気がつけよ・・君達・・ <br />  <br /><br /> 私は身振り手振りでここからアンドラまでの距離を英語を解さないドライバーに尋ねた。 <br />理解したのか「setenta cincoKM」と答えるタクシードライバー。私は頭の中で指を折りながら75という数字を弾き出した。数字の読み方は規則性があるから覚え易い。でも丸暗記だから1の位、10の位、100の位とそれぞれ最初から数えていかないと正解に辿り着けないのが情けないと云えば情けなかった。<br />75KM走って3万円か・・スペインでタクシーに乗ったことは無かったが世界一高いと云われる東京のタクシー並じゃないかと感じた。吹っかけていると感じた。我々はタクシーの運転手の言い値に対して値切りはじめた。キャロル小母さんだけはその金額でも構わないという鷹揚な態度を見せるが、私とカナダ娘達に取ってはとても納得できるものではなかった。小生意気なカナダ娘の一人が云う。 <br />「一人負担10ドルということで話してみてよ」と無茶苦茶な事を言い出す。 <br />「それはちょっと難しすぎる。交渉にならない」と却下・・ <br />ドライバーは8000ペセタまでディスカウントしてきたが、それにしてもこのドライバーは5人乗りのタクシーにドライバーも含めて6人を乗せようとしている。キャロル小母さんは物凄いヒップの持ち主だった。一人で席を二人分は占有しそうだった。三人乗りの後部座席に騒がしいカナダトリオに挟まれながら座って75kmも移動する苦行を想像するとゲンナリとした気分になっていった私は、俺はバスが来るのを待つと宣言した。雲行きが怪しいと察したタクシー運転手は、 幾らにすれば乗ってくれるのかというような事を多分?言い出し始めた。 <br />「もう遅いよ。終わった話だ・・」 私は日本語で運転手に言葉を返し皆から離れていった。 <br /><br /><br />それにしてもカナダの三人娘は兎に角、四六時中喋りまくっている。女性は洋の東西を問わずど〜してあれほど機関銃のようにマシンガントークが出来るのだろうかと寡黙な私は不思議に思う。私と同世代だったが、 英語を母国語としている人間と英語で話すというのはとても疲れるものがある。   <br /><br />私は日本語では<noisy>という言葉は女が三人<姦しい>と漢字で書く、という事を説明するために、大変なエネルギーと労力と数少ないボキャブラリーを駆使して三人娘に伝えようとしたが、一人の勘の良い娘だけが理解して大いに受けて大笑いして納得してくれたが、すっかり消耗した私はそれ以後、次第に寡黙になっていった。英語国の人間と一緒に居ることに些か疲れてしまった私は皆に告げた。 <br /><br />「自分は<ヒッチハイク>でアンドラに向かってみることにするよ。」 <br />キャロル小母さんが私も一緒に行くと言い出したので、自分は随分と歩きながら車を探す積もりだから、あなたは足も悪いようなので駅で5時発のバスを三人娘と待った方がいいと思う、と同行をやんわりと断った。 <br />「アンドラでまた逢いましょう!!」とキャロル小母さんと<姦し娘達>に大見得を切った私は大型ザックを駅に預けディバックを取り出して軽装でアンドラの山に続く一本道を歩き始めた。 <br /><br />車さえ通れば、案外早くヒッチ出来るかもしれないと気楽に考えていた私は、アンドラへ続くと思われる一本道をテクテクと歩き始めながら、車の通過を待った。途中、道路の反対側で行く先を紙に大書きした二人組のヒッチハイカーが居た。道の両端は牛飼いや羊飼いの為の牧草地帯が柵超えに長く続くなかの一本道である。ヒッチハイカーの一人が私に向かって両手を広げお手上げのポーズをしてみせたり、×印をしたりする。何故ならこの道は車がまったく通過しないのだ・・・ <br />たまに通過する車は牛を積んだトラック車だったりする。牛の鳴き声、鳥のさえずりが空高く、澄んだ空気を通して聞こえてくる初夏のような軽く汗ばむような陽気に私は歩くのを止めて、道の端の草むらに寝転がり草いきれに囲まれ、目を閉じて文字通りの牧歌的空気を満喫しているうちにディバックを枕に軽く寝入ってしまった。 <br /><br />どの位、寝入ってしまったのだろう。軽いクラクション音で目が覚めた。 私の傍らに赤いセダンが停まっていた。車には夫婦らしい中年の男女が乗っていた。窓から顔を出して私を東洋人と確認するとスペイン語から英語に切り替えて声を掛けてきた。 <br />「どうしたの??具合でも悪いの?」 <br />「自分は日本から来た旅行者です。実はバスに乗れずアンドラまで行く積もりで車を待っているところです」と相手に警戒心を与えぬように自分の氏素性と状況を丁寧に伝えた。 <br />こんな時は自分も相手の様を注意深く観察するが、相手側は私以上にこちらの様子を観察するものだ。この時、国籍が日本だというポイントは実は評価が結構高いものがあるということを私は体験的に知っていたから自ら日本人と名乗った。 <br /><br />「アンドラの中心地までは行かないけど、ボーダーでも良ければ乗りなさい」 <br />アンドラ国境で充分!私は勇んで同乗させて貰う事にした。 <br />道端で寝そべっていた訳の判らぬ東洋人を拾ってくれるのだから、出来るだけ相手に不安感を与えぬ様に私は聞かれた事は丁寧に快活に話すように心掛けた。二人ともアンドラの小学校で教師をしていると私に告げた。 <br />私は車中、彼らからアンドラの人口が6万人位ということ、NO・TAXの所為で 欧州から年間に何百万も観光客が買い物に訪れる事、ガソリンも無税でヨーロッパで一番安い所為で、多くの車がスペインやフランスから流入すること、等を聞いたが、駅からアンドラへ続く道には車が全然通らなかった事を不思議に思い尋ねると、この道はアンドラへ向かうメイン道路じゃないからスペインやフランスからの買い物客は利用しない所為だと笑った。 <br />「じゃ〜僕は運が良かったんですね〜」とおどける様に云うと <br />「そう・・君はとても幸運だったよ」とドライバーのご主人は微笑み返した。 <br />すれちがう車もほとんど無いまま、車は国境のバスターミナルのような場所に到着した。 私は丁寧に礼を云って車を降りた。 <br /><br />既に5時を大きく過ぎていたが、陽はまだ高く、真昼のような位置に太陽は輝いていた。 <br />アンドラの中心地の標高は1000メートルを軽く超えるらしい。空気が美味しく感じられた。 <br />高いピレーネ山脈の山々が間近に連なり、両親の故郷の信州・松本の景観を軽く思い出させた。 <br /><br />国境のターミナルには数台のバスが停まっていた。それらはバルセロナに直通で向かうバスのようだった。中心地に向かうバスの出発口を尋ねると6時過ぎに出るようだ。 <br />ここからアンドラの中心地の街まで20〜30分ほどらしい。私はそのバスを待つ事にした。 しばらくするとボンネット型の古いバスが喘ぐ様にバスターミナルに登ってきた。 <br /><br />バスが近づくとバスの中から窓を叩きながら私を指差しながら何事か歓声を上げている 見覚えのある顔が三つ並んでいた。カナダの姦しいバックパッかー娘達だった。キャロル小母さんまでが窓に顔を寄せガッツポーズの如く両のコブシを振りあげながら笑っているのが見えた。私も妙に嬉しい気持ちになり、そのバスに乗り込んでいくと、皆から抱擁されてしまい慣れぬ振る舞いにすっかり戸惑ったがそれは嬉しい戸惑いだった。 <br /><br />ここで皆と再会出来るとは思いもしなかった。それは彼女達も同じ思いを感じていたようだった。puigcerda駅で感じていた彼女達との会話の徒労感は私の中ではすっかりと雲散霧消していた。 <br />不思議なものだなと感じた。再び合流した我々は三カ国混成チームの如くに妙にテンションが高くなり奇妙なチームワークの良ささえ感じていた。 <br />他のバスの乗客が呆れたような風情で我々の様子をみているのが感じ取れた。 <br />決して孤独癖ではないが、独りで居ることを時に好む私も時にテンションが高くなることもあるのだ。それは人間嫌いの人恋しさの様な感情に近いものかもしれなかった。<br /><br />バスはアンドラの中心地Andorra La Vella に到着した。 <br />今度はホテル探しを始めた。この国ではスペイン・ペセタとフランス・フランの両方が貨幣として流通されているようで、料金表示も二ヶ国の貨幣で表示されていた。 <br />最初に訪れたホテルはhostalと呼ばれるシンプルな宿だった。料金を尋ねるとシングルで 600ペセタとマネージャーが云う。キャロル小母さんがドル換算で幾ら?と私に尋ねる。 <br />USドルで9ドル位だね、と答えると自分は疲れたからもうここに決めると、宣言し旅装を解き始めた。無理もないと思った。しかしこの宿は私に取っては三泊分に近い料金で、高すぎる。その思いはカナダ姦しトリオも同じだったらしく、我々は新たな宿を探すことにした。キャロル小母さんは別れ際に一人ずつと抱擁を交わした。私に向かって今日は1日、本当に有難う、あなたに逢えて良かったわなどと言葉を掛けられると、柄にも無く妙に感傷的な気分になってしまった。<br />「きっと街中でまた逢えますよ〜 小さい街だから・・」と云うのが精一杯だった。 <br /><br />4人になった我々は幾つかの宿を当たったが、いずれも我々の予算外だった。 何軒目の宿で4人でひと部屋でいいか?と宿の主に云われると三人娘が一斉に「NO!・NO〜!」と大きく叫んだ。 <br />俺だって厭だってば〜・・・(ー_ー)!!<br />更に我々の宿探しは続き、朝食付で240ペセタ(日本円で700円強)というhostalを見つけた。それはドンピシャで私の中でのスペインでの宿料金のスタンダード価格だった。 <br />部屋を先に見せて貰い、私はここに決めるよと、三人娘に宣言した。彼女達も随分と迷ったようだが、もっと安い宿を探して見るという。彼女達の凄い粘り越しに驚いた。 <br />俺はまだまだ修行が足りないな〜と改めて思った。 <br /><br />じゃ〜また!と別れた私は旅装を解き、共同のシャワーを浴びて食事に街に出ると 道を隔てて三人娘と出くわした。安宿は見つかった?大きな声で尋ねると三人部屋で600ペセタという部屋に入れたと叫んだ。それは良かった・・と私は日本語で呟いた。 <br /><br />日本では見られぬような明るく眩しいほどの大きな月が山際から現れてくると夜のアンドラの街を包み込むように煌々と照らし始めていた。  <br /><br /> ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・7<br /><br />あとがき・・・ アンドラの記憶とメモ書きはここまで、、<br />アンドラでは数日を過ごしたのですがなんの記憶も印象も残っていません。<br />バルセロナに戻る時もどんなルートで帰ったのかもまったく記憶にありません(・・;) <br />彼女達と別れたあとは時系列のメモ書きもやめてしまったので、多分<br />印象に残る事や旅のエピソードは何もなかったんでしょう。<br />印象に残った人々や出来事だけは深く記憶に刻み込まれていくものなんですね。今でもアンドラと云う地名を聞いて反射的に思い出すのはマダム・キャロルのことです。今も元気でいらっしゃれば100歳位かと・・<br />

アンドラまで・・珍道中 編

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kio

kioさん

旅先での車中での印象に残った遭遇編を4編TOPに持ってきました 17/june

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バルセロナに滞在している間にスペインとフランスの国境、ピレーネ山脈の山中にある小国アンドラに行って見たいと思った。アンドラ国は香港やシンガポールのように関税が無いタックスフリーの国としても知られていた。
バルセロナ駅から出発してアンドラに一番近い駅はスペイン側の国境駅、puigcerda という駅が地図上では最寄の駅のように見えた。 トーマス・クック社製の時刻表でバルセロナから2時間程の道程と確認し早々にバルセロナ駅頭に向かい列車の到着を待っているとホームに立つ私に旅行者然とした大きなトランクケースを持った老婦人がオズオズとした風情で話しかけてきた。

「英語は話せますか?」年の頃は、70歳近いかと思われる大柄な白髪の女性だった。
「ほんの少しなら・・」 と短く答える私。 本当はもっと若いのかもしれない。声に張りがあった。 アメリカ人だと名乗るその女性は「ここに来る列車はフランスに向かうのか?」と私にも判るゆっくりとした英語で尋ねてきた。私は短く「ええ・・多分」と答える。英語力に劣る所為で英語のネーティブ・スピーカーと話す事を避け気味だった私がアメリカ人と名乗るこの女性を避けなかったのは、東洋人の私に話し掛けてくるほど、何となく切迫した雰囲気と不安げな様子が感じられた事と、独り旅の年配者が頼りにしてくる事をとても邪険には出来ないという私の性分だった。
彼女は杖をつき、片方の足を軽く引き摺っていた。

列車が入線すると始発の所為で車内は自由に席が取れた。私は4人掛けの座席を独りで占有し、その女性は通路を挟んで私と同じ列の4人掛けの座席を占有した。アメリカを出国して欧州を旅して二週間になるというこの女性は、銀縁眼鏡の奥に程よい知性を感じさせた。ペンシルバニアの州立大学で美術を教えていると云う。キャロル・○○○と名乗った。後にアドレスを交換したがファミリーネームは失念した。
「独りで旅をしていて不安な気持ちにはなりません?」 足を引き摺る老齢ぶりを心配した私は随分とつまらない事を尋ねた。

「あなたみたいなジェントルマンと出会えるから愉しいものよ」 微笑みながら答える。 アメリカ人は真顔でお世辞を云うもんだなと思った。エンブレムや各都市のワッペンで溢れている私のザックを見ながら大袈裟にワオ〜と叫ぶ。

「今まで随分と旅してきたようだけど何処の国が印象に残った?」キャロルが尋ねる。
「フィンランドが良かったかな」
「 オオオォォォォ-あんな寒い国・・どうして?どうして〜?」と云いながら身体を大袈裟に仰け反らせる。
「多分、氷の国でとても気立ての良いフィンランド娘と過ごす事が出来たから印象が良かったのかも・・・・・・それぞれの国が気にいる事になるのは、その国の人と良い出会いや良いコミュニケーションが持てたか、美味しい食事に出会えたかのどちらかだと、思う」 たどたどしい英語で妙でとてつもなく怪しげな自説を説くと大仰に頷きながらキャロル小母さんが云う。
「そして・・あなたはバルセロナからフランスに向かう車中で昔のヤングガールと出会った」笑いながら云う。私は口の中でモゴモゴさせながら日本語でいえいえ、う〜ん・・(´ヘ`;)ハァなどと、いささか押され気味に返事にならない返事をしてみたりする。

老いていると云え、このアメリカ女性のハートとマインドがとても良かったのは、18歳の娘な如く、感性がとても若く、面白がる精神、愉しみたがる気持ちが満ち溢れる程に旺盛だったことだ。一般のアメリカンって歳に関係なくこんなんか?と思ったものである。
車窓から石積みされて出来た古いアンティックな家並を観ただけで、私のサマーセーターの袖を摘んで大袈裟に見なさい!素晴らしいわと同調を求めるように叫ぶ。 きっと日本の田舎を旅したらこのキャロル小母さん、車窓から見える農家の茅葺屋根や藁葺き屋根に、きっと卒倒するほどに感動するだろうなと思ったが、とても英語でキチンと説明出来そうにもないので、思っただけにした。(*^_^*)

私は旅先で英語はどれくらい勉強してきたの?と問われると、必ずまだ2、3か月くらいと答えるようにしていた。すると<語学の天才>などと幾度か云われたものである。誰が10年も英語に接してきたなどと本当の事など言うものか〜 こいつはバカかと思われるだけである(ー_ー)!!

「ところで貴方は何処に行くの」
「アンドラというピレーネ山中の谷間にある小さな国に行きますが」
「そんな国がこの先にあるの?私もそこに行ってみようかしら」
「え?フランスに向かうんじゃなかったの?」と些か狼狽気味に尋ねる私。
「特に何の予定も無い旅だからいいのよ。待ってくれる人も居ないし、是非行きたいわ」
「で、あなたは学生?」
「いえ、仕事をちょいとだけリタイアして長い旅に出てる」
「リタイアですって!!?? あなたいったい幾つよ?」と仰け反りながら大笑いするキャロル小母さん
「20代だけど・・」私はちょいと軽い休暇の積もりでリタイアなどと口走っただけの事。その程度のボキャブラリーで旅している私。


アンドラ入国の最寄駅のpuigcerda駅が近づいて私がザックから地図を取り出したり 旅支度の準備を始めると、キャロル小母さんも立ち上がり、荷造りを始めた。
どうやらキャロル小母さんはアンドラ行きをすっかりと決めてしまったようだ(ー_ー)!!

駅への到着時間は正午を過ぎていた。駅に降りると、閑散とした本当に何もない場所だった。
駅前には時間つぶしの喫茶店やレストランさえなかった。
幾人かがこの駅で降りたがそれぞれ三々五々に散っていくと駅頭に残ったのは旅行者の我々の他に、私と同様なザックを背負った三人組のバックパッカー娘達だけだった。三人ともザックの真ん中にメイプルのカナダ国旗を縫い付けてある。カナダ政府は海外を旅するバックパッカーに無償で国旗のワッペンを提供すると、旅先で出会ったカナダ人から聞いた事があった。ザックと真っ赤なカエデをあしらったカナダ国旗はとても良く似合っている。

駅前のバス停留所でアンドラ行きのタイムテーブルを皆で確認した。
何とバスは20分前に出たばっかりで、次のバスまでは5時間もある事が確認できた。
更にアンドラ行きのバスは日に2本しか運行していないようだった。我々は列車とバスとの連絡の 悪さ、コネクションの無さをそれぞれの国の言葉でなじった。
バックパッカー三人組の一人は「クソッたれ!」と娘に有るまじき品の無い言葉を吐いた。

        
するとバス停の前で思案している我々5人にタクシードライバーがニヤニヤしながら近づいて来た。 人の弱みに付け込んで近づいてくる時の輩の風情、たたずまいは実に万国共通なものだなとつくづく思う。

「アンドラ?」
「si si」と一つ覚えのスペイン語でイエスと答えると、タクシードライバーは畳み込む様に 吹っ掛けてきた。一万ペセタ<三万円>だという。スペインで行商を少しやっていた所為で商売にスペイン語の数字だけは必須なので否応にも覚えた。MILに数字を付けると千の単位になるのだ。キャロル小母さんや三人組みパッカーにもその金額を伝えた。誰もスペイン語はさっぱり判らぬようで、妙に私を頼りにしているような非常に誤った考えを持ち始めていた。

「USドル換算だと幾らになるの?」キャロル小母さんが尋ねる。
素早く、スペインペセタから日本円に換算し更にUSドル換算を暗算で弾き出し、150ドル見当かなと答えると、今度は5人で割ると一人幾らになるの?とカナダ娘の一人が尋ねる。彼の国の人々は暗算が苦手だと聞いていたが、私はとても深く納得した。30ドルでしょと答えると皆が一斉に高すぎると騒ぎ始めた。もっと早く気がつけよ・・君達・・
 

 私は身振り手振りでここからアンドラまでの距離を英語を解さないドライバーに尋ねた。
理解したのか「setenta cincoKM」と答えるタクシードライバー。私は頭の中で指を折りながら75という数字を弾き出した。数字の読み方は規則性があるから覚え易い。でも丸暗記だから1の位、10の位、100の位とそれぞれ最初から数えていかないと正解に辿り着けないのが情けないと云えば情けなかった。
75KM走って3万円か・・スペインでタクシーに乗ったことは無かったが世界一高いと云われる東京のタクシー並じゃないかと感じた。吹っかけていると感じた。我々はタクシーの運転手の言い値に対して値切りはじめた。キャロル小母さんだけはその金額でも構わないという鷹揚な態度を見せるが、私とカナダ娘達に取ってはとても納得できるものではなかった。小生意気なカナダ娘の一人が云う。
「一人負担10ドルということで話してみてよ」と無茶苦茶な事を言い出す。
「それはちょっと難しすぎる。交渉にならない」と却下・・
ドライバーは8000ペセタまでディスカウントしてきたが、それにしてもこのドライバーは5人乗りのタクシーにドライバーも含めて6人を乗せようとしている。キャロル小母さんは物凄いヒップの持ち主だった。一人で席を二人分は占有しそうだった。三人乗りの後部座席に騒がしいカナダトリオに挟まれながら座って75kmも移動する苦行を想像するとゲンナリとした気分になっていった私は、俺はバスが来るのを待つと宣言した。雲行きが怪しいと察したタクシー運転手は、 幾らにすれば乗ってくれるのかというような事を多分?言い出し始めた。
「もう遅いよ。終わった話だ・・」 私は日本語で運転手に言葉を返し皆から離れていった。


それにしてもカナダの三人娘は兎に角、四六時中喋りまくっている。女性は洋の東西を問わずど〜してあれほど機関銃のようにマシンガントークが出来るのだろうかと寡黙な私は不思議に思う。私と同世代だったが、 英語を母国語としている人間と英語で話すというのはとても疲れるものがある。  

私は日本語では<noisy>という言葉は女が三人<姦しい>と漢字で書く、という事を説明するために、大変なエネルギーと労力と数少ないボキャブラリーを駆使して三人娘に伝えようとしたが、一人の勘の良い娘だけが理解して大いに受けて大笑いして納得してくれたが、すっかり消耗した私はそれ以後、次第に寡黙になっていった。英語国の人間と一緒に居ることに些か疲れてしまった私は皆に告げた。

「自分は<ヒッチハイク>でアンドラに向かってみることにするよ。」
キャロル小母さんが私も一緒に行くと言い出したので、自分は随分と歩きながら車を探す積もりだから、あなたは足も悪いようなので駅で5時発のバスを三人娘と待った方がいいと思う、と同行をやんわりと断った。
「アンドラでまた逢いましょう!!」とキャロル小母さんと<姦し娘達>に大見得を切った私は大型ザックを駅に預けディバックを取り出して軽装でアンドラの山に続く一本道を歩き始めた。

車さえ通れば、案外早くヒッチ出来るかもしれないと気楽に考えていた私は、アンドラへ続くと思われる一本道をテクテクと歩き始めながら、車の通過を待った。途中、道路の反対側で行く先を紙に大書きした二人組のヒッチハイカーが居た。道の両端は牛飼いや羊飼いの為の牧草地帯が柵超えに長く続くなかの一本道である。ヒッチハイカーの一人が私に向かって両手を広げお手上げのポーズをしてみせたり、×印をしたりする。何故ならこの道は車がまったく通過しないのだ・・・
たまに通過する車は牛を積んだトラック車だったりする。牛の鳴き声、鳥のさえずりが空高く、澄んだ空気を通して聞こえてくる初夏のような軽く汗ばむような陽気に私は歩くのを止めて、道の端の草むらに寝転がり草いきれに囲まれ、目を閉じて文字通りの牧歌的空気を満喫しているうちにディバックを枕に軽く寝入ってしまった。

どの位、寝入ってしまったのだろう。軽いクラクション音で目が覚めた。 私の傍らに赤いセダンが停まっていた。車には夫婦らしい中年の男女が乗っていた。窓から顔を出して私を東洋人と確認するとスペイン語から英語に切り替えて声を掛けてきた。
「どうしたの??具合でも悪いの?」
「自分は日本から来た旅行者です。実はバスに乗れずアンドラまで行く積もりで車を待っているところです」と相手に警戒心を与えぬように自分の氏素性と状況を丁寧に伝えた。
こんな時は自分も相手の様を注意深く観察するが、相手側は私以上にこちらの様子を観察するものだ。この時、国籍が日本だというポイントは実は評価が結構高いものがあるということを私は体験的に知っていたから自ら日本人と名乗った。

「アンドラの中心地までは行かないけど、ボーダーでも良ければ乗りなさい」
アンドラ国境で充分!私は勇んで同乗させて貰う事にした。
道端で寝そべっていた訳の判らぬ東洋人を拾ってくれるのだから、出来るだけ相手に不安感を与えぬ様に私は聞かれた事は丁寧に快活に話すように心掛けた。二人ともアンドラの小学校で教師をしていると私に告げた。
私は車中、彼らからアンドラの人口が6万人位ということ、NO・TAXの所為で 欧州から年間に何百万も観光客が買い物に訪れる事、ガソリンも無税でヨーロッパで一番安い所為で、多くの車がスペインやフランスから流入すること、等を聞いたが、駅からアンドラへ続く道には車が全然通らなかった事を不思議に思い尋ねると、この道はアンドラへ向かうメイン道路じゃないからスペインやフランスからの買い物客は利用しない所為だと笑った。
「じゃ〜僕は運が良かったんですね〜」とおどける様に云うと
「そう・・君はとても幸運だったよ」とドライバーのご主人は微笑み返した。
すれちがう車もほとんど無いまま、車は国境のバスターミナルのような場所に到着した。 私は丁寧に礼を云って車を降りた。

既に5時を大きく過ぎていたが、陽はまだ高く、真昼のような位置に太陽は輝いていた。
アンドラの中心地の標高は1000メートルを軽く超えるらしい。空気が美味しく感じられた。
高いピレーネ山脈の山々が間近に連なり、両親の故郷の信州・松本の景観を軽く思い出させた。

国境のターミナルには数台のバスが停まっていた。それらはバルセロナに直通で向かうバスのようだった。中心地に向かうバスの出発口を尋ねると6時過ぎに出るようだ。
ここからアンドラの中心地の街まで20〜30分ほどらしい。私はそのバスを待つ事にした。 しばらくするとボンネット型の古いバスが喘ぐ様にバスターミナルに登ってきた。

バスが近づくとバスの中から窓を叩きながら私を指差しながら何事か歓声を上げている 見覚えのある顔が三つ並んでいた。カナダの姦しいバックパッかー娘達だった。キャロル小母さんまでが窓に顔を寄せガッツポーズの如く両のコブシを振りあげながら笑っているのが見えた。私も妙に嬉しい気持ちになり、そのバスに乗り込んでいくと、皆から抱擁されてしまい慣れぬ振る舞いにすっかり戸惑ったがそれは嬉しい戸惑いだった。

ここで皆と再会出来るとは思いもしなかった。それは彼女達も同じ思いを感じていたようだった。puigcerda駅で感じていた彼女達との会話の徒労感は私の中ではすっかりと雲散霧消していた。
不思議なものだなと感じた。再び合流した我々は三カ国混成チームの如くに妙にテンションが高くなり奇妙なチームワークの良ささえ感じていた。
他のバスの乗客が呆れたような風情で我々の様子をみているのが感じ取れた。
決して孤独癖ではないが、独りで居ることを時に好む私も時にテンションが高くなることもあるのだ。それは人間嫌いの人恋しさの様な感情に近いものかもしれなかった。

バスはアンドラの中心地Andorra La Vella に到着した。
今度はホテル探しを始めた。この国ではスペイン・ペセタとフランス・フランの両方が貨幣として流通されているようで、料金表示も二ヶ国の貨幣で表示されていた。
最初に訪れたホテルはhostalと呼ばれるシンプルな宿だった。料金を尋ねるとシングルで 600ペセタとマネージャーが云う。キャロル小母さんがドル換算で幾ら?と私に尋ねる。
USドルで9ドル位だね、と答えると自分は疲れたからもうここに決めると、宣言し旅装を解き始めた。無理もないと思った。しかしこの宿は私に取っては三泊分に近い料金で、高すぎる。その思いはカナダ姦しトリオも同じだったらしく、我々は新たな宿を探すことにした。キャロル小母さんは別れ際に一人ずつと抱擁を交わした。私に向かって今日は1日、本当に有難う、あなたに逢えて良かったわなどと言葉を掛けられると、柄にも無く妙に感傷的な気分になってしまった。
「きっと街中でまた逢えますよ〜 小さい街だから・・」と云うのが精一杯だった。

4人になった我々は幾つかの宿を当たったが、いずれも我々の予算外だった。 何軒目の宿で4人でひと部屋でいいか?と宿の主に云われると三人娘が一斉に「NO!・NO〜!」と大きく叫んだ。
俺だって厭だってば〜・・・(ー_ー)!!
更に我々の宿探しは続き、朝食付で240ペセタ(日本円で700円強)というhostalを見つけた。それはドンピシャで私の中でのスペインでの宿料金のスタンダード価格だった。
部屋を先に見せて貰い、私はここに決めるよと、三人娘に宣言した。彼女達も随分と迷ったようだが、もっと安い宿を探して見るという。彼女達の凄い粘り越しに驚いた。
俺はまだまだ修行が足りないな〜と改めて思った。

じゃ〜また!と別れた私は旅装を解き、共同のシャワーを浴びて食事に街に出ると 道を隔てて三人娘と出くわした。安宿は見つかった?大きな声で尋ねると三人部屋で600ペセタという部屋に入れたと叫んだ。それは良かった・・と私は日本語で呟いた。

日本では見られぬような明るく眩しいほどの大きな月が山際から現れてくると夜のアンドラの街を包み込むように煌々と照らし始めていた。 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・7

あとがき・・・ アンドラの記憶とメモ書きはここまで、、
アンドラでは数日を過ごしたのですがなんの記憶も印象も残っていません。
バルセロナに戻る時もどんなルートで帰ったのかもまったく記憶にありません(・・;) 
彼女達と別れたあとは時系列のメモ書きもやめてしまったので、多分
印象に残る事や旅のエピソードは何もなかったんでしょう。
印象に残った人々や出来事だけは深く記憶に刻み込まれていくものなんですね。今でもアンドラと云う地名を聞いて反射的に思い出すのはマダム・キャロルのことです。今も元気でいらっしゃれば100歳位かと・・

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この旅行記へのコメント (9)

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  • 名古屋やんさん 2014/06/24 01:42:23
    姦しい
    こんばんは、ご無沙汰です。

    トップの旅行記を読み進めていくうち「姦しい3人娘」(笑)に再読と気が付きました。

    異国の地での再会がよく描かれていて、写真なくても風景感じちゃうkioさんの作品でした。

    いいがね。

               名古屋やん

    kio

    kioさん からの返信 2014/06/24 22:06:51
    姦し三人娘、今 何処・・・
    名古屋んさん やっとかめだなも。
    アンドラ編の珍道中旅 再読して頂き恐縮だて

    地球の何処かで、たまたま偶然に、ほんの一瞬にすれちがったという感じでしょうか。マダム・キャロルも姦し三人娘も。

    カナダの姦し三人娘は私と同世代だったので、今は姦し三人婆
    になって何処かで元気に暮らしとるかと思います

    きっと、彼女たちも若い頃、バックパッカーで欧州を旅したことも生涯の思い出の一つになっとるんだろうな と自分の事を思えば察することができます。
    それにしても 女性は世の東西を問わず、なんとお喋りなんでしょうね( ^)o(^ )

    明日は早朝五時からW杯 VSコロンビア戦、観戦します。
    ちゃっと寝ろよ自分!って感じだてね(*^_^*)

    名古屋やん

    名古屋やんさん からの返信 2014/06/25 16:42:18
    RE: 姦し三人娘、今 何処・・・
    お株盗られたがね、kioさん。

    名古屋本家より上いっとる、なんてね。


    > 地球の何処かで、たまたま偶然に、ほんの一瞬にすれちがったという感じでしょうか。マダム・キャロルも姦し三人娘も。
    >
    > カナダの姦し三人娘は私と同世代だったので、今は姦し三人婆
    > になって何処かで元気に暮らしとるかと思います
    >
    > きっと、彼女たちも若い頃、バックパッカーで欧州を旅したことも生涯の思い出の一つになっとるんだろうな と自分の事を思えば察することができます。

    そうですよね、「袖すりあうのも多少の縁」(正しかったかな?)は、世界共通ですね。
    彼女たちも思い出を語るとき、kioさんのことも話題になるでしょう。



    > それにしても 女性は世の東西を問わず、なんとお喋りなんでしょうね( ^)o(^ )

    これも万国共通だがね。(笑)

    > 明日は早朝五時からW杯 VSコロンビア戦、観戦します。
    > ちゃっと寝ろよ自分!って感じだてね(*^_^*)

    私も観戦、残念でした。

    また、新作も期待しています。

                 名古屋やん
  • さすらいおじさんさん 2006/07/14 22:30:24
    アンドラは行きたい小国です
    kioさん

    8月末からヨーロッパ旅行を計画中で旅行記から情報を拝借しています。
    アンドラは行きたい小国で、交通の便の悪さ、列車、バスの様子などとても参考になりました。
    私もトーマスクックで調べてもました。フランス側のToulouse−L\'Hospitaletまでの鉄道は1日9本ありますが、そこからアンドラまでのバスは1日2本。しかも7:35発と19:45発。kioさんのようにタクシー運転手と交渉しなければならないかも知れないなあとレポートを拝見しながら思いました。
    でも、カナダの3人娘、米国女性との出会い、ヒッチハイク、と短時間でもいろんな出会いが楽しいですね。自分が旅をしているような気持ちになりました。
    また、拝見します。ありがとうございます。

    kio

    kioさん からの返信 2006/07/15 22:08:43
    RE: アンドラの事
    <アンドラまで、、>読んで頂き併せて投票まで頂戴し
    ありがとうございますm(._.)m ペコッ

    >8月末からヨーロッパ旅行を計画中で旅行記から情報を拝借しています。
    アンドラは行きたい小国で、交通の便の悪さ、列車、バスの様子などとても参考になりました。

    さすらいおじさん アンドラ、正直云ってタックスフリーという
    以外に魅力があるとは言い難いです。
    自分もアンドラへ鉄道やヒッチやバスで辿り着く道中は
    印象的な出逢いもあり旅行記のネタになるような
    エピソードが記憶として残っていますが、実は旅行記の末尾にも
    書きましたが、滞在中の印象、な〜んにも無いんですよん。
    それでも訪ねてみたいという事ならばバルセロナから
    アンドラ行きの直通バスが出ているようなので
    それを利用されると良いと思います。
    日帰りでも充分かも?


  • SUR SHANGHAIさん 2006/05/08 20:36:57
    帰ってきました〜。(^o^)丿
    日本の北国では、春を探すどころか春がまだ来ていませんでした〜。(^○^)

    アンドラ編も出会いが沢山、と言うよりダブル・パンチ、トリプル・パンチ的姦しさでしたね。♪かしまし娘〜♪ (^○^)(^○^)(^○^)

    私はアンドラでは不思議な日本人おばさんに遭遇。
    フランス側に降りる列車を待っていたら話しかけられたんですが、
    内容は全部自分の娘さんの自慢話。

    「私の娘はね〜、××国の○○大学に行ってね〜、でもね〜、そこは日本人が娘だけでね〜、でも娘はがんばってね〜…」延々続く30分。(^^ゞ

    そういうことに鈍い私もやっと気付いて
    「すっごく優秀な娘さんなんですね〜。」

    そこでやっと開放された想い出が。(^^ゞ

    アンドラはかしまし娘(?)に出会う確率が高い国、でしょうか。(^○^)

    kio

    kioさん からの返信 2006/05/08 23:43:39
    アンドラ麓は姦しエリア?(爆)
    >アンドラ編も出会いが沢山、と言うよりダブル・パンチ、トリプル・パンチ的姦しさでしたね。♪かしまし娘〜♪ (^○^)(^○^)(^○^)

    英語でもたとえ日本語だったとしても耐えられませんわ(・・;)
    姦しいのはもうパス パス パ〜〜ス

    >私はアンドラでは不思議な日本人おばさんに遭遇。
    フランス側に降りる列車を待っていたら話しかけられたんですが、
    内容は全部自分の娘さんの自慢話。

    旅先で出逢う同胞のすべてにその人は自慢話を延々と
    しながら旅を続けていたのでしょうね(´ヘ`;)ハァ


    >アンドラはかしまし娘(?)に出会う確率が高い国、でしょうか。(^○^)

    sur shanghaiさんの書き込みを読んで
    そんな気がしてきましたよん ┐(\'〜`;)┌
  • チビケイさん 2005/03/28 19:17:58
    み〜つけた!アンドラ(^.^)
    kioさん♪休館日でも読んでないのがあったので来て見るとありましたねぇ〜新しいのが(^^)アンドラ!なんとアンドラです!
    私も行きたくて行けなかったピレネーのアンドラ!アンドラ!アンドラ!←
    かなりシツコイ(-"-)

    父も行きたがっていたところです。
    ノータックスが魅力!シンプルなところが魅力!フランスとスペインの狭間にあるというのが魅力です。

    今日もkio図書館来訪させて頂きましたm(__)m
    今度会員割引カードを発行してください(そっかぁ・・最初からフリーだったのだぁ〜(^O^))

    ではまたコッソリ見に来ます。

    kio

    kioさん からの返信 2005/03/29 00:17:58
    RE: みつかってしまったかぁ・・アンドラ(^.^)
    実はアンドラ滞在中の事は何も記憶にないんです。
    バルセロナからアンドラに向かう道中のメモ書きと
    記憶しかない。自分にとってアンドラまで向かうプロセスが
    とても印象に深いものでした。
    読んでくれた人の多くがキャロル小母さんが素敵だ〜という
    感想を書いてくれました。

    去年のアテネ五輪の入場式でいの一番に行進したのが
    アンドラの選手団でした。空港もないピレーネ山脈の麓から
    エッチラオッチラ〜アテネまで来たんだなあと感慨を持って
    行進に見入ったものでした。

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