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中国最古の巨大石仏が中原の地、河南省・峻県にひっそりと

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2004/02 - 2004/03

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nihao

nihaoさん

 中国の巨大石仏というと楽山大仏を思い出すが、最古のものでないことを今回の旅で教えられた。それも全くの偶然からだった。北京の友人と連絡をとり、雑談しているうちに新華社OBの張さんが「私の故郷を案内したい」と、うれしいボールを投げてくれた。黄河の南の河南省という以外、知識のないまま独中合弁車「サンタナ」に乗っておよそ600キロ、5時間高速を突っ走って目的地に着いた。800年前、大黄河だった場所を見下ろす小高い石山に中国最古の巨大石仏が、悠久の歴史を伝えてくれていた。大中国の文化の深さを思い知らされた。一見の価値がある。

 筆者の中国は、たまたま1972年の日中国交正常化の年に政治記者となり、田中内閣の外相となった大平正芳担当になったこと、そして平和・軍縮派の巨頭・宇都宮徳馬の知遇を得たことによる。「日中友好がアジアの平和と安定の基礎」との不動の信念に尽きよう。
国家観光局の友人が「100回訪問して欲しい」との一言にほだされ、今回で68回。日本人の言論人として訪中回数を記録更新中である。記者時代は会社の経費で済んだが、昨今はそうもいかない。格安チケット探しに躍起となったりして、民間大使よろしく友好に汗をかいている。
 さて、大石仏に出会うためには北京から列車か車である。河北省の石家荘へと南下、さらに河南省の安陽へ。ここまで来ればもう目と鼻の先だ。高速道路も鉄道も省都・鄭州に向かう。それにしても便利になったものである。このあたりは、かの中原の地だ。漢籍に通じている宮沢喜一が初めて自民党総裁選挙に打って出たとき「中原に鹿を追う」と叫び、自らの心情を内外に披瀝したものだ。
 安陽に来たら古城に眠る甲骨文字にお目にかかれる。紀元前1300年というから、これだけで圧倒されてしまいそうだ。亀の甲羅と牛の骨に文字を刻んだことから甲骨文と呼んでいる。最初の発掘から100年もたつ。周王が商を倒したあと廃墟となり、清代には農地、農民の鍬によって史上空前の発見となった。西安の兵馬俑も同じである。
 殷とも称される250年間の繁栄を出土した青銅器文化、陶器文化が証明している。陶器の配水管にも驚かせられよう。王の乗る馬車、戦いに用いる戦車も発掘されている。歴史上記録されている女帝・婦好の墓もある。男尊女卑の儒教が定着していない時代における女性の地位は、仏教文化の唐にみられるが、それよりもはるか遠い時代でも存在したのだろうか。ロマンに満ちている。当時の動物の王は獅子でなく虎である。虎が百獣の王であったことも出土品が教えてくれる。
 安陽の隣が鶴壁、ともに市であるが後者に其県と目的の地・峻県がある。峻県古城内に7万人、農村に60万人の、かつての都も典型的な中国農村だ。「旧正月には周辺から沢山の人が集まる」(同県宣伝部長)という以外、最古の石仏を目指して訪れる観光客は多いといえない。そのことが幸いしてここを穴場の観光地としているらしい。現に、東山の大胚山大仏を訪れる観光客は4月24日、土曜日にもかかわらず両手で数えるほどしかいなかった。
 知り合いが河南省観光局副局長をしていることを直前に北京で知り、電話をしたのだが、当地にほとんど関心を示さなかった。同省には他の場所に適当な観光地がいくらでもあり、とても田舎の石仏の方に目が回らないのだろう。「昨年の外国人観光客は40人」と教えられ、納得させられた。ことほどに観光資源として価値が高いのである。四書の尚書に夏王が黄河の氾濫を鎮めるため、大胚山を訪れたと記録しているとも。三国志で有名な劉備や曹操も、この信仰の石山に足を向けたらしい。戦乱の中原の歴史絵巻をふんだんに旅人に提供してくれる。
 石壁を削って完成させた仏像の高さは20メートルを有に超える。隋・唐は日本でおなじみだが、それよりもずっと以前の1600年前に実に100年余かけて作られたものが、どうして黄河の水蒸気や黄砂による風化を逃れ、今も厳として歴史に挑戦しているのだろうか。これの回答は風雨を避けるための屋根付きの囲いである。さらに眼下に広がる広大な黄河が800年前から、流れを変えてその後農耕地に、そして昨今の干ばつも幸いしたものだろう。河北、河南、山西、山東、陝西は中国の大干ばつ地帯なのだ。
 河北、河南の広大な農地に春は麦、秋はトウモロコシ、大豆が実る。近年、農薬と化学肥料を使い、土壌がやせている。雨が少ないため地下水をくみ上げる。水脈が細り、一説には「70メートル掘らないと水が出ない」という深刻さだ。「油一滴よりも水一滴のほうが貴重」という土地柄だ。幼少期、ここで過ごした張さんは「水も豊富、空は青かった」という。異常気象には環境破壊が原因と思われる。徹底した植樹が求められよう。たまたま食事したレストランの洗面所に水は出なかった。
 もっとも料理は健康的なものが次々に卓に並ぶ。野草料理はここならではだ。最後に野菜の具が10種類も入った粥、幅広で薄い峻県麺も最高にうまい。味付けが日本人の舌にに合うのだ。上手に蒸したサツマイモもなかなかうまい。油断すると太ってしまいそうだ。地酒もある。36度の白酒、それに「72年の田中角栄訪中のさい、田中総理が所望した」と地元住民がいう黄金色の甘酒もある。戦時中、ここに来ていたか確かめねばなるまい。料理、酒ともに合格である。
 悲しい記念碑もある。大仏の周囲に彫られた石仏の頭部が心無い日本兵に削り取られている。明代のものが多いという。峻県城の西側城壁の煉瓦は明代のものだ。東側のそれは日本軍の砲撃で破壊され、今は跡形もない。戦争を二度と起こしてならない。憲法を軽々しく論じるべきでないという思いは、中国の大地をあるけば容易に悟らされよう。
 過去に信仰の山としての地位を確保した大胚山には、仏寺や道教の建造物がいたるところに根を張っている。僧侶の一人にあつかましくも「仏教と道教の違いは何か」とたずねてみた。彼は「服装だけでなく思想も違う。仏教はインド、道教は中国で生まれた。前者は来世を、後者は現世、不老不死に関心を示す。徐福の渡日は道教の影響だ」としごく簡単に説明してくれた。
 観音菩薩に人々が群がる理由を初めて知った。儒教の影響も強いアジアでは男の子への執着が根強い。男系社会、男尊女卑の民族性は今日にも尾を引いている。農耕民族との事情もあろう。女性はひたすら男を産むことに熱中する。本人のみならず夫、家族が神よ仏よと祈願するのだ。戦前の日本もそうだった。かくして観音菩薩は信仰の対象となっていく。
 観音堂を管理している女性に意地悪い質問をしてしまった。「あなたのこどもは当然、男の子でしょう」と。彼女は突然の失敬千万な問いかけに当惑しながらも、それでいて正直に「私の子供は女です」と答えてくれた。これには通訳の張さん、そして彼女の3人で苦笑してしまった。とはいえ男子誕生の家では「願いがかなった」と信じ込み、布施を弾むことになる。こうして観音堂は一段と金ピカになるのである。
 この一角にある寺に入ると地獄絵が壁面いっぱいに描かれている。現世で悪いことをすると、地獄に落ちる。舌が抜かれたり、手や首が切り取られたりするという痛ましい絵ばかりだ。よく眺めていて気付いたのだが、主役は女性ばかりなのだ。一般に犯罪者は男である。男女差別ではないか。ともあれ仏教は善人も悪人も死ぬと仏になるのではない。中国人に「死ぬと皆同じ」という説明は通用しないのだ。
 近くに陽明学の祖である王陽明が創立した学校の跡があった。どうやら信仰の山には儒教、道教、仏教がすべて勢ぞろいしていたのである。
 西山に上ると、これまた一見の価値のある唐代の千仏洞がある。立派な道教の本山も。運がよいと少林寺拳法にやや似た芸が見られる。
 すばらしい思い出を体いっぱい吸い込んで夜行寝台に乗り、早朝の北京にたどり着いた。普通車のため86元、あまりの安さに驚かされた。同じ寝台車の乗客同士、たちまち古い友人のように振舞うのも、この国の旅の楽しさである。車もいいが、列車も悪くない。
 まだ知られざる穴場の観光地・峻県に、中国最古の巨大石仏の観光を是非お勧めしようと思う。
  
日中平和交流21代表   本澤二郎

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