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 私と沖縄との出会い古くまた深い。当時は留学生と称していた学生時代の友人は沖縄からであったが本土へ来て戸惑うことのいの一番に「車は左、人は右」に戸惑ったことを真っ先に上げた。自転車で走行中お互いの衝突を避けるために咄嗟に避けるのは我々は左側へ、彼ら沖縄の人は右へ。ということでよくぶつかるというのである。このことが私を沖縄へ導くことになり1ヶ月ほど沖縄のあちこちを旅行した。石垣島や竹富島はもちろん与那国島もおとづれ、しばらく彼の実家にも厄介になった。<br /> 沖縄が日本に返還されたのが1972年で、その後数年たってから交通体系が本土と同じになった。ずいぶんと前の話になった。<br /> 仕事の関係もあって渡名喜島を訪問したことがあった。のどかで古いたたずまいが今も残る。ここへの経路は船便以外にない。天候にも左右される。それでも惹かれて訪問した。<br /> 余談であるが私の新婚旅行先は沖縄である。

沖縄の渡名喜島の町並み

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2003/12 - 2003/12

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mickey3

mickey3さん

 私と沖縄との出会い古くまた深い。当時は留学生と称していた学生時代の友人は沖縄からであったが本土へ来て戸惑うことのいの一番に「車は左、人は右」に戸惑ったことを真っ先に上げた。自転車で走行中お互いの衝突を避けるために咄嗟に避けるのは我々は左側へ、彼ら沖縄の人は右へ。ということでよくぶつかるというのである。このことが私を沖縄へ導くことになり1ヶ月ほど沖縄のあちこちを旅行した。石垣島や竹富島はもちろん与那国島もおとづれ、しばらく彼の実家にも厄介になった。
 沖縄が日本に返還されたのが1972年で、その後数年たってから交通体系が本土と同じになった。ずいぶんと前の話になった。
 仕事の関係もあって渡名喜島を訪問したことがあった。のどかで古いたたずまいが今も残る。ここへの経路は船便以外にない。天候にも左右される。それでも惹かれて訪問した。
 余談であるが私の新婚旅行先は沖縄である。

  • 小高い丘から眺めた渡名喜の町並みである。重要伝統的建造物郡保存地区に選定されている。

    小高い丘から眺めた渡名喜の町並みである。重要伝統的建造物郡保存地区に選定されている。

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