2004/06/22 - 2004/06/28
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jimmyさん
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ベトナムには多数民族のベト族を含め、合計54の種族がいるそうですが、そのうち44の種族がここ中部高原に住んでいるといわれています。
そのうちの何人に会えるか、
急遽、荷物をまとめて成田に向かいました。
-
ホーチミンの宿泊はニューエポックホテ。
3☆ですが、新しく、部屋も広く、快適で、おすすめです。
難を言えばレストランの天井が低く、うっとうしい。 -
6月23日
ホーチミンからプレイクに向かう。
飛行時間にして1時間10分ほど。
地図でいうと、ニャチャンの左上、ダナンの左下。
ちょうどベトナムの背中のあたりになります。
目的地コントムはプレイクから車で1時間。
高原のせいか長袖が必要なほど涼しいです。
宿はコントム市の入り口、ダラック川のほとりのダラックホテル(3☆)。
プレイク行きの飛行機に乗っていた外人の団体も同じホテルに遅れて到着。
「行き先はおんなじだなぁ」と独り言。
ここで北部から来るKさんとガイドと合流する。 -
6月はベトナムは火炎樹の花がまっさかり。
火炎樹の町並みで有名なハロンの近くのハイホン(海口)にもそのうち、火炎樹を見に行きたいなぁ。 -
6月24日
今日はあいにくと雨。ベトナムは雨季です。
1848年はじめて布教のためにフランス人の宣教師がこの地方に入ってきました。
このゴオ教会は1913年にフランス人の宣教師と少数民族によって建てられた。フランス建築様式と、少数民族の建築様式の両方がとりいれてあります。
この地方の住民の95%がカソリックだそうです。 -
教会には孤児院が併設されており、210人ほどの孤児が元気に暮らしていました。(孤児の世話をするのは大人になった孤児たち)
貧乏で捨てられたり、双子の一方は捨てられるそうです。
市には他に2つの孤児院があり600人ぐらいの孤児がいるとのこと。 -
ジャライ族の農家。
今でもお米を手で精米している。 -
ジャライ族のロングハウス。
ロングハウスとは村の集会場のような場所です。
マレーシアのロングハスは横に長いのですが、ここのロングハウスは天に向かって長い(例外もある)
向かって左が女、右が男と、のぼり方が決められている。 -
ロングハスは釘を使わず、紐で縛るだけ。
不思議と頑丈なようだ。 -
ジャライ族の娘達。
日常は民族衣装をきて生活はしていない。 -
高床式農家の床下には棺おけが置いてある。
これは長寿を願っておいてあるとのこと。 -
バナールガオ族の住むコンガゴボトウ村?へ。
-
バナールガオ族の母子
北部や都市部と違って眉太く、目大きく、まつげが長い。 -
バナールガオ族の男性。
明らかに、パプアニューギニア系の血筋だろうと思う。 -
子供達はどこでも元気で、かわいい。
写真を撮るとすぐ集まってくる。 -
しかしブタの多いには参った。
しかもぶたがぜんぶ放し飼いになっているので、そこら中ぶたの糞だらけ。
雨季は滑りやすく、糞をふみつけないように歩くのに一苦労。 -
別のロングハウス。
それぞれの村にひとつずつ、ロングハウスがあり、ロングハウスの大きさで、その村の豊かさが測れる。 -
村と村の行き来は、車も牛も自転車も同じ橋を使う。
水牛車が通るとき、バックオーライしなければならないのは、もちろん車のほう。 -
夜コンカトー村へ。
遠来の客をもてなすため、村総出で歓待をしてくれる。 -
踊るのは女性。
男達はふんどし姿でドラや、太鼓を打ち鳴らす。 -
遠来の客は地酒を振舞われる。
振舞われたお酒は飲むのが礼儀!
下戸はつらいかも、、 -
最後はお互い歌の交換をして終わる。
驚くことに多くの人が英語をしゃべる。 -
6月25日
セダン族のコンザシン村へ。
ロングハウスの入り口です。 -
女性の顔
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男の顔
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バナズヌン族のコンサコイ村へ。
どの村でも教会をみかける。 -
留守をしている子供達。
この後、ポケットにあるキャラメル2個(しかなかった)を妹をおぶっている少女にあげたら、自分で食べずにオブっている妹と、そのすぐ上の弟にわけて与えた。
さらに、飴の皮をむくのを難渋しているのをみると、ひとつずつ皮をむいて与えた。
ここの子供達は貧しいけでも心は豊かだ。
思わず目頭が熱くなるぐらい感激をした。 -
スーラ族が住むコンドゥ村のロングハウスの中。
ここの人たちはきのせいか、目つきがきつく、笑わない。
ODAの仕事で調査に来ていたイタリア人の技師のグループも一休みをしていた。
彼の嘆きは、村のために、貯水池を作っても、村の人たちはメインテナンスをしようとしない、壊れたら、壊れぱなしで、また新しいのを作ってくれと、言ってくる。と愚痴ってました。 -
ジャライ族の子供達。
元気で明るい -
同じく
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コントンクバン村は竹細工で生計で生計をたてている。
1日10個平均で作って日当が200円ぐらいという。 -
織りを織るジャライの女性。
4Mの長さのものを織るのに約1ヶ月。
収入は1500円〜2000円ぐらいとのこと。
村では共同体ができており、作ったものは村で管理して売っているようだった。 -
ホテルのほとりダクラ川は夕方になるとローカルに人々がビールをのみに集まってくる場所です。
川からの涼しい風に吹かれて夕日をみながら飲むビールは格別おいしい。 -
町にある修道院。
一部が博物館になっており、少数民族の使ったものが数々ある。
想像した以上に立派な陳列でびっくり。 -
6月26日
コントムからバンメトへ
迎えの車が故障したとかで、急遽別の車をしたてる。
距離220K。約4時間の道のり。
途中はベトナムの高原をとおり、景色のよいところでした。 -
今が季節のジャックフルーツを市場に運ぶオートバイの男性。
バランス感覚が抜群! -
宿泊は町一番のタンロイホテル
これは部屋の中。
立派なホテルでした。(4☆) -
ラック湖へ
バンメトから260Kの距離です。
湖をみおろる小高い丘にはバオダイ王朝の別荘があります。 -
ムノン族の親子
カメラなれしている。
このあたりは外人観光客が結構多い。 -
ちょうど結婚式の最中でした。
でもなぜかみんな笑顔がない -
対岸のムル族の村へ向かう
わたったところで、どしゃぶりの雨にあう。 -
建築中の家で雨宿りをさせてもらう。
でも子供達はあまり関係ないみたい。 -
雨があがって虹がでた
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6月27日
郊外のダライサップ滝へ
バンメトの観光の売りはこの滝と、エレファント・ライディング。 -
滝は大小7つあり、地元の観光客でにぎわっていた。
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こしょうの木のささえ
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エデ族の家
エデ族は少数民族の中では一番豊かで、家もひろい。 -
家の周りにはきれいに花を植えている
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村長さんの家の中
留守をいいことに勝手に中をみせてもらう -
この後、国内線でホーチミンへ行き、ホーチミン発成田行きに乗るつもりが、フライトキャンセルのため、更に国内線を乗り継いで、ハノイからの便を拾って帰国。
同行のKさんは時間に余裕がありので、フライトキャンセルをもうけものと、翌日のホーチミン行きに変更した。
写真はバンメトの空港内
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