チチカカ湖周辺旅行記(ブログ) 一覧に戻る
モーニングコールが6:00だったが5:30に起きる。物音がどこからかしてたからだ。ホテルの人の朝の準備や朝早く目覚めてしまった人たちの物音でもあろう。非常な寝不足状態だった。どうにか出かける準備を終え、でも、洗濯物は乾かなかったのかな〜(?)どうにか小さな食堂がある1.5階に行った。<br /><br />食堂内は薄暗かったが、既に準備はできてるらしく、ブッフェ形式の料理は並んでた。テーブルの数が限られてるので、姉さんやU夫妻と一緒に座った。ブッフェは種類が多いアメリカンブレックファースト形式で、どれも美味しそうだった。飲み物もティーバックで色々選べた。<br />色々取る前に一つ気になってたエリアがあった。みじん切りにしてあった色んな食材が並んでて、その近くにはガスコンロとフライパンがあった。「あら、もう来ちゃった」とばかりに慌ててホテルの女性従業員の人がやってきて、そのエリアに立ったので、聞いてみた。すると、自分で具材や卵の数を決めて、オムレツを作ってくれるらしい。チーズやハムも種類豊富だったので迷ったが、程よく頼んで、卵2個でお願いした。なので、スクランブルエッグは取らなかったし、色んなおかずを食べたかったので、パンも少なめにした。普段は自宅ではさほど食べれないオムレツも、バターも利いてて、チーズもとろ〜りしてたし、卵もふんわりと美味しく(特にコックさんの服装をしてない女性なのに)ペロリと食べれてしまった。日本のホテルでもできたてオムレツを提供してくれるところはあったけれども、具を選べるところは見たことないのでね。それを見て、U旦那さんは、散々食べた後に、さらにオムレツを頼みに行ってた。<br />姉さんは相変わらず、いろんなものをお皿にてんこもりでタップリ食べてた。旅先でいっぱい食べれる人は本当に羨ましい。しかも高山病も何もなかったようですし。<br /><br />すっごい満腹となり、ゆっくり休んでいたかったけれども、予定よりもホテルを早く出ることとなった。当初は7:30出発予定だったが、クスコ市内で農業関係者のデモがあるらしく、渋滞退避のためにも7:00に出ることとなった。なので、朝食も食べ終わってたが、紅茶が飲み終わってなかったはず。そんなバタバタ状態で出発。この日リマへ先に行く添乗員さんが見送ってくれた。<br /><br />車はいいペースで街中を抜けていき、幹線道路みたいなのに入った。これから約300キロ以上南のチチカカ湖がある街「プーノ」へ向かうのだ。最近まではプーノまで続くしっかりした道路がなく、高山列車が唯一の手段だったらしいが、それも1日一本、朝出発で夜到着、というようなものだったらしい。たぶん、ほんの10〜20年前にペルーを旅して、チチカカ湖へ向かった人は皆、この高山列車を利用したようだ。そうとう揺れるらしい。私が読んだ本の人も利用したようで「腰が辛かった」とあった。だろうね〜・・・。私らもほぼ線路沿いの道路を走ってきたのですが、最高地点は違ってますね。<br /><br />途中「パンが美味しい街」(オロペサ)で、実際に露店でパンが売られてたが、誰か買ったっけな〜〜????私は買わなかったのだが。露店で売られてる時点で買うのを躊躇するのだが、数日前にピサック市場で食べたパンは素直に美味かったからね。もしかしたら、アレが買って、わけてもらったかもしれない〜。でも朝食で満腹チャンだったからね。パンといっても「何人前!?」と聞きたくなるくらいの人の顔くらいの大きさ。でも厚さは3センチぐらいで、円盤として正直投げられます(笑)<br />その後もグングン車は走る。街中以外は広々とした高原で、時折動物がいるくらいだったこともあり、寝不足解消のために、結構寝てた。他の人も寝てた人、多いと思う。アレは「添乗員」役も兼ねてるためか?しきりに資料に目を通したりして、ちょっと緊張した面持ちだった。<br />しばらく車は走り続けて、何もないーーーーーー!!!山と広場だけーーーーー!!!!なところを突き抜けてく。だいたい、その間は寝てた気がするけど、もう覚えてないさ!<br />で、結構栄えた町にやってきた。シクアニという町だ。だいたい駅があるところに人が集まるのは世の常。コンクリートの少し大きな建物もチラホラ。お店も沢山ある。そこの土産屋を兼ねた大きな駐車場にワゴンは止まった。<br />土産屋とは別の位置にあるトイレにまずは行く。一度トイレに行くと、すぐまた行きたくなりますからね〜。トイレの前にはオバチャンとその娘?が座ってて、先か後か忘れたけれどもチップもきちんと渡した(50セント)。女の子がかなり可愛かった記憶がある。トイレは「キレイ」とまではいかないものですが、日本の駅のトイレも似たりよったりでしょう。<br />その後、まだ休憩時間をいただけるようなので、お店に行ってみた。コンビニみたいな感じで、ちょっとした食べ物も色々とあったので、見てて、喉が渇いてたので、コーラを購入した気がする。そこで、私が実は変な意味のスペイン語でも言ってたのか?近くにいた南米系の若い女の子2人組みが私の方を見て笑ってた気がした。ヤな感じだな〜と思い、すぐに店から出た。コーラはペルーの店にしては珍しく冷えてて美味しかった。U旦那さんはすっかりインカコーラばかり飲んでた。<br />この駐車場内は観光客用なのか?車が出入りするとき以外は金網で仕切られてて、網の外側では現地の売り子らしき人が時折こちらを見ていた。<br />大型バスの周辺で人が集まってたので、何事か?と皆で行ってみる。するとどうやらタイヤがパンクか何かでダメになったらしく、タイヤ交換を頑張ってしてるところだった。バスには欧米人の団体がいた気がする。もちろん手伝わない人ばかり。少しは手伝ってる人もいたかな?皆でバスをテコで持ち上げ(乗客全員降りればいいのに)どうやら、どうにかなりそうだったので、ウチらもバスに戻った。<br />結構外は日差しが強くて暑かったのだ。車に戻ってからも、カーテンか帽子かで私は日差しを避けてた。<br /><br />車は町を出発。幹線道路以外は街中でも道路状態は良くなかった。再び車はブンブン走り出す。少しするとアレが「ペルーにも温泉が」と説明。アグアスカリエンテスという場所で、共同浴場のようなものが見えてきた。その辺りになったら、車を止めてくれた。皆ワゴンの中から撮影してたりした。どうやらこっちは水着着用で入るらしい。もちろん誰も水着を持ってきてないし、高地なだけに空気が薄く、慣れない人にはノボせるとあまりよくないようです。個人的にはすっごく入ってみたかったのですがね〜。<br /><br />車外には出ず、再び車は走り出す。土地が標高が高くなるにつれ痩せてきた。植物が限られてくるのだ。辺りには枯れ茎のような植物イチュばかりとなり、アルパカはそれを食べれるから、高地で生きていける動物らしい。少し離れた山々も雪が被ってたりしてる。そのうち標高4335mのララヤ峠に到着。ワゴンも止まった。ここでしばし記念撮影をしたりして休憩。看板がありますからね。思ったほどではなかったが、さすがにヒンヤリした気候だった。空気の薄さは「なんとなく」程度で気にならなかった。イチュにも姉さんと二人で触ってみた。草なのに固くてツンツンしてるのだ。思いっきり刺したら血が出そうな感じだった。<br />観光客の止まる所、売り子アリ!で、ズラリとアルパカ製品やら民族楽器等並んでた。ここの売り子さんたちは乗合バスで町からやってきて、途中下車し、夕方に再び乗合バスで町へ戻るらしい。売り子のおばちゃんの子どもが鼻水が顔がグジュグジュになってて、まあ、顔を洗ってないだろうから、かなり黒ずんでいた。黒ずんでる子どもたちはあちこちで山ほど見てきたが、さすがに鼻水がダラーンとしてきてしまってたので、ティッシュを取り出し、顔を拭いてあげた。顔を拭くという行為に慣れてないためであろう、顔をそむけてしかめ面してしまったが、お母さんと思われる人は「あら、すいませんね〜。ありがと〜」みたいなことを言ってた。車に残しておいたバックには濡れティッシュがあったので「あれで拭いてあげればよかったな〜」と後から思った。<br />他の人たちは楽器で遊んでた。ほとんどの人は買わなかったけど、一人だけ買ってたかな?アレは何をやっても上手だった。私も一度笛を試してみたが、全く吹けなかった。U夫妻は会社の女の子へのお土産用のアルパカニット製品を大量に購入してた。<br /><br />プカラという村にてトイレ休憩となった。通り沿いにだけお店や建物がある小さな村で、お土産屋の奥にトイレがあった。もちろん水洗ではない。その都度自分で(または、店のおばちゃんが)水を流すのである。結構、皆トイレに急いでたこともあり、殿方はトイレの裏側で立ちションをしてた人もいるようだ。私も結構ギリギリだったかも。で、おばちゃんにはチップ(50セント)を渡し、土産物はこれといって欲しいものもなかったので、チラリと見るだけで車に戻った。<br /><br />再び車は走りだし、天気がよければ広い川沿いの敷地でお昼ご飯の予定だったのですが、ちょうどお昼時間帯の通り過ぎた場所だけ雨がザーーッと降ってきてしまい、車内であらかじめ配られたお弁当を食べた。おにぎり3つに鶏肉の生姜焼き、ゆで卵にみかんが入ってました。お米はさすがに日本のものとはならないですが、水を多めに炊いたのか?きちんとおにぎりになってました。食べてる途中あたりから天気がパーーーっとよくなっていったので「あら、まあ」という車内の空気になったのでした。車内は結構揺れますからね。<br /><br />さらに車は進み、急に雑踏した街中へと入っていった。フリアカという目的地プーノよりも大きな町だ。不正輸入のメッカらしく、外国の有名ブランド電化製品(某○ニー)や洋服(○ーバイス)の紛いモノが大量に行き来して、商いされてるそうだ。急に車も多くなったこともあり、車も時々渋滞した。<br />翌日リマへ戻る飛行機はここの空港からなので、車は一度通りの路上に止まり、アレは現地旅行会社に行った。リコンファームをするためだ。よく旅行本では「72時間前までに」とあるが前日でも平気らしい?国内線は何があるかわかりませんですからね!その手続きで結構待ってたのだが、突然、雹(ひょう)が降り始めた。「山の天気は・・・」と言われるが「高地の天気は変わりやすい」ようだ。空は晴れてたのだけれどもね。大量に行き交う人々や車を眺めて待ちつつ、大分してからアレが戻ってきた。どうやら手続きが無事済んだらしい。車は再び走り出し、街を抜けると、再び何もない道路が広がった。<br /><br />この大車移動も結構終盤まで来たらしい。アレが一度遠くの空の方向を指差し「チチカカ湖は天気が大荒れだ」と言った。確かに遠くの空に暗い雲が漂ってる。さすが何度も案内で道を行き来してるだけあるし、空を読む目も持ってるのだろう。道をまっすぐ行けばチチカカ湖のある町プーノだが、ちょうどフリアカと間の地点で右折した。そして少しだけ道なりに車は進んだ。プーノに行く前にシユスタニ(シルスタニ)遺跡に立ち寄るのだ。<br /><br />フリアカではトイレに行かなかったこともあり、すっごくトイレに行きたくて仕方なかった。到着し、トイレ場所を確認しダッシュしてトイレに入った。ボロイ小屋のトイレで電気がなく真っ暗で当然腰を浮かせるようにして用を済ませた。あまり臭くなかったのが良かった。ふぅ〜と一息しつつトイレから出て皆の元へ戻ろうとしたときに異変に気がついた。トイレは駐車場から少し坂を登った小さな丘の上にあった。ほんの数メートルぐらいだが坂道ダッシュした。トイレの行きたさあまりに忘れてたが、ココも標高3,000m以上だったのである。空気が薄いのだ。ゼーハーゼーハーが止まらない。でも遺跡内の道筋がゆるいとはいえ上り坂からのスタートだったので、アレや現地ガイド(スペイン語のみだったかな?)のおばちゃんが止まり止まりしつつ案内してくれたので、助かった。<br /><br />どんな遺跡かはどこかで画像を見ていただくのが早いのだが、天気が非常に良くなっており、標高が高い分日差しが熱かった。標高が高いから、と少し着込んできたのだが、あまりの頭上の熱さにマフラーを頭にグルグル巻いた。英語だと少し予想がつくが、スペイン語だと全く不明な解説を聞き、それをアレが簡単に日本語で説明してくれた。個人旅行じゃなくて本当に良かった。<br />この遺跡はプレインカ時代からの遺構で、かつては宗教センターとして利用されていたと推測されている。宗教センターとしての役目を終えた後は墳墓として利用されていた。太陽の神殿や月の神殿も備えている。紀元1000年頃に全盛を迎えたチュウラホン文化からインカ時代にかけて造られたと言われる。チュルパと呼ばれる円筒形の墳墓。入り口は全て東側を向いており6月21日の冬至にはきっちり太陽の光が差し込むようになっている。その中にはミイラが安置されているのが発見されている。転生を信じる彼らの世界観から墓の入り口には蓋はされていない。<br />以前は百基ほどの墳墓群があったのだそうだが、雨や落雷で崩壊し、現在は十数基を残すのみとなっている。参道にはチュルパが崩壊した時に飛び散った人骨の骨片も見る事ができる。<br />のだそうだ。たぶん私もそのような内容を聞いた気がする。<br /><br />空気が薄いところって妙な乾いた感を感じることが、この旅行にて実感した。「乾燥」とはまた微妙に異なるのよね。なんと言うか、人間の存在を無視したかのように、風が通り抜けて、太陽が照り付けてて。ぼんやりと説明とは別のボンヤリしたことも考えつつ遺跡内を歩いた。段々と高台に上がっていくと湖の景色が広がってきたウマヨ湖にあるウマヨ島である。上が平らになってるのはアレ曰く風速500kの風が吹いたからだそうだが、姉ちゃんとメートルとの間違えじゃないか!?と確認しあった。いくら強風でも風速でキロはないだろー・・・・・。<br /><br />来た道を戻る形でシエスタニ観光を終え、駐車場へ。帰りにトイレに向かう人が多かったが、ここで「ダッシュしない方がいいですよ!」とアドバイスしておいた。すぐには出発せず、少しの間ダラダラと時間が過ぎ、土産屋はあったけど、ひやかしにも行かず、出発時に車に乗り込んで一息した。<br /><br />走り出し、元の幹線道路に戻ってからは、ほとんど時間がかからずにチチカカ湖のある町プーノに到着した。旅行者が市内に入るのにチェックがあるみたいで、すこしワゴンは止まってた。山と湖に挟まれた街で、坂が多かった。でも私らの泊まるホテルはプーノ内はもちろん、トータル的にもハイソなホテルで、街中から少し外れて、湖に面してて離れ小島(江ノ島みたい)にドドーン!と建ってるイスラ・エステベスという五つ星の外国人向けのホテルだった。<br /><br />長い旅を終え、ヨッコラショと車を降りて、いつもの通り運ちゃんに「アディオス」言ってロビーに向かったら、どうやらクスコに着てからずっと一緒に走ってくれた運ちゃんが明日を待たずにクスコへ戻ってしまうことが判明した。あら、やだ!と駐車場へ急いで戻り、出ようとする運ちゃんを前に「待って〜」と止めてもらい、「グラシアス〜!」と握手や、先に記念撮影を終えてたU夫妻に一緒に写真を撮ってもらったり、ハグハグはしたかな?覚えてないけど、慌しかったけれども、きちんとお別れの挨拶ができてよかった。<br /><br />再びホテルに戻って手続き中はコカ茶で一休み。真っ白なホテルは、ガラスも大きくチチカカ湖が一面に見えるようになっており、クラシカルではなく、とってもモダンな建物だった。お部屋もやはりモダーンタイプ。ちょっと東京のシティホテルと変わらないこともあり、ガックリ。なぜかタオルがコカ茶の臭いがした。でも窓からはチチカカ湖が一望さすがである。そして偶然の産物だったのだが、部屋に入ってビックリ!その目の前の窓の外のチチカカ湖に見事な虹がかかってるのである。<br />キャー!!!!!!!!!!!!!!!!!<br />大騒ぎで隣にいる姉ちゃんの部屋へダッシュ&ドア『ドン!ドン!ドン!』「わかってるわよー」とちょっと迷惑そうだったが、2人で「すごいねー!」と言い合って、再び部屋に戻り、窓越しに写真を撮った気がするが、どうにもキレイに範囲ができなかったので、外に出てみることにした。ロビーに出たときにアレに「見れましたか?」と言われて「うん!すごーい!」と親指を立ててハシャいだ気がする。<br /><br />ホテルのバー側のドアから外に出れたのだが、間違えて正面玄関を出て、反対側の展望スペースへ行った。早くしないと虹が消えちゃうけど、酸素が薄いので、階段を急いで上ってしまうと息切れが激しい。それでも急いで行き、少し端が切れかかっていたけどまだ虹は残ってた。結局私のインスタントカメラだときれいに枠に収めることが難しかったが、他に誰もいなかったこともあり、しばし一人でボーーーっとしてた。息も切れてたしね。相変わらず人間を通り抜けるような強い風が吹いてましたが。だんだん薄れていく虹を見ながら、妙な物思いに浸る(何を考えてたかは全然思い出せませんが)<br /><br />一日車移動だったこともあり、少しでも腹をすかそう、とホテルの周辺を歩くことにした。ホテル客用の桟橋があり、そこにいくと手で湖の水を触れた。岸辺には葦の一種・トトラが群生していた。それとは別に藻?だか苔?だかが沿岸には溜まって広がっており、それが少し生臭かった。ゴミがポイ捨てされてたのは残念でならなかった。いいのか!?世界遺産地域なのにさ!?<br />少ししてから『トトトトトトト』と船の音がし、私に向かって近づいてきた。船はその桟橋に止まり、中から欧米人の団体がズラズラと降りてきた。私をチラリと見やる人もいれば、関係ないとホテルに向かって他の人とおしゃべりしながら歩き出す人もいた。全員降りたところで、船員のお兄ちゃん(おっさん?)はロープを外し、黙々と行ってしまった。もっすごルーティンワークなのですな。<br />船が作った波も穏やかになってきたところで、私もホテルに戻ることにした。玄関まで上り階段だったのだが、シエスタニでの経験を踏まえ、数段上がっては休み休みゆっくりと上がることにした。時間はあるからね。それでも息は切れたけども。<br /><br />今度は先程の船着場とはホテルを隔てて反対側の見晴台にも行ってみた。ここで「あ!靴下を洗わなくちゃ」と思い出す。見晴台には先にU夫妻がいた。行ったからには写真を撮ったり撮られたりの交流をしたけれども、何はともあれ新婚さん。せっかくの良い雰囲気をジャマしたようで、申し訳なかった。。。。。<br /><br />夕食は皆揃ってアレとも一緒に名物の「マス料理」ディナー。マスは見かけは鮭に似てるのだが、鮭よりも淡白というか正直味がなく生臭いので、皆正直に「鮭よりは・・・」と言ってた。<br />ここでも、テンガロハットおじさんのお口は絶好調だったが、話の中心はアレックスことアレについてだった。奥さんは小児科医をしてるそうだ。5歳(当時)の娘さんがいるそうだ。日本語、スペイン語、英語以外の人たちのガイドもしてるらしい。翌週はアメリカ人客らと82kポイント(私らは104kポイント)から3日間かけてマチュピチュへ向けて山登りするそうだ!これまで数多くの外国人を案内してきたけれども、一番感動したのは、アレキパというアンデス山脈に近い町というか山にて、コンドル見学の際、コンドルが現れず、周囲が諦めて帰った後に、コンドル親子がやってきて、間近で見ることができたことだそうだ。<br />姉さんは勤め先の関係で正月は休めないが、変わりに10月、11月辺りでまとめて2週間ぐらいは休みが取れる。なので、毎年年1回は海外に行ってるそうで、ココの旅行社を以前利用してアフリカ(エジプトとは別で)にも行ったことがあるらしい。年齢の若さもあるとは思うが、U旦那さんはアメリカの大学で研究してたりもしてるし、おそらく私がダントツで海外に行ってないようだった。場所というよりは期間の問題でね。だから、他の人の話を聞くのはとっても興味深かった。ただ、どうしてもテンガロおじさんは話の中に無意識の自慢が入ってしまうようで、やや皆、げんなりしてたようですが(苦笑)姉さんが見晴台の存在に気が付かなかったようなので、夕食後に一緒に行く約束をした。<br /><br />一度部屋に戻ってフリースを着たのだっけか?暖かな服装にしてから見晴台へ。昼間よりも陽射しがない分やはり寒い。でも、プーノの街並みが昼間とは異なり夜景となって現れた。どうみても20代後半の女2人の場所ではない。「やっぱり男〜〜〜」みたいな話となり、姉さんに「いるんじゃないの?」という感じで聞かれ、妙な関係の人=お隣君の話に流れた。<br />寒かったので、建物に戻り、見晴台入口近くにあるホテルのバーに2人で行った。そこからもプーノの夜景がガラス越しで見え、2人でカラフルなカクテルを選んで写真を撮り合っちゃったりして乾杯をした。客は私ら2人だけで、バーテンの兄ちゃんも片付けを始めてて、どう見ても「はよ帰れ」の状態だね〜と2人で話しつつも時間はさほど遅くなかったので、兄ちゃんゴメンな〜と語って飲んでた。お互いにほぼ飲み終えたところで、バーテンの兄ちゃんのご希望通り勘定を終えて、互いに部屋に戻ることにした。<br /><br />姉ちゃんと見晴台に行く前か、後かは忘れちゃったけれども、夕食後にルームサービスでおやすみチョコが届けられた。<br />窓から外を眺めてたら、ホテルの庭というか湖の沿岸というか、の芝生地帯にウサギらしき小動物がぴょコぴょコと動いてるのが見えた。メガネをかけたりして目を凝らしたけれども、何だったかはハッキリとはわからないままだった。<br /><br />体調は悪くないし、昼間も元気だったのに、やはり夜は興奮でもしてたのか?しっかりと眠りに落ちることはなかった。

ペルー旅行記 6日目

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2002/10/10 - 2002/10/10

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沙瑠

沙瑠さん

モーニングコールが6:00だったが5:30に起きる。物音がどこからかしてたからだ。ホテルの人の朝の準備や朝早く目覚めてしまった人たちの物音でもあろう。非常な寝不足状態だった。どうにか出かける準備を終え、でも、洗濯物は乾かなかったのかな〜(?)どうにか小さな食堂がある1.5階に行った。

食堂内は薄暗かったが、既に準備はできてるらしく、ブッフェ形式の料理は並んでた。テーブルの数が限られてるので、姉さんやU夫妻と一緒に座った。ブッフェは種類が多いアメリカンブレックファースト形式で、どれも美味しそうだった。飲み物もティーバックで色々選べた。
色々取る前に一つ気になってたエリアがあった。みじん切りにしてあった色んな食材が並んでて、その近くにはガスコンロとフライパンがあった。「あら、もう来ちゃった」とばかりに慌ててホテルの女性従業員の人がやってきて、そのエリアに立ったので、聞いてみた。すると、自分で具材や卵の数を決めて、オムレツを作ってくれるらしい。チーズやハムも種類豊富だったので迷ったが、程よく頼んで、卵2個でお願いした。なので、スクランブルエッグは取らなかったし、色んなおかずを食べたかったので、パンも少なめにした。普段は自宅ではさほど食べれないオムレツも、バターも利いてて、チーズもとろ〜りしてたし、卵もふんわりと美味しく(特にコックさんの服装をしてない女性なのに)ペロリと食べれてしまった。日本のホテルでもできたてオムレツを提供してくれるところはあったけれども、具を選べるところは見たことないのでね。それを見て、U旦那さんは、散々食べた後に、さらにオムレツを頼みに行ってた。
姉さんは相変わらず、いろんなものをお皿にてんこもりでタップリ食べてた。旅先でいっぱい食べれる人は本当に羨ましい。しかも高山病も何もなかったようですし。

すっごい満腹となり、ゆっくり休んでいたかったけれども、予定よりもホテルを早く出ることとなった。当初は7:30出発予定だったが、クスコ市内で農業関係者のデモがあるらしく、渋滞退避のためにも7:00に出ることとなった。なので、朝食も食べ終わってたが、紅茶が飲み終わってなかったはず。そんなバタバタ状態で出発。この日リマへ先に行く添乗員さんが見送ってくれた。

車はいいペースで街中を抜けていき、幹線道路みたいなのに入った。これから約300キロ以上南のチチカカ湖がある街「プーノ」へ向かうのだ。最近まではプーノまで続くしっかりした道路がなく、高山列車が唯一の手段だったらしいが、それも1日一本、朝出発で夜到着、というようなものだったらしい。たぶん、ほんの10〜20年前にペルーを旅して、チチカカ湖へ向かった人は皆、この高山列車を利用したようだ。そうとう揺れるらしい。私が読んだ本の人も利用したようで「腰が辛かった」とあった。だろうね〜・・・。私らもほぼ線路沿いの道路を走ってきたのですが、最高地点は違ってますね。

途中「パンが美味しい街」(オロペサ)で、実際に露店でパンが売られてたが、誰か買ったっけな〜〜????私は買わなかったのだが。露店で売られてる時点で買うのを躊躇するのだが、数日前にピサック市場で食べたパンは素直に美味かったからね。もしかしたら、アレが買って、わけてもらったかもしれない〜。でも朝食で満腹チャンだったからね。パンといっても「何人前!?」と聞きたくなるくらいの人の顔くらいの大きさ。でも厚さは3センチぐらいで、円盤として正直投げられます(笑)
その後もグングン車は走る。街中以外は広々とした高原で、時折動物がいるくらいだったこともあり、寝不足解消のために、結構寝てた。他の人も寝てた人、多いと思う。アレは「添乗員」役も兼ねてるためか?しきりに資料に目を通したりして、ちょっと緊張した面持ちだった。
しばらく車は走り続けて、何もないーーーーーー!!!山と広場だけーーーーー!!!!なところを突き抜けてく。だいたい、その間は寝てた気がするけど、もう覚えてないさ!
で、結構栄えた町にやってきた。シクアニという町だ。だいたい駅があるところに人が集まるのは世の常。コンクリートの少し大きな建物もチラホラ。お店も沢山ある。そこの土産屋を兼ねた大きな駐車場にワゴンは止まった。
土産屋とは別の位置にあるトイレにまずは行く。一度トイレに行くと、すぐまた行きたくなりますからね〜。トイレの前にはオバチャンとその娘?が座ってて、先か後か忘れたけれどもチップもきちんと渡した(50セント)。女の子がかなり可愛かった記憶がある。トイレは「キレイ」とまではいかないものですが、日本の駅のトイレも似たりよったりでしょう。
その後、まだ休憩時間をいただけるようなので、お店に行ってみた。コンビニみたいな感じで、ちょっとした食べ物も色々とあったので、見てて、喉が渇いてたので、コーラを購入した気がする。そこで、私が実は変な意味のスペイン語でも言ってたのか?近くにいた南米系の若い女の子2人組みが私の方を見て笑ってた気がした。ヤな感じだな〜と思い、すぐに店から出た。コーラはペルーの店にしては珍しく冷えてて美味しかった。U旦那さんはすっかりインカコーラばかり飲んでた。
この駐車場内は観光客用なのか?車が出入りするとき以外は金網で仕切られてて、網の外側では現地の売り子らしき人が時折こちらを見ていた。
大型バスの周辺で人が集まってたので、何事か?と皆で行ってみる。するとどうやらタイヤがパンクか何かでダメになったらしく、タイヤ交換を頑張ってしてるところだった。バスには欧米人の団体がいた気がする。もちろん手伝わない人ばかり。少しは手伝ってる人もいたかな?皆でバスをテコで持ち上げ(乗客全員降りればいいのに)どうやら、どうにかなりそうだったので、ウチらもバスに戻った。
結構外は日差しが強くて暑かったのだ。車に戻ってからも、カーテンか帽子かで私は日差しを避けてた。

車は町を出発。幹線道路以外は街中でも道路状態は良くなかった。再び車はブンブン走り出す。少しするとアレが「ペルーにも温泉が」と説明。アグアスカリエンテスという場所で、共同浴場のようなものが見えてきた。その辺りになったら、車を止めてくれた。皆ワゴンの中から撮影してたりした。どうやらこっちは水着着用で入るらしい。もちろん誰も水着を持ってきてないし、高地なだけに空気が薄く、慣れない人にはノボせるとあまりよくないようです。個人的にはすっごく入ってみたかったのですがね〜。

車外には出ず、再び車は走り出す。土地が標高が高くなるにつれ痩せてきた。植物が限られてくるのだ。辺りには枯れ茎のような植物イチュばかりとなり、アルパカはそれを食べれるから、高地で生きていける動物らしい。少し離れた山々も雪が被ってたりしてる。そのうち標高4335mのララヤ峠に到着。ワゴンも止まった。ここでしばし記念撮影をしたりして休憩。看板がありますからね。思ったほどではなかったが、さすがにヒンヤリした気候だった。空気の薄さは「なんとなく」程度で気にならなかった。イチュにも姉さんと二人で触ってみた。草なのに固くてツンツンしてるのだ。思いっきり刺したら血が出そうな感じだった。
観光客の止まる所、売り子アリ!で、ズラリとアルパカ製品やら民族楽器等並んでた。ここの売り子さんたちは乗合バスで町からやってきて、途中下車し、夕方に再び乗合バスで町へ戻るらしい。売り子のおばちゃんの子どもが鼻水が顔がグジュグジュになってて、まあ、顔を洗ってないだろうから、かなり黒ずんでいた。黒ずんでる子どもたちはあちこちで山ほど見てきたが、さすがに鼻水がダラーンとしてきてしまってたので、ティッシュを取り出し、顔を拭いてあげた。顔を拭くという行為に慣れてないためであろう、顔をそむけてしかめ面してしまったが、お母さんと思われる人は「あら、すいませんね〜。ありがと〜」みたいなことを言ってた。車に残しておいたバックには濡れティッシュがあったので「あれで拭いてあげればよかったな〜」と後から思った。
他の人たちは楽器で遊んでた。ほとんどの人は買わなかったけど、一人だけ買ってたかな?アレは何をやっても上手だった。私も一度笛を試してみたが、全く吹けなかった。U夫妻は会社の女の子へのお土産用のアルパカニット製品を大量に購入してた。

プカラという村にてトイレ休憩となった。通り沿いにだけお店や建物がある小さな村で、お土産屋の奥にトイレがあった。もちろん水洗ではない。その都度自分で(または、店のおばちゃんが)水を流すのである。結構、皆トイレに急いでたこともあり、殿方はトイレの裏側で立ちションをしてた人もいるようだ。私も結構ギリギリだったかも。で、おばちゃんにはチップ(50セント)を渡し、土産物はこれといって欲しいものもなかったので、チラリと見るだけで車に戻った。

再び車は走りだし、天気がよければ広い川沿いの敷地でお昼ご飯の予定だったのですが、ちょうどお昼時間帯の通り過ぎた場所だけ雨がザーーッと降ってきてしまい、車内であらかじめ配られたお弁当を食べた。おにぎり3つに鶏肉の生姜焼き、ゆで卵にみかんが入ってました。お米はさすがに日本のものとはならないですが、水を多めに炊いたのか?きちんとおにぎりになってました。食べてる途中あたりから天気がパーーーっとよくなっていったので「あら、まあ」という車内の空気になったのでした。車内は結構揺れますからね。

さらに車は進み、急に雑踏した街中へと入っていった。フリアカという目的地プーノよりも大きな町だ。不正輸入のメッカらしく、外国の有名ブランド電化製品(某○ニー)や洋服(○ーバイス)の紛いモノが大量に行き来して、商いされてるそうだ。急に車も多くなったこともあり、車も時々渋滞した。
翌日リマへ戻る飛行機はここの空港からなので、車は一度通りの路上に止まり、アレは現地旅行会社に行った。リコンファームをするためだ。よく旅行本では「72時間前までに」とあるが前日でも平気らしい?国内線は何があるかわかりませんですからね!その手続きで結構待ってたのだが、突然、雹(ひょう)が降り始めた。「山の天気は・・・」と言われるが「高地の天気は変わりやすい」ようだ。空は晴れてたのだけれどもね。大量に行き交う人々や車を眺めて待ちつつ、大分してからアレが戻ってきた。どうやら手続きが無事済んだらしい。車は再び走り出し、街を抜けると、再び何もない道路が広がった。

この大車移動も結構終盤まで来たらしい。アレが一度遠くの空の方向を指差し「チチカカ湖は天気が大荒れだ」と言った。確かに遠くの空に暗い雲が漂ってる。さすが何度も案内で道を行き来してるだけあるし、空を読む目も持ってるのだろう。道をまっすぐ行けばチチカカ湖のある町プーノだが、ちょうどフリアカと間の地点で右折した。そして少しだけ道なりに車は進んだ。プーノに行く前にシユスタニ(シルスタニ)遺跡に立ち寄るのだ。

フリアカではトイレに行かなかったこともあり、すっごくトイレに行きたくて仕方なかった。到着し、トイレ場所を確認しダッシュしてトイレに入った。ボロイ小屋のトイレで電気がなく真っ暗で当然腰を浮かせるようにして用を済ませた。あまり臭くなかったのが良かった。ふぅ〜と一息しつつトイレから出て皆の元へ戻ろうとしたときに異変に気がついた。トイレは駐車場から少し坂を登った小さな丘の上にあった。ほんの数メートルぐらいだが坂道ダッシュした。トイレの行きたさあまりに忘れてたが、ココも標高3,000m以上だったのである。空気が薄いのだ。ゼーハーゼーハーが止まらない。でも遺跡内の道筋がゆるいとはいえ上り坂からのスタートだったので、アレや現地ガイド(スペイン語のみだったかな?)のおばちゃんが止まり止まりしつつ案内してくれたので、助かった。

どんな遺跡かはどこかで画像を見ていただくのが早いのだが、天気が非常に良くなっており、標高が高い分日差しが熱かった。標高が高いから、と少し着込んできたのだが、あまりの頭上の熱さにマフラーを頭にグルグル巻いた。英語だと少し予想がつくが、スペイン語だと全く不明な解説を聞き、それをアレが簡単に日本語で説明してくれた。個人旅行じゃなくて本当に良かった。
この遺跡はプレインカ時代からの遺構で、かつては宗教センターとして利用されていたと推測されている。宗教センターとしての役目を終えた後は墳墓として利用されていた。太陽の神殿や月の神殿も備えている。紀元1000年頃に全盛を迎えたチュウラホン文化からインカ時代にかけて造られたと言われる。チュルパと呼ばれる円筒形の墳墓。入り口は全て東側を向いており6月21日の冬至にはきっちり太陽の光が差し込むようになっている。その中にはミイラが安置されているのが発見されている。転生を信じる彼らの世界観から墓の入り口には蓋はされていない。
以前は百基ほどの墳墓群があったのだそうだが、雨や落雷で崩壊し、現在は十数基を残すのみとなっている。参道にはチュルパが崩壊した時に飛び散った人骨の骨片も見る事ができる。
のだそうだ。たぶん私もそのような内容を聞いた気がする。

空気が薄いところって妙な乾いた感を感じることが、この旅行にて実感した。「乾燥」とはまた微妙に異なるのよね。なんと言うか、人間の存在を無視したかのように、風が通り抜けて、太陽が照り付けてて。ぼんやりと説明とは別のボンヤリしたことも考えつつ遺跡内を歩いた。段々と高台に上がっていくと湖の景色が広がってきたウマヨ湖にあるウマヨ島である。上が平らになってるのはアレ曰く風速500kの風が吹いたからだそうだが、姉ちゃんとメートルとの間違えじゃないか!?と確認しあった。いくら強風でも風速でキロはないだろー・・・・・。

来た道を戻る形でシエスタニ観光を終え、駐車場へ。帰りにトイレに向かう人が多かったが、ここで「ダッシュしない方がいいですよ!」とアドバイスしておいた。すぐには出発せず、少しの間ダラダラと時間が過ぎ、土産屋はあったけど、ひやかしにも行かず、出発時に車に乗り込んで一息した。

走り出し、元の幹線道路に戻ってからは、ほとんど時間がかからずにチチカカ湖のある町プーノに到着した。旅行者が市内に入るのにチェックがあるみたいで、すこしワゴンは止まってた。山と湖に挟まれた街で、坂が多かった。でも私らの泊まるホテルはプーノ内はもちろん、トータル的にもハイソなホテルで、街中から少し外れて、湖に面してて離れ小島(江ノ島みたい)にドドーン!と建ってるイスラ・エステベスという五つ星の外国人向けのホテルだった。

長い旅を終え、ヨッコラショと車を降りて、いつもの通り運ちゃんに「アディオス」言ってロビーに向かったら、どうやらクスコに着てからずっと一緒に走ってくれた運ちゃんが明日を待たずにクスコへ戻ってしまうことが判明した。あら、やだ!と駐車場へ急いで戻り、出ようとする運ちゃんを前に「待って〜」と止めてもらい、「グラシアス〜!」と握手や、先に記念撮影を終えてたU夫妻に一緒に写真を撮ってもらったり、ハグハグはしたかな?覚えてないけど、慌しかったけれども、きちんとお別れの挨拶ができてよかった。

再びホテルに戻って手続き中はコカ茶で一休み。真っ白なホテルは、ガラスも大きくチチカカ湖が一面に見えるようになっており、クラシカルではなく、とってもモダンな建物だった。お部屋もやはりモダーンタイプ。ちょっと東京のシティホテルと変わらないこともあり、ガックリ。なぜかタオルがコカ茶の臭いがした。でも窓からはチチカカ湖が一望さすがである。そして偶然の産物だったのだが、部屋に入ってビックリ!その目の前の窓の外のチチカカ湖に見事な虹がかかってるのである。
キャー!!!!!!!!!!!!!!!!!
大騒ぎで隣にいる姉ちゃんの部屋へダッシュ&ドア『ドン!ドン!ドン!』「わかってるわよー」とちょっと迷惑そうだったが、2人で「すごいねー!」と言い合って、再び部屋に戻り、窓越しに写真を撮った気がするが、どうにもキレイに範囲ができなかったので、外に出てみることにした。ロビーに出たときにアレに「見れましたか?」と言われて「うん!すごーい!」と親指を立ててハシャいだ気がする。

ホテルのバー側のドアから外に出れたのだが、間違えて正面玄関を出て、反対側の展望スペースへ行った。早くしないと虹が消えちゃうけど、酸素が薄いので、階段を急いで上ってしまうと息切れが激しい。それでも急いで行き、少し端が切れかかっていたけどまだ虹は残ってた。結局私のインスタントカメラだときれいに枠に収めることが難しかったが、他に誰もいなかったこともあり、しばし一人でボーーーっとしてた。息も切れてたしね。相変わらず人間を通り抜けるような強い風が吹いてましたが。だんだん薄れていく虹を見ながら、妙な物思いに浸る(何を考えてたかは全然思い出せませんが)

一日車移動だったこともあり、少しでも腹をすかそう、とホテルの周辺を歩くことにした。ホテル客用の桟橋があり、そこにいくと手で湖の水を触れた。岸辺には葦の一種・トトラが群生していた。それとは別に藻?だか苔?だかが沿岸には溜まって広がっており、それが少し生臭かった。ゴミがポイ捨てされてたのは残念でならなかった。いいのか!?世界遺産地域なのにさ!?
少ししてから『トトトトトトト』と船の音がし、私に向かって近づいてきた。船はその桟橋に止まり、中から欧米人の団体がズラズラと降りてきた。私をチラリと見やる人もいれば、関係ないとホテルに向かって他の人とおしゃべりしながら歩き出す人もいた。全員降りたところで、船員のお兄ちゃん(おっさん?)はロープを外し、黙々と行ってしまった。もっすごルーティンワークなのですな。
船が作った波も穏やかになってきたところで、私もホテルに戻ることにした。玄関まで上り階段だったのだが、シエスタニでの経験を踏まえ、数段上がっては休み休みゆっくりと上がることにした。時間はあるからね。それでも息は切れたけども。

今度は先程の船着場とはホテルを隔てて反対側の見晴台にも行ってみた。ここで「あ!靴下を洗わなくちゃ」と思い出す。見晴台には先にU夫妻がいた。行ったからには写真を撮ったり撮られたりの交流をしたけれども、何はともあれ新婚さん。せっかくの良い雰囲気をジャマしたようで、申し訳なかった。。。。。

夕食は皆揃ってアレとも一緒に名物の「マス料理」ディナー。マスは見かけは鮭に似てるのだが、鮭よりも淡白というか正直味がなく生臭いので、皆正直に「鮭よりは・・・」と言ってた。
ここでも、テンガロハットおじさんのお口は絶好調だったが、話の中心はアレックスことアレについてだった。奥さんは小児科医をしてるそうだ。5歳(当時)の娘さんがいるそうだ。日本語、スペイン語、英語以外の人たちのガイドもしてるらしい。翌週はアメリカ人客らと82kポイント(私らは104kポイント)から3日間かけてマチュピチュへ向けて山登りするそうだ!これまで数多くの外国人を案内してきたけれども、一番感動したのは、アレキパというアンデス山脈に近い町というか山にて、コンドル見学の際、コンドルが現れず、周囲が諦めて帰った後に、コンドル親子がやってきて、間近で見ることができたことだそうだ。
姉さんは勤め先の関係で正月は休めないが、変わりに10月、11月辺りでまとめて2週間ぐらいは休みが取れる。なので、毎年年1回は海外に行ってるそうで、ココの旅行社を以前利用してアフリカ(エジプトとは別で)にも行ったことがあるらしい。年齢の若さもあるとは思うが、U旦那さんはアメリカの大学で研究してたりもしてるし、おそらく私がダントツで海外に行ってないようだった。場所というよりは期間の問題でね。だから、他の人の話を聞くのはとっても興味深かった。ただ、どうしてもテンガロおじさんは話の中に無意識の自慢が入ってしまうようで、やや皆、げんなりしてたようですが(苦笑)姉さんが見晴台の存在に気が付かなかったようなので、夕食後に一緒に行く約束をした。

一度部屋に戻ってフリースを着たのだっけか?暖かな服装にしてから見晴台へ。昼間よりも陽射しがない分やはり寒い。でも、プーノの街並みが昼間とは異なり夜景となって現れた。どうみても20代後半の女2人の場所ではない。「やっぱり男〜〜〜」みたいな話となり、姉さんに「いるんじゃないの?」という感じで聞かれ、妙な関係の人=お隣君の話に流れた。
寒かったので、建物に戻り、見晴台入口近くにあるホテルのバーに2人で行った。そこからもプーノの夜景がガラス越しで見え、2人でカラフルなカクテルを選んで写真を撮り合っちゃったりして乾杯をした。客は私ら2人だけで、バーテンの兄ちゃんも片付けを始めてて、どう見ても「はよ帰れ」の状態だね〜と2人で話しつつも時間はさほど遅くなかったので、兄ちゃんゴメンな〜と語って飲んでた。お互いにほぼ飲み終えたところで、バーテンの兄ちゃんのご希望通り勘定を終えて、互いに部屋に戻ることにした。

姉ちゃんと見晴台に行く前か、後かは忘れちゃったけれども、夕食後にルームサービスでおやすみチョコが届けられた。
窓から外を眺めてたら、ホテルの庭というか湖の沿岸というか、の芝生地帯にウサギらしき小動物がぴょコぴょコと動いてるのが見えた。メガネをかけたりして目を凝らしたけれども、何だったかはハッキリとはわからないままだった。

体調は悪くないし、昼間も元気だったのに、やはり夜は興奮でもしてたのか?しっかりと眠りに落ちることはなかった。

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