とっきーさんへのコメント一覧全9件
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ごくろうさまでした
旅行記完了、ご苦労さまでした。
帰りの成都成田便はCA421ですね。これは就航以来、日本への帰国の時の常用便でした(現在は、羽田便やANA直行便も利用します)。
成都空港は8月に第2ターミナルがオープンしたばかりで、国際線と四川航空以外は第2に移転しました。CA421は国際線乗客(成田)と国内線乗客(北京)が混乗しており、以前でも国際線乗客が国内線カウンターに行くことがよくありました。空港の案内を注意していれば、第1への案内があったはずですが。もし、タクシーで第1に行ってくれといったら、おそらく笑われて、乗車拒否でしょうね。なお、無料電動カート(捷运电瓶车)が両ターミナル端間(750m)を結んでいます。これを中国の人は言ったのを「電車」と理解したのでしょう。
なお、第2に関しては、
http://blog.goo.ne.jp/kanazawa4512/e/1c28d5459b3d4ccf90280d7af08e6fa9
をご覧ください。 -
こんなに大変なことだったとは!
とっきーさん、こんにちは。
続きができてるかなと思って見に来てみたら、最大のアクシデントってこんなに大変なことだったんですね。
「どんなアクシデントだったのか楽しみにしてます」なんて書いちゃってごめんなさい。
成都から元気に自転車の旅を続けて来られてたんで、宿が見つからず民家に泊めてもらったとか、そういうたぐいのことを想像してたんです。
まさか手当が遅れれば危なかったほどの緊急事態だったとは。
今だからこそ冷静に振り返れるかもしれませんが、本当に危機一髪でしたね。
自転車をこぐのは大変でも、少しずつ高度を上げてらっしゃるから大丈夫だろうと思ってたんですが、高山病は人それぞれ、その時の体調にもよるのでしょう。
自分がみんなをエスコートしなければという責任も感じられて疲れがたまっていたのかもしれませんね。
元気になられて本当に良かった。
すばらしい友人、宿の人、病院の先生に恵まれましたね。
そして九寨溝の観光の日は天からのプレゼント。
お天気も良く、すばらしい景色です。
湖の青い色もお天気が良いせいか、一層鮮やかですね。
珍珠灘瀑布のすごさについては、とっきーさんの写真と文章から私も記憶が蘇って来ました。
九寨溝の驚嘆すべき美しい眺めの中でも特に珍珠灘瀑布は私も最大の感動でした。
心配しながら読みましたが、最後は温かい気持ちになって読み終えました。数々の試練を乗り越えてついに憧れの九寨溝を目にされたうっきーさんと仲間たちの旅に心から拍手を送ります。
ニッキー -
高山病
大変な経験をされましたね。肺水腫まで症状が進んでいたとは重度で、手当てが遅れれば日本に戻れないところでした。
さて、発症原因は、生まれつきの体質は別として、おそらく知らず知らずの疲労の蓄積によるものと考えられます。高山病は呼吸量が自然と少なくなる睡眠時に発生しやすく、睡眠時の発症は発見が遅れ危険な状態になることがあります(チベット自治区へのツァー客で死亡に至る例はこれが過半です)。すでに吐き気という初期症状があったのですから、高地での睡眠には注意する必要があったのです。それと、川主寺の3100mよりも、手前の松番県城(2850m)宿泊の方がよかったのではないでしょうか。
それにしても、手当が適切でよかったです。これも現地の医師が高山病治療の経験があるからでしょう。よかったですね。イケメンのお医者さんには一生の感謝ものですよ。 -
感心、感動しました。
とっきーさん、こんにちは。
私の旅行記へご訪問、投票ありがとうございました。
私もとっきーさんのブログへお邪魔してます。
一気に9日目まで拝見しました。
私が飛行機でひとっ跳びした成都〜九寨溝を自転車で移動する旅、
まずは日本から愛車を持ち込んであの距離を自転車で走破された試みにびっくり。
こんな人、そうそういないでしょう。
はらはらしたり、笑ったり感心したりしながら読ませていただきました。
とっきーさんは学生さんでしょうか?
自転車旅行の苦労は並大抵ではなかったでしょうが、地元の人々との交流がたっぷりで、ひと夏の貴重な思い出になりましたね。
ところで、成都の武侯祠の写真は孔明と劉備の写真が逆ですよ。
羽扇を持っているのが孔明、玉すだれのついた冠をかぶっているのが劉備です。
正面入り口から入ると、先に劉備をまつる祠があり、その奥に孔明を祀る武侯祠があります。
私も武侯祠はツアーで行っただけなので偉そうには言えないんですけど、よかったら私の旅行記を参考にしてください。
「初めての中国は四川省、九塞溝・黄龍の旅<6> 成都市内観光 武侯祠とパンダ基地、川劇〜帰国」
http://4travel.jp/traveler/amber637/album/10695577/
この後もきっと波乱があるのでしょうね。
とっきーさんの体調が下降気味なのが気になりますが、続きもぜひ読んでみたいです。
がんばって続きも書いてくださいね。
ニッキーRE: 感心、感動しました。
ニッキーさん はじめまして
こちらこそ旅行記へのご訪問、投票ありがとうございました。
ニッキーさんの九寨溝の写真がとてもきれいだったので投票させていただきました。
「感心、感動した」と言っていただけてとても嬉しいです。
自分は今大学で自転車旅行の部に入っていて昨年ギリシャを自転車旅行したのですが、それがとても楽しかったので今年は学校で勉強している中国語を使いたい、特に以前から憧れがあった九寨溝に行きたいと思い、準備をしてきたのですが、ご想像の通り、九寨溝まで自転車で行かれた日本人の情報を見つけられなかったので情報収集はとても大変でした。笑
ただそのぶん準備も含めていい経験になりました。
このあと最大のアクシデントに襲われたのですが、それについては旅行記で
それにしても武侯祠の写真。。 恥ずかしいです。
どちらがどちらだったか忘れてしまったので他の方の旅行記で確認してから書いたのに結局書き間違えてしまいました。
「初めての中国は四川省、九塞溝・黄龍の旅<6> 成都市内観光 武侯祠とパンダ基地、川劇〜帰国」は勉強になりました。
最後まで楽しんでいただけると幸いです。
とっきー2012年09月18日15時36分 返信するRE: RE: 感心、感動しました。
そうでしたか。
大学の自転車旅行部に入られてるのですか。
そういう部があるんですね。
ギリシャも自転車で。
素晴らしいですね。
そして中国語を勉強されてるんですね。
言葉ができるとその国の人との触れ合いができていいですね。
国際交流に言葉は大切、そう思います。
私は中国語はさっぱりなので、羨ましいです。
武侯祠の写真、恥ずかしがられることはありませんよ。
どの像も似てますからねー。
> このあと最大のアクシデントに襲われたのですが、それについては旅行記で
それは気になりますね。続きを読むのが楽しみです(失礼^_^)。
でも今こうして旅行記を書いていらっしゃるところをみると、なんとかなったんでしょうね。
続編、待ってますね〜♪
ニッキー2012年09月18日18時20分 返信する -
茂県
茂県は陸路ツァーおよび長距離バスで九寨溝に向かう場合の昼食の場です。「山菜王」をツァー客や最近ではマイカー族のレストランです。また、陸路ツァーの場合、帰りの宿泊地(黄龍観光後に夜に到着)でもあります。でも、最近は汶川大地震による附うっこうこうじで道路事情がよくなり、賞与府時間が単syくされたので、川主寺や松番で宿泊し、戻るのも増えており、茂県宿泊は減っています。
茂県中学は名前からして県重点中学でしょう。県でのトップ校で、多くの生徒は寮生活です。土日に家に帰ります。ただ、夏休み中ですから、大学受験補習授業でもしていたのかな。RE: 茂県
茂県はそういう位置づけなんですね。
山菜王はいかにも観光客向けのレストランでした。
自分の友達がいたのは茂県の手前のウェンチョアン中学だったのですがそこも県重点中学なんですかね。行ったのは8月半ばでしたが、すでに学校は始まっていたようです。大変ですね。2012年09月16日13時19分 返信するRE: RE: 茂県
> 自分の友達がいたのは茂県の手前のウェンチョアン中学だったのですがそこも県重点中学なんですかね。行ったのは8月半ばでしたが、すでに学校は始まっていたようです。大変ですね。
改めて、写真を見てみました。確かに、「四川省汶川中学」とありますから、県重点中学に間違いないです。本県城は汶川大地震で壊滅的打撃を受け、建物はすべて建て直されました。一部の被害を被った建物は「地震遺址」として地震の被害状況のままで保存保護されています。途中で見た落下した大石もそうですし、おそらく対岸に破壊された道路を見たと思いますが、それもそうです。四川省内には、本県城を含め、地震で壊滅的打撃を受けた県城・鎮が地震遺址鎮として保存・保護されています。途中で通られた、映秀鎮もそうです。この一例として、
「漢旺鎮地震遺址―四川雑感〔18〕―」(2012年3月12日付)
http://blog.goo.ne.jp/kanazawa4512/e/ba5dfdd23baa2c89fbc56489cb539228
をご覧ください。2012年09月16日14時27分 返信するRE: RE: 茂県
> 自分の友達がいたのは茂県の手前のウェンチョアン中学だったのですがそこも県重点中学なんですかね。行ったのは8月半ばでしたが、すでに学校は始まっていたようです。大変ですね。
改めて、写真を見てみました。確かに、「四川省汶川中学」とありますから、県重点中学に間違いないです。本県城は汶川大地震で壊滅的打撃を受け、建物はすべて建て直されました。一部の被害を被った建物は「地震遺址」として地震の被害状況のままで保存保護されています。途中で見た落下した大石もそうですし、おそらく対岸に破壊された道路を見たと思いますが、それもそうです。四川省内には、本県城を含め、地震で壊滅的打撃を受けた県城・鎮が地震遺址鎮として保存・保護されています。途中で通られた、映秀鎮もそうです。この一例として、
「漢旺鎮地震遺址―四川雑感〔18〕―」(2012年3月12日付)
http://blog.goo.ne.jp/kanazawa4512/e/ba5dfdd23baa2c89fbc56489cb539228
をご覧ください。2012年09月16日14時28分 返信する -
>中国九寨溝自転車旅行 〜5日目〜
表紙の写真に見えるダムが、都江堰市街と汶川県映秀鎮(震源地)の中頃に位置する紫坪鋪ダムです。岷江の水の色が途中から青色になったのはこのダム湖のためです。
映秀鎮から汶川県城までは汶川地震で道路が最も被害を受けたところで、地震自体による路面破壊に加え、瑞祥に山崩れが発生して、埋められ、道路は寸断されました。そのため旧道はほとんど廃棄され、新道が建設されました、このため旧来は短いトンネルしかなかったのが、長いトンネルが数か所建設されたのです。道路自体は地震前よりよくなったことが写真から分かります(地震前には通ったことがありますが、地震後はまだです)
確かに照明の完備していない長いトンネルでの自転車走行は危ないものがありますね。 -
楽しいですね(^^♪
初めまして。
「桃坪羌寨編」への投票ありがとうございました。
私は九寨溝が好きで3回行きました。
いろいろな方のブログなどを拝見してますが、日本人で成都から九寨溝に行かれた方のは初めてです。
陸路も利用しましたので、道路の険しさは予想できます。いつまで工事してんねん・・って感じで^_^;
飛行機は、途中で上海や北京に用がなければ成田〜成都の直行便は楽ですよ〜時間がえらべませんけどね。
私もできるなら自転車で旅したいですけど、体力的に無理ですね。羨ましいです。
この後の旅行記も楽しみにしていますね〜
まりん -
レッサーパンダ
レッサーパンダですよ。中国では「小熊猫」といいます。パンダが「大熊猫」ですから、ここには大小の熊猫がいるわけです。
ところで。
>同じ種類の店が集中していたのが新鮮だった。一方で中国ではこういう形態が一般的という話も聞いたことがあるけれどどうなんでしょうか。
とありますが、その通りで、同一業種の店が集中して律するのは普通です。ただ、これは基本的に個人営業店なので、扱っている商品にそれほどの差がありませんから、けっこう目的の品を捜すのに苦労します。
卸売業もそうで、二環路の外に団地を形成してます。パンダ基地への途上にもあります。 -
「中国九寨溝自転車旅行 〜1日目〜」を見ました
はじめまして。
CA422便を利用されましたね。これは北京経由成都行です。
機内でCAからワッペンを渡されませんでしたか。これは北京までの乗客と成都までの乗客を区別するためのものです。北京では降機後に、「成都」との看板を持った係員がいたはずです。そこで止まるべきでした。どうやら、北京で降りる乗客と一緒のコースに行ったようですね。
それでも、自転車が出てきたとは、これは受託荷物にしたのでしょう。普通は成都で受け取るのですから、北京では出てこないはずですが。もしかしたら、何らかの手違いで北京で出たのでしょう。そうすると本来どうりにCA422便で成都に着いていたら、ロストパッケージになっていたところです。不思議なことですね。その意味では幸運だったかも知れませんよ。それにしても貴重な体験をした物ですね。
最後に、SA422便に関しては、『歴史と中国』http://kanazawa45.wordpress.com/「CA422便での北京経由・成都入国手順―成都雑感〔72〕―」(2008年9月20日付)をご覧ください。RE: 「中国九寨溝自転車旅行 〜1日目〜」を見ました
はじめまして
CA422便で行きました。ワッペンは確かに渡されたのですが、あんなに複雑だと思ってなかったので流れに乗っていけば簡単に乗れると思い着けているのを完全に忘れていました。北京で降りる乗客と一緒のコースを行ってしまったのだと思います。
自転車が北京で出てきたのは未だに謎なのですが搭乗ミスは本当に結果オーライでした。
成都行きの便についてすごく詳しいですね。もし事前に『歴史の中国』の存在を知っていたら。。
でも結果面白い経験ができました(笑)
> はじめまして。
>
> CA422便を利用されましたね。これは北京経由成都行です。
>
> 機内でCAからワッペンを渡されませんでしたか。これは北京までの乗客と成都までの乗客を区別するためのものです。北京では降機後に、「成都」との看板を持った係員がいたはずです。そこで止まるべきでした。どうやら、北京で降りる乗客と一緒のコースに行ったようですね。
>
> それでも、自転車が出てきたとは、これは受託荷物にしたのでしょう。普通は成都で受け取るのですから、北京では出てこないはずですが。もしかしたら、何らかの手違いで北京で出たのでしょう。そうすると本来どうりにCA422便で成都に着いていたら、ロストパッケージになっていたところです。不思議なことですね。その意味では幸運だったかも知れませんよ。それにしても貴重な体験をした物ですね。
>
> 最後に、SA422便に関しては、『歴史と中国』http://kanazawa45.wordpress.com/「CA422便での北京経由・成都入国手順―成都雑感〔72〕―」(2008年9月20日付)をご覧ください。2012年09月09日13時56分 返信する


