旅行のクチコミと比較サイト フォートラベル

ponponponさんのトラベラーページ

ponponponさんへのコメント一覧(2ページ)全18件

ponponponさんの掲示板にコメントを書く

  • 04.11.30

    数時間ほど前、久しぶりに電車で寝過ごしてしまった(笑)
    たった一駅ではあったが、下り電車で時間は0時を超えたところ。
    もちろん、東京でも郊外の場所であるために、上りの電車はもう終わってしまってた。

    ボーッとした頭で、とりあえず駅のホームで今は禁止されてるタバコを吸って、目を覚まし、乗り過ごした分の料金を支払い、改札を出た。
    たった一駅だったので、歩ける距離でこんな時でもないとこの街を歩く事はないと思い、ちょとした旅気分で歩きだした。

    体は、とても疲れている。しかも、結構、寒くなってこんなこと、ちょっと普通はいやになってタクシーだと思うが、そこは昔からの旅根性というか、なんとか出来るんじゃないかという感覚で、歩きだした。道も十分に知ってるし、こういうのって案外、わくわく感じるのは僕だけじゃないと思う。

    普段、見慣れた街並でもバイクのスピードと、歩くときのスピードでは見える景色がずいぶんと違う。今日歩いてよかったのが、久しぶりに東京の夜空をゆっくり眺めながら歩けた事。

    都内では、空を見ようとしても、手前にマンションやネオンの光が入ってしまって、空だけを見る事はなかなか難しい。自宅付近も、同じではあるのだが、実は近所が梨の名産地で、横道に入った所が両横が梨畑になってる道だった。街頭も、薄暗い道でふと空を見上げれば、遮る光はごくわずかの東京の空が出迎えた。

    こんな場合でも、やっぱり東京の空は明るい。雲と空の境目がはっきり見え、暗いのだが、明るい夜空である。山梨の清里にいた頃は、こんな晴れた夜は、満点の星空でそれこそ違った意味で明るいが、東京の空というのは、どうも地上から発せられる光を反射している「天井」のようにも見える。

    そんな事を感じさせる、プチ旅行もあっという間に終わり、家に着いたときには30分以上も歩いた事に気がつかされ、仕事がちょっと早く終わっても、結局、帰ってきた時間はいつもと同じであった.....(笑)。
    2004年12月01日02時46分返信する
  • 04.11.28

    最近、ちょっとずつ仕事の充実感と共に、忙しさも感じるようになり、日々、いろんな意味での成長を感じる。特に、今日は一番とも言える大事な仕事のスタート地点だったので、終わった瞬間にテンションは上がったがホットした面もあった。
    帰りの電車の中で、ふと胸ポケットに紙を入れようとした所、一枚の紙切れが出てきた。

    「FROM B.C Vancouver---------TO Albarta Calgary」

    そう、まさしくカナダ国内でのフライトチケットである。発見は全日空ではあるが、でもとても思いで深い紙であり、捨てられるものではない。日付は6.10。出発は、6.11だったが日付変更線を越え、まだ10日であった。そして、国内線であるため、当時、荷物の引き取りと再度、預けるということがあり、初めての海外での空港で、初めて本格的に英語を使用したということで、印象深く残っている。


    そんな事もあった日々から、あっという間の半年。日本はクリスマス&年末に向けて街は常に動いている。終電の山手線のつり革に掴まりながら、そんな日々の移り変わりを走馬灯のように思い出していた。たった、一枚の紙切れなんだけど。
    ふと気づくと、アナウンスで新宿到着が流れ、僕は足早に帰路に着く.......


    2004年11月29日02時23分返信する
  • 04/11/11 [Second]

    清里にいる間にも、インターネットや雑誌を使い、就職活動をしていた。そして、その結果が出始めた10月の中旬ごろ、東京へ戻る事を決めた。ペンションのオーナー夫妻を始め、他のスタッフや地元の方々には、大変お世話になり、感謝の気持ちでいっぱいだった。そして、カナダからの帰国後の次のステップとして、気持ちよく送り出してくれ、帰国後に比べさらにパワーアップして東京に帰ってこれたと思う。

    そして、東京に戻ってからすぐにいくつか面接を受けた。どの面接の時でも、決まって言われた事と、言った事がある。面接官から、「自己PRを」という点で、「カナダと清里での経験や出会いが今の自分に大きく影響させ、とても大きく成長させたと思う。海外は決して長くは無かったが、十分な経験が出来たし、清里では様々な出会いや仕事が人と接する事への能力、すなわちコミュニケーション能力が大きく備わった。」と。「資格やテストの点数がいいなど、数値や文字では表せるものは無いが、目にはみえないそいったものが自分には有ります!」と、いつも話していた。

    そういった内容や、自分の将来像や考え方をしっかり聞いてくれ、ある会社の代表と面接をしながら話を聞くうちに、この人と仕事をしたい。この人と一緒にいる事が、自分にもプラスになるはずという思いが、そのときに芽生えた。まだまだ、本当に小さな会社ではある。しかし、とても将来性もあるし、なにより代表の方と一緒の環境の中で絶対に働きたいと思ったのである。そう思わせるぐらいの人間というのも、そうはいないと思うし、事業内容もとても興味がある。そして、自分の事業にたいする気持ちを伝えたところ、代表の方は「まだまだ、ここは小さい。だからこそ、お互いの力を合わせるのは当然だし、お互いが利益を共有し、負も共有しなければならない。そうして、会社を大きくしたい。僕も君を必要だし、君も僕が必要だ。」そう、最後に言ってもらえたのが、とてもうれしかった。

    カナダから帰ってきて、いくつかある自分の考えのひとつに、企業と共に成長する自分。自分と共に、成長していく企業」というのがある。代表の言ってくれた言葉は、まさにそのものであり自分の望んでいた環境でもある。こういった事が、よく言われてる「人生の中にある、いくつかの分岐路」だと面接が終わって気づいた。そう、まさにこれは人生のチャンスであり、分岐路でもあったのだ。自分は、過去いくつかそのチャンスを逃したと思っている。そして、次にあったら絶対に逃さないぞという気持ちは常にあった。そして、今回、このような形で訪れたのも、決して偶然ではなく、運命なのであり、自分は間違っていないと思う。


    仕事が始まってまだ日も浅いが、常にテンション高く、職務に望んでいきたいと思う。
    自ずと、結果がついてくると信じている。


    最後に、先日、大国魂神社に参拝してきた。仕事が決定したことを報告する訳でもないが、寺社仏閣が好きで、近場にせっかくあるので、行ってみた。そして、仕事への成功祈願と健康持続を祈り、おみくじをひいてみた。見事、大吉を引いて内容を見てみた。

    中身には、始めは大変な事がいろいろとあるが、後になり、その報いは必ずやってくるとあった。これも、まさに自分の今の考えと同じであり、自分の信念をはっきり意識の中に埋め込めたと思う。そして、一番下には、



    「山は山を必要としない。しかし、人は人を必要とする」



    まさしく自分の事である。自信をもって、将来に向かって進んで行きたいと思う。
    2004年11月11日19時49分返信する
  • コラム 04/11/11  [First]

    久しぶりに、コラム書きます。ちょうど、カナダから帰ってきて3ヶ月ぐらいかな。

    帰ってきてからは、下のコラムにあるように9月10月と山梨/清里のペンションで働いていた。
    実際に山梨に行く方法として、いくつか交通機関があったのだが、当時、お金もないし、向こうにいってから自分が自由に使える「足」が必要だと感じていたし、行けちゃう自信も十分にあったので、SUZUKI Let's2という50ccバイク、いわゆる原チャリで東京から清里まで行ってみた。

    片道、150キロ5時間の度であったが、残暑の残る東京を後に、高尾の山並みを超え、相模湖を超え、ひたすら国道20号(甲州街道)を走っていった。昼間の1時に出発し、ちょうど清里のある高根町に入った頃で、7時くらい。

    途中で、雨に打たれて体が冷えたので大好きな!?たかねの湯に寄ったのだが、その日はあいにく休館で仕方なく、そのまま清里を目指し、国道141を上って行った。そして、無事に到着!!
    ペンションは、ちょうどディナーの最中で忙しそうだったが、みんなが暖かく出迎えてくれて、「ここに再び来れてよかった」と純粋に思った。

    9月の間は、遅い夏休みを取ってやってきたお客さんもいれば、大学のゼミ合宿と言う事で利用してもらったり、関西の修学旅行で利用してもらったりと、様々なお客さんと接する事が出来た。
    特に、高校生とは年齢層も比較的近かったので、たくさんの話を出来た事はとても思い出になった。10月に入り、仕事も一段落してきた。10月は自分が清里で一番好きな季節である。気候は、東京と比べかなり涼しく過ごしやすいというよりもちょっと、肌寒いが紅葉がいっきに始まり、八ヶ岳の山肌をみると、次第に紅葉が始まってるのがよく分かる。

    そして、大きなフェスティバルがいくつかあるので、仕事が早く終わったり、休憩時間の間にちょっとのぞきにいったりした。その中でも、清泉寮という場所で行われた「カンティフェア」というのは、久しぶりにカナダの雰囲気を思い出した。会場に訪れたときには、「Amazing Grace」が演奏されており、会場全体もとてもいい雰囲気に包まれていた。そして、演奏が終わると花火が遠く、夕焼けに染まる富士山と、広大な平野と空をバックに盛大に打ち上げられた。

    屋台が並び、人々が入り交じり、音楽が流れ、みんなの笑顔。ここは日本だけど、清里にこんな素晴らしいフェスティバルがあったとは。東京では、まず無いと思われるそんな雰囲気が、そこにはあった。来年も、時間があれば是非、訪れたいと思った。

    2004年11月11日19時15分返信する
  • コラム2 「カナダでのライフスタイル」

     自分が滞在したのは、バンクーバーという街で、カナダの中でも大都市である。DownTownには、Officeも多くあるが、少し離れれば、海に面した大きな公園や、住宅街が広がっている。東京では、考えられない。こう考えると、一都市集中問題が盛んに叫ばれているのにも、すこし理解が出来るし、先日、日本の色んな意味でのライバル国である韓国が、首都移転を決めた。このことが、今後、日本と韓国の行く末を占う意味で大きな分岐点であることは間違いない。
     
     少し話がそれたが、そのバンクーバーでは(カナダ全体なのか?)、基本的には6時が終業時間である。そして、みんなには、それぞれ仕事の後の楽しみが待っている。ビーチバレーをしたり、カヌーをしたり、サイクリングをしたり…。自分の借りていた部屋のオーナーの旦那さんも、毎日6時には仕事を終わらせ、帰ってきては、近くまでサイクリングに行くそうだ。毎晩9時まで!!

     ある日、帰ってきたら、旦那さんもサイクリングから帰ってきて、ちょっと話をした。僕が、「サイクリングが出来るような時間あるって、いいですね!日本だったら、この時間だと(9時)残業してるか、満員電車の中ですよ!」と言ったら彼は、「日本人はよく、働きます。でも、お金もたくさんもらえます。でも、カナダでは仕事時間が短い分、給料も安いでうすからね!」と言われ、納得してしまった。

     確かにである。それは、ライフスタイルの選び方であり、その国で生きていく上での生活の仕方である。一見、カナダでの生活の仕方が羨ましくおもい、日本でそんな事をしたいと思っても、そんなの無理である。理由は沢山あるが、日本の生活は、日本での生活の仕方でなければ、とても難しい。カナダのスタイルは、やはりカナダだからいいのであって、日本には決して合わない。よくいう、スローライフとあるが、これとはまた違う意味でもある。日本の意味あいでは、平日フルタイム勤務に週末カフェみたいなイメージあるが、カナダでは、平日90%勤務+カフェやらアクティビティ10%に、週末完全オフというイメージがある(あくまでも個人的に感じた事)。

     まぁ、そんなスローライフをやっているのは、都会人というイメージがあって、大方は学生はバイト、家ではゴロゴロしながら、ちょっと買い物みたいな。実際、自分の実家はそんな雰囲気100%なので、帰ってきてからの初めての週末は、決して珍しい光景ではないのだが、いつも以上に、この家にいるのが嫌になってしまった(笑)

     そういった週末をバンクーバー市民は、スポーツをしたり、イベントにピクニックセットを持って出かけてたりする。実際、夏の日長い時期では、どこかしらで毎週末イベントは行われており、それがごくわずかの人たちだけではなく、かなりの人々が、そういった生活を週末に過ごしているのである。

     単に、日本がよくないという訳ではないが、こういった日々の過ごし方が、お国柄(人柄)に出てくるのではないかと思う。カナダでは、幼児虐待や出会い系サイトなど、人間関係にまつわる事件が、日本のように毎日報道されることはまずない。

     長年、積み重ねてきたライフスタイルの違いが、この時期になって顕著に表に出始めた報道で流される、事件内容の偏りを、ライフスタイルの違いを通して感じさせられた。
    2004年08月17日16時17分返信する
  • コラム1  「スーパーは、バカ親切」

     カナダでは、殆どのスーパーがカゴをレジまで持っていったら、自分で食材などをレジ台に載せる。そして、カゴはレジの手前に置いて先に進む。
     品物はベルトコンベアーで、バーコードチェッカーまで流れる。そして、袋に入れられても、袋は渡されず、レジ台の上に置かれ自分で取る…。

     と、あくまで普通のことだが日本では考えられない、サービスの仕方だ!忙しくても、そこまではお客にはやらせないだろうし、そんな所は悪評判で、潰れてしまうかもしれない。「いらっしゃいませ」という言葉は、向こうでも「Hi。」というが、けっして袋を手渡しすることはない。
     それが、コンビニなどになると顕著に感じられる。おなじセブンイレブンでも、お国柄が違うとこうも違うのかと感じ、数億円のマニュアルがどうなっているのか知りたい(笑)
    2004年08月17日16時16分返信する
  • 帰国後

     帰国後は、本当に色々と感じた。それは、カナダと日本との違いだけではなく、もともとの日本文化について、改めて気づかされることが多くあった。

    8月6日金曜日に成田に着いた。諸手続きを済ませ、シャトルバスの出発の時間まで空港ロビーで待ってた。時期的に、出国する人も多く、夕方の時間帯でも混雑していた。時間になり、普通にバスに乗り込むだけなのに、久しぶりに感じることも多い。カナダでは、市バスと長距離バスによく乗っていたので、日本のバスは(車は)左乗りというのに違和感を感じでしまったし、座席の背もたれも、こんなに倒れるとすっかり忘れてしまってた。まるで、ビジネスクラス並に倒れるシートに、「こんなのだから、シートが邪魔だっていって、ケンカになるんだなぁ…」って思ってしまった。あと、カナダのシャトルバスなんかだと、ドリンクホルダーは付いていなかったなぁ。

    いざ、出発してすぐに道路に看板広告が多く見え、昔の記憶が甦ってきた。数年前に中国を訪れた時に、やはりフェリーターミナルのようなところからバスに乗り、漢字だらけの広告を見て、異国を感じた。そして、今回も同じような感覚にとらわ れ、何か中国に来たような感じがした。しかし、ここは母国、ニッポンなのだ!
    まぁ、そのときには近くに座っていたのが、欧米系の男性だったので、まだそこまで強くは感じなかったのだが…。でも、彼も日本語が達者なようで、携帯では日本語でちょっと話をしていたし、持っていた新聞も「朝日新聞」だった(笑)

    バスの中では、ほとんど寝ていて気づいたら、もう立川に近づいていた。バスを降りて、最初に買ったのは、MILDSEVEN MENTHOL。久々の一服。そんなヘビースモーカではないのに、なんか落ち着きたかったみたいである。
    父親の車を待ってる間、目の前を何人もの人が通り過ぎていく。彼らは、間違いなくみんな日本人だ。友達同士、夫婦や子連れ、携帯で話をして歩く人もいれば、メールを打ちながら、ドアをあけるのもほとんどケータイの画面を見ながらドアを開けてたり…。
    カナダにいると、この光景の半分は見れるが、半分は一度も見なかった光景。それは、文化や技術力の違いなのだが、どれが一番というのもないだろう。カナダでは、こういう場面だと、自国以外の人種も街のいたるところに存在し、目の前を何カ国の人が通り過ぎていくのか分からないだろう。つまり、それだけ日本という国が自国以外の人が住んでいる割合が少ないのだろう。それは、前から分かっていたことだが、一度、離れて見てみると、この違いは驚きだ。

    久々に実家に帰って、予想通りの出迎えに、安堵の気持ちと、少々の悲しみを感じた。

    次の日、電車で新宿に。以前、山梨から(ペンションでの仕事)から帰ってきて、カナダに行くまでにも新宿には行かなかったので、数ヶ月ぶりだった。あいわからず、人の数は多かったが、これはバンクーバーでも同じ。ただ、彼らの表情はどこか疲れてる…。というより、変だ!中年の男性は、何か楽しいことはないのか?と思わせる顔つきだし、若者はお化粧と、洋服はバッチリ!お年を召された方々は、この暑さと人の多さに、嫌々、ここの場所に来ている顔つき。その反面、幸せそうなのはOL世代や中年のおばちゃん達。本人達がどう思っているのかは分からないけど、自分がそう感じだたけである。
    このような原因は、あまりに混雑した状況がからみあっているので、なんとも判断がつかないが、これが日本の縮図と言ったら、中には賛成してくれる人もいるはずだ。
    後日聞いた話だが、ある人が海外から帰国して都心に行った時、自分と同じように、日本人の顔つきが妙に感じたそうだ…。これは何を意味するのだろう。

    新宿に行ったその日は昨晩から、Web上で物件を探し、不動産屋を目当てで来てみた。海外から帰国した次の日に、こんな行動をするのは、自分でもどうかと思うのだが、今後、数日間、実家で過ごすことは、とても耐えられないので、本当は旅行資金であったモノも、カナダ滞在中で考えも変化していき、今回の費用を別に残しておいた。そして、その費用で収まるような条件で探してもらい、ある程度、物件も見つかり、即時、見に行くことに。

    結局、見に行った物件に決めることにして、その次は役所関係の手続き。実家のある、東京都日野市の市役所と、警察署に行き、それぞれ住民票と、免許証の住所変更&国際免許の返還。しかし、住民票は戸籍謄本がないと作れないと言われ、翌日、戸籍謄本を取りに、戸籍のある三鷹市役所に。そんな事務手続きをしながら、不動産関係、そして就職までのバイトを探しで、数日が過ぎていった。

    この間にも英語力が落ちていくことは明らかだったが、でも日々、意識して英語を書いたり発したりすれば、こんな環境でもカナダでの経験は生きるのだろう。
    そして、1週間後には、新居での生活がスタート。こんな行動力だけは、カナダから帰ってきても全く落ちていない事に自分でも誇らしい(笑)

    今後は、まずはアルバイト探しと、正就職を目指すための行動に移るが、現在、カナダに行くまで約一年間お世話になった、山梨・清里のペンションが相当なピンチという連絡が相次いできてるので(笑)、ちょっと迷ってしまってる。何がピンチというのは、当事者やそこで働いた人でしかわからない事ではある。なので、1年働いた自分には痛いほど、その気持ちが分かる。もしOKを出して、嫌な気持ちを表に出すのは、当事者でも経験者でもない、自分の親である。これが、一番厄介だし、帰国してまた行くことには後ろめたい気持ちが多くある。
    そして、この問題の答えがすぐに出せないのは、ここでまた清里に行ってしまえば、「繰り返し」になってしまい、時間の無駄というように感じでしまうのではないかと…。
    しかし、どんな行動でも無駄というのはその人の考え次第で、なにかしら得るものもある。いまのところは、去年の世話になった恩返しの気持ちも大きく働き、自分でも働きたい気持ちと、断るという気持ちが50%ずつである。
    ただ、いつまでもバイト探しだけしていても、お金が入ってこないのは切実な問題。見切りをつけバイトの職種も広げなければ、いつまでたっても見つかりそうにないし…。
     明日、アルバイトの面接があるので、その結果次第で、答えを出そうと考えている。

    今はアテネオリンピックの真っ最中である。しかしながら、自分の部屋にはまだTVもなければ、インターネットも繋がっていない。唯一の情報手段は、ケータイとラジオである。求人も、多くはフリーペーパーである。食事に関しても、今はまだ冷蔵庫がないので、その必要がないものになる。皮肉にも、カナダにいる頃と、ほとんど状況は変わっていない。なにもかも(笑)だから、一人暮らし自体は本当に初めてなのだが、カナダの頃と変わらない感覚で生活できているので、あまり新鮮味がないのも事実(笑)


    やっとこういった、帰国後のまとまった文章が書けた。時間はあったのだからいつでも、書けたものが、なにかきっかけがないと書けない自分がいる。そのきっかけは、やはり清里である。自分の中で、ここでの事は本当に大きい…。
    2004年08月17日16時14分返信する
  • to-you-seeからメッセージ☆

    はじめまして!いろいろ写真を撮って来たのでみてくださいね。ページによっては、VECの生徒にはちょっと重いかもしれないけど(笑)ゆっくり見てください!

    今後、どんどん写真をアップしていきます!
    2004年08月17日12時20分返信する

ponponponさん

ponponponさん 写真

1国・地域渡航

3都道府県訪問

写真 | QA掲示板 | 行ってきます | 掲示板 クリップ

ponponponさんにとって旅行とは

訪れた場所によって、文化の違いから楽しみもあれば苦しみもある。そして、さまざまな人との出会い。全てが自分へのこれからの大きな力の源となる。でも、単に海外だけがそういうことができる訳でもなく、国内だって、十分にその可能性はある。だから、もっと色んな所に行って、沢山の経験をしようと思う。

自分を客観的にみた第一印象

大好きな場所

大好きな理由

行ってみたい場所

現在1の国と地域に訪問しています

拡大ボタンを押すと地図が
動かせます。

現在3都道府県に訪問しています

東京 |

山梨 |

京都 |