タイムズスクエアとブロードウェイ
- 3.5
- 旅行時期:2016/05(約10年前)
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by ワ‐チャンさん(男性)
ニューヨーク クチコミ:2件
ニール・セダカの「おおキャロル」がキャロルキングの事を歌った曲だと知り驚きました。
土曜日夕方8時公演のチケットを手に入れることができた。
ステファンソンドハイム劇場「ビューティフル」:キャロルキングミュージカル(Beautiful)
ミュージカルファンはもちろんアメリカ本場生まれのポップス・ロックンロールミュージックを生で聴きたい方へイチオシの舞台だそうだ。(1972年には、五輪真弓のデビュー・アルバム『少女』の制作をサポート、ニール・セダカの「おおキャロル」は、キャロル・キングのことを歌ったもの)
アメリカポップス史上に残る伝説、キャロル・キングの半生をミュージカル化した作品。
ビューティフル:キャロルキングミュージカル(Beautiful)|ストーリーあらすじ
ニューヨーク市・ブルックリン生まれのキャロル・クラインは、
大学在学中にユダヤ系シンガーのポール・サイモンからデモテープの作り方を教わり
自作のテープを売り込んで、1958年にパラマウントレコードからシングル・デビューを果たすのですが4枚のシングルは全て失敗に終わり、歌手としてのキャリアは頓挫することに…しかし1960年代にソングライターであり当時の夫でもあるジェリー・ゴフィンとタッグを組み「ロコ・モーション」や「ウィル・ユー・ラヴ・ミー・トゥモロウ」など後々まで歌い継がれる数々の名作を生み出し、1960年から1963年にかけての3年間で2人は延べ20曲あまりの全米トップ40ヒットを世に送り出すことになる。
ロックンロール界において数々のヒット曲を生み出すという、偉業を成し遂げたキャロルでしたがこれはまだ彼女が「本当の声」を見つけ出すまでの第一歩だった。 その後は作詞・作曲家で親友でもあるシンシア・ワイルとバリー・マン夫妻の協力もあり
1970年代前半からはシンガーソングライターとして、ヒットメーカーの1人となり 一躍スターダムにのし上がり、遂には2つの年代に渡って天下を取り その名は世界中に広まり、次第にキャロル・キングの名は伝説となっていく…
- 施設の満足度
-
3.5
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
- 観光の所要時間:
- 1日
- アクセス:
- 4.5
- 景観:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
クチコミ投稿日:2018/12/12
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