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古代都市ポロンナルワ 施設情報・クチコミに戻る

遷都以前にも長い歴史があります。

  • 4.0
  • 旅行時期:2018/06(約8年前)
beanbagさん

by beanbagさん(男性)

ポロンナルワ クチコミ:2件

ポロンナルワは1017年から1225年までスリランカの首都であり、遺跡地区全体が世界遺産に指定されています。

しかし、プラッティプラ(現ポロンナルワ)を都とした最初の王は、それよりずっと昔のアッガボーディ4世/シリサンガボディ王(667~683)です。密教を一掃したアッガボーディ7世(772~777)やセーナ1世(833~853)、セーナ2世(853~887)も居城をプラッティに置いています。チューラヴァンサに具体的な記述はありませんがカッサパ4世(898~914)もプラッティに依拠、以降セーナ5世(972~983)までプラッティに依拠しています。

名君カッサパ5世(914~923)は、インド・パンドゥ王国のマーラヴァルマンラージャシンハ2世を支援し、チョーラ朝バラーンタカ1世との戦いに息子のサッカセーナーパティを将軍として援軍を送りますが、パンドゥ軍はチョーラ軍に敗れ、スリランカ軍は撤退、サッカセーナーパティも伝染病で客死します。このことを契機としてスリランカとチョーラ朝の関係は悪化します。

その後、スリランカは何度もチョーラ軍の侵略を受け、マヒンダ5世(982~1029)の時代にアヌラーダプラは陥落、マヒンダ5世は捕虜となり、その後12年間をチョーラ国で過ごし亡くなります。こうしてランカー島はチョーラ朝の支配下におかれます。

その後、6代の王は何度もチョーラ人に反攻を試みるも全て敗退、ランカー島の王統は乱れ、一時ローハナ地方の将軍や髪舎利官が政権を握る事態となります。

そのような状況の中、カッサパ2世王(650~659)の息子マーナヴァンマの子孫である王子モッガーラーナとダートパティッサ王(643~650)の系譜の王女ロキターの間にキッティ王子(後のヴィジャヤバーフ1世)が生まれます。
キッティ王子は、まずカッサパ7世王(1054~1055、ローハナ地方の髪舎利官の長出身)を打ち破り、ヴィジャヤバーフ1世王(1055~1110)として即位。そして、ヴィジャヤバーフはチョーラ人征服に乗り出しますが、チョーラ王ヴィーラ・ラージェーンドラ(1063~1069)は激怒し、以前にも増した大軍をランカー島に派遣します。ヴィジャヤバーフは苦戦の末、チョーラ軍を打ち破り、ついにランカー島におけるシンハラ王権を回復します。

ヴィジャヤバーフ1世はプラッティナガラを本格的に整備し、正式に遷都します。当時、南インドのチョーラ国との戦いによって疲弊し、受戒の儀式に必要な5人の長老比丘がランカー島内にいなくなったので、仏教の存続を願う王は、ラーマンニャ国(下ビルマ)のアヌルッダ王(1044~1077)の許に使節を派遣して、三蔵に精通し、自戒堅固で徳の高い長老をランカー国に招聘します。さらに王はプラッティの都に美しい多くの精舎を建立し、三宗派の比丘たちをそこに住まわせ、仏教の再興を推進します。その後、王は莫大な費用を投じ美しい歯舎利堂(現アタダーゲ)を建て、継続的に大きな祭礼を行います。

しかし、ヴィジャヤバーフ1世が死去すると、王位継承をめぐる争いでランカー島は再び乱れ、南インドからの侵略者やヒンドゥー教徒のヴィッカマバーフ1世(1111~1132)による僧院財産の没収などにより国土と人心は荒廃します。

その窮地を救ったのがスリランカ史上最高の英傑で王中の王、パラッカマバーフ1世(1153~1186)です。歴史書「チューラヴァンサ」の3分の1はパラッカマバーフの興隆や事績に関する記述で、舞台はこのポロンナルワが中心です。

ポロンナルワ遺跡群は、南端のポトグル・ヴィハーラから北端のティワンカ・ピリマゲ寺院(北院)まで、南北7kmほどの広い範囲に点在しています。域内はよく整備されているものの、自転車や徒歩では厳しいものがあり、見学にはやはり車かトゥクトゥク(スリーウィラー)が必要でしょう。アヌラーダプラより遺跡感が強い反面、現役の宗教施設として機能しているものは少ないので、来訪者は観光客の方が多いと思います。
また、クワドラングルに代表されるように歴代の王の建造物が混在し、域内全体も重層的な歴史背景を持っているので、漫然と見学すると頭の中が混乱するかもしれません。現存する遺跡はヴィジャヤバーフ1世以降のものが中心ですが、ヒンドゥ遺跡なども残っています。上記時代背景を頭に入れて見学すると、遺跡巡りもまた趣深いものとなると思います。

施設の満足度

4.0

利用した際の同行者:
一人旅
観光の所要時間:
半日
アクセス:
3.5
シギリヤから車で1時間です。
コストパフォーマンス:
3.5
遺跡地区全体の入場料はUS$25です。
人混みの少なさ:
4.0
見学の支障となるほど多くはありません。
展示内容:
4.0
大きくはありませんが遺跡マニアも満足できる遺跡群です。

クチコミ投稿日:2018/06/26

いいね!:42

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