(宜蘭)前は蘇澳よりも栄えてた?繁栄のあとがかすかにしのばれる
- 3.0
- 旅行時期:2015/10(約10年前)
-
-
by 熱帯魚さん(女性)
宜蘭 クチコミ:20件
利澤はもとは利澤簡と呼ばれていました。地名の由来は平埔族のカマラン人の利澤簡(ヘデカナン)社で、休息の地という意味を持っています。利澤簡は冬山河のそばにあり、水路の上流には冬山郷が、下流には冬山河口の禮宛港があり、宜蘭渓南で重要な貨物の集散地でした。利澤簡が商業で発展した一方、蘇澳はもともとは小さな漁港に過ぎず、利澤簡堡に属していたそうです。しかし、日本統治時代に、冬山河の川の流れを変えて、さらに鉄路や陸路運送が主流になると、利澤簡の商業機能は衰退していきました。
とても小さな老街で、見どころはというと、永安宮、利生醫院、利澤戯院ぐらいでした。現在は繁栄のあとがかすかにしのばれるのみです。
- 施設の満足度
-
3.0
- 利用した際の同行者:
- カップル・夫婦
- 観光の所要時間:
- 1-2時間
- アクセス:
- 3.0
- 景観:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 5.0
クチコミ投稿日:2015/11/13
いいね!:0票
利用規約に違反している投稿は、報告することができます。 問題のある投稿を連絡する