日本軍による重慶への無差別爆撃の記憶
- 3.0
- 旅行時期:2012/11(約13年前)
-
-
by ナツメロ大王さん(男性)
重慶直轄市 クチコミ:1件
日中戦争の最中、中華民国の臨時首都が置かれていた重慶に対して、1938年から1941年にかけて日本軍による無差別爆撃が断続的に行われました。一万人規模の死者を出すことになるわけですが、その中でも1941年の6月5日に行われた空襲では5000程の収容人数のトンネル(防空壕)に10000人近い中国人が避難したことから酸欠が起こり、実に900人以上が命を落としたと言われます。この惨劇の記憶をとどめる場所が「大隧道惨案旧跡」です。
地下鉄2号線「較場口」駅から歩いてすぐですので、重慶訪問の際には立ち寄ってみては如何でしょうか。
- 施設の満足度
-
3.0
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
- 観光の所要時間:
- 1-2時間
- アクセス:
- 3.5
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 展示内容:
- 3.0
クチコミ投稿日:2014/11/27
いいね!:0票
利用規約に違反している投稿は、報告することができます。 問題のある投稿を連絡する